138.墓参り
-魔界-
「なぁそこの兄ちゃん、これ買ってかないかい!?他よりお買い得だよ!見てってくれよ!」
「私の事かい?」
真っ白なフードを着ており、その服の上には黄金の紋様が飾られている。
顔が見えず、滑らかな金髪はフードの中から腰まで届くほど長い。
「おっと悪い、嬢ちゃんだったかい?綺麗だねぇ。フードで隠すなんて勿体ない。いや、だからこそフードで隠してるのかい?」
肌は白く整った顔に性別の判断すらできないほどの美しさがある。
髪と眉毛はプラチナブロンド色、瞳は光を放つほどの金色で獣の瞳孔をしている。
「どちらでも構わない。なら、この果実セットを頂こう」
「おお、毎度ありっ!」
必要最低限のコミュニケーションを取り、品物を購入した後、魔王城へと足を向ける。
大罪の悪魔の中でも、最強と呼ばれる"傲慢"のルシファーである。
「止まれ!この先は魔王・リンスレット様の」
「知っている」
その力の一端を感じ、すぐに言葉を告げる。
「こ、これはルシファー様!?リンスレット様に御用なのでしょうか!?」
「そうだ」
「か、畏まりました!おい!門を開けろ!」
魔王・リンスレットの住む城へ続く道。
その道には12の門が存在する。
その全ての場所が堅牢であり、魔王を守護する為の関所となっている。
本来、大罪の悪魔達はこの道を使わずとも魔王の元へ行ける。
だというのに、ルシファーは徒歩で来たのだ。
門を守る兵が驚いたのも、仕方のない事だった。
「……」
道中言葉を紡ぐ事もなく、ただまっすぐ歩いていく。
だが、3つ目の関所を超えた先で、足を止める。
「ここだな……」
道を外れ、奥へ進んだ。
しばらくすると、墓のある場所に着く。
この場所は、ある者が永久の眠りについた場所。
ルシファーがまだ堕天する前の親友であった、ガブリエルにミカエルとラファエル。
そのうちの一人、ガブリエルの墓である。
四大天使の一人でもあったガブリエルは、魔界に侵攻した際に、命を落とす事となった。
魔界への侵攻を反対していたルシファーは、ミカエルとラファエルに止められるも聞かず、その際に天上界を離反。
堕天使と扱われる事となった。
「ガブリエル、来るのが遅くなってすまない。今年は少し珍しい事が起きたのでね」
そう語るルシファーの口調は優しい。
そこに、足音が響く。
この場所を知る者は限られる。
ルシファーは振り向く事なく告げる。
「貴女が来る事はないでしょうに」
「そうはいかないさ。彼女を殺したのは、私なんだ」
魔界の王・リンスレットである。
その言葉に、優しく反論する。
「貴女は正しい事をした。それはガブリエルも理解しているし、私も理解している。でなければ、ガブリエルは貴女を殺さねばならなかった」
「ルシファー……私は」
続けるリンスレットに言葉を重ねる。
「私もガブリエルも、貴女を憎んでなどいない。憎むとすればそれは……」
言葉をきり、空を見るルシファー。
リンスレットもまた、空を見る。
「リンスレット、地上に生まれた世界樹の化身は、"使えそう"かい?」
「……良い子だった。強さは、ノルンより少し上といった所か」
「……そうかい。なら、その子の実力を上げる為にも、魔界に招待してはどうだい?」
「魔界に?」
「ああ。魔界は地上の制約を受けない。マーガリンやロキの威光も、魔界では関係が無い」
「フ、私がノルンに怒られそうだな」
「なら、ノルンもつければ良い。まだあの子も未熟だ」
「そうだな、それも考慮にいれよう。マーガリンには伝えておいても構わないか?」
「私に聞く必要はないよリンスレット。貴女の判断に私は従うだけさ。道は示すけど、決めるのは貴女だ」
「ふふ、お前は厄介な奴だな」
そう笑うリンスレットに、ルシファーも微笑んだ。
「それはガブリエルへのお供えか?」
ルシファーの持ってきていた、色とりどりの果物。
「途中で買った。買うつもりはなかったんだが、しつこそうな店主だった。買う方が早く終えると判断したんだ」
その言葉に笑うリンスレット。
「そうだな、お前は紅茶とチョコレートが好きだもんな」
これでルシファーは、地上によく行っているのをリンスレットは知っている。
ファッションにも精通し、地上でいくつかの会社のオーナーもしているのだ。
フードの下に来ている服は、最近の流行に沿ったものを着ている事だろう。
「あの時、出会えた子に貰って美味しかったんだ」
あの時とは、ガブリエルを失う事となった後。
神の加護を多く失い、魔界へと堕ちたルシファー。
魔界では外来者を排除するべく動きだした古き魔王達との戦いが起こった。
多くの魔王達と数々の戦いを繰り広げ、勝ち残り、生き残るが事ができた。
その際にできた仲間が、現大罪の悪魔達、そして古からの魔王である、リンスレットだった。
リンスレットはガブリエルを討った事を後悔していた。
しかし、天上界の命により来たガブリエルは、無視するには強大な力を持ちすぎており、手加減などできる相手ではなかった。
その事を後悔していたリンスレットは、ルシファーを守る選択肢をとった。
反対する魔王達と対立し、戦になった。
今の体制に至る前の事である。
「そうか」
そう一言告げ、墓の前にあぐらを組むリンスレット。
「お前は強かったよガブリエル。もしお前が生きていたら、お前とこうして酒を交わしたかったなぁ……」
そう言い酒を飲むリンスレットを、優しい表情で見守るルシファー。
その瞳には、リンスレットへの確かな信頼があった。
「リンスレット、私は大罪を犯した。けれど、後悔はしていない」
「ああ、分かってる。お前はお前の望むようにしたら良い」
そう言うリンスレットに、ルシファーは微笑み返す。
今は晴天となった魔界の空。
天から零れる優しい光が、二人を照らしていた。