11.旅立ち
この世界にきて一年の時が流れ、旅立ちの日がやってきた。
「大丈夫アーちゃん?忘れ物はない?レンちゃん、食料は携帯したよね?もしもの着替えもちゃんと用意してるよね?それからそれから」
「「だ、大丈夫だから!」」
母さんは思いっきり過保護になっていたりする。
というか、色々準備はしたけれど、一つオーブに魔力を注ぐ度に戻ってくるんだけど。
アーネストの場合は事前に私が魔力を込めたオーブと入れ替えるだけだし。
オーブのある場所へは王宮の一部の関係者が案内してくれる事になってるしで、迷う事すらない。
「二人とも、何かあればすぐに帰ってきなさいね。二人を傷つける奴が居たら、この私が絶対に消し炭にしますから。あぁ、この地を離れられぬこの身が憎い……!」
過保護二人目である。
母さんも兄さんも、異様に私達の事を心配してくれる。
嬉しいんだけど、恥ずかしさの方が勝って困る。
「ロキ、気持ちは凄くよく分かるわ。だから、どうせなら私達二人で隠れてつけるというのはどう!?」
「名案ですマーガリン師匠!」
迷案の間違いです兄さん。
これ、止めないとダメかな?このまま放っておいたら、確実に着いてきそうだよね……。
はぁ……二人に効果的な止め方をするしかないか。
これ、私の精神力にすっごいダメージ負うんだけど。
「頼む、蓮華」
アーネストが悲痛な感じで言う。
分かったよ……。
「母さん、兄さん。お仕事をちゃんとしないお二人なんて嫌いです」
「「!!??」」
ズガァァァァァン!!
という効果音が聞こえてきそうな程、ショックを受けているのが分かる。
あ、母さん座り込んだ。
兄さんも両手をついてしまってる。
「お、ぉぉ、ぉぉぉ……ろ、ろきぃ……」
「だ、だだだ大丈夫ですよ、マーガリン師匠……ま、まだ嫌われたわけでは……」
この二人は……。
どうしてこうなった。
「蓮華……」
また悲しそうな顔で見てくるアーネスト。
分かってるってば。
「その、お二人の事は大好きですよ?だから、私達を信じてください。ちゃんと、役割を果たしてきますから」
「「レンちゃん!(蓮華!)」」
抱きしめられる。
ちょ、二人同時とか苦しいから!
「レンちゃん、レンちゃん!何かあったらすぐに知らせに帰るんだよ!?絶対だよ!?」
「蓮華、辛くなったらすぐに帰ってきなさい。その時はこの私が必ず力になりますからね」
どうしてこうなった。
なんか、二人の愛情が限界突破してる気がするんだけど。
アーネストを見ると、やれやれって顔してる。
いや、私だけに愛情注がれても困るというか……。
「母さん、兄貴、俺は蓮華とは別行動になっちゃうけどさ、早く終わったら蓮華の事手伝うよ」
「アーちゃん……!」
「アーネスト……!」
二人がアーネストを抱きしめる。
「ぐぇっ」
アーネストの呻き声が聞こえた。
「アーちゃん、アーちゃんも気を付けるんだよ?何かあったら、すぐに帰ってくるんだからね?」
「アーネスト、私の大切な弟弟子であり、弟の君に何かあったら、私は気が気でなくなってしまう。ちゃんと無事に帰ってくるように」
訂正。
この二人は、私達二人に激甘である。
アーネストも照れながら。
「分かってるってば。過保護すぎだよ二人とも」
って言ってるけど、絶対二人には伝わってない。
「蓮華はともかく、俺は男なんだし、ちょっとの無茶くらい大丈夫だってば」
あ、それ地雷だよアーネスト。
「「アーちゃん!(アーネスト!)」」
「は、はいっ!」
「いーい、アーちゃん。もしね?アーちゃんに何かあったら、私はきっとその原因を許さないからね?具体的に言うと、敵が居るなら滅殺しに行くからね?」
