139.強くなる理由
「999、1000……!」
魔力を全身に張り巡らせての素振りを終える。
まだ早朝な為、冷たい風が頬を撫でて気持ち良い。
「はぁぁっ……!」
「!?」
ギリギリで避ける。
その先に居たのは、ノルンだった。
「やるじゃない蓮華。気が緩んだ瞬間を狙ったのに」
「周囲には気を配ってたからね、ノルンが見てたのは知ってたんだ」
「へぇ……」
感心したようにノルンが言う。
「アンタは普通に生活する分には、十分すぎる強さを持ってるじゃない。なんでもっと強くなろうと思うの?」
「そうだね……以前の私なら、そう思わなかったかもしれない」
「……」
言葉を発せず、私の言葉を待ってくれるノルン。
私は続ける。
「私は、色んな人に守られてる。母さん、兄さん、アリス姉さんに大精霊の皆にアーネスト……だけどね、私は守られたいんじゃない。大切な人達を、守りたいんだ」
「アンタの力なんて無くても、自分を守れる方達に思えるけど?」
「そうだね。でも、ずっと無敵な人なんて居ないよ。もし何かあった時……その時に力になれるように、色々な事を学びたい。今はそれが、力というだけかな?」
「ふぅん……それじゃ蓮華、魔界に来てみる?」
「魔界へ?」
「ええ。魔界はね、地上とは少し違うわよ。リンスレットが魔王としてまとめてからは大分ましになったって聞いてるけど」
「どういう事?」
「魔界は、弱肉強食って事よ」
「……それって、弱者は虐げられてるって事?」
「そういう所もあるわね」
「なっ……!」
「蓮華、私達は恵まれてるのよ。まず第一に力があるから。守りたい、口にするのは簡単よ。でも、全てを守るなんてできないわ。それは例え魔王でも、よ」
それはそうだろう。
私は、私の大切な人達を守りたい。
けれど、その大切な人達は、生きている間にどんどん増えるだろう。
この世界にきて、少しの間にたくさん増えたように。
「魔界は無法地帯というわけではなく、強者の元でルールが敷かれているの。七人の大罪の悪魔達の統べる国があるわ。地上に12の国があるように、魔界にも7つの国があるのよ」
「その7つを大罪の悪魔がそれぞれ治めてるって事か。あれ?ならリンスレットさんは?」
「リンスレットは魔王、全ての国の王よ」
「ああ、成程。あれ、それじゃアリシアさんって、今国を放置してるの?」
「……アリシア、いえアスモデウスは、国を治めていないわ」
「え?」
「まぁ、魔界は色々あるのよ。それより、記憶にでも留めておいて。私は魔界に帰ったら、修行の旅に出るつもりだから」
「ノルンが!?」
「ええ。私は今まで、生きていなかった。だから、これからを生きる為に、旅をして国を見て周るつもりよ」
驚いた。
ノルンがそんな事を考えていたなんて。
私も学園を卒業したら、旅をするつもりだった。
でもそれは、ノルンの旅とは別の意味でのものだった。
「ノルン、その旅に付き合うって言ったら、ダメかな?」
「アンタならそう言うと思ったけど、それは私が旅で大きくなってからお願いするわ」
「身長が?」
「ここでボケるとは良い度胸ねぇ蓮華……」
「ご、ごめんなさい」
素直に謝った。
その、シリアスが続くのに耐えられなかったんです。
「はぁ、ったくアンタは。ま、全ては学園を卒業してからだけどね」
「そうだね。ノルン、私もね……学園を卒業したら、色々と見て周る旅にでるつもりだったんだ。母さんや兄さんにも話してるし、許可も得てる」
「へぇ……私が何か言うまでもなかったみたいね」
そう微笑むノルンに、私も微笑む。
「ノルン、私も今よりもっと強くなる。そして……また、勝たせてもらうよ?」
「フン、言ってなさい。次に勝つのは私だから」
お互いに笑う。
ぎゅるるる……。
という音が私のお腹からした。
「「……」」
無言になる私達。
穴があったら入りたい。
きっと真っ赤になってる私を見て、ノルンが笑う。
「あははっ!アンタは本当に真面目な話が続かないわね」
「うぅ、わざとじゃないんだよ。それに、動いた後ってお腹すくじゃないかぁ……」
「はいはい、それじゃご飯食べに行きましょ」
「うん、そうしよっか。そういえば、そろそろバニラさんが来る頃かな」
「あのハチャメチャな人よね?ヴァーチャルなんちゃらってのを学園に導入するって話だけど、私はやっぱり自分自身を鍛える方が楽しいわね」
なんて会話をしながら、私達はレストランに向かった。
ノルンと二人、少し前まではこんな関係になるなんて想像もしていなかった。
嬉しいね。
それから、レストランについて何を食べるか選ぶ。
この間の龍肉を使ったメニューが滅茶苦茶一杯ある。
私はそれらを軽くスルーして、お味噌汁にご飯、目玉焼きにサラダを選んだ。
「アンタ、少しは貢献してあげなさいよ……」
って苦笑するノルンだけど、ノルンも選んでないよね。
ノルンは野菜のミルクスープにチーズトーストを選んでた。
二人で同じテーブルについて食べてたらアリス姉さんとセルシウスが来て、更にアーネストやアリシアさん、タカヒロさんに明先輩と次々来るものだから、さっきまでガラガラに空いてた私達の周りが、一気に騒がしくなってしまった。
でも、こんな時間が大好きになっている私だった。