エルフは離れて、オレとまた会う〜飯をくうために
夕方。
昼頃からギルドに身を置いていたままであった。入り口から冒険者が続々と入る。服装が泥まみれな人が多い。
仕事が終わったので、夕御飯を取りにきたのだろう。
漂う肉の匂い。料理が美味しいと喜ぶ声がひびく。
腹へったな。
だんだん会話で騒がしくなり、ささいな物音が聞こえなくなった。
「行くとこないよなぁ」
金ない。余裕ない。土地勘ない。ないないずくしなもので動けないから、ギルド内のすみにある机を占領し続けている。
たまに席をどけって冒険者に言われる。けど、オレの顔を見たら、申し訳なさそうに立ち去った。
ひどい顔を相当しているのかな。
オレは何も考えず、机にほほをくっつけていた。
「やっぱり黒髪の人はユウさんね。珍しいから一目でわかっちゃったわ」
この高い声は確かダリオか。
茶髪の麗人が前からやってきたみたいだ。
顔をあげる。
腰に手を当てて、眉をたらしていた。
なにやら困っている様子だ。
「なにやら一人の客が机を独占しているって、話を聞いたから酔っぱらいなのかなって思ったけど、まさかのユウさんだったとは……」
「悪い。すぐに退く」
「あのあと、わたしを置いてきぼりにして、アルティナさんと話していましたよね?」
「まぁそうだな。置いていってごめん」
「探したわよ? まぁ、会話をしていたから、邪魔をしては申し訳ないので、業務に戻ったから大丈夫よ」
「そうだったのか。よいしょ……」
両手で机をつき、立つ。
体がだるい。
今に思えば、ギルド内で、迷惑行為をオレがしでかしていたのだよな。
「顔色悪いわね……ユウさん」
「たぶん、お腹が減っているからかもなぁ……」
日本ではお腹を減らしたら、すぐに軽食を取っていた。ここまで空腹によってご飯が食べたいと思ったのは初めてだ。
「注文する? ちょうどわたし、業務中で給仕しているのよ」
「うぅ、悪い。正直に言うと、お金がないんだ」
「そうなの……」
肩に手を置いてきた。
ダリオの温かい心使いである。
食事をとるために、どこかで仕事をする必要がでてきた。しかも夕方からの短期で、条件が良すぎるよな。
「オレのふところは寒いよぉ……」
「ユウさん、今から依頼を受けましょうよ」
「お腹が減ってあまり動けないけども、いいところがあるか? ていうか今から?」
「そう。つらいけど好条件で働ける」
「働きたくないでござる……つらいのは嫌だ」
「まぁ無理に、とは言わないわ。ただし今夜はご飯にありつけないでしょうね」
「まずはお腹が減ったから、元気づけに飴をオレにくれ」
「鞭なら差し上げるわ」
ダリオが息をむふんと吐く。
「切り返しが決まって嬉そうだなぁ」
「その返答がくるのがわかって言ったんでしょ!? い、いいから受け付けで依頼を受諾するわよっ!」
「によによ」
「わざとらしく笑わないでよっ! しかも嫌味たらしく言ってからに……っ」
首もとまで真っ赤にしたダリオに、オレは腕を引っ張られ移動を強いられた。
飴と鞭って日本のことわざでもあったよな。異世界でも似たような意味なのだろうか。
「ドヤ顔を見れて、目に入れてもいたくなかったぞ?」
なにも言い返さずダリオは真っ赤になった顔をさらに赤くする。
煙でも立ちそうだ。
美人が照れる姿を見たので、からかい半分が本気になりそうだ。
長机のカウンター。受け付けについたので、オレからダリオは離れる。木の仕切りを通り、向かい側にやってきた。
「ごほん、んっんっ。ふぅ……しゃて今回、受けていただく依頼はギルドの給仕ね。料理人の指示を聞くだけのお仕事よ。報酬は夕御飯のまかないと銅貨五枚。ギルドのお手伝い、できるわよね?」
「噛んだな。マジ顔で」
「聞かないふりをしてくれたと思ったのに……っ!ユウさん、デリカシーがないわ」
「わかった。ギルドのお手伝いをする。けどよ、なんで依頼を受けれるんだ? ダリオが気をつかってくれたの?」
満面の笑みでダリオは押し黙る。
オレも笑顔をつくる。
「デリカシーを無視しないでよ! ギルドのお手伝いは! 夕方から夜の間、その時間帯! たくさんお客様がくるから慢性的な人手不足なの、よ! だから常に依頼を設けているわけ!」
ダリオが目を鋭くし、声を張り上げ、顔を赤くする。
お堅い雰囲気から、思いを態度にあらわす感受性が豊かな人に見えてきた。貞淑から淑女っぽいになったぞ。
これからは気軽に話せそうだ。
「よし、行くから案内をしてほしい」
「ユウさんはデリカシーが、ない」
「無視しというかどう言い返せばいいのか、わからないんだけど」
「……むぅ」
机に肘をつき、ダリオは顔を横にさらす。口を尖らせてもいた。
ほんと、印象がかわると面白い人になってきたな。
「この木札を適当な料理人とか、その場にいる人に渡してね。責任者に会わせてくれるわ」
「了解。で、場所は?」
「とにかく話を聞くこと。ミスはしてもいいから、しっかりしなさいよ」
「道が知らないんだけど」
「あっち」
ダリオが口はしを不適に吊りあげる。
辱しめを受けたから、オレを困らせようと仕返しか?
