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ニョーイの星  作者: 木端 貴史
第二章 集う紳士たち
6/21

2-2

 照明が落とされたドーム内。

 観客席は満員御礼には遠いが、その誰もが「見たことのない何か」を待ち望んでいる。

 ぴりぴりと張り詰めた空気。

 咳払いひとつ聞こえない客席。


 その沈黙を司会者の声が破った。

「さあレディース・エーンド・ジェントルメン! 長らくお待たせしました」

 重厚なBGMが徐々にムードを盛り上げる。

「紳士の国からやってきたエクストリームスポーツ『ニョーイ』。栄えある全日本選手権の第一回、その決勝トーナメントに名乗りをあげた強豪ニョーイスト十六名、ここに入場です!」

 待ちわびた観客から大歓声。

 その後、選手入場ゲートにスポットライト。

 選手たちの勇壮なるシルエットが映し出され、入場がスタートする。


 睨みを効かせる刺青&スキンヘッド男。

「ウワサは本当なのか!? 禁止されている地下(アンダーグラウンド)の『賭けニョーイ』で二百連勝を達成したと豪語する、爆弾野郎が公式大会に乱入だ!

 ――無所属、ダニエル宮城(みやぎ)!!」

「うおおおおおおぉぉ(※客席からどよめき)」


 うつろな表情で下を向く青年。

「優勝賞金を他人に渡すものか! 主催者サイドが刺客を送り込んできたぞっ! ニョーイストとしての経歴はなんと三ヶ月。真の実力は如何(いか)ばかりか!?

 ――日本橋ニョーイジム所属、前出 伍朗!!」

「ちっ、会場の雰囲気に呑まれおってからに。あの駄馬ゴローが(※解説席にいる姫梨子の舌打ち)」


 紳士然としたシルクハットのナイスミドル。

「我こそは紳士、我こそはニョーイスト精神の具現(ぐげん)! 敗北者にも賛辞を惜しまない高貴なる男、此処(ここ)にあり! だが試合直前や試合中に棄権する対戦者も多いという、キケンな実力を秘めているぞ!

 ――ジェントルニョーイ協会所属、鳳凰院(ほうおういん) 純也じゅんや!!」

「きゃー、ジュンさまー!(※女性ファンからの黄色い声)」


 よれよれの甚平(じんべい)に身を包んだ老人。

「伝説は生きていたァ! 戦前から『尿神(にょうしん)』の名誉称号を得ていたという正真正銘の怪物が、ついに決戦の場に姿を現した! ニョーイにかけた年期の違いを若輩どもに見せつけるのか!?

 ――INC公認指導員、町田(まちだ) 長之介ちょうのすけ!!」

「チョーさん、けっぱれよ~」「ホネは拾ってやるでな~(※老人ホーム仲間らしき応援)」


 袖無しの武道着を着た筋肉質な青年。

「諸君は知っているか? ニョーイと別の系譜をもった古武道『尿道(にょうどう)』を!? 西洋スポーツかぶれの連中に純国産武道が負けるものか、と言わんばかりに電撃参戦だ!

 ――『尿道』継承者、(さかき) 廉士れんじ!!」

「…………(※本人は姿勢を正したまま無言)」


 その他の十一名。

「活躍する予定がないので省略だ! そのへんは空気を読んで、適当に想像してくれ!」

「いわゆる丸投げ。ビジネス的に言うとアウトソーシングですね(※元気がない伍朗の代わりに山田さんがツッコミ)」


「以上、決勝トーナメントは十六名によって開催されます。司会進行は私、(とおる) 行人ゆきとが務めさせていただきます。そしてゲスト解説者にはスポンサー企業を代表して、日本橋 姫梨子さんをお迎えしています」

「うむ、庶民どもご苦労だな。駄馬ゴローのセコンドも兼任している日本橋 姫梨子だ」

 観客席から「キリコた~ん!」と声援が聞こえ、律儀に手を振り返す。

「アイドルのようですね」

「今まではできるだけ表舞台に出ないようにしていたのだが、声援を受けるのも悪い気分ではないな。それより司会者、初登場キャラだろう。客に自己紹介をしておくといい」


 解説席の姫梨子が隣に座る男へ呼びかけた。見た目は四十歳ほど、七三分けの中年男性だ。

「そうですね。えー、私は予選まで客席から普通に観戦していたのですが、通りかかった姫梨子さんに『司会者やってみないか?』と声をかけられ、ふたつ返事で了解した次第です」

