137.初めての講師のお仕事(2)
コンコン
扉をノックする音が聞こえる。
「ノルンかな?」
「私が開けてくるよ蓮華さん」
そう言ってタタタッと身軽なアリス姉さんは扉を開けに行く。
ガチャ
「いらっしゃ……何してるの?」
「な、なんか緊張しちゃって。変ね、今までこんな事なかったのに、どうしてかしら……」
アリス姉さんとノルンが何か話してるけど、そろそろ時間だし、セルシウスと共にノルンの元へ行く。
「時間だねノルン。行こっか」
「なんでアンタはそんな平然としてるの……?」
なんて聞いてくるノルン。
なんでと言われても……。
「メタ認知って知ってる?」
「なにそれ」
流石にノルンでも知らないか。
まぁ元の世界での心理学だからなぁ。
「えっとね、自分の心を客観視すると良いんだよ。自分の心を観察するっていうのかな」
「自分の心を……」
「そ。そうする事で、ちょっと舞い上がったりしても、すぐに落ち着けるようになるよ」
「アンタって時々大人よね」
「大人だからね……」
遠い目をする私に笑いだす三人。
うぅ、酷い。
「ふふ、ごめんなさい。アンタの見た目と中身のギャップが酷くてね。でもお陰で緊張が解れた気がするわ、ありがと」
「そっか、どういたしまして」
そんなやり取りをしてから、開けてくれたという場所へ。
あれ、室内って聞いてたのに、外に教壇と黒板、それにたくさんの椅子が並んでる。
というか、なんだこの数……闘技大会の時程とは言わないけれど、多すぎないこれ。
そう思っていたら、シオンさんが来た。
「すみません蓮華さん。想定以上の数の募集がきてしまいまして、断っても皆さんどうしても、と……。そこで、教室では入りきらないので、急遽外に場所を作らせて頂きました」
なんて説明をしてくれる。
うへぇ、声を届かせるの、シルフの力借りるかな。
「分かりました。まぁ問題ありません。それに、実演もする予定だったので、外で丁度良かったです」
そう言ったら、安心した表情になるシオンさん。
というか、シオンさんも見るつもりなのか。
簡単なお話するだけなんだけどなぁ。
そうして、教壇の上に立つ私とノルン。
少し離れた位置に、アリス姉さんとセルシウスが立って見ている。
ざわざわと騒がしかったのが、水を打ったように静かになる。
「こんにちは。もう皆さん知ってるでしょうけど改めまして。レンゲ₌フォン₌ユグドラシルです。今日から時々、学園の講師として皆さんの講義を受け持つ事になりました。不定期の開催になると思いますけど、興味のある方はこれからも覗いてみてくださいね」
その言葉に拍手が起こる。
そして、ノルンが続ける。
「私とアリスティアさん、それに大精霊のセルシウスは蓮華の補佐という形で参加させて貰うわ。この子凄いけど、どこか抜けてるからね」
「それここで言う事じゃないよねノルン!?」
「先に言っておいた方が、失敗した時にダメージ少ないでしょ」
「失敗する事前提なの!?」
なんて皆の前だというのにいつも通りにしてしまったので、皆が笑い出す。
うぐ、しまった。
アーネスト、一番前で笑いすぎだからな!
