110.決勝前のひと時
「それで母さん、なんでエキシビジョンマッチなんてする事になったの」
レストランにつき、それぞれ注文を頼み終えた私達は、出来上がるまで椅子に座って待っている。
シャルロッテが後はお任せくださいと言うので、取りに行かなくて良くなったから、その間に質問する事に。
「だって、私もレンちゃん達と何かしたかったんだもんー」
そんな理由かい!
「それに、どうせ今年中か来年初めにはレンちゃん達なら卒業しちゃうでしょうしー」
ん?どういう事だろう。
アーネストが2年はかかるみたいな事言っていたような。
「あ、一応言っておくけれど、私が何かするってわけじゃないからねぇ?」
私が怪しむのを察したのか、先手をとってきた母さんに苦笑する。
「まぁそれは後で分かるだろうし良いんだけどさ、俺と蓮華が戦った後に、母さんと戦うの?」
「そだよー。二人の成長ぶりを確かめさせてねー♪」
そんなの決勝で戦うのを見たら、それで良いんじゃないのって思う私だった。
いやだって、母さんと戦うとか、本気のアリス姉さんと戦うようなものじゃないか。
アリス姉さんと違って手加減はしてくれるだろうけど……。
「蓮華さん、今失礼な事を考えなかった?」
「な、ナンノコトカナ」
思わず片言になってしまった。
そんな話をしていたら、シャルロッテが私達の前に注文した物を置いていってくれる。
「ありがとうシャルロッテ」
「お気になさらず、蓮華様」
そう言って、優雅にお辞儀をしてからまた取りに行くシャルロッテを見て、手伝おうと思ったんだけど、ミレニアに止められてしまった。
「シャルはその仕事に誇りを持っておるでな、任せてよい」
そう言われては、手伝うわけにもいかず。
こう、人を働かせているのに自分はゆったりしてるのは落ち着かないというか。
「お前な、次戦うんだから、今はちゃんと休んどけよ」
「分かってるけどさ」
次はアーネストとの決勝だ。
母さんとの戦いは、この際考えなくて良いや。
「レンゲ、『精霊憑依』はアーネストとの戦いでは使うの?」
「うーん、アーネストとの戦いの最中で、使う暇があるか分からないし……戦う前から使っておこうかな?」
「それも手ね」
そう同意してくれるセルシウス。
「レンちゃん、『精霊憑依』は、まだ多重に使っちゃダメだからね?」
「うん、今回の事で分かったよ。多分、多重憑依したら、私は解いた時に気絶しちゃうだろうし」
「それもだけど、使用中に魔力が枯渇して、憑依したまま倒れるかもしれないからね?憑依は本人にしか解けないから、危険なの」
そうだったのか。
それは気を付けないといけないね。
「諸刃の剣ってわけだな。強力だけど、その分リスクも高いって事か」
「その点アーネストのあれズルイよな。なんだよあの身体能力向上の魔術。あんなの私使えないぞ」
そう、無属性の魔法は私も使える。
だけど、身体能力を向上させる魔法は使えるけど、あんなに飛躍的に上げる魔法なんて使えない。
「あー、あれは同じ魔術を重ね掛けしてんだよ」
「え、同じ魔法って、使っても効果ないんじゃないの?」
そう、例えば『アタックアップ』の効果中に、『アタックアップ』を使っても、効果時間が上書きされるだけで、効力は同じなはずなんだけど。
「それは魔法だからだな。魔術は違うんだよ。魔術は同じ魔術の重ね掛けが出来るんだ。効果時間は最初の時間までだけど、効果が重なるんだ」
なにそれずっこい。
「成程、だからアーネストの身体能力が、あんなに高くなってたのか。私、最後のアリス姉さんへの突撃、目で追えなかったもん」
「蓮華さん、一応言っておくけど、あれはアーくんだからだよ。普通の人が重ね掛けをしても、精々が1.5倍程だし、使用回数上限にすぐ到達しちゃって、損しかないの」
「お前、母さんの魔術回路移植されてるんだよな?その力の一旦って事か。ずっこいアーネスト」
「いやお前にだけは言われたくないんだけどな!?」
えー。
周りの皆が笑ってて恥ずかしくなってきた。
話題を変えよう。
「皆はまた観客席で見ると思うんだけど、アリス姉さんはどうするの?私とアーネストは舞台に行くし、ノルンは魔王さんの所に戻ったし」
