9.買い物
四人で集まった朝食中。
「さて、今日は町へ買い物に行こっか。約束したし、ロキもだよー?」
と、マーリン師匠がいきなりそんな事を言ってきた。
「はいはい、分かっていますよマーガリン師匠。二人も大丈夫ですか?」
予定はいつもマーリン師匠に決められているので、マーリン師匠がそう決めてるなら、問題ないのだろう。
「修行が無いのなら特に問題ないですよ。空き時間があったら、私は本を読んでるくらいしかしてませんし」
「俺も大丈夫。っていうか、今日も修行だと思ってたから、買い物の方が嬉しいくらいだよ」
各々の言葉を聞いて笑顔になるマーリン師匠。
「それじゃ、さっさと食べて買い物だよ。今日は折角四人で行けるんだから、色々な所に案内してあげるからね」
そういえば、町に何度か連れて行って貰った事はあるけど、大抵食材とか本を売ってる所だったと思い返す。
そんな考え事をしていたら。
「そういや、俺はこのまんまで良いんですけど、蓮華はその格好で連れてくんですか?」
三人の目が私に向く。
「えっと……?」
思わず身構える。
今の私といえば、白いワンピースにジャケットを羽織って、下はズボンの状態だ。
だって動きやすいし……。
スカートだけだと落ち着かないんだよ。
それに、普段買い物に行く時は頭にフードを被ってコソコソした感じで行ってた。
今日もそうだと思っていたのだが……。
「レンちゃん、今日は皆で外に行くから、おめかししましょうねー」
マーリン師匠が立ち上がって私を引きずっていく。
「え?ちょ、ちょっとマーリン師匠!?私はこのままで良いですって!?」
「ダーメ。女の子なんだから、少しは身なりに気をつけましょーね。化粧をしろとまでは言わないから」
「ひぃぃぃぃ……」
つい悲鳴が漏れた。
「ご愁傷様、蓮華……」
アーネストが引きずられていく私を見てそう言った。
ロキさんはなんか、父親のような表情をしていた。
どうやら助けはないらしい。
--三〇分後--
そこには、こいつ誰やねん、な私が居た。
「流石、素材が良いから服を変えるだけでこんなに変わるんだもん。髪は長いから、梳かないでも綺麗だし。同じ女として嫉妬しちゃうなぁ。レンちゃんだから良いけど」
なんて言ってきたけど、私としてはですね。
「いや、マーリン師匠のが綺麗じゃないですか……」
そう思っているので、そう言ったのだが。
「知らぬは本人ばかりなり、だねー」
と、マーリン師匠にすかさず言われるし。
「蓮華、お前って自意識低すぎじゃね……?」
と、アーネストに呆れた表情で言われるし。
「そこがまた良いですね」
何がですかロキさん。
っていうか、マーリン師匠に失礼じゃないのか。
とか思っていたら。
「比較対象がレンちゃんなら、私は穏やかに居れるよー」
うん、もうどうでも良いや。
「はぁ、もう良いですから、行きましょうよ。町の近くまではポータル使うんでしょ?」
「うん。一番近くの町とはいえ、距離はそれなりにあるからね。それじゃ、泉まで行こっか」
マーリン師匠とロキさんが先導して歩いていく。
私とアーネストは後ろをついて行きながら、話をする事にした。
「ポータルって便利だよな。青いロボットのあのドアよりは劣るけど」
「あんなのあったら夜も眠れないだろ」
「はは、確かに。でも蓮華、毎回思ってたんだけど、異世界物って魔法やらあるのに、何故か元居た世界より劣る所が一杯あるよな」
確かに。
でも、少し考えて答える。
「魔法があるからこそ、じゃないか?最初から便利だから、それ以上を追及しなくなったんだろ。私達の元の世界は、魔法がないからこそ、発展したんじゃないか?」
「成程なぁ」
そんな会話をしていたら、ポータルがある泉に先に着いていたマーリン師匠とロキさんがこちらを見ていた。
「それじゃ、行こっか。アイテムポーチは持ってるよね?」
「はい、大丈夫です」
「これ便利だよなぁ。異世界恒例のアイテムボックス」
そう、どんな異世界転生、召喚のお話でも必ずと言っても良いほどに出るアイテムボックス。
その小さな入れ物の中には、亜空間が広がっていて、その見た目に反して多くの物を入れられるのだ。
だから、町でこれまで多くの荷物を持ち運んでいる人を見た事はない。
このアイテムポーチにもランクがあり、低いものでは容量限界もそこまで多くなく、生物等も入れられないが、それでも人々の生活には欠かせないものとなっているらしい。
