6.鉄串四本で
「さて、と。時間にもなったことだしよ、そろそろギルドに戻ろうぜ」
美味しい昼食を食べ終えた後、食後のデザートも堪能していた俺たちに、バルディがそう声をかけた。
今の時間は、もう直ぐで約束の時間に差し掛かるぐらい、といった感じか。
実を言うと、ここ『コロル』では時計というものが存在しない。
いやまぁ、厳密に言うとあるにはあるのだが、高すぎて庶民には手が出ない代物、といった感じだ。
そのため、俺たちは日々の生活を三つの鐘の音によって把握している。
一つ目が早朝、二つ目が午後十二時、三つ目が夕刻、といった感じだ。
で、俺たちが待ち合わせた時刻は、二つ目の鐘の音、つまりは午後十二時ということだ。
実際、日もほぼ真上に昇ってきているし、鐘の音は結構正確なのではないだろうか、とは俺の見解である。
「そうだな。バルディの言う通り、そろそろ行った方が良いかもしれない」
俺が肯定の意を示したのをきっかけに、ルラキも頷き、カルテは生意気言ってんじゃねぇよ、と言いたげな目を向けながらギルドへと向かった。
道中は、昼頃ということもあり、先ほどよりもさらに混んでいる感じだったが、俺も伊達に王都で暮らしてきた訳ではないので、少しぎこちなくも人混みを避けて通って行った。
ギルドに着くと、既に到着して待っていたらしい三人娘が、こちらに手を振ってきた。
……いや、フィロはこちらを一瞥してきただけだが。
そんな三人娘の微笑ましい行動に、通行人とバルディはダラシない顔をしている。
もちろん、バルディはカルテに蹴られていたが……。
「随分とはやかったんだな?」
俺はバルディが蹴り飛ばされている姿を横目に、ピンク髮の鎧少女、イエーリに話しかけた。
ん?イエーリに話しかけた理由?
いや、こいつがなんか一番話しやすかったんだよ、ただそれだけ。
俺が話しかけると、イエーリは人懐っこそうな笑みを浮かべて、俺の問いに答える。
「うん、まあねっ。私たちはちょっと前からこの依頼に誘われてたから……殆ど準備も終わってたし。……レイトくんの方は?」
「んあ?俺?」
「うんっ」
いきなり会話の矛先が俺に向かってきてびっくりしたものの、よくよく考えれば適当に言えば良いだけか、と思い直し、イエーリの問いに答える。
「俺の方は、ぼちぼち、ってとこか。良くもなく悪くもない、みたいな……」
「そうなの?」
「うん、まぁ本当のところはもうちょっと時間が欲しかったんだけどな」
「そっかぁ……」
何か俺のことを探るように言われているのか?と勘ぐってしまうほどグイグイと聞いてくるイエーリだったが、よく考えたらこの会話方法が彼女のコミュニケーションなのかもしれない、と思い、疑うのをやめる。
イエーリはその後も、俺に対して他愛のない雑談をしてきたが、後ろにいたリーマとフィロは黙って佇んでいるだけだった。
「ーーー、どうですか?ーーー、ーーーーーー?」
「ーーーーーー、違う。ーーーーーー、……多分、関係ない」
……ん?何か言ってたか?
俺がリーマとフィロに疑問を抱くも、バルディの一言で直ぐに考えるのをやめる。
「おーい!運送屋ギルドの方が準備出来た、って言うからよ。そろそろ出発するぞ!」
三者三様、ではなく、六者六様の返事をして、俺たちは冒険者ギルドを後にした。
◆
「何をしているんですか、レイトさん?」
所変わって馬車内。
俺はバルディの機嫌を少しでも損ねてしまうとパーティーを辞めさせられる身であるため、出来るだけパーティーメンバーと話さない様にしよう、と馬車の端っこで武器の手入れをしていた。
しかし、頑張って話しかけられない様にしようとした矢先、また誰かに話しかけられてしまった。
誰だ……?
馬車の操縦はバルディとカルテ、それと出来るだけパーティーリーダーの指示を聞けるように近くにいた方が良い、という俺の助言を素直に受け入れたルラキがいる。
そのため、この三人は除外。
そして、馬車の真ん中には「体力を温存しますっ」とか言って寝てしまった鎧姿のイエーリ。フィロはこんな長文を話すような奴じゃない……となると?
