102.闘技大会当日
闘技大会当日、早朝。
小鳥の鳴き声に目を覚ます。
時計を見ると5時。
うーん、早く起きすぎたかもしれない。
顔を洗ってから、制服に袖を通す。
最初は中々上手く着こなせない制服だったけど、慣れって怖い。
ベッドを見ると、まだアリス姉さんとセルシウスは眠っている。
アリス姉さんは天使の寝顔って言うんだろうか、凄く可愛い寝顔だ。
思わず頭を撫でそうになるのを我慢するのが大変だった。
まぁ、アリス姉さんは撫でても怒らないだろうけど、それで起こしてしまうのは気が引けるからね。
まだ時間はあるんだし、ゆっくり寝ててほしい。
隣のセルシウスを見ると、アリス姉さんとは違って美人さんの寝顔でドキリとさせられる。
アリス姉さんが子供の可愛らしさだとしたら(言ったら怒られるから言わないけど)セルシウスは大人の美しさというか。
二人ともまだ寝ているから、起こさないように部屋を出る。
そうして、アリス姉さんと修行をした場所に辿り着いた。
早朝の空気が気持ち良い。
元の世界で剣道の修行をしていた時は、早朝によく走っていたな。
なんとなく、昔を思い出して走り出したくなったので、走ろうかと思ったその時に、後ろから気配がしたので振り返る。
そこには、意外な人が居た。
「おはよう。早起きなのね蓮華」
そう言ってくるのは、頭をツインテールに変えたノルンだ。
よく私とそっくりと言われるけど、私はこんな美人じゃないと思うんだよね。
仕草も私とは比べられないくらい綺麗だし、その動作が少しも隙が無い。
私とは違って、そういうのを叩きこまれてるんだと思う。
「おはようノルン。そう言うノルンこそ、早いじゃないか」
「私はいつもこの時間には起きているもの。外を眺めていたら、貴女を見かけたから出てきたのよ」
「あ、私に用事だった?」
「別にそういうわけじゃないわ。なに、用が無ければ近づいたらダメなの?」
「あはは、そんな事ないよ。……今日はお手柔らかにねノルン」
笑ってそう言ったんだけど、ノルンは違った。
「……蓮華。私は魔界のイグドラシルの化身。貴女は地上のユグドラシルの化身。どちらが優れているとかではないの。ただ、私は……」
そこまで言って、会話を止める。
話を急いたりはしない。
その先を聞く為に、私は黙っている。
そうすると、ノルンが続きを話し始めた。
「私が生まれた意味、それをずっと考えてた。今回の事で、私はイグドラシルとして生きなくて良くなった。なら、私は何を目的に生きたら良いの?そう考えたら、答えが出なかった」
「ノルン……」
「だからね、貴女はどう考えているのかなって思った。私と同じように生を受けた蓮華、貴女なら……」
「ちょっと違うかな」
「違う?」
不思議そうに私を見てくるノルン。
ぐっ、自分と同じって本当なのか?こんな綺麗な人に可愛らしく首を傾げられたら、ドキドキするんだけど。
それを隠しながら、言葉を紡ぐ。
「うん。私はね、この世界に元から生きていたわけじゃない。体は、そうなんだろうけどね」
「もしかして、異世界転生者なの?」
「それも違うかな?正確には召喚。だけど、それも正しくはなくて。……ノルンになら、話しても良いかな。アーネスト、あいつが私の……俺の元なんだ」
その言葉に驚きを隠せないのか、本当に驚いた顔をしている。
「それで、俺はアーネストの魂から、複製されたんだ。その魂を、この体に融合させた。それが俺……いや私、蓮華なんだよ」
「……」
「ごめん、同じだと思ってた存在が、こんなで悲しくなったよね?本当にごめん……」
「……なんで、謝るのよ。アンタの方がずっと、ずっと辛いじゃないの!!」
「え?」
「家族から無理矢理引き離されて、元あった環境から強制的に変えられて!その上、アンタ自身の存在まで変えられて!なによ、悩んでた私が馬鹿らしくなるじゃない!アンタの方がよっぽど、辛いじゃないのよ!」
ああ、やっぱりそうだ。
ノルンは、とても優しい。
今も、私の事を自分の事のように考えてくれている。
でも、違うんだよノルン。
そうじゃないんだ。
「ありがとう、ノルン。でもね、私は今、辛いなんて思ってないよ。そりゃね、初めはそうだった。元の世界に残してきた家族、それに友人達。趣味だってあったし、心残りが無いと言えば嘘になる」
「当たり前よ!私だって、異世界に飛ばされたら、召喚したそいつら殴り殺すわ!」
おおぅ、意外と過激だねノルン……。
「だけどね、私がこの世界で会った人達、皆素敵な人達でね。母さんに兄さん、アリス姉さんっていう家族ができた。アーネストとは兄妹って事になったけど、まぁあいつは親友だよ」
「辛く、ないの?」
「うん、全然。今は、もうこの世界で生きる事になんの不満もないよ。それにこうして、ノルンとも友達になれた。この世界に来れなかったら、ノルンとも知り合えてなかったよ。だから、むしろ私は感謝してるんだ。ありがとう、私の為に悲しんでくれて、怒ってくれて。優しいノルンの事が、私も好きになったよ」
そう心からの事を伝えた。
あれ?なんかノルンの顔が真っ赤になってるような……。
「あ、アンタね!無自覚にそう言う事を言うの本当にヤメナサイよ!?」
「え、えぇ!?」
どういう事!?