「それじゃ、転移・ハーゲンリィ」
四人の体がその場から消える。
そして、ハーゲンリィの町の近くにある石牌の傍に現れる。
「何度やってもこの感覚に慣れないなぁ」
なんというか、体が一瞬浮くというか、エレベーターにのって、いきなり最高速度で下に降りる感じというか。
変な感覚がするのだ。
「あ、そうそう。二人にはこのカードを渡しておくから、好きなもの買って良いからね。所有者登録してるから、私とレンちゃんか、私とアーちゃんしかそれぞれ使えないから安心してね」
所有者登録があるなら、盗難される心配がないわけか。
「「ありがとうございます」」
お礼を言う。
まぁ、どうせ一緒に居るし、そんなに買いたい物は私はないだろうけど。
「さて、それじゃ蓮華は私と手を繋ぎましょうか。逸れてはいけませんからね」
爽やかな笑顔でロキさんにそう言われた。
いやいや。
「だ、大丈夫ですよ。中身は子供じゃないので」
「仕方ありませんね。でも、できれば私か、アーネストからあまり離れないようにしてくださいね?」
この言葉にひっかかりを覚えたのだが。
「は、はぁ」
と頷いておいた。
しかし、この言葉の意味をすぐに嫌というほど理解したのだった。
-アーネスト視点-
「は、はぁ」
と頷いている蓮華。
あぁ、これは絶対理解してないけど、とりあえず頷いた感じだなと思った。
蓮華は分かっていないだろうけど、物凄い美少女なのだ。
町に出てすれ違ったら、思わず二度見するのが当たり前のレベルで。
元の世界で、こんな美少女に俺は会った事がないし、雑誌とかでも見た事がなかった。
でも、俺は何故か蓮華とは普通に話せる。
もう一人の自分だからだろうか、よく分からない。
普段の俺なら、絶対に言葉を上手く話せていない自信がある。
この世界にきて、一生の親友になった蓮華。
恋心とかそういうのは一切ない、けれど守りたいと思える存在。
だから、言った。
「ま、俺が居るから安心しろよ」
って。
すると蓮華は。
「ああ、ありがとう。お前なら安心だなアーネスト」
と凄く可愛らしい笑顔で言ってくれる。
何度でも思う。
それ、俺じゃなかったらアウトだから。
耐性の無い奴じゃ惚れてしまってるぞと。
すると、近くにいる兄貴から目配せされる。
分かってると俺は頷く。
さて、長い一日になりそうだ。
-アーネスト視点・了-
それからマーリン師匠達と色々な店に行った。
つ、疲れる。
なんせ、道行く人道行く人、皆がこっちに来るのだ。
その都度、アーネストやロキさんが追い払ってくれてるみたいで、私と話す距離になる前にどこかへ行くけれど。
正直日本で買い物に出かけるくらいの気持ちでいたから、違いすぎてビックリする。
驚いたのがまずマーリン師匠。
マーリン師匠はなんというか、普段と違い凄くキリッとしているのだ。
クールビューティーとでも言うのだろうか。
男の私……おっと。
女の私から見ても、凄くカッコイイ。
そんなマーリン師匠の威光?に当てられているのか、マーリン師匠に声を掛ける人は少ない。
が、凄く身なりの良い人が数人、マーリン師匠に声を掛けているのは見かけた。
明らかに貴族っぽい身なりの人が、凄い低姿勢だったのが印象的だった。
会話までは聞き取れなかったけどね。
「大丈夫ですか?蓮華。だから言ったでしょう?手を繋ぎましょうと」
「か、勘弁してくださぃぃ……」
そう言うのが精一杯だった。
なんせ、ロキさんもロキさんで、集まってくる人の数が凄いのだ。
しかも全員女性だった。
皆が口を揃えてロキさんを勧誘しているのだ。
成程、普段ロキさんが外に出たがらない理由はこれか、と思っていたら。
ロキさんの少し後ろに居た私達にも視線が行き、興味が移ったりする。
その都度。
「私の弟弟子と妹弟子でね。とても大事な二人だから、これから見かけたらよくしてあげてほしい」
と言ってくれている。
ロキさんに微笑まれた女性達が声を張り上げているのだが、凄く耳が痛い。
アイドルとか芸能人とかが傍に居たら、こんな感じなんだなと思った。
アーネストも同様に思ったのだろう。
「蓮華とマーリン師匠に兄貴の人気っぷりが凄いな。俺、普通で良かったわ。知り合いが三人とも人気者なんて、鼻が高いし」
そう言ってきた。
ん?三人?
