120.受付嬢・桜井春花
-春花視点-
2019年5月1日。
大化以降248番目の元号、令和となった記念すべき日。
私は、この世界から旅立った。
子供の頃から心臓が悪く、ずっと病院の個室で過ごしてきた。
友達はいない。
毎日お母さんが来てくれた。
お父さんはお仕事が忙しいだろうに、お休みの日はずっと私と居てくれた。
「ごめんね、元気な体で産んであげられなくて……」
そう言って、涙を流すお母さん。
「私、平気だよ。お母さんが居て、お父さんが居る。それだけで、私は幸せだよ?」
これは私の本心だ。
そのままお母さんとお父さんに伝えたら、私を抱きしめてくれた。
嬉しいのに、私の口から零れたのは、言葉ではなく咳だった。
「ゴホッ!ゴホッ……」
「春花っ……!春花っ!こんなに良い子なのに、あぁ神様……どうして、どうして春花がこんな辛い目に合わなければならないのですか……!?私が、春花と変わってあげられたなら……!」
お母さんが私を抱きしめながら、背中をさすってくれる。
外が騒がしくなってきた、お父さんが先生を呼んでくれたのかもしれない。
気付けば、私は口から血を吐いていたみたいだ。
「おがぁさん、よご、しちゃった、ごめん、ね」
なんとか言葉にできたけど、お母さんは更に泣いてしまった。
「良いの、良いのよ春花!そんな事気にしなくて良いの!春花、ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
そう言って、私を抱きしめ続けてくれたお母さん。
それから、手術室に向かうようで、注射をうたれた。
いつもの麻酔、だけど、私は本能的に分かってしまった。
きっと、次はもう、目が覚めれないんだろうなって。
目を瞑る前に、泣きそうな、涙が零れるのを必死に我慢しているお父さんを見て。
「お父、さん、お母、さん、わた、し、ふた、りと、いれ、て、しあわせ、だった、よ」
途切れ途切れになりながらも、力を振り絞って言った。
だって、これが最後になるかもしれないと思ったから。
「はる、かっ……!」
お父さんが泣き出した。
ごめんなさいお父さん、泣かせるつもりはなかったの。
ただ、私を生んだ事を後悔してほしくなかった。
私は長く生きられなかったけど、幸せだった。
後悔なんて、してない。
ううん、してるとしたら、大好きな二人を泣かせちゃった事。
私が居なくなっても、二人仲良く、幸せに……。
こうして、私の意識は途切れた。
うん、途切れたんだよ?
なのに、どうして意識があるのかな?
目を覚ましたら、見慣れない部屋だった。
病院じゃ、ない。
それに、ずっと痛かった胸のあたりが、今は何も感じない。
きょろきょろと辺りを見回したけど、殺風景で何もない。
その時、コッコッコッと音が聞こえた。
「目が覚めたかい」
そう声を掛けてくれた人は、なんだろう、絵本で読んだ死神みたいな真っ黒い恰好をしていた。
「あ、はい。えっと……」
なんて言ったら良いのか混乱していると、その人が続けてくれた。
「ああ、まず最初に、君はもう死んだ。だから"ここ"に居る」
ああ、やっぱり。
私は、死んだ。
冒頭に戻る。
ってループしちゃうよ、話はここからだよ。
「えっと、死後の世界って事です……か?」
「いーや、ここは君からしたら異世界の"ラース"と言って、まぁ別の世界だけど死後の世界ってわけじゃーない」
成程、私が愛読していた本の展開に似てる。
つまり、私は……。
「異世界転生したんですね!?」
なんて元気いっぱいに言ってしまった。
「君、言葉の意味分かってる?転生だと君は赤ちゃんからだろ?」
あ、それもそうだよね。
そういえば、転生物って大抵赤ちゃんからだ。
「えっと、前世の記憶を今思い出したとか……」
「確かに、それもあり得るけど、それだと君の体がそのまんまなのはどう説明するんだい?」
言われて自分の体を見ると、病室で見たまんまだった。
顔は分からないけど、多分そのまんまなんじゃないかな。
「き、奇跡的に同じような成長をした、とか……?」
「ぶはっ!あははは!君、面白い子だね!ってありえないからね!?」
「そ、そうですよね」
「ふぅ、久しぶりに笑わせてもらったよ。えっとね、君が死んだと同時に、君という魂をこの世界に"召喚"させて貰った。そして、アストラル体として生き返らせたのさ」
私生き返ったの!?
