オレに支援魔法をかけてくれ!
「わたしの狩り場、こっち。はぐれないように気をつけて」
木々の間をするすると抜けるアルティナを追うのにオレは一苦労だ。
慣れない土地のせいか、頻繁に足下を崩してしまう。なれない鎧をガチャガチャ鳴らすオレを、振りかえっては待つアルティナ。
面倒見がいい人。アルティナへのオレの評価である。
アルティナが教えてくれたことは武器の使いかた。鎧、胸当ての着方。草原と森の歩きかたなど簡潔に教えてくれた。
さらにアルティナの服装が再び見ての感想。
オレの口から言わせれば、際どい格好だろうよ。
胸と首元を隠した軽装。健康な腹と丸みえな下乳とおへそ。極みつけは股に食い込むハイレグなズボンだからな。
クロスボウを背負っていなかったら、オレが襲う可能性があるよな。
前方のアルティナが止まる。
「そこに木の根っこがある」
「おっ!? あぶなっ」
「べつに」
急な斜面を上り、アルティナの横にならぶ。
森の開けた場所にたどり着いた。
ようやく休めるな。
にしても熱い。森が湿気っているからか。額からはすごい汗だ。
オレが汗を拭っている間に、アルティナは前へ歩いていって、ある場所でしゃがみこんだ。
オレは走って追いかける。
「な、なぁ。それはなんだ? 雑草みたいだ」
「薬草。この根の部分を見て」
「根が長いな」
人の顔くらいある。ほのかな土と苦味のある草のにおい。
昨日のアルティナと一緒の匂いだ。
「それとこっちと比べて」
「半分くらい、だ」
「この薬草はまだ育ってないし、元気。根が長い薬草はそろそろ枯れるぐらい。繁殖期がすぎたから」
「薬草が生え変わるのはいつなの」
「10日ぐらい」
アルティナは元気な薬草を土に植える作業をはじめた。
土を掘り返し、薬草を植える。
オレはアルティナの横顔が髪で隠れて、表情が気になったので覗く。
笑っていた。自然と共に生きるエルフの慈愛なのか。
オレはしばらく魅入っていた。視線に気付いのかアルティナはオレを見返す。
「あとは薬草を自由に採取する時間」
アルティナは立ち上がり、他の場所へ歩いていく。
ふと思い出したことがあったのか振り返る。
「薬草は一人、十五束。ルールは守って」
アルティナはぶっきらぼうな表情。
持てるだけ持ってオレは、ギルドに帰ろうとしていた。
無知ってこわい。
☆
ヴァイキングソードは片手剣。この剣の造りは刃の幅が広く、厚い。切れ味で勝負するより、使用者の重みと剣をあわせ、叩き斬る。それか突き刺すもの。
敵とは真正面から戦うなとアルティナは言っていた。
ファンタジーの武器は男のロマン。
オレは黙々と剣を振っていたのだ。
木に対して。木と向かい合わせになり、囲い回るように反復横とび。
「水平斬り!」
幹に剣をたたきつけ、押しこむ。衝撃で葉っぱが頭上から舞いおちる。
地面に剣を突き刺す。オレは剣にぐったりと寄りかかる。
足下が目に入る。土がえぐれた部分を革靴の平で埋めていく。
時間はお昼だろうか。木を仮想敵とした訓練は、疲れたからそろそろ終わりにしよう。
「何時間も同じ作業できること、とてもすごい」
「そんなに褒めてくれるなよ。当たり前のことをしていたまでだ」
「そう。木の皮を丸裸にするぐらいが当たり前?」
「正直、やりすぎたと思っている。でも後悔はしていない」
「わたしと戦う?」
おう。いきなりだな。
好戦的に流し目をオレにくれちゃって少し休みたい、のだが。
「負けないからな」
「初心者が思い上がらない」
アルティナは冷徹に目を細める。腰から短剣を抜く。細い腕に見合うように短剣を使っているのか。
オレは気合い入れに、肩を回す。
唐突に、反対側で草が擦れる音が聞こえた。オレは剣の柄を握る。アルティナは短剣をしまい、クロスボウに手をそえる。
「鈍い音が聞こえると思えば……こいつら、こんなところで鍛練していたのか」
いかつい男がでてきた。革の鎧。大きな斧。オレでは持てそうにない。
男はしたなめずりをし、アルティナをみた。こいつ! 手を出すつもりか。男の後ろから、体が一回り小さい男がでてきた。
「おいおい。俺たちは依頼中だぞ」
「落石なんざなかったじゃねぇか。無駄足の気晴らしにでもよお」
「ちっ。これだから即席パーティは……おまえら、逃げるなら今だぞ!」
小さな男は手をあげ、後ろに足をひいた。逃げるつもりなのか応援を呼ぶのか、どちらなのだろう。いまはそれより、大きな男から逃げることをーー
「させるかよお!」
斧を、小さな男の足に叩きつけた。切り傷の根本から、真っ赤な血が吹き出す。勢いよく男は倒れ、苦しそうにうめく。
なにが起きたんだ。
