30.模擬戦、開始
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「ここだ。ここが『ウィリディス』家が所有する広大な模擬戦場だ」
「おぉーッ!」
少しの間だけ、俺は確かに怒りを忘れていた。
場所的には正門からほぼ真反対。
『ウィリディス』家が生育しているのであろう木々が立派に生えていて、その木々が取り囲んでいる草地が剥き出しな場所が模擬戦場なのだろう。
学校でしていた運動会のようにグラウンドには線引きがされており、日頃きっちりと掃除されていることが伺える。
「カエルラ、君は模擬戦に適した動きやすい服に着替えて着なさい」
「はい!」
「レイト君。君はカエルラが来る間暇だろうからグラウンドの土の具合でも確かめてくると良い。……フィールドの不慣れはそのまま戦闘のときの動きの悪さに直結することがあるから」
「わかりました!」
カエルラはメイド服姿から運動着へ、俺はムスクに言われた通り土の感触を確かめに、それぞれの場所へと駆けて行った。
ムスクの言う通り、フィールドの不慣れは案外戦闘の動きで阻害してくることがままあったりする。
とは言っても俺は、これでも師匠に結構鍛えられた口なのでそこまで戦場の違いに左右されることはないけど……。
沼地だって海面だって……腐臭極まる人間の死体の山の上だって。
殺れと言われればどこでだって殺るつもりだ。
さて、とそれはともかく……。
今はそんな物騒なことからは考えを外して、今はこのグラウンドの土の具合を見ることに集中しよう。
「うん……」
踏み心地は普通……だろう。
足で何度か踏み鳴らしてみるが、特別地盤が緩いわけでもなく、相当強く踏み込まない限りは地面が陥没することはないだろう。
さて、それでは土の性質は如何だろうか?
土を手でひと掬いしてみる。
「……サラサラだな」
本当にサラサラ。
ただそれだけ……というかそれ以外に特徴がない。
強いて言うならば踏み込む時にあまり足を早く駆けすぎると転ぶかもしれない……ぐらいだろうか?注意点は。
「準備、できました!」
「ふむ……早かったね」
俺が土の感触を確かめていると、遠くでカエルラの声が聞こえる。
如何やら準備ができた様だ。
「レイト君、こっちへ来てくれ!」
「わかりました!」
ムスクの指示に従い、丸い線が引かれているグラウンドの中心部へと向かう。
今はムスクの指示に従わないとな。
じゃないとカエルラを殺せなくなってしまう。
俺がムスクの元へと着くと、ムスクがルール説明を行う。
「良いかい?ここは広いからある程度の魔法の行使は認めるけど……あまり周囲に被害が及ばない様にするんだよ?」
「「はい!」」
……それって主にカエルラに向けて言ってるよな?
「それと基本的に金属の武器や魔石の使用は有りにするけど、魔法道具の使用は無しだ。……あくまで人殺しも無しで行く。わかったか?」
「「はい!」」
チッ!殺しは無しか……。
そうなるとなぶるぐらいしかすることがないが……。
「以上だ!何か質問はあるか?」
うーん、質問ねぇ……。
質問というほどでも無いんだが……。
俺は先ほどから気になっていたことについて質問した。
「カエルラ、お前本当にその格好で戦うのか?」
「……うっ」
俺の質問にカエルラがむせる。
あんな格好、というのはとても運動着とは思えない扇情的な格好のことだ。
「し、仕方がないんです……。学院では基本的にこの格好が模擬戦での礼服と決まっていますので……」
へぇー、コイツも学院に通ってるんだぁ……。
凄いドウデモイイ情報手に入れちゃったよ。
しかし、それとは別にその学院頭大丈夫か?
その学院の運動着は、日本で使っていたハーフパンツよりもさらに短い、ブルマのような丈の長さのズボンで、材質も体の線がはっきりとわかってしまう所謂スパッツ的なものだ。
しかも上半身は肩丸出しで胸があまりないであろうカエルラでさえ、少し胸が強調されてしまっている。
俺、この格好で運動しろと言われても拒否する自身があるなぁ……。
「な、何を変態的な視線を向けているんですかッ!……ぁ、あまり見ないでくださいッ!」
「……」
……なんか少し殺意が鈍ってしまったが、それでも俺は容赦するつもりはない。
「では!両者構え……始め!」
こうして、俺とカエルラの模擬戦が始まった。




