百年の思い。異世界へのお願い
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「見つけました」
はじめは流れ星だと思った。にぎやかな街中。見上げれば夜空。
オレは手を合わせる。無事に学生生活が終えたことを感謝し、これからの人生の無事をお願いした。
その願いを裏切るように、危機がオレに近寄ってくるのだ。流れ星だと思ったものが輝くただの球体に見えたとき。
気づいたときにはこちらに迫っていた。見つけた、とか聞こえたぞ。
オレは道路を走り回った。道行く人はオレを見て、驚く。おかしいぞ! オレじゃなく、後ろの球体に驚ろけよ。
道に落ちているごみを蹴飛ばし、行き着いた先は壁。袋小路の行き止まり。オレは球体に追い詰められた。
ただの丸。見つけたとか幻聴に決まっている。
「なんだってんだよ!」
「危害は加えません。少し、異世界へ案内させていただきます」
「嘘だろ!?」
球体はオレにゆるゆる迫る。
動けないオレ。なにもすることも、家族に遺言を残すことさえできなかった。
☆
「お願い! あなたじゃないとダメなんです!」
知らない場所だ。黒の世界。どこからか声が聞こえる。が、周りを見ても誰もいない。
辺りは黒、黒、黒だ。
怖い。体が冷たくなっていく。
「わたしを見てください! 落ちついてください!」
がしりと顔がつかまれ、女が景色に割り込む。光だ。さらに女。女だけが色合いをもつ。金髪。顔の造形が整い、藍色の瞳がオレを見つめる。
現実で見かけたら美しい女性だなと、男なら足を止めるだろう。
その美しさが今のオレにとっては関係ない。逆におぞましい、空間の異様を際立たせるからだ。さっきはいなかったぞ。どこから出てきたんだ。
女の手を、反射で払いのける。逃げたい一心で身を退いたオレは、しりもちをついてしまう。
くそ。足がいうことをきかず、勝手に震えやがる。
「どうか、どうか……」
女は頭を床につける。下は、暗闇だ。女だけが光を、存在をもつ。
異空間の主。
光をもつ女に近寄る。
「ここはどこだ。オレは部屋に戻れるのか? それだけ、それだけでも教えてくれ。頼む」
「……戻れます」
さきの声よりも小さい。彼女は頭を下げたままだが、声がくぐもることはないだろう。
言葉で、オレは一先ず息をつく。
彼女はオレを傷つける目的だろうか。いや、あるなら土下座をしない。
自分の尊厳を捨てる覚悟で頼む姿であるからだ。それも初対面の人にだなんてありえない。
彼女は切羽つまっていて、オレを傷つけることはないのかもしれない。
「よかった。はは、ははは」
オレを立たせようと彼女は体を起こし、手をだす。オレは手を握り立とうとしたが、膝がガクッとなってしまう。
彼女はしりもちをつかせまいとオレを引き寄せる。
腕、胸が柔らかい体だな。いやらしい考えが頭をよぎった。
「ごめん。ありがとう」
「い、いえ! こちらこそどういたしまして」
オレがやんわりと身を引く。彼女は頬を赤らめ腕を抱きしめて、顔を背けた。
恥ずかしいのかもな。
甘い雰囲気が頭をつつむ。いかんだろ。雑念を叩きだし、オレは聞きたいことをまず優先する。
「君の目的は?」
「あなたにお願いがあるのです。わたしの独り善がりな頼みごとなのですが、あなたにとっては人生を左右するものですから」
「なるほど。オレは君のお願いが理由でここにいるわけか。あってる?」
「ちがいありません」
彼女はゆったりうなずく。
彼女の願い。おかしな現状に結びつく。その原因がオレにあるというのか。いやない。オレはごく一般人だ。優れた能力など持ち合わせていない。地球を救えなど、スケールがでかいことは不可能。
「異世界に転生していただきたいのですが」
オレは口をバシンとふさぐ。
痛い。勢いよく叩きすぎた。
でしゃばりやがったな本能。理性が動いていなかったら、危ないぞ。
とっさにいいよ任せてって言いかけた。
「ど、どうしたのですか!?」
「オロオロしなくても大丈夫。なにもないから、話をどうぞ」
「はぁ。よろしいのですか? あの、目から涙が」
「異世界に転生するのは君の話を聞いてからにしたい、なんて」
「えぇと。はい。その、話を進めますね」
「おけーばっちこい」
「あなたがお断りなされたら、もとの現実に戻れます」
「えっ! いいのか? 本当に」
「そうなってしまった場合はわたしの説得力不足ですから……それにわたしはあなたを説得するのに退けない理由と、あなたを命懸けで補佐する覚悟があります」
