157.思惑
「……そうか。蓮華、これは伝えるか悩んでたんだけどな。表立ってこういう事が起きた以上、お前にもやはり伝えておこうと思う」
「私に、ですか」
「ああ。……私達魔界は、古くから天上界の奴らと諍いが絶えなかった。今は冷戦状態だけどな」
魔界と天上界が?初めて知ったよ。
「今回の事が表沙汰になれば、戦争は避けられないだろう。私の城に来て、手を出してきたんだからな」
「!!」
「リンスレット」
タカヒロさんが呼びかける。
リンスレットさんは、振り向き微笑んだ。
「フ、分かっている。お前は"無かった事"にしたいんだろう?」
「ああ。俺は戦争なんて望んじゃいない。それに、天上界だって一枚岩じゃないんだ。バルビエルがこんな手段に出たのは、遺憾だったけどな……」
「ああ。それで、私が伝えておこうと思ったのは、だ。この間の事もそうだが、魔界と違い地上は国同士の連携が取れていない。マーガリンが身を引いたせいもあるが、な」
「母さんが?」
「そうだ。本来、地上の王はマーガリンだ。しかしあいつは、世界樹を一番近くで守る為に、人間や亜人といった他種族に国を守らせる事にしたんだ。それが結果的に、地上を守る事に繋がると信じてな」
だから、母さんはあまり世界樹から離れないのか。
ユグドラシル領に他の人を入れないのも、その為だったんだ。
それなのに、私は……。
「っと、勘違いをするな蓮華。マーガリンは確かにユグドラシル領内に人を基本入れない。世界樹を危険から遠ざける為だ。だがそれは、お前の望んだ事を拒絶してまで守る事とは思っていないはずだ」
……どうしてこの人は、そんな事まで気が付いてくれるんだろう。
母さんも兄さんも、アリス姉さんやアーネストだってそうだ。
私の周りは、優しい人で一杯だ。
微笑んでくれるリンスレットさんに、笑顔で返す。
「ありがとうございます。リンスレットさんは、母さんにどことなく似てますね」
「そ、そうか?あいつに似ていると言われると、少し複雑なんだが……」
と苦笑するリンスレットさんに、ノルンとタカヒロさんが笑ってる。
「コホン。とにかくだ、蓮華は地上をまとめろ。アーネスト、お前でも良い。何かあった時、というか天上界が戦争を仕掛けてきた時、今のままじゃ地上は滅ぶぞ」
「「「!!」」」
「私達は常に、天上界を警戒している。この間のように、すぐ戦争にだって対応できるようにしている。だが、地上は違う。基本的に対応が遅い。あの時も、マーガリンやアリスティアが動かなければ、被害は尋常ではなかったはずだ」
「それは違うよー?カレンちゃんやアニスちゃんのお陰でね」
「あのインペリアルナイトの二人は確かに優秀だ。だが、それでも、だ。戦争は数だ。優秀な者が少数では、個々では勝てても、大局を見れば負けるぞアリスティア」
「うぐ……」
アリス姉さんも言葉に詰まる。
地上をまとめる、か……。
「マーガリンの力は頼るな。お前達の力で、信を得て、まとめあげるんだ。王になれとまでは言わん、マーガリンの威光も使って良い。だが、必ずお前達の力で成し遂げろ」
そう私達を見つめるリンスレットさんの瞳はまっすぐで、綺麗だった。
まるで、私達がそれをできる事を疑っていない、そんな目だ。
「……とはいえ、だ。性急にできる事でもない。時間は掛けても構わんさ」
そう微笑むリンスレットさんに、体の力が抜けるのを感じる。
いつのまにか、体に力が入りすぎてたみたいだ。
「そうだ蓮華、アーネスト。お前達も一度魔界へ来てみるか?船くらいなら出してやるし、あれならポータル石をこちらに繋げても良いぞ」
「「ホント!?」」
私達の声がハモる。
ノルンにだって来ないかって誘われてたし。
「はは、お前達は面白いな。そうだ、これを渡しておこう」
そうしてリンスレットさんから受け取ったのは、綺麗な水晶のような、虹色に光る小さな球だった。
「ちょ!リンスレット!?それ瑠璃七宝じゃないの!?国宝でしょ!!」
「「ぶっ!!」」
「そうだったか?私は物の価値に疎くてな。ま、構わないから受け取ってくれ」
「「って受け取れるかー!!」」
またハモった。
でもそりゃそうだろう。
どこの世界に国宝をぽいっと渡す人がいるのか。
あ、どこかの漫画で国宝の球に名前を彫りまくってトーナメントした人が居ましたっけ。