「コホン。それじゃ授業を始めます。基本的にこの授業は記録媒体を用いません。けど、皆で習った事を話し合うのは全然構いませんので、しっかりと自分の力にして役立ててくださいね」
その言葉に、皆真剣な表情になる。
うん流石学園に来た人達だね。
皆強くなりたくて、この学園に来ているんだ。
そして、母さんから習った魔法・魔術の基本理念とかを軽く話していく。
基本的な事は皆知ってるので流す程度にね。
よし、そろそろ当てていくか。
「それじゃアーネストの後ろから三番目の君」
「は、はい!」
「魔法はなんで詠唱が必要だと思う?」
「えっと、詠唱する事で理を結び、魔力を顕現して魔法へと昇華するからです」
「はい、不正解。ううん、習ってきた事としては正解だけどね?」
「どういう事ですか?」
「詠唱は、自分がそれをイメージする為に必要だから唱えるんだよ。詠唱と言霊の違いを……はい、アーネストから後ろの6番目の人」
「はい!」
「おい蓮華、なんでも俺を基準に人を当てるな!」
そのアーネストの言葉に皆笑う。
「はい生徒会長が授業の邪魔しない。だって、元の教室には机に番号札置いてもらう手はずだったのに、なくなったから仕方ないじゃないか」
って言ったら、セルシウスが氷で番号札を一瞬で作って、皆の手元に届かせた。
冷たくないんだろうかあれ……。
「ありがとセルシウス。それじゃ、さっきの、えっと番号札66番の人、詠唱と言霊の違いは分かる?」
「は、はい、その、分かりません……」
「どこら辺が分からないかな?」
こういうのは、ゆっくりやるのが良い。
答えを一気に言うのでは、考えないから意味がない。
しっかりと考えて、分からないのならそれで良いんだ。
でも、分からないから分からない、じゃ何も変わらない。
「えっと……蓮華先生が言った、イメージする為に詠唱を、という所が……」
「成程。例えばそうだね、君は何の属性魔法が使える?」
「火、です」
「うん、ならその火の魔法を使う時、詠唱から火を連想してないかな?」
「あ……!はい、してます!」
「それがイメージ。言葉で燃え盛れ爆炎とか言ったら、よく燃えてるのをイメージできるよね?」
「確かに……!」
「それが詠唱の意味。でね、言霊はそれを実際に発現するのに必要な儀式。『ファイア』とか『ファイアーストーム』とか、そういうのだね」
「そ、それじゃ、蓮華先生が普段詠唱を使わないのは……」
「うん、頭の中でイメージしてるからだね。だから、言霊だけで発現できるんだ。詠唱省略とかじゃなくて、省略の部分をすでにイメージで補ってるわけだね」
周りで、皆が感嘆しているのが聞こえる。
皆詠唱を重視しすぎて、イメージしていないから、威力が弱いんだよね。
それだと言葉を理解していないと、結局同じだ。
「ただ、これは魔法だけの使い方だよ。魔術はまた異なるんだ。その違いを……」
誰を当てようかなーって見渡してると、皆ドキドキしてるのが伝わってきて面白い。
そんな事をしていたら、チャイムが鳴った。
「ありゃ、終わっちゃった。それじゃ、今回はここまで。次は魔術についてお話するから、聞いてみたい人はまた集まってね。お疲れ様でした」
「「「「ありがとうございましたっ!!」」」」
皆席から立ちあがって、頭を下げてお礼を言ってくれる。
その後アーネスト達が皆揃ってきた。
「すっげぇ面白かったぜ蓮華!時間が経つのがめっちゃ早くてビックリだぜ!」
「ええ、話の内容も興味深いし、何より授業のやり方が面白いわ。あれじゃ皆真剣に聞くしかないわよね。まぁ、そうでなくても真剣に聞く人しか居なかったでしょうけど」
そうアーネストとアリシアさんが言ってくれる。
「あはは。それよりごめんね、二人の出番まで行けなかったよ」
「授業配分に関しては、慣れてないんだししょうがないと思うぞ蓮華さん。それに、あのペースでも問題ない、むしろ理解させる為のスピードだ、誰も不満になんて思っちゃいない。むしろ、次回は更に人が増えるだろうな」
なんてタカヒロさんが言ってくる。
これ以上とか勘弁してください……。
「ノルンもごめんね、ほとんど私だけで話しちゃった」
「構わないわよ、元からフォローのつもりだったんだから。それに、私も聞いていて楽しかったわ」
そう言ってくれるノルンに微笑み返す。
まだ残って先ほどの私の話を言い合っている生徒達が多数。
こちらに話しかけにきたそうだけど、私の周りのメンバーに委縮しちゃってる感じかな。
そう思っていたら、シオンさんが来た。
「蓮華さん、大変興味深いお話でした。それに、授業内容もとても分かりやすい。教員達も手本にしてほしいくらいですよ」
そう言ってくれる。
お世辞だと分かっていても、嬉しいものだね。
「それで、次はいつ開講して頂けますか?皆それが一番知りたいと思っていますよ?」
その言葉に、一斉にこっちを向く皆。
うへぇ、そんな見られましても。
「え、えっと、それじゃ来……」
来週と言おうとしたら、明らかに悲しそうな顔をする生徒達が見えた。
ぐっ……そんな顔されたら困る。
「……今週の休み前の14の土、午後一でやります」
その言葉に、皆が騒ぎ出す。
絶対開けとかないととか、その日までに予習しとこうとか色々聞こえる。
「分かりました、我々もその日は受講させて頂きますね」
なんて笑顔で言うシオンさん。
貴方達は教える側ですよね……。