117.理事長室にて
「講師を、ですか?」
理事長こと、シオンさんから、そんな事を言われた。
「はい。今回の闘技大会を、教師達は全員見ていました。誰もが、蓮華さんから教えを請いたいと言うのですよ」
「いやいや、私生徒ですよ?それに、昨年もアーネストが出てたんですよね?」
その言葉にアーネストが答えてくれた。
「あー……蓮華。俺さ、去年剣だけで全員倒したし、戦闘時間1分も無かったんだよ」
「え"」
「実力差がありすぎてさ。一応明も出てて、決勝は明とだったんだけど、それも『オーバーブースト』を一回使ったら一瞬で決着ついちまったし、誰も俺が魔術使ったとか思ってねぇだろうなぁ」
「いやお前、明先輩と会った時なんて言ってたよ!?」
「ちょっと蓮華を脅かそうと思って……」
「そんな余計な気遣いはいらないんだよ!?」
そんな会話をしていたら、シオンさんがクスクスと笑い出した。
「あ、すみません!」
「いえいえ、良いのですよ。蓮華さん、貴女は不思議な方だ。見ていると、何故か心が温かくなり笑顔になってしまう。あのマーガリン様が仰る通りですね」
母さん、何を言ったのか気になるんですけど!?
「それでどうでしょう蓮華さん。無理にとは言えませんが、もし引き受けてくれるのならば、色々と便宜を図ります。卒業資格は今年の終わりで発行致しますし、授業の単位は気にしなくて構いません」
ぐっ、それは凄く魅力的だ。
「ふふ、まぁ実際、こと戦闘において蓮華さんに教えられる者など、世界広しと言えどもそうはいないでしょう。ですから、それはおまけみたいなものです。もちろん、蓮華さんも学んでみたいという科目があれば、好きに学んで頂いて構いません。講師の仕事も、週に1度だって構いません、お願いできませんか?」
うぅ、魅力的なんだけど、私が教えるとか……。
「ねぇ理事長センセ。それ、私も手伝っても良いの?」
そうセルシウスが問う。
「もちろんです。大精霊である貴女が傍に居るだけでも、生徒達の励みになるでしょうし、我々教師陣も刺激になります」
「そう」
セルシウスも協力してくれるのか。
でもなぁ……。
「シオン、私も蓮華さんと同じでも良い?」
「ええ、もちろんですよアリスティア様。本来、貴女様を生徒など、恐れ多い事です」
「あんまり畏まらなくて良いよー?ほら、私って今は蓮華さんのお姉さんなだけだから!」
その言葉に微笑むシオンさん。
これでアリス姉さんも協力してくれるって事か。
あ、あれ?なんか外堀を徐々に埋められているような?
「それじゃ理事長、俺ももう卒業資格ありだよな?なら、俺も蓮華と居たいんだけど」
「はは、アーネストさんに抜けられるのは大変痛いですので、まずは後継者を見つけてくれたら、と条件を付けさせてくださいね」
「げっマジかよ。引き受けるんじゃなかったな……」
そう零すアーネストに苦笑する。
「あ、そうそう蓮華さん。ノルンさんも同じ条件を言っていますが、蓮華さんが承諾するなら、良いと仰っていましたよ」
ノルンもかーい!!
ぐっ、これ私の決断で色んな人を巻き込んでしまう。
慎重に決めないと……。
「あと、講師という立場になりますから、学園の外に出られても問題なくなりますよ」
「引き受けます」
即答した。
周りの皆が全員苦笑するのが分かる。
でもだって、外に出れるって凄く良いんだもん。
「ふふ、思い切りが良いところも、マーガリン様によく似ておられる」
「シオンさんは、母さんやアリス姉さんと昔からの知り合いなんですか?」
「はい。私は昔、マーガリン様やアリスティア様と共に、世界を周っておりました。私はエンシェントドラゴンなのです」
「ドラゴン!?」
いやだって、人型してますよ!?