あっちって、指で示してくれよ。
「可愛いな」
「……っ! さっさとあっちに行きなさいよ!」
「行ってきまー」
無意識で指したのだろうダリオの示す方角に、オレは小走りで向かう。
色合いの同じ制服を着た人たちが、食膳を持ちながら出入りする。
黒い服装だ。
汚れが目立たないようにするためだろうか?
出入りする人の妨げにならないよう、とりあえず壁によりながら歩く。
うまそうな肉が次々と運ばれていく。
調理しているからか、室内の熱気が真夏のようだ。
「おい! そこで突っ立っている部外者のおまえ! 今すぐ出ていけ!」
男の鋭い怒声に、オレは竦み上がる。
無償髭のオッサンがずかずか寄ってくる。
とっさにダリオからもらった木札を、目につけと掲げる。
「なんだおまえ……ん? 手伝いにきたのか……なよっちぃ体だな、いらん」
「そこをなんとか! お金がないんだ!」
「稼ぎたいだけなら他に行きな。不埒なやつは調理場にいてもイラつくだけだ」
「う、ぐっ……」
強面でオレを見下ろす。
簡単に雇ってもらえそうになさそうだ。
飯が食えると調子ぶっこいていた罰を受けてしまった。それともダリオを苛めたからか。
あぁ、腹へったなぁ。
盛大にお腹を、ぐぎゅぅと鳴らしてしまった。
「……腹へってんのか? んで金がないってのは聞いたな。なんだ、ダリオの嬢が生意気なやからがくるから、いじめてやれって言ってたんだがなぁ。腹を空かしてんのかよ」
にかっと笑うオッサン。
ダリオだって? いつの間にオレに対しての罠を仕掛けたんだ。
「くくく。受け付けと調理場は裏で繋がってんの。おまえさんは調理場の配膳口から来た。オレからしたら遠回りからきたなって思うわけよ!」
「んじゃ、本来なら受け付けを通って調理場にオレは案内されんのか?」
「当たりだ。がはははは!」
「なんだそりゃ……」
「そううなだれるな。今日は特別にオレの手伝いだ。一番やりがいがあるぞ! ついてこい!」
「いいのかよ。責任者に言わなくても」
「ふっ。オレがこのギルドの調理場の責任者『食師造形』の異名を持つ、モルモット様だ!」
親指を自分に指すオッサン。
周りの人たちが忙しなく動いているなか、オレの相手をしているオッサンが責任者だって?
「さっさとこい! オレは忙しいのだ!」
「う、うっす!」
オッサンが奥にまで素早く動く。
今までの調理机よりも場所を取った机にたどりつく。
木で出来た机だ。わけのわからないものでコーティングしてあるようで汚れていない。
奥には赤い布で仕切りがある。さきは部屋なのだろうか。
「おまえはあいつの指示を聞いておくんだなっ! ある程度慣れたとみたら、あとでオレがおまえを呼ぶ」
「なにかオレ、モルモットさんに気に入られるようなことをしましたか?」
「ダリオの嬢がおまえをこきつかえってよ。嬢に頼まれたら断れねぇよ」
デレデレと鼻を伸ばす。
一番つらい場所がこの調理机か。
ダリオ、あとで仕返しをしてやろう。
ほほを引っ張るとかか、精神的にディスるのどちらにしようか。
「ほら、あっちいけ!」
ドンと押された先には、金髪のポニーテールをした女性がいた。
長い耳、エルフかもと思いながら彼女の横に立つ。
「そこの野菜を親指程度に切って」
「おいまて」
「はやく。ユウ、ご飯の時間までがんばって働かないと、不味いまかないになる」
「うっす……」
にらみながら手を動かしている。
両手で刃物をもって、じゃがいもみたいなのを半分に割っていた。
オレは言い付け通りに、大根のようなものを包丁で素早く切っていく。
一人暮らしをしていたから、野菜を切るぐらいはできる。
「すごい手際……ユウ、なにもの?」
腕を上げ一気に、じゃがいもを真っ二つに割りながら、びっくりしていた。
驚くなら、オレも驚いているわ。
「なんでここにアルティナがいんだよ……」
「ご飯をくうため」
「あっさり言うなし。オレは聞きたいのはそれじゃないよ……」
理由っていうか、調理場にいるに至る経由を教えてもらいたい。
アルティナは昼頃に他の仕事場に行くって言った。
オレもついていきたいけど断念した。アルティナがオレがいるのが恥ずかしいからだ。
調理場で汗を出しながら、じゃがいもを切るのが恥ずかしいのか?
じゃがいもをダンと割るアルティナの懸命な横顔を、オレは眺めていた。
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