29.久方ぶりの殺意
後、もう一話
◆
久しく忘れていた。
自分が何故こんなことになっているのか?
何故俺が孤児院から叩き出されることになったのか?
あの頃は、十三歳なんていうガキの頃の時分には分かるはずもない、と。
ふふっ、本当は転生なんてしているから頭はとっくの昔に大人だったのに……。
俺は何だかんだいってただ蓋をしていただけだ。
見たくないものから……聞きたくないものから……感じたくないものから……。
気付いていないふりをすれば、今日も同じように過ごせると信じていた。
子供のふりをすれば誰か助けてくれると信じていた。
だから俺は、あの時もーーーーーー
◆
「へぇ……これってつまり、“無属性”ってことですよね?」
カエルラの侮辱や軽蔑の混ざった視線が俺を貫く。
俺は久方ぶりに味わう侮辱の視線に身震いしながらも、カエルラの質問に素直に答える。
「あぁ、そうだぞ。俺がこの国きっての劣等種、無属性魔術師さ」
「……そうですか。ムスクさん、コイツはやめましょう。ただでさえ一般人ということで貴族への礼儀を怠り気味ですし……。それに、こんな無能がお嬢様の家庭教師を務めた日には……コイツの無能が移ってしまうかもしれません」
ピキンッ。
カエルラの口から無能というフレーズが聞こえると共に、俺が無意識に拳を握り締める。
幸いなことに、ムスク自身は無属性である俺のことをそこまで疎んじてはいない様だが……。
俺に家庭教師をさせるかどうかについては考え直したい、という面持ちだった。
まぁそれもそうだろう。
彼らはルベルお嬢様に強くして欲しいのだ。
一般的にいう強くするというのは、イコールで魔法の扱い方を教えて欲しいということなのだ。
なのにも関わらずここで来たのが無属性だ。
さすがに難色を示されるのは仕方がないと言えるだろう。
しかし……。
「早くこんな無能は追い出しましょう!こんな魔法のまの字も起こせない様なクズでは、私たちのお嬢様には相応しくはありません!」
「ふ、ふむ……しかしなぁ。一応はルラキお嬢様からの推薦なのだしある程度は様子見をーーー」
「ーーーいえいえ!そんな必要ありませんよ!こんなのがするぐらいなら私がした方が百倍マシというものです!」
……ここまでの言われようはないんじゃないの?
カエルラのあまりにもあんまりな言い草に、俺の堪忍袋の緒は既に限界だ。
俺は堪らず待ったをかける。
「なぁ、ムスクさんがこう言ってるんだからさ……。一日ぐらい様子を見てくれないか?な?」
「はぁあ?何言ってるんですか、この無能は?私は貴女に発言権を認めた覚えはありませんけど?」
「……くっ」
この野郎!と怒鳴り散らしたいが、我慢……我慢だ。
俺はマグマの様に燃え滾る内心の怒りを抑え、努めて冷静に言う。
「そ、そうは言ってもだな……。こんな即日でクビにでもなったら、紹介してもらったルラキにも悪いだろ?」
「はっ!何を一丁前に言ってるんですか?半人前の癖して一端の口をきかないでください。ルラキお嬢様には私から言っておきますので問題ありません。それよりも貴女がここに居ることの方が私たちにとっては害悪となり得るのです。さっさと失せてください!」
返すカエルラの発言は辛辣だ。
度重なる暴言、そして何よりも気にくわないのはーーー
『テメェみたいな無能がいるだけでうちの害悪なんだ!とっとと失せろ、クソガキッ!』
ーーーカエルラが院長に似ていることだ。
何だ……?
俺が何をしたって言うんだ?
別に俺は好きで無色になった訳じゃない。
好きで冒険者になった訳じゃない!
俺が無能で無属性だからだ!
そんなの生まれてくるときに決められるものなのか!?
なあ!教えてくれよ、院長!?
……。
いや、今はそんな話をしている場合じゃなかったな。
とりあえずは目の前のクズを殺すことが先だ。
「おい、テメェ!そんなに言うんだからには模擬戦にも自身があるんだよな?」
「勿論です。少なくとも貴女の様な無能には負ける気がしません」
「そうか……。ムスクさん!ここら辺で模擬戦ができる場所ってありますか?」
「ん?あぁ、あるにはあるけど……それがどうかしたのかい?」
ーーしーーる。
「ムスクさんも俺がルベルお嬢様に相応しい家庭教師かどうか決めあぐねているでしょう?」
「ま、まぁね……そうだけど……」
ーロしーヤる。
「なら丁度いいですよ。俺がカエルラと模擬戦します。その結果次第で家庭教師をさせるかさせないか決める……これで如何ですか?」
「なるほど……。カエルラはああ見えてもそこらの兵よりは強いし、レイト君がそのカエルラに勝てると言うのであれば、確かな実力を持ってることが分かる……。ふむ、それでいいと思うよ。……カエルラは?」
「はい、問題ありませんよ。……どうせ私には勝てませんし」
「良し!ではそれでいこう!カエルラ、レイト君。ついて来てくれ」
「「はい!」」
コロしてヤるッ!
……俺はこの日、久しぶりに殺意というものを抱いた。




