9.歩く風評被害、バルディ!
「ふわぁああっ……。おっと、お早うさん、お二方よぉ?」
結局、あの後俺とフィロは二人で魔族が現れた時の逃げる段取りを決め、朝が来るのを待った。
……待った、ただひたすらに待ち続けた。
正直、俺を二回もの夜番に巻き込んだ挙句に途中で寝やがったバルディに殺意が湧くほどではあったが、あいつも疲れているんだ、と心の中で何度も何度も言い訳をして自分に言い聞かせていたところ……。
このご挨拶である。
先程まで鎮火していた怒りがまた、メラメラと炎上しそうな気分だ。
しかし、バルディはまだパーティーメンバーだ。
ここで問題を起こすのは早い。
今は埋伏の時ッ……!
俺はコメカミに浮かびそうになる血管を、下唇を噛み締める事で回避すると、そのまま引き攣った笑顔で挨拶を返す。
「よお!……よく眠れたか?」
「ああ!ばっちしだぜ!」
チッ、皮肉がわかんねぇのかよッダボがっ!?
……いや、でもここで変に通じて突っ掛かられるのも面倒だな。
って事は、結果オーライ?
「フィロもお早うさん!」
「…………おはよぅ」
……フィロちゃんはどうも寝不足のようで、不機嫌そうな目をバルディに向けている。
これにはバルディさんも苦い表情。
まぁ仕方がないと言えば仕方がないが……。
ちなみにフィロがバルディに対してちょっとした敵意があるのは、俺がバルディが夜番をサボって早めに寝た事をチクったからである。
それでもフィロちゃんよりは長く夜番やってたんだけどな……?
しかし、理不尽極まりないフィロちゃんからすればそんな事は関係ない。
彼女の頭の中にあるのはバルディが夜番をサボったという事実のみ。
フィロの中でのバルディの評価は下がる一方といったところか。
その後バルディは他のメンバーも起こしに行き、軽めの朝食を食べ終えるとメンバーの準備が終わり次第、馬車でその場を出発した。
◆
「っていう感じでよ?レイトの奴、俺よりも先に寝るもんだから結局、俺が最後まで夜番をする事になっちまってよぉ?」
「へぇー……それは、バルディさんも大変でしたね」
「ふんっ、やっぱりアイツはただのグズねっ!自分だけならまだしも……バルディの足まで引っ張るなんて、信じられないわッ!」
「いやいや、別にイイんだよ?俺そんな寝なくても何とかなるしよ。ここは、一つレイトの事を許しちゃくれないかよ?……な?」
「バルディさんがそう仰るなら……」
「ふんっ、バルディも甘いわね」
時刻はあれから進んでもう少しで日が天辺まで来そうなところ。
えっちらおっちら、どんぶらこどんぶらこ……と馬車に揺られているうちに、馬車内では痛烈な俺の風評被害が行われていた。
……ん?もしかしてこの擬音、使い方間違ってるか?
まぁ、いいか……どうでも。
とりあえず何でかは知らないけど、バルディくんはどういう思惑なのか、俺の評価を全力で落としまくっていた。
まず、一つ目がコレ。
夜番に寝ていたのはバルディの筈なのに、何故か俺が寝ていた事にされており、後始末させられた嘆いていた。
……そう言えば、『焚き火の始末を俺にやらせてくれ』とバルディが言っていたのは、俺が夜番に寝ていた事を証拠付けるためなのか。
……案外、頭良いな……じゃなかった。
感心している場合ではなく、バルディの法螺吹きのお陰でカルテとリーマからの評価はだだ下がり。
……イエーリとルラキからは半信半疑、といったところか?
どっちにしろこのパーティーでの発言権はほぼ失われたと見ても良いだろう。
ちなみにバルディが夜番をきちんとしていないことを知っているフィロともう一人のピンク髪の女の子イエーリは、眉をしかめていた。
……フィロは兎も角何でイエーリまで?