俺は答え合わせをするかのように、顔を上げると、やはりそこには剣士風の風体をしたリーマの姿があった。
冒険者ギルドに居た時は全然話しかけなかったのに、何故……?
何か狙いがあるのか?と警戒心を強めつつも、俺はリーマの問いに答える。
「ああ、武器の手入れだよ。……リーマだってするだろ?馬車内だと暇だから、さ」
「武器、ですか……?」
怪訝そうな顔で俺の手元、というか武器を見つめるリーマ。
まぁ、その疑念もわからない訳じゃあないけどな……。
何せ、俺が今扱っている武器とやらは、焼き串屋とかに置いてある、値段一アルムほどしかしない鉄串なのだから。
……だけど、そんな顔したって用途は教えてやらん。
相手がどういった思惑で俺に話しかけているのかわからない以上、不用意に自分の戦い方を露呈させるものじゃない。
もちろん、リーマのこともある程度は信用する。
しないと、仕事にならないから……。
だが、信用と信頼では話が別だ。
しかし、俺が遠回しな説明拒否の姿勢を見せているのにも関わらず、リーマは鉄串の用途について聞きたがる。
「あの、出来ればどうやって使うのか気になるんですが……教えて頂けませんか?」
だから、駄目って言ってんじゃん!
……いや、言ってはないか。
これはちゃんと口で言わないと駄目かなぁ、と憂鬱気に口を開けようとして、意外なところからフォローが入る。
「……リーマ」
「どうしたんですか、フィロ?」
……フィロだった。
今まで俺たちの会話を静観していたフィロの呼びかけに、リーマは何かあったのか、と問いかける。
そういえば、フィロとフォローって字面が似ているなぁ……。
「……リーマ、空気読んで」
「……え?何かいけないことでもしましたか?わたし……」
「……してる。……だって、レイトの警戒心……上がってる」
「えっ!?そうなんですか!?」
「……うん。……多分、だけど……フィロたちに話しかけられたくない……と思う。……どう?」
おぉ!フィロの長文初めて見た!
クララが立った時と同じくらいの感激を俺は覚えた。
と、まぁふざけるのは置いといて……。
多分、この『どう?』って、俺に話しかけてるんだよな?
いまいち確信を持てないものの、二人が黙って俺を見つめてくるので、多分そうだろう、と思い、俺は口を開ける。
「いや、別に?特にそんなことはないが」
俺は“警戒心”を皆無にして言う。
俺のその言葉にフィロは目を大きく見開き、リーマは「良かったです」と安堵の表情を浮かべて呟く。
俺はそのままリーマに鉄串の用途を伝える。
「これは投擲用だよ。ほら、これって結構頑丈に出来ているんだ。この状態だと少し錆び付いてて刺さり辛いだろうけど……少し紙やすりで削れば、直ぐに使えるようになる」
「な、なるほど〜……。でも、これって当たるんですか?」
リーマは鉄串を一本持ってしげしげと眺めつつ俺に問いかける。
まぁ、確かに投擲するのは難しいかもな。
「練習すれば、できるようになると思うぞ。実際、俺も鉄串を使いこなせるようになるのに時間がかかったし……」
「へぇ〜……」
……嘘は言っていない。
鉄串を使いこなせるようになるのに、時間は他の武器を使いこなせるようになるよりも時間がかかった。
ざっと二週間ぐらい?
