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魔王軍は陥落しました

作者: 狸路鯉

「お前さー、もう俺を魔王って呼ぶのやめろよな」

「そんなことできません! 魔王様を他の呼称でよぶなどめっそうもありませんっ!!」


 ベットのシーツからを引っ張り、魔王様を引っ剥がす。「その割に俺をこういう扱い……」とかむしですむし。


「お、パンツ見せて」

「や、やめてくださいっ! セクハラですっ」


 スカートの端をつかんでたくしあげようとする魔王様の手をパチンとはねのける。


「いつから魔王様はそんな変態になられたのですかっ! 魔王様は勇者に負けて以来、随分とおかわりになられました……」

「まー、そんなこといいからさっさとベットへおいで、抱いてやるよ」

「いきません!!」


 ベットにまた上がって、なぜかシャツのボタンを数個外した状態でおいでよ、みたいなポーズをとっていますが、こんどこそベットからででもらう。

 格闘すること数分、やっとのこと立ち上がった魔王様はやれやれと頭をかく。

 この仕草、イラっとする。


「さっさと出て行ってください! 今日という今日は魔王様の溜め込んだガラクタを全部処分するんですからっ!!」

「へいへい」


 ボサボサ頭に生気のない目とよれたTシャツ。どうみても無職ニートな格好のこの人だが、一度はやる気を出して世界滅亡へとあと一歩手前まで迫ったーー魔王だなんて、言ったら、誰が信じるだろう。

 それでも私はついていく。

 この人に仕える忠臣の誓いを立てたからには、最後までついていく。そう決めたから。



 魔王様の朝は遅い。十時に起きる。時計を確認して「あー、よく寝た」というが、そりゃそうでしょうね。


「ふく、脱いでください!」

「えー、朝からやるの? ミラは変態さんだなぁ。でも俺、眠たいからしないよー」

「洗濯するんですっ! それとも魔王様自身でなされますか!?」


 嫌ならさっさと脱ぐっ! とまくしたてて服を奪う。

 なんか汚されたとか呟いているが、やましいことなどなにもない。


 上半身裸の魔王様は寒そうにくしゅんとくしゃみをするけど、風邪を引くような方ではないのでそのまま放置。


「ミラー寒いー。暖めてー」

「ちょ、もう、抱きつかないでください! 動きづらいじゃないですか」

「動かなかったらいいんだよ……」


 あ、そうやって変なところ触らないで! 今日こそ溜め込んだ洗濯物洗おうと思ってるのにっ! いつもいつも、魔王様は私の邪魔をして。


「いい加減にしてくださいっ!」


 魔王様を浮かせてベットの上に落とす。ついでに十分程度でとけるバインドもかけた。


「……ミラ酷い」



「あなたを、魔王様の元には行かせない。絶対に、魔王様には合わせない。魔王様に近づくことは許しません」


 罠をセットして、カチッと靴に魔力を込める。未来は確定する。私の勝利に頬が緩む。


「さぁ、今日こそは家に入れませんよっ! にゃんこさん、かんべんっ」


 飛びかかってくる猫を捉えるようにみせかけて罠にかかるこの作戦。成功させてみせるっ!


「うちの家計ではにゃんこさんの餌代だって大きな出費なのです! あなたなら引く手数多でしょう! さ、さっさとどこかもっといいところへ!」


 にゃーん。と鳴くだけで動かない。まさか、この罠を見抜いていると……!?

 バカを見る目で私をみやって、猫は丸くなる。

 この猫、何もかもがわかっている。


「……降参です。中に入っていいですよ……」


 のっそりと起き上がり、長い尻尾をゆらゆらと揺らし、我が物顔。

 なんてふてぶてしい猫でしょう。



 魔王様は、時折一人でどこかへ行く。ふらりと消えて、気がつけば帰ってくる。日をまたぐことも多く、どこでなにをしているのかは一切教えてくださらない。

 時々、女物の香水を漂わせて、服もなぜか正装になっていて。でていくときは、きっといつものニートルックなのに。


 教えてくださってもいいじゃない。魔王様は、人間に恋しているのですよね? だから、ふらっと消えて、日をまたいで帰ってくる。

 いつか紹介してくださる日を、私は待っている。



 魔王様の顔は締まりが無い。やる気のかけらもない。まるで生きる力をすべて失ったような顔ばかりだ。

 以前の魔王様はいつもキリッとしていてカッコよかったのに。長い黒髪は全てを受け入れて滅ぼすようで仄暗い真っ黒な瞳は捉えようがなく、いつもなにを見据えているのかわからなかった。いまも、いろんな意味で同じかもしれないけれど。