「ゴローの特訓にかまけていて、アタシとしたことが司会者の手配をド忘れしていたのでな。適当にヒマそうな人材をスカウトしたわけだ」

「こう見えてニョーイ観戦歴は十五年のベテランです。大会を盛り上げるため全力を尽くしますよ」

「その観戦歴は知らず直感だけで声をかけたんだがな。これまた思わぬ拾い物であった」

「さすがお嬢様。慧眼(けいがん)でございます」

 解説席から一歩ひいたところに立つ山田さんが言った。

 グラウンドの選手側からは「選手も司会者もノリで調達かよ。やる気あんのか日本橋グループ様よぉ~?」と伍朗のツッコミが聞こえたが、山田さんのひとにらみで黙ってしまった。


「いささか前出選手のツッコミに勢いがありませんね。予選前の精神ダメージが残っているのでしょうか」

「そこまで引きずる駄馬ゴローではない。むしろ今から始まる一回戦のプレッシャーだろうな」

 司会者の心配に姫梨子が答えた。たしかに遠目からでも分かるほど伍朗はガチガチに緊張している。

「なるほど。そういえば実戦経験ゼロという話でしたね」

 しかし時間の流れは止まらない。司会者があらためてアナウンスした。


「それでは、五分後に一回戦の第一試合をスタートします。対戦者のダニエル宮城(みやぎ)選手、前出 伍朗選手を除いた皆さんは、いったん控え室または観客席最前列でお待ち願います」

 第二試合以降に出番のある選手は、ぞろぞろとドーム中央から去っていった。


 ごくり……。

 大会初参加で初戦を任された伍朗は、とてつもない緊張を感じていた。

「前出様、聞こえますか?」

「あ、ああ……」

 耳元に付けた超小型通信機器(インカム)から、セコンドを務める山田さんの声が聞こえてきた。全選手に配布されたこのインカムは手元のスイッチ一つで「セコンドだけと会話できる直通モード」「スピーカーに連動して会場中に聞こえる全体モード」を切り替えることができる。

 今は直通モードでの会話だ。


「すでに大会レギュレーションはご存じと思いますが、最低限のおさらいだけ述べます。――試合時間は十五分間。両者が一回ずつの試技を終えた時点でポイント判定がなされます。先に技を出せば『クイックドロウ』で最終得点に一割のボーナスが付きますから、積極的に狙っていってください。

 また、勢い余っての放屁(フォグ)は減点対象になりませんが、脱糞(メテオ)にはご注意を。他に、放尿ビーム便器(ターゲット)外へ出ますと採点上不利です。大胆かつ繊細に試合を運んでください。貴方が実力を発揮すれば、誰が相手でも十分以上に戦えるはずです」

「ああ……」

 また伍朗は気の抜けた返事をした。マズイな、黒メイドの言葉がまったく頭に入ってこない。就職面接でも幾度となく経験した……これはプレッシャーだ。くそっ。


 時計の針が少しずつ時を刻んでいく。

 徐々にボルテージが高まっていく。

 広いグラウンド内に立つのはダニエル宮城と伍朗の二人だけ。これより先は勝敗が決する瞬間まで、何人(なんぴと)たりともこの聖域を侵すことはできない。


「第一試合開始までのわずかな間に、本大会で使用する便器(ターゲット)の解説を簡単にさせていただきます」

 司会者の事務的な声が響いた。


「ニョーイの国際大会では原則として、洋式便器(クラシカルターゲット)が使用されています。おそらく皆さんのご家庭にもあるでしょう、男女兼用の直接腰かけるタイプで、上部のフタだけ取り外して競技に使います。ただし今回は『日本初の』全国大会ということを踏まえ、和式オリエンタル便器ターゲットが標準仕様となっています。前方に金隠しが付いた古風なタイプですね。どちらでも採点に有利・不利はありませんので、選手の好みや使う技によって選んでもらう方式です」


 今回はダニエル宮城の前に洋式便器クラシカルターゲットが一つ、伍朗の前には和式オリエンタル便器ターゲットが三つ横並びに設置されている。接地しているわずか厚み五センチの土台部分にカートリッジ式の貯水タンクがあり、出された尿はここに溜まる仕組みだ。


「試合場をご覧いただいて分かる通り、選手側からの申請があれば便器(ターゲット)の数を増やすことができます。それにしても姫梨子さん、前出選手は一回戦から便器(ターゲット)三つを横方向に並べるというトリッキーな布陣できましたね」

「どのみち初戦は『相手に合わせて技を選ぶ』などと器用なことができないだろうからな、あらかじめ技を決め打ちにしてある」

「どんな技が飛び出すか、私もニョーイファンの一人として非常に楽しみです」

「ふん、まあ期待して見ているがいい。……それより開始時間だぞ。司会の仕事を果たさんか」


「これは失礼――では、一回戦の第一試合を始めます。両選手、便器位置ターゲットポジションにスタンバイください」

 心臓を押し潰されそうな伍朗に対して、相手のダニエル宮城は余裕いっぱいの表情でスタンバイする。

「――股間準備(ゲット レディ)

 くっ、まだ心の準備が……。

尿意解禁(ニョーイ・オン)っ!」


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