155.VSタカヒロ(1)
-魔界-
「……ここは……」
「タカヒロ!目が覚めたのね!?良かった……」
魔王・リンスレット城の救護室。
その一室で、タカヒロは寝かされていた。
ノルンは話を聞き、すぐに魔界へ転移し、それからずっとベッドの横で看病をしていた。
その瞳は赤く腫れ上がり、泣いていたのが見て取れる。
「すぐにリンスレットに知らせてくる!」
そう言うノルンを引き留めるタカヒロ。
「いや、それは良い。それより、学園に戻って蓮華に話したい事がある。ついてきてくれないか?」
「え?それは、良いけど……」
何か、いつもと感じが違うとノルンは思いながらも、タカヒロに従う。
学園につき、オーラの訓練をしていた場所で待っているとタカヒロは告げ、ノルンは蓮華を呼びに寮へ向かう。
「さて、結界を張っておかねばな……」
その声は、タカヒロの声ではなかった。
-学園女子寮-
「タカヒロさんは無事だったの!?そっか、良かったぁ……」
ノルンからタカヒロさんが目を覚ました事を聞き、安堵する。
「それで、蓮華に話があるから呼んでくれって言われてね」
「そっか、もしかして何か分かったのかな」
「どうでしょうね……。それよりも、少し妙だったのよね……」
「何が?」
「その、いつもと感じが違ったっていうか……その、いつもなら、私の事を気に掛けてくれるのに、何にも言ってくれなかったし……」
その言葉に、にまにましてしまう私。
「ち、違っ!そういう事じゃなくって!それに、なんかこう、変だったのよ……」
「まぁ、会えば分かるかな?とりあえず、行こう。アリス姉さんとセルシウスも良い?」
「うん、もちろんだよ!」
「ええ、私も行くわ」
そうして、昨日のあの場所で待ってると言うので向かう事にする。
途中、アーネストがこちらに来る所だったので、合流した。
「それにしても、刺されたって聞いた時は心臓が飛び出るかと思ったぜ。あのタカヒロさんを倒すとか、ただもんじゃねぇな……」
「うん、かなりの手練れだね」
「それなんだけどね、なんか不自然じゃない?」
ノルンが言う。
それは私も思った。
「あのタカヒロさんが、リンスレットさんが気付く前に倒される所、だよね?」
「ええ。戦いにすらなってない、って事。つまりは……」
「顔見知り、って可能性だな」
アーネストの言葉に、頷く私達。
そして、いつもの場所に近づいた時、違和感を感じた。
「む……これは結界の中に入ったよ蓮華さん」
アリス姉さんがそう言う。
「ノルン、タカヒロさんから何か聞いてる?」
「いいえ……」
訝しむノルンだけど、私達は進んだ。
そうして、タカヒロさんの姿を発見した。
「ふむ、俺は蓮華を連れてきてくれと言ったつもりだが」
「え……その、ごめんなさい……」
「まぁ良い。お前は下がっていろノルン」
そう言って、剣を構えるタカヒロさん。
咄嗟に、距離を開ける。
「な、なんのつもりなのタカヒロ!?」
「囀るな。蓮華を殺す、その為に呼んだんだ」
「なっ!?」
ノルンが驚いているけど、私も驚いている。
あのタカヒロさんが、私を、殺す……?
「タカヒロさん、何の冗談だよ……?」
アーネストがネセルを構えて、聞く。
私もソウルを構える。
「俺はタカヒロではない。俺の名はバルビエルだ」
「「「「「!?」」」」」
「地上の世界樹のマナが濃すぎてな、俺はこの場に来る事が出来ない。だから、憑代を借りる事にした。華音が暗殺を失敗したと聞いてな、俺が直接出向いたというわけだ」
「大天使・バルビエル」
アリス姉さんがそう言った。
大天使……。
この世界には、地上・魔界の他に、冥界と天上界、それに神界があると聞いた。
そのうちの一つ、天上界の住人だろうか。
「これはアリスティア様、そのような幼き姿になられて、嘆かわしい」
「貴方、蓮華さんの命を狙うなんて、どういうつもり?」
「ユグドラシル様を復活させるには、世界樹という存在は邪魔でしょう?その化身足るその者は、最たるものです」
「ユグドラシルは、そんな事望んでない!」
「地上や魔界などの為に、あのお方を犠牲にして、何が変わったというのです。我々は地上も魔界も認めない。あの方を犠牲に生きる者達など、滅びれば良い!!」
このバルビエルという天使は、きっとユグドラシルの事を敬愛していたんだろう。
その敬愛する人が、自身を犠牲にした。
その辛さは、きっと身を裂かれるより辛いものだろう。
けど、あの時見たユグドラシルは、後悔しているように見えなかった。
本人がそれを望むなら、私も考えるけど……そうじゃないのなら、死んでやるつもりなんてさらさらない!
「ほぅ、抵抗するか。あの方の紛い物の分際で。その傲慢、死を持って償わせてやる」
タカヒロさんから、凄まじい魔力が溢れだす。
この、力は!?
「俺はこの者の力を最大限に引き出す事ができる。結界を張っているからな、お前達以外誰も気付く事はできない。助けを望んでも無駄だぞ」
そう言い終わると、私に一直線に向かってきた!
「させねぇ!!」
アーネストが割り込んできた!
「甘い!」
ギィン!!
