プロローグ「エンドレスドリーマー」
オレは天井から吊したロープに首をとおした。
踏み台を蹴り飛ばす。
ロープがオレの首にキュッと巻きついて体重がかかる。
(やっと解放される……このクソみたいな人生から)
ギャンブル好きが高じて積もりに積もった借金は3000万円にもなっていた。
一発当てさえすれば、すぐに逆転できるとおもってた。
だけど人生は甘くない。そんなドラマチックな瞬間はマンガやアニメの中だけだ。
小さな頃からコツコツ勉強して、いい大学に入って、いい会社に入って働いて、結婚して子どもができて……それこそが幸せな人生ってやつで夢見るドリーマーなオレに生きる価値などない。
なんとなく入った大学には馴染めなかった。
誰かに話しかけようとおもっても、いつのまにかグループができていてチャンスがない。要領のいい奴らは入学前からネットで仲間をつくったりしてるらしい。友達や仲間ってのは自然とできるとおもってた俺は間違いだった。
このままじゃヤバイとおもってサークルの飲み会にも参加してみたが、野郎の先輩たちは新入生の女の子を口説くこうと必死だし、カッコイイ先輩を狙ったアホ女たちはマウントのとりあい。
オレの居場所じゃない。
大学にはすぐに行かなくなった。
フリーターになってパチンコ屋で働きはじめた。
バイト先の先輩の影響で、いろんなギャンブルを覚えた。花札、麻雀、ポーカー、スロット……勝つこともあったがトータルでは負けこしていた。
だんだんと借金が膨らんでいった。
はじめは先輩から1~2万借りる程度だった。
次に給料の前借りを始めた。
働いても給料が入ってこないのがバカらしくなって仕事に行かなくなった。店長からは鬼のようにスマホの着信があったがぜんぶ無視していたら、家に乗り込んできてボコボコにされて、肋骨が3本折れた。
入院したと言ったら山梨の両親が30万振り込んでくれた。ぶどう農家で、汗水たらして稼いだ金だ。
精算するとき踏み倒して逃げたので、その金は全額残った。
何に使おうか考えたら、あらゆるギャンブルをしてきたと思っていたが、なぜだが競馬だけやったことがなかったのに気がついた。
オレはそのまま競馬場に足を向けた。
新しいギャンブルで運命が開けるかもしれないと思った。
金が増やしたかった訳じゃない。
オレの生きるべき場所を見つけたかった。
オレは「エンドレスドリーマー」という馬を選んだ。
華奢な体軀、エンドレスドリーマーの人気は最低。倍率は353.5倍。
誰にも見向きされない馬だった。
オレと同じだ。
この馬にすべてを賭けた。
レースがスタートする。
黒い毛並のエンドレスドリーマーはいきなり先頭に立つ。後続の馬をぐんぐん引き離していく。
馬が走る姿を生まれて初めて見た。拳に力が入る。
「行けっ!」
オレはスタンドから身を乗り出して声にあげた。
「バっカじゃねえの」
隣にいたオヤジがオレを鼻で笑った。
「あんな馬が勝つわけねえだろ」
オレはオヤジをキッと睨んで、馬場に目をもどした。
エンドレスドリーマーに近づく一頭。
「がんばれっ! 逃げ切れっ!」
カーブで抜かれる。
二頭、三頭、四頭……必死で走る黒馬の横を、他の馬がすり抜けていく。
場内に大歓声がわく。
エンドレスドリーマーはビリ。
さっきのオヤジがオレの肩に手をまわして酒臭い息を吹きかけてきた。
「あんちゃん、ああいうダメな馬がどうなるか知ってっか?」
「どうなるんだ?」
「馬肉なるんだよ。ダメなやつは生きる価値がねえんだよ」
「そんな……」
「まあ、あんちゃんは次でがんばるんだな。俺はこの当たり馬券で焼き肉でも喰わせてもらうぜ。へっへっへ」
ネガティブスパイラル。
それからオレは借金とギャンブルをくりかえして、ついには危ないヤツらが主催するギャンブルにも手をだした。
ルールは同じだが、掛け金が10倍や100倍になる。
もちろん勝てないようになっている。
ヤツらはオレに返済能力がないのをわかっていても愛想よく貸してくれる。
回収方法があるからだ。
保険金をかけて殺して内臓はバラ売りして商品にするつもりだ。
あの馬とおなじだ。
生きる価値のないオレは肉になる。
(それならいっそ、自分の手で楽になろう……)
オレは天井から吊したロープに首をとおした。
踏み台を蹴り飛ばす。
ロープがオレの首にキュッと巻きついて体重がかかる。
視界が白くなる。
……
……
……
しかし、いつまで経っても、オレの意識は消えなかった。
オレはゆっくりと目を開いた。
そこは牢獄だった。
(つづく)
※注意
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