「おいアーネスト、なんで三……」
言葉を言い切る前に。
「そこの可憐なお嬢さん、もし良ければ俺と食事でもどうですか?」
「おいお前!抜け駆けするな!」
等々、聞こえてきた。
なんか騒ぐならよそでやれと思いつつ、他の所を見ていたら、
目の前に男がワラワラと出てきた。
人数が多すぎてビックリする。
で、そのどれもが私に声をかけているようだった。
ちらりと見たロキさんは、女性達に囲まれて動けそうにない。
なんて言うか思案していると
「これ、俺の連れで今一緒に出掛けてるんですよ。他をあたってくれませんかね?」
と、アーネストが前に出て庇ってくれた。
だが、それに引き下がる男達ではなかった。
やいのやいのと言い争いをしている。
どうしようかと見ていたら、マーリン師匠がこちらにきた。
「レンちゃん。この人達がどうかした?」
そう、はっきり透き通るような声でそう言った。
周りの者達が息を飲む音が聞こえた。
「い、いえ。なんか、どこかに一緒に行こうとか声を掛けられてただけで……」
と正直に言った所、氷のような微笑をしながら、周りの者達に向けて。
「そう。彼女とそこの子はね、私の弟子なの。今は弟子達と家族水入らずの買い物を楽しみに来たのだけれど……それを邪魔したいのね?貴方達」
と言った。
空間が凍ったような、そんな感覚。
「と、とんでもございません!マーガリン様の邪魔をしようなど、この町の者は一人たりとも思ってはおりません!も、申し訳ありませんでした!」
ある背格好の良い男性がそう言った途端、皆が謝りだす。
マーリン師匠が続ける。
「そう。なら良いけれど。折角の団欒だもの、楽しい思い出にしたいの」
マーリン師匠が氷の表情を崩したお蔭か、なんとか周りは落ち着きを取り戻したかのように見えた。
その後に続く、マーリン師匠の言葉がなければ。
「まぁ、レンちゃんを口説き落とせる勇者が居たら、私の弟子にしてあげても良いけどね」
オオオォォォォォッ!!
