22.大抵貴族に仕えている使用人って、凄い人が多いよね
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どう〜〜も〜〜〜〜。
先ほどいきなり『明日から家庭教師よろしく』と言われたレイトです。
いやね、ついさっきまでは全くと言っても良いほど乗り気ではなかったこの依頼なんですが……。
もう今では天職ですよ!
良いね!家庭教師!
もう俺、冒険者やめて家庭教師になるわ!
だって……。
「先ほどからニヨニヨと……そんなに報酬が良かったんですの?」
そう!報酬が素晴らしく高いのである!
今回の家庭教師の授業に出された値段は、一日で千アルム。
しかもそれを一ヶ月間続けるというのだ。
さらに成功報酬もおまけで付いてくるという。
これはつまり、適当な授業をしたとしても最低で一日千アルム。
最高ならば……。
「も、もしかして万単位に入っちゃうかも……?」
ヒャハハハッ!
これはもう笑いが止まらんわっ!
こんなどこからどう見ても美味すぎる依頼を持ってきたルラキ“様”には精々媚を売っておくとしよう……げへへへっ。
「あのー?レイトさん?」
「はい!何でございましょうか!?麗しの令嬢、ルラキお嬢様!不肖の身であるレイトは!貴方様に尽くす所存であります!」
「……と、とりあえず、そのキャラ付け……やめて下さいません?」
「……そうっすか」
……何だかルラキ嬢は気に入らない様だった。
俺としては精一杯媚を売る姿勢を示し、低姿勢で話しかけたつもりだったのだが……。
ルラキ嬢が嫌だという以上は仕方がない。
普段通りにするとしよう。
「それで?何処まで歩けば良いんだ?」
「……キャラの入れ替えが早すぎますわね」
「何か言った?」
「いいえ!」
ボソリと何かを呟いた気がするが……。
本人がいいえという以上は俺には関係のないことなのだろう。
ルラキはそのまま王都の中央区の入り組んだ道を進み続け、そして一つの大きな門の前で止まる。
「え……?もしかして、ここですか?
「そうですわよ。……何を立ち止まっているのですか?早く行きますわよ」
「え、えーと……はぃ」
その門は猛々しい虎の様な生き物の口を模した威圧感が半端ではない様相を呈していた。
門の右側の壁画にはアナコンダぐらいの大きさの蛇の模型がとぐろを巻きながらこちらを睨みつけ、左側の壁画には巨大なムカデが張り付くかの様に描かれている。
……いや、虎とか蛇はまだわかるけどさ……何でムカデ?
ムカデの存在感が圧倒的すぎて、雄々しい虎なんか目の前にあるのを忘れてしまいそうだ。
と言うか、壁画としてムカデを描くなんて趣味悪いな。
ルラキからはルベルという貴族は人格的には問題ない奴だと評していたが……。
この門を見るとどうも不安な気になる。
そいつ、ちゃんと一般人の範疇に収まる“良い人”なんだろうなぁ?
しかしここまで来て文句を言っても仕方がない。
依頼の報酬も魅力的すぎるし……兎に角は無難にこの一ヶ月をやり過ごして金だけ頂くとしよう。
俺がそう決意してルラキについていくと、家の入り口にまたしてもツッコミを入れたくなる物……というか者がいた。
「ようこそ、いらっしゃいました。ルラキお嬢様……それとそちらの方がルラキお嬢様が仰っていた“才ある魔導師”様であらせられますか?」
「えぇ、こちらの方はレーーー」
「ーーーちょっとぉおおおっ!待てぇぇえええッ!!!」
「……どうかなさいましたの?レイトさん」
「どうしたもこうしたもあるかっての!おい、お前!」
「はい」
「お前、この家での役職は……?」
「はぁ?どういった意図できいておられるのかは存じ上げませんが……一般的な職業で言うならば執事という職業に就いていますが?」
「だよね!そうだよね!?」
そこにはセバスチャンよろしく、白い髪と白い髭をした初老の男が立っていた。
この優雅(?)な家に似合った品位を感じさせる顔付きをしており、服装も彼の纏う雰囲気に合っている。
……が。
「じゃあ、なんだこのゴリゴリマッチョな筋肉は!?」
そう、彼はゴリゴリの筋肉マッチョだったのだ。
それも服の上から薄っすらとわかる様な感じではなく、どう考えても服のサイズが合っていないのでは?と思うほどピチピチな感じで、怒りと同時に北斗神拳でも発動させる気すらする肉体だ。
「ふむ……初見で私のこの肉体の良さを見破るとは………貴方、中々やりますね」
「いやいや、誰がどう見たってあんたがただの執事じゃないことはわかるよっ!?と言うかなんだその鋼の肉体は!?肉体年齢なら俺の方が全盛期の筈なのに、俺の筋肉があんたの前じゃあただの贅肉見えちゃうよッ!」
「ふふっ……そこまで褒められると、照れますわい」
「褒めてねぇよッ!」
何だよ『照れますわい』って!
煽ってんのかアホッ!
何だよここは変な奴しかいないのか……?
例えルベルが人格的に問題なかったとしても、見た目的にヤバかったら俺は耐えられないぞッ!
「どうかしましたか、ムスクさん?……何やら随分と騒がしい様ですが?」
おぉっと、ここでまさかの第二村人発見かよっ。
ちゃんとマトモな人間何だろうなぁ!?
俺たちが声のする方へ振り向いてみると、そこには所作がとても美しいメイド姿の少女が箒を片手に歩いてきた。
「あれ……そこにいらっしゃるのはルラキお嬢様と……それからこの方は?」
うんうんッ。
どこからどう見ても普通のメイド少女だ。
白と黒を基調にしたメイド服姿に、白のストッキングを履いた美しい脚が特徴的な少女。
髪の毛は背中に届くほどの長さであり、綺麗な水色の髪がメイド少女に知的さを与えている。
胸は……うん、あんまり無い方だな。
俺がジロジロとメイド少女を見すぎたのか、メイド少女は若干の怪訝な表情を出しながらも執事のおっさん……ムスクへと話しかける。
「えぇと、この……人をジロジロと見つめてくる変態……もとい変質者はお客様なのですか?お客様ではないのだとしたらさっさと叩き出しませんか?見てるだけ不愉快な気分になります」
……うん。
確かに初対面でジロジロ見たのは失礼だったとは思うけどさ。
もう少しオブラートに包んで発言してもらえないだろうか?
俺のガラスのハートはすでに半壊状態だよ。
「こちらの方はルラキお嬢様に連れて来られた家庭教師役の魔導師様ですよ、カエルラ。あまり失礼のないようにお願いしますね」
「……了解しました」
いや、もう既に大分失礼なこと言われてるんだけど……?
って言うか、ムスク見てたんだからちょっとはカエルラの粗相を窘めたりしないの?
大分、無礼だと思うぞ?
しかも、カエルラに至っては不慮不慮といった感じで頷きやがって!
見てたからな!カエルラが音に出ないように舌打ちをしてたところ!
「良かったですわね……皆さん、とっても仲がよろしくて」
「「はい」」
「……」
ルラキの目は節穴かよ?
どう見たって俺とカエルラの仲は険悪ですけど?
こうして俺の家庭教師ライフは若干の不穏さを感じさせながら、スタートすることとなった。