「え、えっと、それはどうしてですか?」
「ボクは死神でね。他の世界で若くして死んだ子を、この"ラース"に召喚して、生を全うさせてあげてるんだ」
私の知ってる死神とイメージが違う。
死神って、人の命を奪うイメージなんだけど……あ、でも元の世界では死んでるなら、間違いではないのかな?
「ま、誰でもってわけじゃーない。それから、君はアストラル体という魂そのものの姿だから、歳をとらない。世界樹から生み出されるマナが無くならない限り、寿命は存在しないから、殺されないように生きる事だね」
寿命が無いけど、不死ではないって事なんだ。
第二の人生、って考えて良いのかな?
「あの、私は桜井春花と言います。死神さんのお名前は?」
その私の言葉が意外だったのか、少し驚いた表情をした。
「あー、名前、か。うーん、君はなんて呼びたい?」
え。
名前を聞いたら呼び方を聞かれちゃって戸惑ってしまう。
「え、と。死神だから、キルさんとか……?」
「キルさんか、なら君はそう呼ぶと良いよ」
そう微笑むキルさんに、少し照れてしまう。
中性的な顔立ちで、男性なのか女性なのか分からないけれど、綺麗な顔をしていると思う。
「あの、私、これからどうしたら……」
「うん?そうだね、好きに生きて良いよ」
それは凄く嬉しい。
嬉しいんだけど、今までずっと病院から出た事が無かった私は、多分なんにもできない。
困っていると、キルさんが頭を撫でてくれた。
「君は生のほとんどを、寝て過ごしていたんだったね。なら、これは私からのプレゼントだ。ステータスオープンと言ってごらん」
「は、はい。えっと、ステータスオープン」
そう言うと、空中にゲームの画面みたいなのが出てきて驚く。
桜井 春花
レベル1
HP 1000/1000
MP 100/100
力 40/60
魔力 90/120
速度 50/70
障壁 1000/1000
回復力 20
スキル
言語理解 レベルMAX
ラーニング レベル1
「な、な、なんですかこれ!?」
「それが君のステータスだね。左が現在値、右が最大値だよ。HPというのは、生命力。つまりそれが0になると死ぬね。力や魔力といったものは、右側が君が本気を出した時に出せる値で、左は君の出す最低値の力だ。要はどれだけコントロールできるかって事。低ければ低い程コントロール出来てるって事になるよ」
うわーい、私コントロールできてないんだー。
MPとか魔力とかあるのに、魔法というかそういうのがないんですけど、そこも聞いて良いのかな。
「ちなみに障壁というのは、言葉の通り壁でね。仮に君が攻撃を受けても、その数値が0になるまでは、君のHPが減る事はないよ。障壁が減っても時間が経てば回復するからね」
そうなんだ。
その数値が1000って、私のHPと同じなんだけど、もしかして私は二回死ねるという事なのかな。
「君、今阿呆な事を考えたろ」
「にゃんのことですか!?」
噛んで変な事言っちゃった、恥ずかしい。
「ああうん、まぁ良いや。それでね、ボクが今プレゼントしたのが、ラーニングってスキルなんだ」
ラーニング、確かゲームだと、敵のスキルを"覚える"事が出来たっけ。
確率だったけど、私フルコンプしたよ!
だって、読書かゲームしかする事なかったんだもん……。
「君はこれから、自分が目で見た事を自分もできるようになるよ。ラーニングのレベルが上がれば、模倣ではなく、その使った本人すら超えれる素晴らしいスキルさ」
ゲームだと特定の技だったけど、なんでもありなんです!?
「ふふ、例えば」
ズバッ!
キルさんが、キルさんの腕を傷つける。
「き、キルさん!?なにしてるんですか!け、怪我を!ど、どうしたら!?」
なんて慌てふためいている私が面白かったのか、キルさんが笑う。
「あははは。落ち着いて。さぁ、よく見ておいて。『ヒーリング』」
フワァァァァ……!
キルさんの傷が、温かい光に包まれたかと思うと、治っていく。
「見たね?これで君は、『ヒーリング』も使えるはずだよ」
嘘!?こんな、見ただけで!?
