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35.灰色の日常

伏線回収やら矛盾やらを考えているうちに遅くなりました。

ある程度のプロットが形になったので、今日からまた二話投稿です!






某月某日。

今日も今日とて俺はクソくだらない日課をこなしている。


「オイオイ!はやくしろよっ!」

「そうだぞっ!てめえのせいで俺たちが院長に叱られるかもしれねぇんだぞ!?」

「ギャハハっ、ほらえっちらおっちらと、“無能”は大変だなー!」


場所は孤児院に取り付けられている公衆便所の中。

鼻にこびりつく糞の匂いと、夏ということもあって強烈な腐敗臭が漂う残飯の山を、俺は一人モップを片手に掃除をしていた。

異世界『コロル』に生まれ落ちて早十年。

俺はこの世界でいうところの無能という存在としての生活を送っていた。


「はいはい、ちょっと時間かかるからもうちょい待っとけよ、っと」


……いつもの事だ。

俺が一人で便所と残飯処理場を掃除するのも、こうやって数人に囲まれて揶揄られるのも……。

いつもの、ことだ。

俺は無心になってモップをかける。

しかし俺の口の利き方が癪にさわったのか、孤児院で最も有能と呼ばれている男の子、ニグレが俺のボロボロの服の胸元を掴みかかる。


「あぁンッ!なんだテメェ!自分の立場よくわかってんのか!?テメェは“無能”なんだからよお!返事は『すいません』だろうがっ、ヨッ!」

「グッ……!」


ニグレは言い終わると同時に俺の体を便所に突っ込み、頭を蹴飛ばす。

痛みと臭さ、その両方が俺の感覚神経を刺激して嘔吐しそうになる。

だが、俺が嘔吐する間もなくニグレの取り巻きたちが蹴飛ばしてくるので、体が痙攣して上手く吐くことすらできない。

ある一定の時間俺を蹴飛ばして満足したニグレは、俺に土下座を要求する。


「ククッ、今日はこの辺で許してやるか。俺はソンダイだからな!ほら、はやく“ドゲザ”しろよっ、無能ッ!」

「ゲホッゲホッ……す、すいません、でした」

「声が小せぇ!!!もう一度だ!」


俺の声量に満足できなかったのか、ニグレは俺の体を何度も蹴ってやり直させる。


(チッ……尊大の意味も知らねぇガキの癖して……!)


本当なら『調子に乗りやがって!』とニグレの奴に拳の一発でもかましたいところなのだが……。

生憎と俺はニグレの言う通り無能という身なのだ。

あいつらが起こすことができる魔法の魔の字も俺には扱うことができない。


(ここは我慢するしかないッ……!)


俺は汚泥に頭を突っ込むことも気にせずにニグレに許しを請いた。


「ゲハハッ!テメェはホントに汚い人間だな!」

「全くだぜッ!良かったっすよ、オレこんな奴と同じ無能と同じじゃなくて!」

「バカッ!“無能”なんてこの世には“トイレ”ぐらいしかいないって、副院長も言ってたぞ!」

「ありゃ?そうだっけ?ナハハッ!“トイレ”とからんでたせいでオレ、頭がおかしくなったかも?」

「マジかよ!コイツ、なんか病気でも持ってんじゃねぇの!異常に、クセェし!」

「だな!ニグレさん!もう“トイレ”なんか放って先に行きましょうよ!」

「そうだな。俺も“トイレ”に汚されるのはゴメンだしな……。あとの掃除は全部コイツに任せるか」

「はい!そうしましょう!……おい、“トイレ”!テメェ、ちゃんと掃除しとけよ!してなかったらタダじゃおかねぇかんなッ!」


俺の土下座には見向きもせずに、好き勝手言っていたニグレとその取り巻き達はその後、談笑しながら孤児院へと戻って行った。

と言うか、俺が汚いのはお前らのせいだよッ!

そう叫びたかったが、無能(今の俺)ではどうすることも出来ない。

今は言われた通りに俺は便所と残飯処理場の掃除に勤しむ他なかった。





ここ王都『リノン』では、いつも通りの賑わいを見せている。

貴族達は豪華な衣装を身に纏い、オホホッと上品な声を上げて宝石を見繕う。

平民達も辺境の土地とは比べものにならないほど裕福で、顔に笑みが絶えない。

そんな夢の街『リノン』の裏通りで、俺は顔にこびりついていた糞を落としていた。


「うへ〜……気持ち悪りぃ」


院長の厚意によって井戸の水を幾らでも使っていいと言われた俺は、バケツ三個に並々と水を入れ、汚れた雑巾で顔をゴシゴシと拭き取る。

雑巾越しから感じる糞の匂いとブニョブニョとした感触が絶妙に気持ち悪く、吐き気を催しながらも必死に顔を洗う。


「多少はマシになったか」


バケツの水面に浮かぶ自分の顔を見て、頷く。

いつものそこらの泥よりも濁りきった灰色の瞳と、褪せた色をしたねずみ色の髪色を持った少年。


“灰色”。


前世では別に灰色なんて気にもしなかったが、今世だけを見ると俺のこの髪の色は、何気にコンプレックスになりつつある。


「まぁ、気にしても仕方がない、か……」


使ったバケツを元の掃除道具入れに仕舞うと、俺は孤児院に向けて歩き出す。

まだ、俺の一日は始まったばかりだ。







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