「なっ!?」
しかし、力負けして吹き飛ばされてしまう。
そこへセルシウスが続き攻撃を仕掛けるも、いなされて吹き飛ばされる。
「このっ!!」
まずは剣を弾こうとしたのだが、ズシリと重く、反対に押されてしまう。
「フハハ!ユグドラシル様の化身ともあろう者が、この程度の力か!!」
ググッ!
ソウルが押されていく。
不味い、このままだと支えきれない!
「とりゃぁっ!!」
ギィン!!
「フッ!!」
私への攻撃を中断し、アリス姉さんの一撃を防ぐ。
そして、私の目には負えないスピードで、アリス姉さんを斬った。
「きゃっ!?」
ドオオオオン!!
岩に叩き付けられるアリス姉さんに、思わず叫ぶ。
「アリス姉さん!!」
ガラッ……!
「大丈夫!こんなの痛くないよ!」
そう言って、すぐに私の傍に駆け寄ってくれる。
「流石に強いですなアリスティア様。他の者とは一味違う」
「あんまり舐めないでよねー?手加減、しないよ?」
そう言って、腕輪を外す。
瞬間、とんでもない魔力が溢れだす。
「くっ……!!」
あのバルビエルという天使も、流石にこれには驚いたようだ。
「い、良いのですかアリスティア様。俺を殺すと言う事は、この者を殺すという事ですが」
「……蓮華さんを救う為なら、私は……」
「やめてぇ!!」
ノルンがアリス姉さんの前に出る。
「お願いアリスティアさん!タカヒロはずっと、ずっと私を守ってきてくれたの!小さい時からずっと……大切な、家族なのっ!タカヒロを、殺さないで……!」
「ノルンちゃん……」
その眼には、涙が溢れていた。
「アリス姉さん……」
「フハハ!隙ありですぞアリスティア様!!」
ドオオオオッ!!
「っ!!」
瞬間、凄まじい魔力が圧縮された魔術の光線が、アリス姉さんを貫く。
「あ……アリス姉さん!!」
「た、タカヒロッ!」
「俺はタカヒロではないと言っただろう。だが、良くやったノルン」
そう言ってノルンの頭を撫でる。
だがノルンは、悔しそうな顔をしていた。
いや、今はそれどころじゃない、アリス姉さん……!
だけど近づいたら、アリス姉さんはケロッとしていた。
「あいったぁー!もぅ、どうすれば良いんだよー!」
うん、元気そうで心配して損した。
「タカヒロ、正気に戻ってよ……!今のタカヒロなんて、私の知ってるタカヒロじゃないっ……!」
泣いてそう言うノルン。
そこに、変化が訪れた。
「だから、俺はタカヒロでは無いと言って……ぐぅっ!?な、にぃ……!俺に、抵抗、する、だとぉ……!?」
「タカヒロ!?」
「……ふぅ、よう、やく……元を、抑えたぜ」
「タカヒロなのね!?」
「あ、ああ。ノルン、皆、聞いてくれ。俺の心臓に、こいつは憑依の魔法を仕掛けたんだ。だから、そのまま俺を殺しても、こいつは逃げちまう……」
そんな……!
なら、どうしたら良いんだ!?
そもそも、殺すなんて選択肢はとらないけどね!
「だが、俺はこいつの魔力を逆手にとって、こいつの本体と俺を、繋げた。だから、今なら……俺を攻撃すれば、こいつにも攻撃が通る!」
「「「「「!!」」」」」
「だから、お前達は気兼ねなく俺を攻撃しろっ……!」
「嫌よ!それじゃタカヒロが死んじゃうじゃない……!」
ノルンが叫ぶ。
私もそんな事はできない。
何か、他に方法は……!
「違う、そうじゃない。俺を死なないように攻撃して、俺だけを回復させてくれ……!」
「ど、どういう事タカヒロさん?」
意味不明すぎて、聞いてしまった。
「要は、俺とこいつは繋がってて、俺にダメージが通れば、こいつにも通る。で、俺が回復しても、こいつにはダメージが蓄積されるってわけだ。俺の精神力が尽きるのが先か、こいつが死ぬのが先か、なわけだろ?」
「ああ、確かに。ってそれってつまり、そいつとタカヒロさんの根競べって事か!?」
アーネストが驚いている。
私だって驚いたけど。
いや、その発想は無かったよ。
「そういう、事だ。今は体の支配権を一時的に取り返せてるが、こいつを逃がさない為にも、そっちに集中するから、もう無理だ。頼む、こいつを確実に倒す為に……俺を攻撃してくれ!大丈夫だ、俺は絶対に負けやしない!!」
そう強い眼差しで言ってくれるタカヒロさんは、いつものタカヒロさんだ。
「分かったよタカヒロさん。傷は、私が回復させる。アリス姉さんは腕輪をもう一度つけて」
「了解!でも、あいつ強いから、手加減した状態じゃ結構苦戦すると思うよ?」
「へへっ!タカヒロさんを助けつつ、あいつをぶっ倒せば良いんだよな、燃えてきたぜ!!」
「ふぅ、また厄介な戦いね。相手を手加減して攻撃して、回復させてを繰り返すなんて」
「でも、やるしかない!ノルン、手伝ってくれるよね?」
「ええ、もちろん!タカヒロ、今助けてあげるから!」
「ああ、頼んだぜ皆……くっ!!憑依が解けない、だと!?俺を繋げるとは、甘く見たかっ……!」
どうやら、またこいつに戻ったらしい。
彩香ちゃんを駒にしてる許せない奴だし、ぶっ倒す事に躊躇いは無い。
タカヒロさんを殺さないように、こいつを倒す!