途端、物凄い歓声が上がった。
なんだこれ、なんだこれ。
大事な事じゃないけどなんだこれ。
皆が私を見る目に尋常じゃない光が追加された気がする。
しかし、更に私にとっての爆弾が追加される。
「もちろん性別は問わないわ。レンちゃんから好きって言われたら、どんな願いでも叶えてあげる」
今度は女性も含めた歓声が上がる。
何言ってんのこの人……。
マーリン師匠が続ける。
「でも……レンちゃんに酷い事したら、この私が許さない。地の果てまでも追いつめて、必ず生きてきた事を後悔させてあげるから、そのつもりでね」
と氷のような表情で言った。
周りの者達が息を飲む音が聞こえるくらい、静かになった。
そしてそこで気付いた。
マーリン師匠は、私の為にこの場を作ってくれたのだ、と。
私を、守る為に。
マーリン師匠がこっそり私にウインクする。
少し照れた私は、ありがとうと小声で言って、アーネストの横に並ぶ。
「なんだかんだ、してやられたよな蓮華」
「まったく、もうちょっとやり方はあったと思うんだけどね」
「でもこれで、認識阻害の魔法の大事さは分かったでしょう?」
いきなり会話に入ってきたロキさんに驚くも、その単語が気になった。
「「認識阻害?」」
二人そろって首を傾げる。
「……」
無言になるロキさん。
「マーガリン師匠、一つお尋ねしたい事が」
その言葉と背に纏ったオーラに、マーリン師匠が物凄くびくついてる。
「な、なにかしらロキ」
「認識阻害の魔法について、アーネストはともかく、蓮華にも教えていませんでしたね?」
「だ、だってそんなの教えたら、レンちゃんずっと使っちゃうじゃない……?レンちゃん可愛いのに、勿体ないじゃない……?」
ロキさんの背後に物凄く黒いオーラが見える。
何故か物理的に見える。
「マーガリン師匠、この買い物が終わったら、少しお話が」
「わ、私はないけどなぁ……?」
「マー・ガ・リ・ン・師・匠」
「はぃ」
なんて光景を見て。
「ぷっ……あはははっ……!」
思わず笑ってしまった。
-アーネスト視点-
「ぷっ……あはははっ……!」
蓮華が笑う。
凄く楽しそうに。
そして、本人は気付いていない。
その姿を見て、周りの男性達、中には女性達も含めて、ポーッと見つめている事に。
無理もない、と俺も思う。
見惚れてしまうくらい美しく、そしてその笑顔はとても可愛いのだから。
蓮華に近寄る男達をなんとかあしらっていたのだが、数が多すぎて俺ではどうしようもなかった。
でも、マーリン師匠がきてくれて、一気に片を付けてしまった。
マーリン師匠も兄貴も、凄く権力があり、力も備えた有名人なのだろうと理解した。
でも、俺には直接的な力はあっても、こういう時に蓮華を守れる力がない。
俺は、名声を得なければならない。
単純な力だけでは、守れない時もあるんだ。
そう考えていたら。
「アーネスト、ありがとな」
不意に、蓮華がそう言ってきて驚いた。
「何がだよ?俺は何もできてないぞ?」
「そっか」
蓮華は笑顔でそう言う。
俺を無条件で信じてくれている。
俺も、蓮華の信に応えられるようにならなければ、と心に誓った。
-アーネスト視点・了-
それから、色んな所を一緒に周った。
元自分が居た世界では、スーパーに行っても同じような物しか買わなかったので、今の自分が居る世界での買い物は新鮮だった。
途中、マーリン師匠に着せ替え人形よろしくと色々着替えさせられたのには参った。
しかも全部買うし。
マーリン師匠は意外にもお金持ちだったらしい。
いやもう意外でもないか。
武器、防具といったお店もたくさんあった。
その中で優秀と覚えのある店をマーリン師匠が案内してくれて、店主の方に紹介していってくれた。
「さて、色々買い物も終わった事だし、次はギルドに行こうか」
なんてマーリン師匠が言った。
「「ギルド!?」」
ハモった。
いやだって、ギルドといえばお約束だろう。
「う、うん。なんで二人がそんなに食いつくのか不思議だけど。自身を証明するのに、ギルドカードは持ってた方が便利だからね」
と、マーリン師匠が若干引き気味で話してくれる。
でもだってしょうがないじゃないか。
魔術、魔法、アイテムボックスに並ぶ異世界の代名詞ですよ。
「二人にそんなものは必要ないと思いますけどねぇ」
ロキさんがやれやれといった具合で話す。
「ロキさん!私はギルドカード欲しいです!」
私は目を輝かせて言った。
「俺も!俺もギルドカード欲しいです!」
アーネストも同様だ。
「よし、すぐに行きましょう。なにしてるんですかマーガリン師匠。置いていきますよ?」
凄い変わり身の速さだった。
マーリン師匠が笑う。
「はいはい。あのロキがこんなに変わるのは、二人にだけだろうなぁ」
なんて言いながら移動を始めた。