14.止めて!私の為に争わないで!
◆が主人公視点で、◇が第三者もしくは他者の視点です。
◇
……走る、走る。
ただ走り続ける。
周りの風景が次々に流れ続け、緑髪を揺らした少女、フィロはただ必死に走り続ける。
「……はっ、はっ……はっ」
呼吸の間隔がドンドン短くなり、走る速度も徐々にではあるが遅くなっている。
それでもフィロは走るのを止めない。
そんな少女の脳裏に浮かんでいるのは、ただ一人の魔族の姿。
(……ダメ。……あんなのっ、…………ゼッタイ、勝てないっ)
ーーーグシャッ
走っている途中に木の根っこにでも足を取られたのか、フィロは顔から地面にダイブし顔に擦り傷を作る。
しかし、フィロはそんな擦り傷には目もくれずただひたすら馬車を目指して走り続ける。
「……あっ」
どれほど走り続けていただろうか?
夢中になって走り続けていたフィロには時間的な感覚などは既に麻痺をしており、時間の把握などは出来ないが……。
それでもとりあえずの目的地に到着したことでフィロは若干の安堵を覚える。
(……安心してる……場合じゃ、ない。……早くっ、王都に!)
まだ、『ウェトラン』にはあの魔族が居る。
そう考えると全く安心することが出来なくなったフィロは、すぐさま馬車に乗り込みパーティーメンバーへと王都へ急ぐように伝える。
「……王都に、行く……早く!!!」
「ど、どうしましたの、フィロさん?まだ、レイトさんが来ていませんわよ?」
「……ダ、ダメ!……レイトを、待ってたら……間に合わ、ない!」
「……へ?」
フィロの言葉にすぐに反応したのは付き合いの長いリーマ、イエーリらではなく、馬車内で暇を持て余していたルラキだった。
カルテはバルディとイエーリの容態の確認、バルディとイエーリは馬車内で横になっており、リーマはそんな負傷したイエーリの話し相手になっていたのだから……。
フィロに対応したのがルラキだというのも納得のいく話ではある。
しかし、フィロとしては少しばかり状況が悪い。
フィロはあまり言葉数が少なく元々状況の変化を説明することを不得手にしている。
だからこそ付き合いの長いリーマとイエーリにいち早くフィロの言っていることを汲み取って欲しかったのだが……。
そして、一方のルラキの方もこちらはこちらである程度状況が切迫しているのだということが何となくではあるが、掴めていた。
元来貴族として生きていたルラキは通常の冒険者よりも危機管理が甘いが、それでも今までノホホンと冒険者をやって来たわけではない。
冒険者稼業は予定通りにいくことの方が少ない。
そのため状況の変化にいち早く察することが出来るかどうか。
これが冒険者を長く続けられるかどうかの大きな境目になってくることが多い。
勿論、そうした察知能力がなくても乗り越えられる人はいなくはないが……。
ルラキはそうした察知能力がそこまで高くはないが、それでも今までの経験上からして良くないことが起きていることはわかった。
しかし、具体的に何が起きたのか?
それがわからない以上はフィロの一存で勝手に馬車を動かすわけにはいかない。
となると……。
「ーーーというわけですわ。フィロさんが何を仰っているのかはわかりませんけど……それでもわたくし的にはここをすぐにでも出発した方が良いと思いますわ」
「そうですか……」
「「……」」
リーマとカルテ、それと一応話すことぐらいならば出来るイエーリにも意見を仰ぐことだった。
「わかりました……。現状が把握できない以上、あの後レイトさんと一緒にいたフィロは……多分、何かあったんでしょう。」
「な、何か……とは何でありますの?」
「それは……フィロに聞いてみないことには……。どちらにせよ私たちでは如何にも出来ない事態であることには違いありません。……馬車を出しましょう」
「えっ、それはーーー」
「ちょっと待ちなさいよッ!?」
リーマの、というよりもイエーリも含めた二人の意見はフィロの助言に従い、すぐさまここを出ることであった。
しかしここで待ったをかけたのが、意外なことにルラキの言葉を押さえつけた赤髪をツインテールにしている少女、カルテであった。
彼女も今までの道中までだったらレイトへの好感度はそこまで高かった訳ではないので、馬車を出すことに反対はしなかった。
……が。
カルテは先ほどのミノタウルスたちとの戦闘で死にかけたバルディを治して貰った恩がある。
いや、正確には術式を展開したのはカルテだったので治療したのはカルテ本人なのだが……。
