36.灰色の模擬戦
過去編スタートです!
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孤児院では、十歳になった子供に属性検査というものを行う。
これは十五歳から働き始めるために、自分の力をある程度把握するための準備期間である。
五年。
日本で義務教育だの高校だの、大学だのとチンタラチンタラ働くための準備をしていた元日本人の俺にとっては随分と短いものに思える。
しかしこの世界ではむしろ自分の属性を知れるというのは一種のステータスであった。
属性検査は、基本的に市井の人間ではとてもではないが調べられる代物ではない。
そのため教会に多額の寄付金(という名の賄賂)を渡して司祭などに検査してもらう必要がある。
検査のお値段はなんと!お一人様あたり千アルム!!!(高田社長風)
日本円に換算すれば一人一万払う、ということだ。
これは高い!
日本なら大学に通うのに百万程度はかかるので、それに比べたら安いのでは?と考える者も居るだろうが、実際問題そう簡単にはいかない。
日本は経費が高い分給料も安定して貰えるところが多いため、ある程度の貯金を積めば百万程度の値段を払うことが可能になる家庭は案外ある。
しかしここは異世界『リノン』
予想外の災害、魔物の襲来、魔王軍との戦争などで物価の値段は常に不安定。
それプラス時給の安さも相まって、王都に住んでいる住民でも財布に千アルム持っていない人がいる。
この王国で最も栄えている街ですらそうなのだ。
魔王軍との戦争の前線とかになれば、貯金を全額突っ込んでも百アルムにすら届かない人が出てきてしまう。
そのため、案外自分がどんな属性を持っているのかがわからない人は多い。
それを考えると、将来を見据えて属性検査を行ってくれるここの孤児院がどれだけ優良物件というのか。
ここの院長には感謝しかない……が。
流石にこれは勘弁してほしいなぁ……。
俺は目の前に並べられた(ガキたちが食い残した)残飯を前に、溜息をついた。
◆
「よぉーし!では今から訓練実習の時間だ!各々得意な武器を持って庭に出るように!」
十歳になった俺たち孤児院は、これまでのお手伝いに加えて訓練実習というものをするようになる。
この世界『コロル』では魔物やら魔族やらの存在のおかげで大分物騒なため、できるだけ自衛ができた方が良いだろう、という院長の考えの元この時間が行われることになった。
この時間では武器の扱い方を元冒険者だったという副院長に教えてもらう。
ただ、俺は無能の出来損ないということなので、あまり教わることは多くない。
大抵が素振りを命じられるだけである。
しかし今日は違った。
「よし!今日はこれから模擬戦をするぞ!」
「「「模擬戦?」」」
「そうだ!今までどのくらいみんなが頑張ったのかを見る、テストみたいなやつだ。そうだなぁ……代表でニグレとレイトだな。ここの線に合わせて位置についてくれ」
木の棒で線を継ぎ足しながら(主にニグレの方を向きながら)言う。
俺とニグレはその指示に従って位置につく。
「良いな?俺が始めって言ったらその合図に従って全力で相手を倒せ!」
副院長は俺の方には見向きもしていない。
完全にニグレに向けて言ってやがるな……。
しかし今回のこの模擬戦の場は俺にとっては嬉しい機会だ。
もしかしたら今までの穀潰しのイメージを払拭出来るかもしれないのだから……。
ニグレはコクリと頷くと両手に大きな木斧を持って構える。
対する俺は手に小さなナイフ(木製)を一本。
本当は短剣したかったが、副院長が「無能に長物を持たせて子供たちを怪我させられたら堪らない!」と言って貸してくれなかったので、これで我慢している。
「始めッ!」
「オラァッ!」
「ッ!?」
副院長の合図と共に、ニグレは力一杯に木斧を俺に振り下ろす。
カアンッ!と乾いた音が鳴って俺が吹き飛ばされる。
元々木斧とナイフではリーチの差が半端ではない。
衝撃の半分もこの武器では受け止められないだろう。
そのため俺は無理に踏ん張るのは止めてできるだけ衝撃を受け流す態勢をとっていた。
「ギャハハっ、無能が吹っ飛んでるぜっ!?」
「これだから“トイレ”はいけねぇなッ!」
「ニグレ、良いぞーッ!」
その結果周りの取り巻き達からすれば嬉しい光景になったが……。
ニグレも俺が吹き飛んだ姿はさぞや滑稽に見えたらしく、ニンマリと気色の悪い笑みを浮かべている。
ただニグレもバカではないので、追撃の手を止めることはせず、木斧を左右から凪いでくる。
俺はそれを必死に受け流し、蹴りや牽制の突きを放って逃げ回る。
「ギャハハ!ねずみみてぇだぜ!」
「逃げ腰“トイレ”!」
(野次馬がウゼェ……)
しかし何度もそんな攻防をしているうちに、まだ体力が子供の域を出ていないということもあってか、ニグレは息切れを起こし始めた。
「ふぅー、はぁ……ぜえ、はぁ……」
(チャンス!)
そう感じた俺は不意打ちでナイフを眼前に突き出してニグレをビビらせる。
「ッ!?」
ニグレは木斧を振りながら地面に転倒。
その隙に俺は背後に回って首筋にナイフを突きつけた。
所謂チェックメイトである。
「うっ……」
「「「……」」」
(くくっ、取り巻き達も黙りやがったな……)
開いた口がふさがらないと言った形容をしている取り巻き達の姿に、俺の溜飲が下がる。
達成感に満ち足りて、周囲の反応を見渡すと……。
「レイト!ニグレから離れろ!」
「……」
びっくりするほど冷たい反応が副院長からかえってきた。
俺は言われた通りにニグレから無言で離れる。
俺がニグレから離れた途端に副院長はニグレの体を点検し、傷がないかを確認する。
……。
俺がそんな副院長の姿を無心で見ていると、ニヤリと口角を上げた副院長がニグレに告げる。
「良し!次は魔術を使って良いぞ」
「はい!」
……俺の視界が反転する。
実を言うと前章で主人公に家庭教師をさせる予定だったんだけどな……。
主人公全然家庭教師してないな。