「いいかいアーネスト。もし大事な弟の君に何かあったら、私はその原因を許さない。具体的に言うと、敵が居るなら、その周囲ごと吹き飛ばしますからね」
二人そろって物騒な事を言っていた。
ドン引きである。
流石のアーネストも、若干引いている。
「は、はい、ごめんなさい。気を付けます。(周りの為に。)」
と言っていた。
私達、簡単に怪我もできない気がする。
したら、敵がヤバい。
敵がヤバいってなんだって思うけど、気にしない。
「それじゃ、行ってきます母さん、兄さん。アーネストも気をつけてな」
「おう、お前もな蓮華。それじゃ、行ってくるよ母さん、兄貴!」
「「いってらっしゃい」」
笑顔で見送ってくれる二人を後にし、私とアーネストはポータルからそれぞれの場所へ旅立った。
-マーガリン視点-
ポータルから二人の姿が消える。
「アーちゃん、レンちゃん……」
ぽつりと、呟いてしまう。
無事に戻ってきて欲しいと願いながら。
「マーガリン師匠、いえマーガリン。二人なら大丈夫でしょう。今の二人を倒せる者など、地上ならそうはいませんよ」
ロキが口調を直して言う。
ロキは本当は私の弟子ではない。
その本性は神。
神族ではなく、神の一神。
この男は、ただ一神で世界を滅ぼせる力を持つ神なのだ。
「ええ、そうね」
言葉短く答える。
「にしても、アーネストに貴女の魔術回路を埋め込むとは、無茶をする。ただでさえ、召喚には魔導師数十人の魔力が必要になるというのに、貴女はただ一人でそれを行った」
そう。その代償に、未だに私は魔力が回復しきっていない。全盛期の10分の1の魔力もないのだ。
「ククッ……まさか厄災の獣……いえ、フェンリルを倒すとは、蓮華とアーネストには驚かされましたよ。約束通り、今しばらくは、この地上に手を出すのはやめておきましょう」
「それは助かるわね。今の私じゃ、力を取り戻してしまった貴方を止められないもの」
そう、昔ロキを抑え込んだのは私だ。
オーブの力を借りなければ、封じる事は叶わなかった。
それほどの相手。
けれど、その代償にオーブは代用品に変わり、本物は私の中で眠る事になったのだ。
「安心していいマーガリン。今の私は、世界をどうこうしようとは考えていない」
「え?」
「私はね、アーネストと蓮華が気に入ったんですよ。あの二人が生きている間は、私はこの世界の……いえ、あの二人の味方であると誓いましょう」
「どういう、風の吹き回し……?」
「言ったでしょう?あの二人が気に入った、と。それは存在もであり、あの性格もであり、また……面白い運命力を持っていますからね」
「運命、力」
なんにせよ、この神が地上を征服しようとしたり、人々を争わせるように動いたりしないのは、本当に助かる。
いや、逆にそれを防ぐ力になってくれるかもしれない。
それは凄まじく頼りになるのだ。
「アーちゃんとレンちゃんに、感謝する事が増えてしまったわね」
「ククッ!そうだね、私もまさか、こんな気持ちになるとは思わなかった。あの二人は純粋だからね、手を焼きたくなるのさ」
その言葉は、本心のように聞こえた。
「それじゃロキ、アーちゃんとレンちゃんが無事に帰ってきてくれた時に、美味しいものを用意しようと思うんだけれど、手伝ってくれる?」
その言葉に驚いた表情を見せるロキ。
「フ……まったく、今の私にそう言うとはね。ま、良いでしょう。あの二人の為なら、やぶさかではありません」
そう言って、家へ帰るロキを見る。
本当に、あの二人には感謝しかない。
私を救い、また地上……いや、世界を知らずのうちに救っているのだから。
-マーガリン視点・了-