166.ウロボロスの侵食
-王都・イングストン-
王都オーガストより南東に位置する王国の首都、イングストン。
そこにも"ウロボロス"の魔の手が迫っていた。
「モンスターハンターランクS級のジュミナスだな?」
「ん?そうだけど、サインならお断りだぜ?俺は可愛い女の子にしかサインしない事にしてるんでね」
「そうか、それは残念だったな。お前がこれからサインをする機会は二度とない」
そう告げ、長剣を構える男。
「おいおい、物騒だな。俺がランクS級の男だって知ってて尚、勝負するつもりかい?」
油断なく構えるこの男も、相当の手練れである事を、ランクを知らずともうかがい知れる。
「ああ、だからこそ、お前を狙ったのだからな」
「成程、悪質なストーカーってわけね。男に好かれても嬉しくないんだけどねぇ」
「S級は口も達者なようだ。さて、一応俺も名乗っておこうか。"ウロボロス"十傑、閃空の刃"剛毅"」
「自己紹介どうも。そんじゃ、気乗りしないが……ちゃちゃっと倒させてもらうぜ!」
ジュミナスと剛毅の剣が乱舞する。
キンキンキンという金切り音が響いた後、両者距離を開けた。
「……流石はS級という事か。腕前は互角のようだ」
「これは予想外だったぜ。剛毅、あんた強いじゃねぇか。その十傑っての、あんたみたいな奴が他に9人も居るって事かい?」
「そうだ。しかし、実力は互角ではない」
「成程、あんたは上の方って事か」
「違うな」
その言葉と同時に、ジュミナスは一撃を受ける。
「がはっ!!な、なんだ、今のはっ……!?」
崩れ落ちるジュミナスに、剛毅は告げる。
「俺は十傑の中でも下の方だ。中でも、漆黒や轟炎、神雷の字名を刻んだ十傑は、他の十傑とは格が違う」
「う、そだろ……あんたが、そこまで言う程の奴、が、まだ……」
ドサァ
最後まで言いきる事なく、倒れるジュミナス。
「運べ」
「「ハハッ!!」」
構成員がジュミナスを運んでいくのを、最後まで見守らずに次のターゲットの元へ向かう剛毅。
そこに、伝達が届く。
「漆黒から戻れの連絡か、もう少し攫いたかったがな……」
そう零し、彼もまた戻って行った。
-王都・ツゥエルヴ-
同時刻。
王都・イングストンより更に南東に位置する首都、ツゥエルヴ。
ここでもまた、"ウロボロス"十傑による人攫いが行われていた。
この王都・ツゥエルヴでは人間よりも亜人が多い国で有名である。
「はぁっ……はぁっ……あ、貴女、なんのつもりなの?いきなり私達に襲い掛かってくるなんて、正気じゃないわよ」
「見た所、貴女達は見所がありそうだったから。安心して、死にはしないから。ただその体、使わせてもらうだけ」
「へ、変態!?」
聞き様によってはそう取れるとはいえ、それには反論した。
「あのね、なんで女の私が女の貴女達に変な事をすると思うのよ」
「だって、そういった趣味の人間も居るって……」
そう言う彼女達は、エルフ、ドワーフ、ドラゴニュート(竜人)なのだ。
全員種族は違えど、冒険者に登録をして頑張っていた。
冒険者ランクも順調に上がり、ようやくAランクまで上り詰めた期待の新鋭達。
「私は人間じゃないわ。私は魔族。"ウロボロス"十傑、魔性の刃"千鶴"というの。貴女達の主となるんだから、しっかりとその脳裏に焼き付けておきなさいね?」
「ふざけた事をッ……!!」
「三対一で勝てると思ってるの!?」
「返り討ちだよ!」
そう言う彼女達を、妖艶な表情で見つめる千鶴。
その瞳には、彼女達は映っていない。
千鶴はバルビエルを崇拝している。
彼女達を手勢に加え、"ウロボロス"の戦力を向上させ、バルビエルの役に立ちたい。
そう思っていた。
だから、千鶴にとって彼女達はただの道具であり、それ以上でも以下でもないのだ。
「ふふ、力の差を教えてあげる。地上のぬるい環境で生きてきた貴女達に、魔界の地獄を生き延びてきた私の力、防げるとは思わない事ね」