俺は師匠から武器を扱うことに関しては天賦の才があると言われていたのだ。
それこそリーマの言う、当てるだけなら持って直ぐにできるようになった。
……が、そんなことを言う必要はない。
警戒心は持たず、出来るだけ自分の情報は晒さず……。
あくまで飄々と今回の依頼に勤しめば良い。
そうすれば、今回の依頼は成功したも同然なのだから……。
「でしたら、少しレイトさんの戦闘スタイルを見てみたい気がしますね。ねっ、フィロ?」
「…………うん」
間が開いたものの、フィロも肯定の意を示す。
ま、実際のところ俺の戦闘スタイルは気になっているのはそうなんだろうが……。
それよりも、フィロはどうも俺に近付き過ぎる方がヤバイと感じているようだ。
……聡いやつだ。
俺たちの会話が途絶えた時、不意に御車台の方から声がかかる。
「おーい!それならよ!丁度いい奴がここにいるぜ!」
……バルディだった。
バルディは、馬車の前方に立ち塞がっている魔物を指差す。
「どうもゴブリンたちの狩りの帰りに出くわしたようでな。……どうだ?レイトの腕を見るのには丁度良いんじゃないか?」
ゴブリン。
魔物の中でも最低ランクの強さの魔物で、その強さは一般人でもどうにか対応できるレベルだ。
しかし、それはあくまで単体の話だ。
「何体いるんだ?」
「四体」
……四体か。
なら、やってやれないこともないんだろうが……。
正直に言うと、こんなメンバー全員が見ている状態で戦いたくないし、何より面倒くさい。
どうにかして断れないだろうか?
「なぁ、これ俺がやらないと駄目か?」
「ん?だってよぉ、リーマが気になってんだろぉ?レイトの実力がどのくらいか……。周りの奴らも見てみたいようだし……よ?それに、実は俺も気になっちゃいたんだよなぁ?」
……なるほど。
イエーリは寝ているし、カルテはずっとバルディの方を見ているからわからないが、少なくともバルディとリーマ、それにフィロは俺がどのくらいやれるのか気になるようだ。
しかも、最後にバルディが怖いことを言い出した。
「あ!後、レイトよぉ?お前がもし、使い物にならない、と俺が思ったらパーティーから抜けてもらうからよ」
な、ナニィいいいいい!!!?
マジで!?ここにきてソレ、有りなの!?
俺は全身から緊張による汗が出てくる。
うぉおお、マジかぁああ……。
こんな道の真ん中で下ろされたら堪ったもんじゃない。
多分、王都に帰るだけで俺の財布は赤字になってしまう……。
……由々しき事態だ。
バルディの脅しによって完全に脳が覚醒した俺は、日常モードから戦闘モードへとスイッチを入れ替える。
「わかった。俺がやるから、少しでも使えると思ったら俺をこのパーティーに置いてくれよ?」
「ぉ、おう……」
馬車の前に出ると、ギィギィと鳴きわめく緑色の肌をした小鬼が四体いた。
……倒すのは容易い。
蹴りやナイフを混ぜながら一体ずつチマチマやっていけば、確実にゴブリンなんか討滅できる。
しかし、これはあくまで試験だ。
いや、正確に言うならばバルディによる私見、といった感じか?……意味違うけど。
どっちにしろ、腕試しということなのだから、ただゴブリンを退治するだけじゃあ意味がない。
もっと圧倒的にいかないと……。
馬車から俺が姿を現したことで、ゴブリン四体の警戒度一気に高まる。
……よし!決めた!
瞬殺だ!瞬殺しかない!
正直に言うと、俺の戦闘スタイルはあんまり褒められたところがないというか、派手なところが少ないのだ。
こういったパフォーマンスが必要な場では俺の様な奴は適さない。
となると、これはもう瞬殺して派手に見せかけるしかないだろう。
そうと決まったら即実行!
俺が手を振り上げると、ゴブリンたちは狩猟で手に入れたであろう鹿を地面に置き、武器を構えーーー
ーーーザシュッ!
その瞬間、ゴブリンの額を鉄串が貫いた。
一体何が起こったのか?
そんな顔をしながら死んでいったゴブリン四体。
種明かしをするとしたら、ただ袖に仕込んでた鉄串四本を歩いている時に、手のひらにスライドさせ、指と指の間にセット。
そして、手を振り上げる動作と共に投擲。
ただ、それだけのもの。
その動作にゴブリン四体の反射神経が追いつかなかっただけのこと。
その結果が、これだ。
ゴブリン四体がちゃんと息を引き取ったのを確認した俺は、ゴブリンの心臓部分にある魔核を解体用ナイフで取り出すと、袋に詰めてバルディに渡した。
「ほいよっ、これでどうだ?」
「ぁ、ああ、ご、合格だ……」
よっしゃあ!!!
俺は内心でガッツポーズを取ると、馬車内でまた武器の手入れを始めた。
馬車内に蔓延する驚愕の空気には、気付かないまま……。