我妹は魔法少女である。
どうやら俺の妹は魔法少女らしい。
変な物を食べたとか、頭がおかしくなった訳ではない。本当に魔法少女になっていたのだ。よく漫画やアニメに登場するフリッフリの衣装を着て、喋るステッキなどからビームを放つ、あの魔法少女だ。
2次元ならともかく、現実にそんな存在が居て、しかもそれが自分の妹だったとは考えもしなかった。もっとも、そんな妄想を抱いている人間がいれば、そいつはシスコンなんてレベルではなく、警察か病院のお世話になるようなヤバい奴なのだろうけど。
それはさておき、俺がそのことを知ったのはつい最近のことだった。
◆◆◆
「やっぱりこの時期になると夜は寒いな」
ブルリと身体を震わせ夜の道を歩く。今は年末──年末特番やスペシャルでテレビ欄が彩られる時期であり、どの家庭も家の中にいるのか目に入る家はどれも明かりがついている。同じように、自分も暖房に効いた部屋の炬燵に入って丸くなりたい気分なのだが、あいにく父と母が大喧嘩を起こしてしまった。年末はゆっくりさせて欲しいと思う反面、新年早々に喧嘩することがなくて良かったと思う気持ちもあり、なんとも言えない。
「あー、でも年末に喧嘩したら、そのままの流れで新年にも喧嘩。最悪の場合は離婚なんてことにもなるのか」
やっぱり年末に喧嘩するのはダメだなと結論付ける。そして、コンビニの壁に掛けられた時計を見れば、時刻は午後11時。家を出てから大体1時間が経っていた。こんな時間ともなれば、警察が巡回するだろう。愛梨は今年で13歳、バッチリ補導の対象だ。となれば、そろそろ家帰っているだろう。自分もそろそろ戻ろうか、そう考えた瞬間に音が聞こえた。
何かが風を切り裂くような風切り音。次いで爆発音。悲鳴の類は聞こえないが、間違いなく事件だ。人よりは耳の良い自信があるし、間違いはないだろう。普段であれば興味抱くようなことではなかっただろうが、今回は違う。聞こえた方角は自宅の方だ。となれば、
「行くしかないよな」
爆発の原因をどうにか出来る訳ではない。それでも状況を把握することは出来るし、爆発音が聞こえた事も考えれば警察や消防へ連絡する必要もあるだろう。そうなれば誰に伝える必要があるし、場合によっては瓦礫に巻き込まれた人を救助する必要があるかもしれない。そうなればどんなに微力でも力があるに越したことはないだろう。そう思い、全力で音の聞こえた元へ向かう。その途中にも爆発音は断続的に発生していた。そして、
かつて自宅だった場所にファンタジーが広がっていた。
左肩に白猫を乗せ、ピンクを基調としたフリッフリのフリルの衣装を着た愛梨と思わしき少女と彼女に対する異形の化物。人間とは思えない3mほどの高身長に異様なまでに発達した筋肉にそれを覆う獣の皮に捩じくれた2本の角に鋭い爪。それを呼称するなら悪魔、その言葉が相応しいだろう。その2人は腹に響く爆発を起こしながら戦いを繰り広げる。
悪魔は叫び声上げながら、少女へと爪を振るう。その速度は速く、12、3歳に見える少女にはとても避けられそうにはない。だが、
「シュート!」
掛け声と共に振るわれたステッキからビームが放出、悪魔の爪を弾き返す。そして生まれた隙に少女が跳躍。悪魔との距離をとるが、その跳躍力も常軌を逸している。3回転宙返りを描いたそれは、優に5mの距離を開ける。その間も、猫は少女の肩から落ちることはない。
うわー、と声を漏らしている間にも状況は目まぐるしく変化し、2人は周囲に更地やクレーターの数をどんどんと増やしていく。そして、その迷惑な環境破壊に巻き込まれないように注意しつつ、辺りに負傷者や逃げ遅れた人が居ないかを探す。
衝撃的過ぎる光景に気を取られ、ほぼ忘れてたが、ここへ来たのは状況把握の為だ。もっとも、消防や警察に通報したとしても、悪戯だとして処理されることは間違いない。故に脳内から連絡という選択肢を排除する。そして、一通り辺りを確認するが、人の姿は確認出来なかった。そして、元の場所へと戻って来た時には、戦いも終わりを迎えようとしていた。
「愛梨さん! チャンスですよ!」
「わかってる!」
そして、白猫の合図と共に手に持ったステッキを中心としてよくわからない文字や幾何学模様で描かれた魔法陣が展開される。
「エネルギーの充填完了! いつでも撃てますよ!」
「悪霊退散! マジカルシュートッ!」
少女と白猫、1人と1匹の息の合った掛け声と同時に辺りを明るく照らすほどに発光した魔法陣から極大のビームが放出され、悪魔の身体を打ち抜く。
「ヴア゛ア゛ア゛アアアアアァァッッッ!」
鼓膜が破けそうなほどの断末魔の叫びを上げた悪魔はボロボロと身体を崩壊させ、塵へと姿を変える。そして、その塵の中から母親が現われる。
「お母さんっ!」
ステッキを手放し、一瞬煌めく光に少女が包まれると、光の中から普段着を着た愛梨が飛び出す。そして、倒れる母親を抱き締めると同時に辺りも同じような光に包まれ、破壊されていた建物や道路に開いていたクレーターが元へと戻る。
「いや〜、正に一件落着って感じですね〜」
そう言って愛梨の元へ歩み寄るのは真っ白な猫だ。
「あ、これは愛梨さんにお渡ししますね。これからも魔法少女、頑張りましょうね!」
「ちょ、話が違うんだけど!」
「いや〜、私としても愛梨さんは仮の契約者で、別に正式な契約者を探す予定だったんですが、ステッキの方が愛梨さんを気に入ったみたいでして……お母さんみたいな人を救う為だと思って諦めて下さい」
「そんなぁ……」
よろしく、と言わんばかりに空中を舞っていたステッキを受け取った愛梨はがくりと地面に倒れこんだ。
「安心して下さい。特殊な結界のお陰で、人は愛梨さんの変身姿を見ることはありませんし、万が一見たとしてもすぐに忘れますから」
「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのぉ!」
愛梨の叫びは真夜中の住宅街に木霊した。
◆◆◆
後日、使い魔だという白猫は愛梨の拾ってきた猫ということでウチで飼われることとなり、愛梨は両親が寝静まった頃に家を抜け出し、悪魔退治に精を出している。
そして俺は、
「ミケは本当可愛いね〜。どっかの腹黒い猫とは違って話さないし」
愛梨の膝の上で丸くなっていた。
例え、愛梨と話すことが出来なくても、この家のペットにおける序列は先輩である自分の方が高い。
なぜなら俺は、今年で15歳を迎える三毛猫のミケなのだから。
(終)