「ボクが言ったように、言霊を唱えてごらん」
そう言われたので、言うとおりにしてみる。
「『ヒーリング』」
フワッ
ちょっと光ったけれど、すぐに光は消えてしまった。
だけど、私は感動してしまった。
だって、これ魔法だよね!?
「ま、レベル1だとそんなものだね。でも分かったろ?君はこれから、そうやって生きていくと良い」
そう微笑んでくれたキルさんに、お礼を言う事にした。
「あの、ありがとうございますキルさん。私、これなら……なんとかやっていけるかもしれません」
「うん、今度は楽しんで生きなよ。それが、君のご両親の願いだからね。確かに、聞き届けたよ。君の大切な人達の願いを」
そう言って、キルさんは出て行った。
もしかして、キルさんは……元の世界で生きられない私を、この世界……"ラース"で生きていけるようにしてくれたんだろうか。
お父さんとお母さんが願ってくれて、それをキルさんが聞き届けてくれて。
そんな"奇跡"のような事が叶って、私はこの世界に来れたのかな。
うん、そうに違いない。
ありがとうお父さん、お母さん。
ありがとうキルさん。
私、元の世界では長く生きられなかったけど、この異世界"ラース"で、生きていくね!
あれから、この異世界"ラース"に第二の生を受けて20年。
驚いたのが、生まれた場所が最初冥界だった事。
色んな場所を旅して、地上にやってきた私は、地上の文化に驚いた。
特にここ、王都・エイランドは、私が以前に生きていた世界に酷似していたから。
だって、車は走ってるし、テレビはあるし。
なんとかこの王都で生活したいと思い、色々探している時に、バニラ様にお会いした。
私の境遇を聞いてくれて、私を雇ってくれた。
バニラ様も転生者だと言うので驚いたけれど、だからこそ私の話を信じてくれたんだと思う。
今だってそう。
王覧試合を見たその瞬間、虜になってしまった憧れの蓮華様の会社に雇って頂けたの!
それも、会社の顔である受付嬢!生前やりたかったお仕事。
いつか、蓮華様にお会いしたい、そう願ってお仕事をしてきました。
いつもと変わらない毎日、そう思っていたら、入り口の自動ドアが開いた。
今日アポイントメントなんてあったかな?とバニラ様からお伺いしていたリストを見ていると、こちらへ来て話しかけられた。
「あの、すみません。バニラさん居ますか?」
目の前に、憧れの人が居た。
心臓が飛び出るかと思った。
だけど、蓮華様にアーネスト様の事を待ち望んでいたのは、私だけじゃない。
「こ、これは社長!!ようこそおいでくださいました!!皆!蓮華様とアーネスト様、並びにご友人の方々がいらしたわよ!!」
だから、精一杯気丈に声を上げた。
蓮華様は学園の制服を着ていらして、とても可愛らしく、それでいて見目麗しい姿で……襟元の刺繍は、世界樹でしょうか?
とっても素敵です……!
それに、周りの方々も凄いメンバーで驚いてしまった。
バニラ様と同じ王国近衛親衛隊隊長の方々までいらしたから。
パンパン
そこに手を叩く音が鳴り響いた。
バニラ様だ。
「はーい皆ぁ。レンちゃんにアーネスト君が来て嬉しいのは分かるけどぉ、仕事に戻りなさいねぇ。後はアタシが案内するからねん。大丈夫、ちゃんと皆とも顔合わせできるようにするからねん」
「「「はいチーフ!!」」」
そう言って皆元の場所へ。
私は受付嬢なので、すぐ傍で蓮華様達を堪能できた。
はぁぁ……尊い。
なんて可愛らしいのかしら……。
それに、王覧試合での戦いから、凄く強い事も知ってる。
ああ、お話したい……!
でも、私なんかが話しかけて良い相手じゃないよね……。
会話を聞いていたら、カレン様にアニス様が真っ赤になって俯いてしまった。
流石蓮華様……!
その後、バニラ様に連れられて、皆さん行ってしまわれた。
「春花、生蓮華様にアーネスト様よ!もう私感激!!受付嬢やってて良かった……!」
「うん……!」
凄い勢いで同意を返す私。
でも、ほんの少し、ほんの少しだけど……私も、蓮華様と戦ってみたいなぁなんて、思ってしまった。
冥界のキルさんからの依頼もあるし、またお会いする事もあるよね。
-春花視点・了-