「ふふ、私もアーくんに負けちゃったから、観客席でマーガリン達と一緒に観戦するよ」
「そっか、なんだか家族参観で恥ずかしいけど、負けたくないから覚悟しろアーネスト」
「それは俺のセリフだぜ蓮華。俺も負けてやる気は一切ねぇからな!」
お互いに笑いあう。
シャルロッテが全員分の食事を用意してくれたので、食べる事にした。
「「「「いただきます」」」」
そう私達が言うのを、シャルロッテが不思議そうに見ていた。
あー、私とアーネストが毎回そうしているのを見て、母さんや兄さん、アリス姉さんにミレニアまで真似しだしてくれたんだけど、シャルロッテは初めて見るもんね。
「これはね、私が元居た世界での食事前の言葉なんだシャルロッテ。料理を作ってくれた方、配膳をしてくれた方、野菜を作ってくれた方、魚を獲ってくれた方とか、その食事に携わってくれた方々への感謝の言葉。そういう意味では、シャルロッテにもだね」
そう微笑んで言うと、シャルロッテも微笑んでくれた。
「それと2つめは、食材への感謝。肉や魚はもちろん、野菜や果物にも命があると考えて、『~の命を私の命にさせていただきます』って感じで、それぞれの食材に感謝してるって言葉なんだよ」
シャルロッテは感心したかのように頷いてくれた後に、手を合わせて言ってくれた。
「いただきます」
うん、シャルロッテもホント良い人だ。
それから、皆で食事をはじめた。
流石に学園の他の皆と居る時のように、私の選んだのばかりになるという事もない。
色とりどりのメニューで、皆の選んだメニューも美味しそうだ。
「蓮華さん、ちょっと交換しようよー」
なんてアリス姉さんが言ってくるので、同意して交換する。
「そうしてるとホント女の子だよな蓮華」
無言で足を踏んでやる。
「いづぅ!?おま、バリエーション増やしてくるなよ!?」
「あははは!アーくんが余計な事言うからー!」
「レンちゃん、アーちゃん、食事の時は落ち着いて食べなきゃだめよー?」
なんて母さんが微笑んで言ってくる。
でも今のはアーネストが悪いよね?
兄さんの生暖かい視線を感じて照れるけど。
「蓮華、私の分で欲しい物はありますか?」
なんて聞いてくる。
「それじゃ、目玉焼き少し貰っても良いかな兄さん」
と言ったら、少しじゃなくて全部移そうとして来るので慌てて止める。
「ちょっと兄さん!?それじゃ兄さんの分が無くなっちゃうから!!」
「ですが、蓮華が欲しいのなら」
「ちょっとで良いんだよ!?」
「くはっ!もうやめよ、お主の変わりようが妾にはおかしすぎて耐えられぬ!!」
なんてミレニアが笑いを堪えられずに言ってる。
シャルロッテもそんなミレニアを見て笑顔だ。
良い主従関係だよね、ミレニアの事を尊敬と同時に、慕っているのが凄く良く分かるもの。
「兄貴!それじゃ肉トレードしよう!俺のと兄貴ので半分づつさ!」
というアーネストの言葉に、もはや私は予想通りだったんだけど、全部移そうとする兄さん。
「ってちょ!兄貴!俺の言葉聞いてた!?」
「ええ、聞いていましたよ?この肉が欲しいのでしょう?なら、アーネストが全て食べて構いませんよ?」
「兄貴は何を食べるんだよ!?蓮華に目玉焼きあげて、俺に肉をあげたら野菜しか残らねぇじゃん!?」
「ぶふぅ!!」
もはやミレニアが吹き出した。
母さんも大笑いしている。
「私は蓮華とアーネストが元気に食べている姿を見れるだけで、お腹一杯ですよ」
そう微笑んで言う兄さんに、私とアーネストは照れて二の句が言えなくなってしまった。
本当に、兄さんは私達の事を大切に想いすぎだと思うんだけど。
いや嬉しいけどね?
「それじゃ私が貰ってあげよっかロキ」
「そこに食券機がありますよアリス」
「なんで私には冷たいかなこのロキはー!」
なんてアリス姉さんと言いあう兄さんは、これが通常運転だ。
こうして、私達のゆったりとしたお昼の時間は過ぎていった。
もうすぐ、アーネストとの決勝が始まる。
ドキドキするけど、ワクワクもする。
アーネスト、お前との戦い、楽しみだよ。