治癒に必要な魔力量が不足しているという問題を解決してもらったので、実質カルテの中ではバルディの命を救って貰ったも同然、と考えている。
そんなカルテのバルディを救ったレイトをみすみす見捨てる様な真似は、根が純粋なカルテには出来なかった。
「アンタ、何でレイトを置いて逃げたのッ!?」
「ちょ、ちょっとカルテさん……今はその話は関係ないでしょう?」
「関係なくはないわッ!だって見捨てた原因が、今逃げるか逃げないかの話に繋がるんでしょッ!?だったら関係あるわよッ!」
「そ、それは……そうですけど……」
カルテはある意味正論を言っている。
先述した通り、冒険者は危機に敏感でなければならない。
またその危機に面した仲間の空気を察しなければやっていけない、と。
では、危険な目にあったメンバーの言うことをそのまま鵜呑みにすれば良いのか、というとそうではない。
そのメンバー自身が何かしら魔物の洗脳に掛かっていたり、あまりの恐怖に冷静な判断が下せていない場合などがあるからだ。
そのため、あくまでそのメンバーの言うことを信じつつも自分もそれなりに現状への情報収集を行う必要がある。
この場合で言うならばフィロから何が起きたかを聞く、ということだ。
現状を自分たちで把握できない以上、そのメンバーからある程度話を聞くのは当然と言えよう。
その行動の正しさが分かるからこそ、リーマも頭ごなしにカルテの言動を否定できない。
しかし、リーマとイエーリにはわかる。
フィロは長くを語ろうとはしないものの、一番生命の危機に聡い。
きっとこういった状況に陥るほどの致命的な何かが起こったのだと……。
リーマが如何やってカルテを納得させようか、と悩んでいるとフィロが急に口を開いた。
「……フィロと、レイト……一緒に、剥ぎ取り……してた。……そしたら、急に……現れた」
「「「「何が(ですの)(ですか)?」」」」
「………………魔族、が」
「「「「ーーーーーーッ!?」」」」
フィロの重々しい口から魔族という単語が聞こえた途端に、周囲の空気は一気に凍てついた。
パーティーメンバー全員が唖然としている中、ルラキがポツリと呟く。
「れ、レイトさんは……如何なされたの?」
「………………残った……魔族のところに。……それと、レイトから……早く、王都に……逃げろって」
「「「「……」」」」
フィロのその言葉で大体の事情は察した。
ここでフィロに『薄情者ッ』と叩くことは簡単だ。
しかしカルテにできるだろうか?
そんな魔族などという恐ろしい者を目の前にしてレイトと一緒に戦うことが……。
いや、百歩譲ってその場に留まることが出来たとしてもカルテでは何の役にも立たないだろう。
使える魔術は治癒系統がほとんどで戦闘に役立つとしたら補助系統ぐらいだが、それらも専門ではないカルテではどのくらいの役に立つというのか?
如何考えても足手まといにしかならないだろう。
そう考えるとむしろフィロを讃えるべきではないだろうか?
彼女は魔族と相対し心臓が掴まれるかの様な思いをしたはずなのに、馬車で待機していたパーティーメンバーのために必死に走り続け、見事レイトの伝言を伝えることに成功した。
カルテの様な足が然程速くない者では逃げている途中で、魔族に捕まっていただろう。
ここまで考えてやっとカルテとルラキは、何も言わずに王都行きに同意した。
元々レイトも速く逃げてくれと言っていたのだ。
カルテとルラキが止められる訳もないし、その権利もない。
精々がより速くに王都に到着して『ウェトラン』へと優秀な冒険者を送り込むことぐらいしかできないだろう。
ならば今は一刻も早く王都に行かなければ……。
「皆さん、意見は纏まった様ですので……。レイトさんを置いて王都に行く、ということで良いんですね?」
「「「「はい!(……はい)」」」」
四人がリーマの質問に返事をし、『ウェトラン』を出ようとしたところでーーー
「ヨォ?てめえラ?コイツの仲間だよナァ?」
ーーー魔族が現れた。
「ひっ……」
誰の悲鳴だったか、ほぼ意識してはいなかったものの、自然とそうした声が響いてしまう。
魔族の手にはどこかで見た様な服の切れ端を着ている血だらけの左腕が握られている。
「ン?アァ、コイツ返すゼェ……」
「「「「「ーーーーーーッ!!!?」」」」」
ドチャリ、と投げ渡された左腕の袖からはレイトが使っていた鉄串がバラバラと音を立てて地面に落ちていた。