あ、そいえば大精霊は皆人型なってたし、驚く程の事じゃないのか。
「ふふ、言ってしまえば、私はペットのようなものです」
「こらー!別の意味で取られかねない発言するなー!」
アリス姉さんが突っ込んでるけど、シオンさんはそれすら嬉しそうに見える。
アーネストを見ると、目が合った。
「「Mだなこの人」」
そんな性癖知りとうなかったです。
「コホン。私からお伝えしたい事はそれだけです。皆さん、闘技大会、素晴らしい戦いでした。あれ程の戦いを見れたのは何千年ぶりでしょうか……楽しい時をありがとうございました」
そう微笑んで言うシオンさんに一礼して、部屋を出る。
「はぁ、母さんの言ってたのはこれか」
部屋の外に出て、すぐに言う。
「はは、だな。ま、良いじゃねぇか。普通の講師みたいに、ずっと受け持つわけじゃないし、後の時間は好きにして良いんだぜ?」
「まぁ、そだな。アーネストは早く後継者探せよ?」
「ぐ、それだよな。はぁ、俺まだ会長になって間がないんだぜ?そんなすぐ後継者なんて見つけられるかよ……一番適任な奴は俺と同時期に卒業しちまうんだぞ?」
それには愛想笑いで返す。
だって、どうしようもないし、そうじゃなくても私は引き受けないよ。
「それでレンゲ、今日はどうするの?」
セルシウスが聞いてきた。
「うーん、授業受けるって感じじゃないし、私この学園まだ色んなとこ見て周ってないんだよね。だから、色んなところ行ってみたいかな」
「良いね蓮華さん!それじゃ今日は、学園探索だね!」
「おお、それは面白そうだな!」
「アーくんは一緒に行けないでしょ……」
「大丈夫だ!俺が居なくてもアリシアが居るからな!」
「お前、後でアリシアさんにぶっ殺されるぞ……」
なんて会話をしながら理事長室がある建物から外に出る。
するとそこには、今丁度話に出たアリシアさんと、あれは魔王リンスレットさんの傍に居た男性、それにノルンが居た。
「目が覚めたのね蓮華。大丈夫とは思っていたけど、一応心配はしたのよ」
「うん、ありがとうノルン。それで、どうしたの?」
「理事長から話は聞いたんでしょ?引き受けたの?」
「引き受けたよ。だって、学園の外に出ても良いって言うんだもん」
「アンタね、引き受けるにしてもそこで決めたの……」
若干呆れているノルンだけど、私にとってそこが大事だったんだもの。
「別にそんなの勝手に出れるじゃないの。誰も見つけられないわよ」
「んー、そういうの嫌なんだ」
悪い事は誰が見ていなくても、自分が見ているもの。
だから自分が思う悪い事はしないようにしなさい。
誰に嘘をつけても、自分に嘘はつけない。
だから人の心を傷つける嘘はつかないようにしなさい。
因果応報、良い事をすれば巡り巡って自分に良い事が、悪い事をすれば巡り巡って自分に悪い事が必ず返ってくるんだよ。
もう亡くなったお祖母ちゃんから、よく聞いていたんだ。
大好きだったお祖母ちゃんの言いつけを、私は破った事はない。
「ふぅ、アンタって真面目よね。ま、それなら仕方ないわね」
「それでノルン、アリシアさんは知ってるんだけど、その人は?ひょっとして、以前言ってた教育係の人?」
その言葉に、一歩前に出た。
「はじめましてってわけじゃないな。まずは謝罪させてくれ。あの時は済まなかった」
そう言って、頭を下げた。
うん、こういう人は嫌いになれないんだよなぁ。
「謝罪は受け取りました。頭を上げてください。ノルンの心を支えてくれた貴方が、悪い人だとは思っていませんよ」
そう笑って言うと、彼も微笑んでくれた。
「ありがとう。俺はタカヒロだ。まぁ気付いてる人もいるだろうけど、転生者だ。多分、お前達と同じ国からだ」
その言葉に、やっぱりと思うと同時に、気になっていた事を聞く事にする。
「タカヒロさん、元号は?」
「俺は令和だな。ありきたりだけどさ、車にぶつかりそうだった猫を助けようとして死んじまった」
ぐはぁっ!!この人良い人だ!!
「タカヒロさん!俺アーネストってんだけど、俺と友達になってくれ!!」
アーネストが詰め寄るから、私も負けじと言う。
「私も!私は蓮華ってもう知ってるだろうけど!友達になって!!」
そんな私達に笑って言うタカヒロさん。
「ああ。こっちこそよろしく頼むよ。お前達は転生者じゃなくて召喚なんだよな?スキル何を貰ったとか、後で話そうぜ」
その言葉に、うっと詰まる私達。
「どうした?転生や召喚は、された時にスキル貰うだろ?」
「はいはい、そこまでよタカヒロ。そういった話を往来のここでするんじゃないの。まだ人は居ないけど、誰が通るとも分からないでしょ」
とアリシアさんが言ってくれた。
「そうだな、これから時間はたくさんあるし、焦る必要もないな」
そう言って、ノルンの後ろに下がるタカヒロさん。
あー、私達スキル無いって言ったら、幻滅されるかなぁ……。
「良いなぁ、私もそんな話が出来たらなぁ……」
「ノルン?」
「!?な、なんでもないわ!」
なんか慌ててるノルン。
どうしたんだろうか。
「ここじゃなんだし、移動しましょ」
「あー、それなら俺達が普段たまり場にしてる所があるから、案内するよ」
そう言って先を歩き始めるアーネストに続く。
今思ったら、結構な人数になったなぁ。
私とアーネスト、アリス姉さんにセルシウス。
それにノルンにアリシアさん、タカヒロさんの合計7人か。
これから、このメンバーに加えてカレンとアニスも加わりそうで、なんだか想像すると楽しそうで笑みを浮かべてしまうのだった。