「くっ、そんな良い笑顔で……しかも裏表の全くないのが分かるし!もぅ、アンタこうやって周りの奴らたらし込んでるのね!?」
「へ!?」
「わ、私はアンタにたらし込まれてなんてやらないからね!分かった!?」
「は、はい」
とりあえず頷いておいた。
わけが分からないけど、なんかノルンが焦っているのは分かるから。
ノルンは私に背を向けて、言った。
「その、私もアンタの事は嫌いじゃないわ。例え元が男でもね。だから……その、友達、なのよね私達」
なんて。
きっと、顔を見たら真っ赤なんだろう。
だから背を向いたんだ、見られないように。
そんな態度に微笑ましく思いながらも、伝える。
「当たり前じゃないか。これからもよろしくねノルン」
見ていないだろうけど、満面の笑みで答える私に、ノルンも笑った気がした。
「ふ、ふん。それじゃ、また後でね。友達でも、容赦はしないからね!」
そう言って、ノルンは駆けて行った。
そして思った。
ノルン、ツインテールのツンデレって、ポイント高いよって。
それから部屋に戻ったら、アリス姉さんも起きてて、どこに行ってたのー!って詰め寄られて焦ったよ。
起こしてよー!って、アリス姉さんの寝顔が可愛らしくて無理だったとも言えないわけで。
そんな心情を察しているのか、セルシウスが苦笑してアリス姉さんを抑えてくれて助かった。
朝食を食べて、外に出ようとしたら寮の皆に声援を受けた。
皆今日の戦いを期待してくれてるみたいだ。
外に出て、男子寮と女子寮の中間地点にある、いつもの溜まり場である館の前に着いた。
そこにはすでに、アーネストが待っていた。
「よっ、おはよ。まだ早いけど、中で時間潰すか?」
「おはよアーネスト。そうだな……っていうか、お前生徒会は良いのか?」
「今回俺は選手だしな。明やアリシア達がやる事はやってくれるさ」
「前生徒会長まで使うとか何やってるんだよ」
「ああ、あいつ生徒会長は俺に譲ったけど、生徒会執行部、通称"ナンバーズ"を率いてるからさ。貴族の人達も来賓するから、その警護とかな」
「"ナンバーズ"?」
「あれ、言ってなかったか。生徒会の中の一つの組織でさ、厄介事とか起こると執行部の連中が収めに行くんだよ。おかげで、このマンモス学園では皆きちっとしてんだぜ?不貞をやらかそうとした奴は、執行部から指導されるからな」
なにそれ怖い。
私はそんなのには無関係だ。
そう思っていた時が私にもありました。
「そんなのあるのか。あ、そういえば明先輩と戦った時に、そんな事を聞いたような……」
「ああ、お前歴代最強の明を倒した事で、執行部勧誘候補No.1だからな。俺が抑えてはいるけど、覚悟はしとけよ」
「うえぇぇい……」
頭が痛かった。
「あははは!蓮華さんホントに嫌そう!」
なんてアリス姉さんが言ってくるけど、本当に嫌ですからね!
セルシウスが、アイツが率いてるとか大丈夫なのソコとか言ってて笑ってしまったけど。
「まだ来賓の人達が来るのも時間あるぜ。カレンとアニスは闘技場に先に行ってるはずだけどな」
「カレンとアニスって、ナイツマスターに成るんでしょ?学園に来てて良いの?」
そう、ナイツマスターとは、インペリアルナイトを率いるリーダー的存在だ。
各国にインペリアルナイトやロイヤルガードは複数人居ても、ナイツマスターが居ない世代は珍しくないんだとか。
それが、一気に二人。
忙しくないわけがない。
「ああ、その二人のたっての希望でさ。国側も承諾するしかなかったみたいだぜ。なんせ、行けないなら拝命しないとまで言うんだからな、たまげたぜ」
何言ってんのあの二人!?
「ま、理由は多分、お前だよ蓮華」
「え、私?」
「むしろこの流れでなんで分からないんだよ。あいつら、ずっとお前の為に奔走してたんだぜ。そのせいでずっと会えなかったろ?だから、今日を楽しみにしてたんじゃねぇか?」
「そっか……」
「カレンちゃんには私もお世話になっちゃったからなぁ。良い子だよ、あの子」
そうアリス姉さんも言う。
うん、知ってる。
カレンもアニスも、最初の印象とは全然違って、凄く良い子達だ。
私が捕らわれた時も、立派に役目を果たしていたんだろう。
だからこそ、被害が少なかったと母さんからも聞いた。
「ま、本業と兼任でこの学園の講師もするみてぇだから、まだしばらくは会える機会も多いだろ」
「そうだね、お礼もしないといけないし」
そう言って、いつもの場所に移動開始する。
闘技大会開始まで、後少し。
今はこの気心の知れた家族達と、ゆっくりしようと思う。