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153.夕暮れ

 皆でダンスをする事を決めてから、ずっと忙しない毎日を過ごしてきた。

 土の日の午後には、講師の仕事も……仕事なのかなこれ?

 まぁ、それもちゃんとやって。

 普段の時間は大抵皆で集まって踊りの練習。

 アーネストにアリシアさん、それにカレンとアニスは時々来られなかったけど、できるだけこちらに来るようにしているみたいだった。

 そんなこんなで日が進み、水の暦に入った。

 雨は雪へと変わり、この学園の中には落ちてこないけれど、空は白銀の世界で綺麗だった。

 段々と寒くなってきて、制服の上からマフラーや防寒着を着ている生徒も珍しくない。

 私は今、この寒い中でアリス姉さんと修練した場所に来ていた。

 ここは見晴らしが良く、何か考え事をする時はよくここに来るようになっていた。


「この世界にも、冬があるんだよね……」


 そう呟いたのを拾った人がいた。


「日本でも四季がありましたもんね。春夏秋冬、この世界では並びが違いますけどね」


 岩に腰かけていたけれど、立ち上がりそちらを見る。

 誰だろう。

 制服を着ているので、生徒なのは間違いない。

 だけど、私はこの人を知らない。


「失礼。私のこの世界での名前は霧雨(きりさめ)奏音(かのんと言います。蓮華さん、いえ……お兄さん」


「!?」


 私の元を知ってる!?

 この子、何者だ!?