「構わないと言ったろ。それを持ってれば、私の関係者だと分かる。要は、私の庇護下にあるって証明だ。魔界にきても、融通が利くんだ」
「そ、そう言う事なら……」
「仕方ねぇな……」
と言って、アイテムポーチにしまう。
「ねぇリンスレット、私のはー?」
なんてアリス姉さんが聞いてる。
「お前は魔界に来れないだろうが」
「ぶー」
え、アリス姉さんは魔界に行けないの?そういえば天上界の、あいつ名前何て言ったっけ。
えーと、ハルマゲドン?アーネストのせいでそっちしか思い出せない!とにかくあいつも、地上に直接来れないとか言ってたっけ。
「アリスはなんで魔界に行けないんだ?」
「私の体、魔界のマナに対応できないんだよー。でも今の魔界なら、大丈夫なんじゃないリンスレットー?」
「そうかもしれんが、大事な友人に危険な事をさせられないな」
「それじゃ、マーガリンかロキと一緒に試すなら良いかなー?」
「……そうだな、あの二人のどちらかでも一緒なら、良いか」
「言質とったからねリンスレット!」
「はいはい」
うん、この二人も仲が良いよね。
なんていうか、母さんと兄さん、それにミレニアもだけど、昔馴染みなんだろうか。
「さて、それじゃ戻るとするか。報告助かったアスモ」
「「「「「え!?」」」」
その言葉の後、目の前に飛んでくるアリシアさん。
「もぅリン、言わないで良かったのにー」
「お前のおかげで、ギリギリ間に合ったんだ。縁の下の力持ちの友人を、知られずにおくのもあれだろう?」
もしかして、アリス姉さんが視線を感じるって言ってたのはアリシアさんだったのか!
それで、アリシアさんがリンスレットさんに伝えてくれて、最悪の事態にならずに済んだ、と。
謎は全て解けた!
ってかっこ良く言っても私なんにもしてないけどね!
「アリシアのおかげだったのかよ。さんきゅ、助かったぜ!」
そうアーネストが笑顔で言ったら、アリシアさんが真っ赤になって俯いた。
何あの可愛い人。
気付けば、リンスレットさんとタカヒロさん、それにノルンまで笑ってる。
これはもしかして、リンスレットさん……。
「はは。さて、私はこれで帰るが……タカヒロ、油断したお前には罰が必要だよなぁ?」
「ちょ、ちょっと待てリンスレット!あれは知ってる奴だったし、仕方なくないか!?」
「戯け。魔界では常に油断するなと言ってるだろ。油断して良いのは私とノルン、それに大罪の悪魔達くらいにしておけ」
結構多いんですね。
「はぁ、それでどんな罰なんだ」
タカヒロさんが溜息をつきながら答える。
私達も気になるので、静かに聞いている。
「私に一日中マッサージするとか」
「どんな罰だよ!!」
タカヒロさんがつっこんだ。
うん、まぁ一日中とか結構キツそうだけども。
「冗談だよ。ま、今回の件で少し調べる事がある。付き合え」
「ああ、それなら了解だ。蓮華に関わる事でもあるしな」
「ん?なんだ、蓮華と何かあったのか?」
「ノルンの恩人だろ?それに、蓮華とアーネストは、個人的に気に入っててな。力になってやりたいのさ。なんつーか、後輩みたいなもんだからな」
その言葉にくすぐったく思いながらも、アーネストと顔を見合わせて笑う。
「そうか。それじゃアスモ、お前の力も借りたいから、一緒に帰ってくれるか」
「了解だよリン。それじゃノルン、それに皆さん、また後で」
「アリシアさん、ありがとう。また戻って来たら、踊りの練習が待ってますよ。まぁアリシアさんはむしろもう完璧ですけど」
クスっと笑った後、リンスレットさんとタカヒロさん、アリシアさんの姿が消える。
リンスレットさんは消える前に、ノルンの頭を撫でていた。
あの人もきっと、ノルンの事が大切なんだろうな。
「はぁ、家族総出って結構恥ずかしいわよね……」
その言葉に笑ってしまった。
「そういえばさ、あのハルマゲの組織っつうのかな、あれの話もっと聞いておけば良かったよな」
あ、確かに。
っていうかハルマゲってアーネスト……。
「んー、リンスレットに任せておけば良いと思うよアーくん。何かあれば、教えてくれると思うから」
「まぁそうだな。俺達は踊りの練習しなくちゃな!」
アーネストの切り替えの速さに苦笑しながらも、私達は教室に戻る事にした。
ちなみに。
「それで蓮華さん、また忘れてない?」
「何を?」
「アンタ、憑依したまんまよ」
「あ……!!」
なんか、つい忘れちゃうんだよねこれ。
ちゃんと解いてから、教室に向かいましたとも。