そこまでにオレを必要なのか。しかも無理やりでなく、誠意でオレを異世界へ転生させる。
彼女の思いの丈。優しさがオレに伝わる。
異世界か。オレはゲームとかするし、ラノベも多少は読む。世間的にはオタクだ。
で、転生だ。
聞きたいことはいくらでもある。
「オレが異世界に転生するにあたり危険はない? なにをさせる?」
「危険はあります。それもあなた次第で、命を犠牲にすることがあるのは揺るぎません」
「……だよな。異世界だもんな。現実でもいつ命がなくなるかわからない。命の保証とか無理だよな」
彼女はいえいえと頭を振り、にこりと笑う。
「命の保証の代わりに、あなたが転生するにあたり、わたしからは力を呼び起こします。申し訳ないです。力が及ばず。わたしはあなたに頼むぐらいしかできません」
「暗い顔をしなくても、君の願いは世界を思ってなんだろ?オレはその愛情がまぶしいな」
「あ、ありがとうございます。そう言っていただいて、光栄です」
「ははは! よし、力ってなんだ」
「わたしのお願いと関係しているのですが。力、いわゆるチートと呼ぶものを」
「くわしく」
もう、どうにでもなーれ。
「説明するよりも、わかりやすく」
彼女は指を軽快にはじく。
指パッチンか。オレはできないから憧れる。
黒の世界が白の空間へ、そして森に。
「なっ、えぇっ!?」
新鮮な空気。そして、木々の合間からもれる太陽光。
自然だ。見るものに安心感を与える、母性の象徴。
息をのむ。ふわりと甘い匂い。
信じられない。現実なのか!
「な、なぁ。ここは異世界か?」
「いいえ。ここは偶像。わたしたち二人に都合のいい世界。ですが、もしあなたが望めば現実にもなるでしょう。異世界の疑似空間なのですから」
「望む? オレが……」
「すみません。この空間を維持するのに少し、時間がないようですので。試していただきます」
彼女は体をずらす。背後には異形がいた。
緑色の怪物。ファンタジーといえばゴブリン。小さいながらも、凶悪なやつだ。個々は雑魚でも、群れれば人は殺意に呑み込まれるだろう。
オレだけを見つめ、狂喜に目を細める。
手に握るショートソードを振り回す、ゴブリン。
「戦ってもらいます」
彼女はオレになにを、言ったんだ。
誰が?決まっている、オレだ。
ジリッと足を退く。
逃げよう、さぁ。
「すみません」
彼女は頭をさげる。そしてオレの前、地面から突起物が伸びてくる。
両刃の片手剣。ゲームでも出たヴァイキンソードってやつか。
ゴブリンはギヒっと笑い、彼女を無視してオレに、迫る。
「くそったれ!」
柄をつかみ、正眼にかまえる。
武器を扱ったなんて、学校の剣道だけだ。
「ぐひひ、あぁ?」
「ぐ、ぅうぁああああああああ!」
剣と剣のつばぜり合い。振って、振って、雑音を撒き散らす。空振り。生存本能に任せた稚拙な剣。
ゴブリンはオレに合わせるように、剣をはじく。
くそったれめ。おまえの本能は個々は殺すためにあることは。
「ちくしょぉぉお!」
大振りの袈裟斬り。
オレはゴブリンの頭を狙い、振るう。
が、オレの体を動かなかった。
「げひゃ、ひゃ」
づぶりとオレの腹に、こいつは殺意をねじ込んでいた。
ショートソードをオレの腹に突き刺しやがったんだ。
「あ、あぁ。あぁぁぁぁあああぁぁ!」
うしろにバッと飛び退く。
無理だ。カランとオレの手から剣が落ちた。
「はぁ、はぁ。すり抜けた。生きているんだ。オレは」
「大丈夫ですか? 気を確かでありますか?」
「どうしてオレは死んでいない。オレは大丈夫、大丈夫だ」
「想像です。夢であり、現実。体験に都合がいいのです」
「さっきの都合がいいって、この死を体験させるのにいいってことか」
「異世界の戦う危険性。ゴブリンが最低であり、初めの一歩なのです。倒したさきにあなたの価値が証明されるでしょう。進むも退くも、今が正念場です。ご覚悟を」
ゴブリンはオレを見ながら腹を抱えて笑っている。
そうだな。現実ならオレは死んでいる。
「倒したい……あいつを超えたい! オレは負けない!」
「力を、この力があればあなたは、ゴブリンに負けません」
「……力」
心臓がズキンズキンと痛む。
ゴブリンは強い。人を倒すことに関しては、ゴブリンが有利だ。オレは、ゴブリンの在り方には負けを。
けど、曲げれない。オレは信念を守るんだ。
「体験してみませんか? 異世界を」
「できるなら、やってやる!」
剣を握る。
さっきよりも体が熱く、目がゴブリンの体を視界にさだめる。
ゴブリンをぶったおす!