「ふふ、思い出してくれませんか?小さい頃、ずっと遊んでくれていたじゃないですか蓮二さん」


「まさっ、か!彩香(あやか)ちゃん!?」


「はい、正解ですお兄さん」


 そう微笑むこの子は、玉田(たまだ)彩香(あやか)と言って、私が、いや俺が高校に入るまでの間、よく一緒に遊んであげた子だ。

 高校を卒業して、仕事をするようになってからは滅多に会う事もなくなり、誰かと結婚したって話を聞いたくらいだったけど。


「どうして私が……俺が蓮二だと分かったんだ?」


「私に命令してきた人に、聞いたからです」


「命令?」


「はい。蓮華さんを消せって」


「!?」


「で、詳細を聞いたら、蓮二さんだって分かったので、とりあえず従う振りして会いにきました」


「俺を消せって言うのは、また穏やかじゃないな……。そんな悪い事してきたつもりはないんだけど……」


「ふふ、知ってますよ。ただ、良い事が全ての人にとって都合の良い事にはならないって事です」


「……それで、彩香ちゃんは俺を消すのかい?」


「まさか。蓮華さんが知らない人なら、躊躇しませんでしたけど……私を救ってくれた恩もありますからね。でも、蓮二さんなら話は別ですよ」


 そう言って微笑む彩香ちゃん。

 良かった、元の世界での知り合いと、こんな形で戦う事にはなりたくない。


「ただね、私が裏切っても、第二、第三の私を送り込まれるだけだと思う。だから、私はしばらくそのまま居るつもり」


「そいつは、どうして私を消したいんだ?」


「戦争を起こしたいみたいだよ?その為には、世界樹が邪魔なんだって」


 この世界にも、そんな奴がいる事を悲しく思う。

 でも、彩香ちゃんをそんな奴の元に帰らせるわけにはいかない。


「彩香ちゃん、うちに来たら?うちなら、そいつが彩香ちゃんに刺客を向けたとしても、絶対に守ってあげられる」


「あはは、相変わらずお兄さんはお人よしなんですから。それに、守られるんじゃなくて、私が守ろうとしてるんだけどなぁ」


「そんな奴の元に居る必要はないじゃないか」


「ありますよ。闇の世界は根が深いんです。トカゲの尻尾斬りじゃ、意味がないんですお兄さん」


 そう言う彩香ちゃんの瞳は、冷たいものだった。


「ふふ、話せて嬉しかったですお兄さん。二人きりの時は、お兄さんってまた呼んでも良いですよね?普段は蓮華さんって呼びますから」


「うん、もちろん構わないよ彩香ちゃん」


「蓮華さんも、二人きりの時は良いですけど、他の人がいる時は奏音って呼んでね?」


「あはは、了解」


 そうお互いに笑う。

 そして、刀を構える彩香ちゃん。


「彩香ちゃん?」


「ほらほら、お兄さんも構えて構えて。おじさんによく稽古つけてもらったじゃないですか。その延長と思えば良いです」


「いやえっと、なんで?」


「言い訳するのに、戦闘の後も無いんじゃ、信じてもらえないじゃないですかー」


 ああ、成程。


「ふぅ、一応許可するけど、危なくなったら絶対に俺の所に助けを求めにくるんだぞ彩香ちゃん」


「ふふ、ありがとお兄さん。心配性なとこ、昔とちっとも変わってないね」


「そうか?」


 言いながら、ソウルを構える。


「うん、今はすっごく美人さんで可愛くなっちゃってるけど、話したら分かるよ。昔となんにも変わってない」


「それは褒められているのか貶されているのか……」


 そう言う私を、笑って見る彩香ちゃん。


「あはは、褒めてるんだよ。お兄さん、私ね、お兄さんが居なくなった後、交通事故で死んじゃったんだ」


「なっ……!?」


「あ、お兄さんを探して、とかじゃないよ念の為ね?これ言っとかないと、お兄さん気に病みそうだもんね」


 うぅ、するどい。


「信号無視の大きなトラックかな。幸いというか即死だったみたいで、痛みは感じなかったよ。でも、気付いたらこの世界というか……魔界に居たんだ」


 魔界……か。


「多分、お兄さんがこの世界に来る前に、私は来た。時間軸が違うんだろうね」


「俺が居なくなってから死んで、私より早く来たのか……あ、転生だからかな?」


「そうかも。でね、私は赤ん坊の頃から自我があったから、この世界の事たくさん調べたの。そして、この世界で生きて行く為に、強くなる修行をたくさんした。スキルっていうのがあって、言う程困らなかったけどね」


 転生組はそういうのやっぱりあるんだね。


「で、私を育ててくれたのが、あの大罪の悪魔の一人だったんだから、驚きだよね」


「え、大罪の悪魔が俺の命を狙ってるの!?」


「ううん、そうじゃないよ。あの人は私を育ててくれただけ。その事には感謝してるけど、最初に私を救ってくれた恩があるって言ったじゃないですか」


 ああ、そういえば。


「魔界は、地上と違って弱肉強食なんですよね。弱いと、慰み者にされちゃうんです。私は強くなる為の修行をたくさんしてきましたけど……やっぱり、中の下も良いとこでした」


「もしかして……」


「はい、まぁ有体に言うなら、殺される寸前でした」


「……!」


「そんな顔しないでください。そんな私を助けてくれたのが、蓮二さんを殺そうとしてる奴です。恩はありますけど、情はないです。ただ、道具として私を拾ったに過ぎませんから」


「彩香ちゃん……」


「今では私も、その組織の幹部です。まぁずっと組織の為に働いてきましたからね。汚い事も、当然してきました。私の手は、もう血塗られてます」


 どう、声を掛けて良いのか分からなかった。

 安穏と暮らしてきた私には……。


「そんな悲しそうな顔をしないでくださいよ。私、嬉しかったんです。蓮二さんが居てくれて。だから私、頑張れた。これからも頑張れる。お兄さん……蓮華さんは、表の世界で生きて。私は裏の世界で、蓮華さんを陰ながら守ってあげる」


「どうして、そこまで?」


「ふふ、決まってるじゃないですか。私、昔お兄さんが好きだったんですよ?」


「え、えぇぇ!?」


「まぁ、気持ちを伝えられなかった私も悪いんですけど。関係が崩れるのが怖くて、言えなかったんですよね……。で、お兄さんは働き出して、会えなくなって……そんな時に今の夫から告白されて、まぁいっかって結婚しちゃったんですけど」


「衝撃の真実をあっけらかんと話すなよ……」


「あはは、今だから話せるってやつです。お兄さんは私の初恋の人です。昔って言いましたけど、今だって好きですよ?でもそれは、もう恋心じゃなくて……お兄さんが好きなんです。あー!うまく言えないや!」


 刀を構えたまま、苦笑する彩香ちゃん。

 俺、いや私は……なんて言えば良いんだろうか。


「もう一度言いますけど、恋慕の情じゃないんです。お兄さんが好きだから、力になってあげたい。これが理由じゃ、信じてもらえません?」


「彩香ちゃんの事は最初から信じてるよ」


「そうですよね、そうじゃないといきなりうちに来なよとか言えませんもんね。知ってます」


 そう笑って言う彩香ちゃんに、私も笑う。


「……蓮華さん、蓮華さんの周りには、凄い方がたくさん居ます。そうやって味方を増やしてください。真の敵は、空ですから」


「空……?」


「おしゃべりが過ぎましたね。行きます蓮華さん……!」


「ちょ、まっ……!?」


 こうして、彩香ちゃんと戦う羽目になった。

 昔の知り合いと出会えた嬉しさと、目に見えない敵が居る事を知った夕暮れ。

 間近に迫ったダンスパーティの前に、色々と考えさせられるのだった。



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