144.バーサーカー
「ここか」
身の丈3メートルにも届こうとする巨体の男がそう呟く。
まるで戦場に居るかのようなその風貌は、否が応でも人目を惹く。
カランカラン
入口の門を開けると鐘の音がする。
ここは学園街・フォルテスのモンスターハンターギルド。
その身の丈に似合わぬ静かな足運びで、受付の元へと行く男。
「すまない、魔物の換金はどこですれば良い?」
「あ、はい!右手に鑑定を行う部屋がありますので、そちらでお願い致します」
「分かった、ありがとう」
そう伝え、男は移動する。
受付嬢は驚いた。
男の背に武骨な剣……というのもおかしい。
ただ叩き付ける為に存在するかのような、巨大な武器。
それを軽々と背負いながらも、その歩きに音が出ていないのだ。
普通、あれだけ重そうな武器を所持している者が歩けば、床が軋む音がする。
数多くの冒険者やハンターを見てきた受付嬢は、その違いに感嘆した。
彼は、強いと。
「それじゃ、これが今回交換の金だ。アンタ見た目通り凄いな。この魔物は中々狩れる奴が居なくて、素材が品薄なんで助かるよ」
そう笑って言う職員に、男は簡潔にそうかと答え、外に出る。
「こういう施設があるのは助かるな。この世界の者でない俺のような者でも、お金を手にできる」
そう一人呟き、歩き出す。
この男の名はヘラクレス。
「この街に居ると聞いたんだがな……む?かなり抑えられているが、この魔力は間違いない……!」
そう呟き、その魔力の先へ向かう。
蓮華達が居る、その場所へと。
「『ワープ』完了っと。それじゃバニラおばぁちゃん、宿はどこなの?」
「レンちゃんとアーネスト君は、ここで待っててくれたら良いわぁ。ちょっと所用と連絡も済ませてくるからねぇ」
そう言って、バニラおばぁちゃんは一人で行ってしまったので、待つ事に。
「振り出しに戻るってこんな感じかなアーネスト」
「はは、違いねぇ」
笑って言うアーネスト。
そんな時、一人の男がこちらに向かってくるのに気が付いた。
視線を向ける。
で、でかい。
元の世界でもあんな巨体見た事ないぞ。
しかも、そいつがこっちへ向かってくる。
「突然すまない。俺の名はヘラクレス。少し訪ねたい事があるんだ」
その巨体に似合わず、丁寧な話し方に少し警戒が薄れてしまった。
「あ、はい。なんですか?」
「俺は魔剣と呼ばれる剣を探して世界を旅している。今回、この街にネスルアーセブリンガーと呼ばれる剣が在ると教えてもらって来たんだが……」
ヘラクレスと名乗った男の視線が、アーネストの背に向く。
「話は本当だったか。すまないが、破壊させてもらう」
そう言って背に持っていた武器を構える。
「「なっ!?」」
咄嗟に後ろに飛び距離を取る。
私達の行動に、不思議そうにするヘラクレス。
「どうしたんだい?俺は君達を狙っているわけじゃない。ただ、魔剣を破壊したいだけなんだが」
「理由を聞いても?」
そう聞いたら、不思議そうに答えてくれた。
「理由?君達は何故魔の剣と呼ばれるのか、知らないのかい?人に不幸をもたらす剣。だから魔剣と呼ばれるんだよ。俺の生きていた世界もね、魔剣によって滅ぼされた。この大好きな世界を、俺の故郷と同じようになどさせるものか」
人に不幸を……私は、魔剣と言っても嫌悪感はなかった。
でもそれは、偶々邪悪な気配を感じないソウルや、ネセルだったからかもしれない。
「さぁ、その魔剣をこちらへ。俺が破壊する」
だけど、それは聞けない。
「ごめんなさい。その魔剣はもう友達なんです。だから、壊す事はできません」
「ああ。それに、ネセルは世界を滅ぼそうなんて考えちゃいねぇよ」
その言葉に、悲しそうにするヘラクレス。
「そうか、すでに精神支配を受けてしまっているのか。狡猾な魔剣め……すまない、俺はその手の事には対処ができない。せめて、俺の手で苦しまずに魔剣と共に眠らせてやろう!」
凄まじい力を感じた。
なんだこれは、魔力じゃない!?
「アーネスト!ここで戦ったらマズイ!」
「分かってる!ったく、また逆戻りだな!」
そうして、私達は再度学園の方向へ走る。
「逃がすかっ!!」
あの巨体とは思えない程のスピードで追いかけてくる。
こ、こわいぃぃぃぃっ!!
あんな巨体に追いかけられるとか恐怖でしかないんですけどぉ!?
しかも、私達とほとんど速度が変わらないぃ!!
「あ、アーネスト!!すっごい怖いんだけどぉ!!」
「同感だよ!でもあっこで戦うわけにゃいかねぇだろっ!」
言いながら走る。
後ろにはつかず離れずに追いかけてきているヘラクレスが。
そうして、頃合いを見て後ろへ飛ぶ。
そう、追いかけてきている方へだ。
ヘラクレスは私達をそのまま追い抜き、止まる。
「追いかけっこは終わりか?」
「ここなら、被害も出ないと思ってね」
そう言って、私はソウルを構える。
アーネストもネセルを構えた。
「すまない、お前達を救ってやる事が俺にはできない。幸い、この力は俺の理性を無くす。事が済んだ時、お前達の肉体が残っていれば、供養しよう」
なんか怖い事言ってる。
この人、人の言う事聞かないし。
とりあえず、気絶させるしかないか……。
そう思っていたら、彼の眼の色が変わる。
魔力じゃない、強大な力を身にまとわせ、上半身の服が飛び散った。
その筋肉質な体に驚いたけど、それ以上に。
先程まではまだ話せた。
だけど、今の彼は。
「グルルルル……」
魔物化、してませんか。
もしかして、これって……。
「蓮華、狂戦士化って奴じゃないか、これ……」
狂戦士、いわゆるバーサーカーってやつですか。
それ、なんでも破壊しまくるって事ですかねぇ!?
「グルオォォォッ!!」
ドゴォォォォォォン!!
ヘラクレスが武器を振りぬいた。
それを避けた後、地面にクレーターができた。
「やっべぇ!これアリス並みの破壊力があるんじゃねぇか!?」
うん、アリス姉さん基準なのがあれだけど、私も同じ事思ったよ!
目の前の彼は、ただ私達を破壊しようとするモンスターだ。
なら、遠慮はしない。
「アーネスト、全力で行くぞ!!」
「おうっ!!」
こうして、唐突にヘラクレスとの戦いが始まった。