「ぎやぁあああああああ!」
「ああ。たまんねえ。はじめてやっちまったよ……さいきんミスってばっかでいらついてたからかなあ。ああああぁ、やっちまった」
大きな男は斧を担ぎ、オレたちを目にとらえた。汚れた目付きをしている。あんなに狂った目が、人間がしている。
「ユウ、逃げて。森をのぼるように……山頂についたら、目についた村を探して。その方角を進んで」
「なっ……アルティナを置いていけるわけが……っ」
「こういう状況にはなれてる」
アルティナは矢をつがえ躊躇なく、放った。男は矢を肩にうけ、苦悶に表情をかえる。
「一度、やってみたかったんだよなあ。支援使いを徹底的にいたぶんのよお」
「常套。返りうちにしてあげる」
男は矢を抜き、走る。オレは、アルティナのまえに出る。逃げるものか。アルティナの役に立つっていったんだ。絶対に生きて帰る。
「ユウ!?」
「オレに支援魔法をかけてくれ!」
「意味ねぇよ」
「いいから、はやく!」
男が斧を振り上げた。オレは声を張り上げる。頼む! 考えるまえに、行動してくれ。アルティナは目を見開く。そいて、着々と斧が降りてくる。
オレは剣を横に持ち上げ、構える。たて割られるだろう。このやり方しか思い付かなかった。素人の力じゃ抵抗なんて、できやしない。
でも、アルティナ。おまえの支援魔法が攻勢を覆してくれるって信じてる。
「お願い……かのものに、バイキルト!」
「よしきたああああああああぁぁぁぁぁ!」
熱が押し込めれ、ふきでる力を抜き出すように腕に振り上げる。
「なっ……おっ!?」
斧の刃先が両断し、刃が飛ぶ。男にできた空白時間のすきに、オレは斧の棒を切る。斧は落ち、ただの棒となる。
オレは剣の峰で、男のみぞうちに叩く。唾をはき、苦しそうにうずくまる。
「アルティナ!」
「よしきた」
「逃げるぞ!」
「縄でしばってからね」
アルティナは背中のバックから、荒縄を持ち出した。男の頭を持ち上げ、あごを蹴る。気を失った相手の手を後ろにしばる。鮮やかな行動に、オレは呆然。
足もしばりおえ、アルティナは立ち上がる。
「ことを知らせよう」
「ああ……わかった」
オレとアルティナはその場から離れるのだった。
☆
街に戻り、冒険者ギルドに事件を伝えた。
すぐに人が森に向かうという。あの男は取り締まりをうけ、街から追放されるようだ。さらに犯罪奴隷になるため、この街には二度と帰ってこれない。
オレは街の広場のベンチに腰掛け、夕焼けの空を眺めていた。
事件が身に起きたというのに現実感がない。あっさり。そう呆気なく終わったからか。
「ユウどうしたの?」
アルティナがオレの後ろに立つ。ベンチに乗っかり、顔が横にある。
「ん?あぁ……あいつが起こした事件は許せない。でも、この身に受けたんだって現実感が、ないんだ」
「大事にならなくてよかったってこと、かな」
「え? どうして……」
「事件って身に傷つけられたり、心が病んだりする。ユウはそれがないから、現実感がないかも」
「……そう、なんかなあ」
「お互い、無事でよかった」
「アルティナを守れてよかったよ」
アルティナはその言葉に目を閉じた。どうしてだろう。
「あの行動はあぶない。無事でなかったら、嬉しくなかった」
「……そのごめんな。体が勝手に動いたんだ」
「次は死ぬ。覚えておく」
オレはうなだれる。そうだよなあ。奇跡だよな。武器を持つ人と戦うなんて、どうかしているよ。
「ありがとう。そして、わたしの支援魔法の価値を教えてくれて」
「え? どうして?」
「ユウにかけた支援魔法はわたしの全力だった。あの程度の魔法では、斧を切れない。でも切れた。ユウの力とわたしの支援魔法の二つで、不可能を可能にしたの」
アルティナがほほえむ。ベンチをこえ、オレの横にすわる。なんか、とてつもなく近いようなーー
「わたしに価値があるってわかった」
「お、おう。オレに支援魔法があれば百人力だ」
「そう。だからユウ、わたしとパーティを組もう」
え? 本気? はやいだろう。
「まだ、七日間も日にちがあるのだけども」
「かまわない」
そうか。晴れてパーティができあがったか。オレが思い描いていた光景での結成じゃないけど。どっかのレストランぽいところで、パーティになろおってオレが言いたかったなあ。ま、結果良ければ全てよしか。目的を果たせたぞ。
「よろしく。わたしの相棒」
「あぁ、よろしくな。相棒!」
こぶしをお互いに合わせ、笑う。
こうしてオレとアルティナのパーティができあがったのだ。オレたちの異世界生活がこれからだ。
読了ありがとうございました!
自分の至らない構想力のため、打ちきりにさせていただきます。