 髪は、終焉の日とともに短く切り、その瞳は光を失った。


「人間の飯ってなんでこんなにうまいんだよ。魔界はいつもトカゲの丸焼きで手抜きすぎんだよ、マジで」

「トカゲじゃありません、ドラゴンです」


 ドラゴンは魔界では最高級の食材でとれたて新鮮なものを使用していたのに。まさか文句をつけられてしまうとは。

 確かに人間のご飯は美味しいが、豪快さに欠ける。魔界のはもっとワイルドで食べ応えと征服感が満たされる代物だった。私は魔界のご飯の方が好きだ。


「今度、飯食いにいくぞ」

「そんなお金、うちにはありませんよ」

「誘われたんだよ。お前の好きなトカゲの丸焼きもあるだろーな」

「トカゲじゃなくて、ドラゴンです! それはそうと、どなたからのお誘いですか? 魔王様にご友人がいらっしゃるとは……」


「んー、ないしょ」


 なんでもないような感じで言われては掘り下げるのもなんだかできなくなった。


「ま、正装用意しとけよ」



 シャンデリアが砕けた。まばゆい光を反射して、細かな破片となり私たちに降り注いだ。

 魔王様と私は隅で事の成り行きを見るしかなかった。

 黎明は人間に微笑んだ。魔界は滅びを辿ることが、確定した。


「あとは、お前達を殺すだけだ」


 勇者は冷たい双眸で私たちを見ていた。魔王様は私の肩を抱いて、慰めるようで。


「させません。魔王様を、殺させなんて」


 一歩踏み出して杖を構える。


「私は魔王様の家臣にして最後の砦。あなたを殺すまで私は止まりません。私はーー」



「ぎゃぁぁぁ。やめてください! 今すぐBlu-ray止めてっ!!」


 リモコンを奪い取って終了ボタンを押す。

 先ほどまで、私と魔王様は賢者様の家でご馳走を食べていた。久しぶりに食べたドラゴンの丸焼きはとても美味しかった。デザートも食べ終わり、談笑をしていたら、急に賢者様がこれを再生しだしたのだ。


「ここからがいいところなのにー」

「そもそも、なんでこんなものがあるのですか! 最終決戦を撮影するなんて悪趣味がすぎます! 私たちの命だってかかっている、映画とは違うのですよ!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ私の気持ちもわかってほしい。


「いいじゃろー。わし暇やったし。だぁれも呼んでくれんし。なら盗撮するに決まっとるわ」

「あ、あなたという人は……!」


 どうして、長生きしたものというのは嫌な人が多いのか。

 尖った長い耳はピクピクと動き、楽しそうだ。


「じーさんには何をいっても無駄だ。で、なんでまたこんなもんを見せた?」

「そりゃ、続き見ればわかるぞ。わしはお主を応援しようと思ってなぁ……。なんじゃ、せっかく二人で暮らしておるのに、なぁんにもないんじゃろ? わしの老婆心が訴えるんじゃ。今こそ、この秘蔵映像が火を噴くときだとな」


 ニタニタと気持ちの悪い顔を……! 魔王様は魔王様でなんで納得してるの!?