別にどうでも良いか……。
本題というか俺の風評被害の件に話を戻すが、バルディの法螺吹きというか罪のなすり付けはまだまだ続く。
途中、トイレをするために休憩した草場では女性陣に見えないところまで俺を連れて行き、自分でわざと大きな屁をして、『うわっ!レイトの屁、臭っ!!!』と大声で叫んでいた。
これによって、カルテとリーマ、それと多分ルラキからもデリカシーのない男性だと思われたことだろう。
実際、カルテからは……。
「臭いから近付かないでくれないっ!臭男ッ!」
と、叫ばれ、馬車内でも隔離された。
他にも小さな嫌がらせを幾つもされたが、特にこの二つが酷かったと言えるものだ。
最初は怒ろうかどうか迷っていた俺だったが、ここまで来るとあからさま過ぎて怒る気にもなれない。
……というか、これがバルディの狙いなのだろう。
今まで男性の冒険者とは気が合わずやってこれなかったとバルディは言っていたが、大体はこんな感じのイチャモンに近いことを続けて、女性陣の評価を叩き落としパーティーから追い出す……と。
それに女性陣から意見を聞かなくても、ここまで虚仮にされたら男の冒険者として黙ってはいられないというものだ。
何よりもやはり女性陣の目がキツ過ぎる。
俺の場合はイエーリとフィロが理解があって助かってはいるものの、本当はほぼ全員からこんな軽蔑の視線を向けられるのだ。
……居た堪れないなんてものでは済まない。
俺がそんな針の筵状態を味わっていると馬車が森の入り口で停車した。
「皆!分かっているとは思うが、ここから湿地帯『ウェトラン』だ!気をつけろよ!」
「「「「「「はい!!!(……わかった)(へーい)」」」」」」
……というか、誰だよお前?
急にジャ○プにでも出てくる主人公のようなキリッとした顔つきになって、パーティーを先導するバルディ。
ぁ、ああ何?アイツ、ギャップ萌えでも狙ってんのか?
バルディの様子が急変した事にリーマ、イエーリ、ルラキは戸惑い、カルテはバカップルの顔つきを見せる。
……フィロ?
あいつはいつも通りに欠伸をしただけだけど?
いや、正直言って今更そんな真面目振られても違和感が凄いというか?何だか調子が狂うというか?
有体に言うならば、さむい芝居に鳥肌が立ったと言ったところだろうか?
……嫌な予感しかしないわぁ〜〜〜。
と、俺は先導するバルディを見て、そう思った。
◆
依頼は驚くほどに順調に進んだ。
森に入った当初、確かにお偉方の貴族たちが言う通り、魔素の濃い場所だな、とは思ったものの、それは決して常識外というわけではなく、むしろまだまだ常識の範囲内というか。
どう考えてもダンジョン化しているようには見えなかった。
であるならば、魔族か?
しかし、それも今のところそういった気配を感じない。
俺の隣を歩いているフィロは、今のところ端正な眉を寄せて怪訝な表情をしているものの、別に何か異変を感じた訳ではないらしく……。
むしろ、何も起きない事に疑問を抱いているらしかった。
パーティーの空気も、俺を絶賛陰口中(いや、本人の目の前で言っているんだから、コレはただの悪口か……?)であることを除けば、特に問題はない。
しかも、先ほどとは別で口ではなんだかんだ言いつつリーマの方も、人の悪口を言うのは好きではないらしく、時々話題の方向転換してくれているのも何気に精神的に助かっている。
……あんまり悪口を言われ続けると、ついつい苛ついて殺ってしまいそうになるしな。
俺がそう考えると、ほぼ同時にパーティーメンバー全員がビクッと身体を震わせる。
……どうしたんだ?
俺がそう問うよりも先に、歩く俺の風評被害ことパーティーリーダーのバルディが口を開ける。
「おい、今……なんか凄まじい殺気がしなかったか?」
……うーん?
殺気……だと?
俺、結構殺気には敏感な方だが……殺気感じなかったぞ?
しかし、俺の感覚を否定するかのように、他の連中も声を上げる。
「うんっ。なんか酷く恐ろしかったッ」
「まるで心臓を握られているような……」
「ぇ、ええ……。わたくしも大分、冒険をしてきたつもりなのに、今までとは比べものにならないレベルでしたわ……」
「……やばい」
「うん、うん!私も何かゾワッときた感じ?」
カルテ、リーマ、ルラキ、フィロ、イエーリの順で各々の感想を述べる……。
え、えええぇぇえっ!?それ、マジで言ってんのか?
俺、本気で何も感じなかったんですけど……。
ちょっと、ショックっす……。
俺がそんな感じで内心のショックを隠しきれないでいると、不意にバルディから鋭い掛け声がかかる。
「おい!何か来るぞっ!?」
バキンッ!!!と木々が薙ぎ倒される音と共に、何かの獣の唸り声が聞こえる。
……いや、待てよ?
これってまさか……。
「グルウォォォおおおおおッッツ!!!」
木々を薙ぎ倒して現れたのは……牛を二足歩行させたかのような風体をしている化け物ーーー
「ーーーみ、ミノタウルス……」
魔人、ミノタウルスが存在していた。