「ミクロパワーアップ」
ドクン。オレの内からほとばしる力が。
彼女は魔法を使ったのだろうか。ありがたい。
ゴブリンはもう準備は万端かとオレに飛びかかる。
だが遅い。
やつが飛んだ瞬間。ゴブリンの体と地面が離れる躍動が、オレにとって鈍足で動いているように見えた。
俊敏な動きでない。ゴブリンはまなじりをつり上げ、警戒していた。己の動きを目で追われていることに気がついたのだろう。ゴブリンとオレは同じ戦場に立ったのだ。
迷いはない、突き進んでやる。
剣を水平に振りなぐ。
「おおおおおおおおおぉおおおぉぉぉお!」
「ギヒヤアッァァァァァアア!」
剣と剣が交じる手応え。嫌な音が手首から聞こえた。しかし押しとおる!
重いものを押し退ける感覚。無我夢中で腕に力を込めて、脚を前にだす。気づいたとき、オレは前の位置からゴブリンの後方にいた。
振り返ればゴブリンがいない。
オレはキョロキョロするがゴブリンの姿がない。いるのは彼女、拍手しながら手を叩く。
やったぞ。オレはプライドを守れたのだ。
「おめでとうございます! おめでとうございます!」
「君こそ、ありがとう。オレの背中というか、発破をかけてくれて。あのままだったら、うじうじしていた」
「こちらこそ。あなたの勇姿。見ていてかっこよかったです」
「そのことなんだ。あのように戦えたのは、君。君の力があったからでは? オレはなにもしていない」
「『バフエヴォケイション』あなたがもつ力。わたしが名付けて、チートは通名『バフエヴォケイション』弱小、最高の支援魔法をその身に受けたとき、効果は何倍も膨れあがるのです」
「……聞くからに支援魔法を受けないと意味がなさそうだ」
「はい。これがわたしのお願いにつながります」
「どの部分だよ。支援魔法を受けない、意味がない?」
「支援魔法に旨味がない。わたしの世界。テレシアでは冷遇されているのです。わたしが他の世界を見守っているあいだ。気づかぬうちに支援魔法の評判が落ちていたのです」
世界が暗転。
右手をガシリと両手に掴まれ、彼女の眼前に。
「穏やかな話じゃないな」
「回復系の魔法は重宝しているのですが、身体強化系は、パーティーにわざわざ入れて報酬の頭分けするのが気にくわない。そんな風聞が常識なのです」
「改革か? オレにそんなだいそれたことを」
「はい。あなたに期待しております」
凡人のオレが期待されている。
現実では大きな事態を任されたことなどない。魔王を倒せじゃなく、人の役に立つことか。
「なんでオレなんだ? もっと他にいるのでは?」
「あなたのチートは、そもそもあなたが持っている力なのです。わたしはバフエヴォケイションを喚起し、力を使える場所へ送るだけ」
「元から持っていた、だと」
「素養があったのです。あなたを探すのに百年ほど掛かりました。あなただけなのです。お願いします、どうか。わたしの世界に暮らす我が子を導いてくださいませ」
異世界と日本の天秤が、異世界へ行くに傾きつつある。
彼女は涙をため、オレの心に訴える。
数少ない支援魔法を使う人物を救うがために、百年も彼女はオレを探していたのだ。
男として、これに勝る栄誉はあるのだろうか?百年もオレに費やした彼女の思いに勝るものが。
最後だ。これで決め手になる。
「……もとの世界のオレはいなくなるのか? 死ぬ、のだろうか」
「はい」
「お願いがある」
「どうぞ。聞きましょう」
「日本にいるオレを、存在の記憶を消してくれ。周りの家族を悲しませたくない」
彼女は驚いたと、目と口をあける。
オレの家族を、救ってくれ。いなくなったオレを悲しまないように。
「わかりました。あなたの家族、友人は幸せになるように図らいます。約束です」
「すまん。ありがとう」
記憶を消せ、自分よがりなお願い。親不幸もんだなオレ。
でも、後悔はしない。するのは死ぬときだ。最期に良い人生だったって、オレをバカ笑いしてやる。
「決めた。オレは異世界へ転生する」
「ありがとうございます」
足元に魔方陣が広がる。
淡く輝く虹色。オレの心が美しさにふるえる。
彼女は頭を深々と下げていた。
「君。あ、名前を聞いてなかった」
いまさらだな。決意するまで夢心地だったから、名前に意識が向かなかった。
「アリア、アリアです」
「不思議で、素敵な名前だ」
「い、いえっ。そんな褒められる名前ではないですよっ!?」
「オレのなま……えは……」
「いってらっしゃい。あなたが紡ぐ旅を見守っています」
ぶつりと意識がかたむく。ここに来たときと同様。それは唐突だった。
読了ありがとうございました!