「続きつっても、どこまで撮ってあるんだ? 場合によっちゃ、壊すぞ」

「できんじゃろ? お主らにはできんよ」


 ほっほっほっ、と笑うのがまたイラつく。魔王様は心底嫌そうな顔で憎々しげに画面を一瞥。大きくため息を吐いた。


「俺は帰る」

「え、と、じゃあ、私も帰りますっ!」

「ミラ、お前は残って続きを見ろ。それでいいんだろ? くそじじい」


 じゃあね、と賢者様は手を振って魔王様を送り出す。私はどうしたらいいのかわからない。えっえっと魔王様と賢者様を交互に見ても二人とも、何もいってくれない。


「お主は、なぜ思うように魔法が行使できないかを考えていたな。その答えは、この先にある」

「急に、なんだというんです? この先に答え? それは、そうですよ。このとき、未来の魔力を担保にして魔法を使いました。だからこそ、今、私は魔力欠乏状態にあります」

「ちがう、そうじゃない。そうじゃ、ない」


 繰り返し唱えた賢者様は嬉しそうで、悲しそうで、なんだかよくわからない表情だった。


「続きをみなさい。お前たちは選択するときじゃ……」



 魔王様が倒れ伏した私を抱き抱えて、必死に声をかけていた。

 このとき、私は初めて魔王様の涙をみた。慟哭をきいた。勇者はぼろぼろな格好で、聖剣を構えて魔王様におもむろに近づいていく。


 顔を上げた魔王様の顔は悲痛な覚悟で満ちていた。射殺すような目で勇者を睨んで、唇の端から血が流れていた。それほどまでに噛み締めていた。

 真っ黒な髪はススで汚れていて、私の体を抱きしめる手の力は強かった。


「……俺の、負けだよ。人間界への侵攻はやめる。だから、もう放っておいてくれ。後生大だ。もう、俺はこの世界から、きえよう」


 魔王様と私の姿が、画面から消えた。そして、動画も止まった。



「……これは、なんですか。どういうことですか。魔王様は私を連れて逃げ出したのはしっています。ですが、これでは、まるで、私が死んだようではありませんか!!」


 手が震えていた。あの最期の瞬間の恐怖に私は絡め取られた。


 あのとき、命を削って、魔法を行使した。それは、全ての・・・)命を削って。


 思い出してしまった。私は確かにあのとき、死んだのだ。勇者を道連れに、私は死ぬことを選んだ。魔王様を守るために。

 あんな風に苦しむ魔王様の顔を私は知らない。私はみたことがなかった。


「ミラ、お主は魔法が少ししか使えないのは、未来を担保にしたのではない。命を代償にしたのだ」


 心底嫌そうな顔で賢者様が私をみていた。

 私は耐えられなくて顔をそらす。


「あのあと、魔王は冥界まで下った。お主を引きずり上げようとな。性悪女神は魔王の力と引き換えにそれを了承した。そして、魔王はただの人間となり、お主はすこしだけ魔法が使える人間として蘇った。お主は、別の器に魂を委ねた。故にその体が持つ程度の魔力しか使えない。いつまでも以前のように魔術が使えないのお主が生まれ変わったからだ。わかったらあやつのところに行ってやれ。今頃、拗ねておるだろうからな」


 早口でまくし立てられ、私は家から追い出される。

 賢者様は私に何をさせたいのか。選択するとき? 何を選択するという。私に、何が選択できるというのか。


 ーーくそじじい。




「魔王様、どうして黙っていたんですか。私、ずっといつか魔王様にお返しができる日が来ると信じておりました。ですが、ですが、こんなの、お返しできないではないですかっ! 魔王様は、一生私を奴隷にする権利があるではないですか! わざわざ合意など求めなくても、あなた様は。……あなた様は私を抱くことができるのにっ!! これでは、これではあまりにも私は恩知らずですっ! どうして、どうしてですか魔王様……!!」


 私は必死で魔王様に問い詰めた。服を握りしめて、キッと魔王様を睨みつけていた。


「お前さー、素面で奴隷とか抱くとか恥ずかしくないわけ?」


「今はそういう話ではなく、私がーー」


 恩を返せるかどうかの問題です。そう続けたかった。けれど、私は魔王様の目に気圧される。黙れと命じられる。


「じゃあ、お前は俺としたいわけ? 違うよな。合意もなしにやるのって虚しいと思うぜ、俺は。そもそも、お前がそういうこと言い出すから俺は黙ってたわけだし。ほんと、お前は人の地雷をあっさり踏み抜くからなぁ」


