20.割の良いバイトって、大抵が金持ちの家庭教師だよなぁ
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「……それで?話って何だよ?」
「本当に、レイトさんは何も変わりませんのね……」
俺がお世話になっている宿屋に迷惑が被ってしまうのは、善人として有名な俺としては許されざることであるため、一応誰の迷惑にもならないであろう場所、即ち冒険者ギルドの酒屋スペースでミルクでも飲みながらルラキの話の続きを促す。
ちなみにこれは余談なのだが、日本のようなしっかりと加工が施されている牛乳とは違って酒屋のミルクは大分臭みやえぐみが凄い。
端的に言うと、クセが凄いッ!という感じだ。
え?じゃあ何でコレ飲んでんのかって?
ミルクが酒屋じゃ一番安いからな。
懐が少しは温まったと言っても精々が一ヶ月分だ。
そんな豪遊するような金銭的な余裕は俺にはないのだ。
閑話休題
今はルラキの話に集中しなければ……。
「変わらないって、随分と酷い言い草だな……。こんな一週間や二週間ぽっちで人は変わるもんかよ」
「ふふっ……別にレイトさんに悪口を言いたい訳ではありませんわ。ただ、少し尊敬に近い念をレイトさんに抱いている……。本当にただそれだけですわ」
「ふーん……」
何というか……。
どうも引っかかるような気がするが、俺は別にルラキと友達とかそんな間柄ではないので、気にしても仕方がないか。
俺がミルクをグビグビと飲み干すと、そのタイミングに合わせて口を開く。
「レイトさん……貴方には指名依頼を受注して欲しくて、ここに来たんですの」
「指名依頼……?」
「はい」
指名依頼……か。
以前までの俺ならばすぐに食いついていたが、生憎と今は金がある。
ちょっとダラダラしたいし、ここはひとつ断るべきだろうか?
「悪いな。今はそんな気分じゃーーー」
「ーーー『灰色の原石』……」
俺の適当な断り文句に、ルラキは瞬時に口を挟む。
……は?『灰色の原石』だと?
俺は一瞬言葉の意味を掴みかねる。
いや、待てここで動揺していたらダメだ。
相手に決定的な隙を与えることになるかもしれない。
そう思った俺は惚けようと適当な文句を流そうとして、更にルラキは俺に追い打ちをかける。
「レイトさん……わたくし聞きましたわよ?レイトさんは魔族によって左腕を切断されていたそうですわよね?」
「……」
切断というか正確にはもぎ取られた感じだったが……。
「その“左腕”……どのように治しましたの?少なくともレイトさんはわたくしが調べた限りでは治療院などには顔を出していないはずですわ」
「はんっ……何を根拠にそんなこと……」
「ルラキ・ファン・キュアノエイデス……それがわたくしの名前ですわ」
「……なるほど。お前、貴族だったのか」
俺がそう問いかけるとどこから取り出したのか、扇子の様なものを口元に当て、ほほほっと上品に笑ってみせるルラキ。
……いや、別に貴族が皆そんな風に笑うなんて偏見、俺は持ってないから。
しかしルラキが貴族なのだとすると少し……いやかなり形勢が不利だ。
貴族は往々にして発言力を持っている。
さらには上級社会での民衆とは別の横の繋がりというのも案外広い。
ルラキが一言ポロっと『灰色の原石』のことを口にしてしまえば、貴族だけでは飽き足らずあっという間に王都中に知れ渡ることだろう。
そうなれば困るのは俺だ。
ここは下手に出るのが吉だろう。
「え〜……えっとですね……。あの、何用で御座いましょうか?キュアノエイデス様」
「嫌ですわ。別に態度を改めて欲しい、とかではなく純粋にこの依頼を受けて欲しい……ただそれだけですわ」
「へぇー……」
本当に純粋な奴はこんな脅しみたいなことはしないと思うけどな。
そう思ったものの、今の俺にはこのルラキ・ファン・キュアノエイデス様に逆らうことなど滅相もない事態であるため、口答えはしないでおく。
「それで?結局話は戻る訳だけど……何の依頼?」
「家庭教師ですわ」
「……は?」
「だ・か・ら!家庭教師ですわ!王立学院生二年E組、ルベル・マリス・ウィリディス!彼女の家庭教師をして欲しいですの!!!」
「はぁ……」
これがダメダメ貴族との邂逅のきっかけとなったのだった。