千鶴が抑えていた魔力を解放する。
通常であれば、これだけの魔力が解放されれば街の者達ですら気付く。
けれど、"ウロボロス"には複数の魔道具があった。
そのうちの一つ、隠蔽系の魔術が多々組み込まれた魔道具。
使用する事で半径百メートル程ではあるが、外に音も魔力も漏らさない。
またもう一つは、対象は自身のみ、かつ何かに触れれば解除されてしまうが、誰にも認知されなくなる魔道具。
この数ある魔道具のおかげで、人知れず侵入する事が可能となっていた。
一歩、彼女達に歩み寄る千鶴。
その圧倒的な魔力に怯える三人。
「数は力と言うけれど、圧倒的な一を相手に、果たしてそれは力になりえるかしら?」
「「「!?」」」
そして、彼女達三人は地に伏す事となった。
圧倒的なまでの力の差。
それが、彼女達に十全の力を発揮させる事をできなくさせた。
「連れて行きなさい。彼女達は私の下で使うから、そう伝えておいて」
「「ハッ!!」」
「さて、次は……と、伝達?これは漆黒から……そう、一旦戻るのね、了解よ」
こうしてまた、"ウロボロス"によって力ある者達が攫われていった。
少しづつ、だが確実に、"ウロボロス"の魔の手は地上を侵食し始めていた。
-魔界-
「んー、こいつから聞き出せるのこれくらいだね」
「そうか、ありがとな」
「良いよー、久しぶりに楽しめたし!また拷問して良いの見つけたら、連れてきてね?格安で、被験者次第じゃ報酬も用意するよー?」
その言葉に苦笑しながら、その時は頼むと答えるタカヒロ。
「にしても、やっぱ下っ端に過ぎなかったか。大した情報は持ってなかったな」
「そうかなー?こいつの存在だけでも、色々とすでに相手は情報を渡してるよ?」
「どういう事だ?」
「まず、相手は精神を乗っ取る事で戦力を増やそうとしてるんでしょ。自分達は痛手を負わずにね。中々狡猾じゃない?」
「!!」
「それに、この術を使える奴って、少ないよねぇ?対象も絞り込めるんじゃないー?」
「馬鹿なっ!バルビエルはリンスレットが!」
「んー、魔王様のあの超圧縮魔法を受けても生きてるってのは考えにくいけど……ほら、例えばすでに魂が破損してて、極小の欠片が残ってたとかね。それなら、天上界のあいつなら、生き返らせられるよ?」
その言葉に、アリスティアによって大きな一撃を受け、魂がすでにボロボロであった事を思い出す。
「た、確かにっ……!って事は、"ウロボロス"か!!」
「だろうねぇ、魔界でも最近活動が活発みたいだよ。僕の被検体を攫うなんて許せないよね?」
その言葉に苦笑しつつ、考え込むタカヒロ。
「まぁ僕は地上がどうなろうと、ノルン様が無事ならそれで良いんだけど……こっちでも何か分かったら、連絡いれるよー」
「ああ、ありがとうエリシャ」
「いいって事よー。ノルン様の育ての親であるタカヒロの頼みなら、優先してあげるからねー」
「はは。さて……点と点が繋がったが、どうしたものかな。天上界、運命の女神ウルズにバルビエル、それに十傑か……これはまた厄介な相手だ……」
そう零し、タカヒロは地上へと向かう。
その背中へエリシャは言う。
「これ、連れて帰ってね?憑依してた魂は殺しちゃったけど、体は無事だし、元々の精神は殺していないから、そのうち目が覚めると思うよ」
「っと、悪い。分かった、学園に連れて帰る。記憶はあると思うか?」
「さぁ、どうだろうねー。そこら辺は僕の専門外だから。僕にできるのは、痛めつける事と治す事だけだからねぇ、ウヒヒ……」
彼女は虐殺天使の異名を持つ。
敵を痛めつけ、即座に治し、また痛めつける。
相手の精神を徹底的に潰すそのやり方に、ついたあだ名だ。
だが、本職はプリーストなのだ、信じられない事に。
むしろ治し方を知っているからこそ、壊し方も熟知していると言えるのかもしれない。
凶悪な笑い方をするエリシャに、若干引いてしまうタカヒロだった。