#3 別れ道
前回のあらすじ:
オレは兵士を殺した。
初めての殺人に手を震わせながらも、ゲイルの後を追って、脱出を図る。
地下牢からの階段を上っていくゲイルの後に、オレは続いた。
突然、ゲイルが立ち止まった。
「どうした?」
「シッ」
ゲイルは通路の様子をうかがっている。道は左右に分かれていた。
「道を知ってるのか?」
「いいや、わからん。アンタならどっちを選ぶ? 生きるか死ぬか。二択だ。いや、は両方ハズレかもしれねえ」
長い廊下だった。どちらも先が見えない。
「ここで二手に別れるという手もあるな。アンタと俺、それぞれ右と左に別れれば、どっちかは生き残れるかもしれない」
「オレは囚人じゃない。兵士に保護を求めることも……」
「ふっ、アンタ、殺したんだぜ」
(オレが殺した……)
兵士の腹に突き刺した槍の感触が手に蘇ってきた。殺人の記憶。
ゲイルは顎に手を当てて、なにやら考えてから思いついたように言った。
「なあ、アンタに頼みたいことがあるんだ」
「頼み?」
「この先、俺が死んでアンタが生き残るってこともあるかもしれねえ。そうしたらカンバ村のユリアという女を訪ねてほしい」
「カンバ村のユリア……」
俺は覚えるように復唱した。
「そうだ。俺の名前を出せばわかるはずだ、いや、もっともアンタのその顔なら名乗るまでもねえかもしれねえな」
ゲイルがオレの顔はそっくりなのだ。何か理由があるのだろうか?
死んだはずのオレがこの奇妙な世界に現れたことも、このゲイルという死刑囚の前に現れたことも、そしてオレ達が鏡映しのようにそっくりなことにも理由があるのだろうか?
「そのユリアという女にあって、どうすればいいんだ?」
「『黄金の蛇はニセモノだった』。そう伝えてくれるだけでいい」
「黄金の蛇。さっきも言っていたな。この国の家宝だかとか。いったい何なんだ? それは」
「そうだな。言うなれば、すべての元凶さ……」
「元凶?」
「ああ、この世界が狂ったのは、あいつのせいだ」
「何を言ってるのか、さっぱり……」
当然だった。この世界と言っても、オレはまだ牢屋しか知らない。ここがどういう世界か見てもいないのだ。
(確かめてもいいかもしれない……)
ここが生きるに価する世界なのか?
「あいつら、飯運ぶだけでどんだけ時間かかるんだ?」
左手の通路から声がした。牢屋番のことを言ってるのだ。
「おまえ、見てこいよ?」
「しょうがねえなあ」
足音が近づいてくる。
「行くぜ」
ゲイルが言った。
オレは当然のごとく兵士の声がするのと反対側へと走り出そうとした。
「そっちじゃねえ」
「バカな。あっちには兵士がいるんだぞ?」
「だからこそだよ。楽しそうじゃねえかっ」
ゲイルがニヤリと笑った。
(ドク、ドク、ドク)
「アンタもワクワクしてんだろ? 生きるか死ぬか。最高のギャンブルじゃねえか。こいつを頼む」
燭台をオレに渡すと、ゲイルは体勢を低くして、槍を構えて。
シュッーーーーグサッ。
空気を切り裂く音がしたかと思うと、何かが刺さる音がした。
「うぐ……ぐっぐ……」
ろうそくの灯りをゲイルに向けた。
「ゲイル!?」
喉元を一本の矢が貫通していた。通路の先から放たれたものらしかった。ゲイルの脚が緊張を失って仰向けに倒れた。口をぱくぱくとさせ、瞳は見開いたまま小刻みに揺れている。
(即死だ。)
オレは身の危険を感じた。
「ガラハド様!」
かしこまる兵士の声。ガラハドという男が矢を放ったのか。
「もう一匹いるな」
冷たく凍るような声が響いてきたと思うと、
シューーーーーグサッ。
矢がオレの左腕を突き刺した。持っていた燭台が落ちる。
(ドク、ドク、ドク)
オレは激痛をおぼえて、左腕をつかむ。刺さった矢と肉の間から血が溢れ出す。ゲイルの顔が視界に入る。死んでいる。
(逃げなきゃ……)
オレは右手の通路へ走りだした。
シューーーーーーー。
第三の矢がオレの脇腹をかすめて抜けていった。
通路は、また左右に分かれた。
オレはどっちの道を選んだか覚えていない。
頭の中は真っ白で、ただ死に物狂いで走った。
扉を見つけてそのまま走り込んで体をぶつけると表へ出た。
暗い森だった。満月が浮かんでいる。
振り返ると脱出してきた建物の全貌が見えた。
城だった。中世ヨーロッパのようなつくりで、三メートルはあろうかという城壁に囲まれている。
オレに選択肢はなかった。
鬱蒼と生い茂る森の中へと入っていった。
腕から血が落ちる。血痕から逃げ道を追われてしまう。
月明かりだけで足元もおぼつかない。何度もつまづきながらオレは走った。
(死にたくない……)
そんな言葉が頭をよぎった。
「はあ、はあ、はあ……」
息があがった。脚も重い。大木に寄りかかって腰をおろした。
数秒だけ息を止めて耳を澄ます。
フクロウの鳴く声がきこえる。
追手は来ていないようだ……
パチッ
地面の小枝が折れる音。
(誰だ!?)
振り返るオレ。
グルルルル……
涎を垂らした一匹のオオカミがオレを見て、獲物を見つけたとばかりに唸り声をあげた。
(つづく)
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