 やれやれ、みたいないつもの顔をしてその瞳だけはしっかりと私を見据えていた。いつものへらへらした顔は面影がなく、あの頃の魔王様が目の前にいる。


「ですが。……ですが、私は魔王様に助けられてばかりで、何もできなくて、それが、嫌でっ! 少しでも恩返しができる可能性があるのなら、それに縋るのは悪いことだというのですかっ!!」


 私に選択肢なんかない。魔王様に恩返しできる日をただひたすらに待っていた私に、なんの選択肢があるというの。

 ただ、なにも選択できなくなっただけ。


「くそじじいの思い通りになることは癪だが、今しかない。お前は何もかもを忘れて、ただのミラとして生きていくんだ。もうお前は人間で、俺も魔王じゃない。魔王は、死んだんだ」


 ーーだから、でていけ。


 その言葉は予想していないものだった。体が凍りついて、喉はなにも発せなくて、心が酷く冷めていくのがわかった。呆然とした。


「今まで、ありがとうございました。ですが、今日一晩は泊めてください。この夜に出ていくのは辛いのです」


 干した洗濯物だって取り込みたいし、洗い物だってたくさんある。部屋の掃除も、しなきゃいけない。


「わかった」


 それだけ言って、魔王様は自室に閉じこもった。



 体がだるかった。やることなんてなに一つない朝は初めてだった。いつもは朝食を作っている時間だ。

 私は、ミラ。ただのミラになった。魔王様の家臣は一人としておらず、魔王様は孤独になった。


 寝室から出ると、リビングには「ミラへ」と書かれた紙と紙袋が置いてあった。

 紙の裏にはこの金しばらくは生活はできるから自由になれ、と書いてあった。

 ハッとして魔王様の部屋を覗くといなかった。いつもなら起きていない時間帯にどこへいくというのか。


 涙がこみ上げてきた。嗚咽ももれて、体から力が抜けた。地べたに座り込んで、ひたすらに泣いた。

 魔王様は孤独だった。いつもいつもいつも、一人で立っておられた。側には誰も近寄らなかった。

 だけど、私が不用意に近づいて、その隣に収まってしまった。

 魔王様は迷惑だったのだ。わかっていても目をそらして、魔王様の隣に立つ自分に酔っていたことぐらい、魔王様もわかっていたのだろう。全て魔王様は知っていた。


 そんな関係をズルズル引きずって、私は安寧と満足を得ていた。

 恩返しなんて、できてないじゃないか。


「ま、おう、さまぁ」


 あなたの名前を知らないんです。誰もあなたの名前を呼ばないから、私も聞けなくて。こんな私でも、側に居られるなんて馬鹿な話だった。


「まおうさま、まおうさま」


 側に居られないことがこんなに悲しいなんて知りません。

 これだから、私はだめだめで。


「まおうさまぁぁぁっ!」


 一回だけ。一回だけ。あなたに会いたい。


「泣くな。泣くな、ミラ」

「まおう、さま?」


 ぼやける視界の中、魔王様が見える。まぼろし? げんそう? これはなんて、幸せだろう。


「まおうさま、まおうさま、お慕い申し上げているのです。私はずっと、ずっと、あなたのことが好きなのです。そばに、そばに置いてください。恩返しを口実にあなたのおそばに居座ったことをお許しください。私はただ、そばに居たかったのです。ずっと、ずっと、魔王様が好きなのです」


 名前を教えてください。


「もう泣くな、ミラ。お前のことはわかったから」


 頭を撫でられ、涙を拭われる。


「ミラはずっと、俺のために尽くしてくれてたのは知ってるよ。全部とは言わないけど。だから、俺はミラに自由になって欲しかったんだ。俺が近くにいたら、世話を焼かなきゃいけないだろ? だから、ミラ泣くな」


「許していただけるのですか? はしたない私を置いてくださるのですか?」

「ミラが、それを望むなら」


 魔王様に抱きついた。涙で服をぐじゃぐじゃにした。

 しゃくりあげる私をひたすら撫でて、魔王様は言った。


「ミラが、好きだったんだ」

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