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57 ワンダリングモンスター

 松永久秀、俗に松永弾正という戦国武将がいる。

 戦国三大梟雄だの日本史上初の自爆死者だの、クリスマスを理由に休戦しただの、これも日本史上初のエロマニュアルを伝授されただの、あまつさえ自分でも書いちゃっただのと、面白エピソード(諸説ありまくり)に事欠かぬ人物である。


 以下は、その松永久秀が城を構えていたという山系へ、筆者が赴いたときの話。



 季節は冬、年が明けたくらいの頃だったか。

 吐く息も凍らんばかりの酷寒の中、まだ民家が点在する中腹部あたりの舗装道路を歩いていると、次第に雪がちらつき始め、あわせて風も強くなってきた。


 そのあまりの冷たさに、筆者は道路脇の立看板の影に避難した。これぞ立看板ならぬ楯看板である。しかしそのつまらぬダジャレの産物は筆者の肩口ほどの高さしかなく、強風がモロに顔面を直撃してくる。


 寒い。とにかくひたすら寒い。筆者は少し身を屈めて顔を隠しながら、このまま天気が荒れていくとイヤだなあと思った。

 そこでスマホを取り出して天気予報を確認しようとするが、指がかじかんで思うように操作できない。


 そうして苦労しながら時間をかけて確認したところによると、多少の風は出るものの、大きく崩れることはないらしい。

 ひとまず安心はしたものの、現状は未だ強風。この中に身を踊らせるどころか、顔を上げることすら躊躇したくなる有様である。


 風が、ビュウビュウと唸る。

 プゴプゴと鳴く。

 ごうごうと轟く。

 プゴプゴと鳴く。


 ……ちょっと待て。

 プゴプゴってなんだ?


 風の音に混じる異音が気になった筆者は、立看板の影からそっと顔を覗かせた。

 すると、そこには。


 イノシシがいた。

 それも冗談のように馬鹿デカイやつが。


 そう、筆者が隠れている立看板から十メートルほど先に、一瞬我が目を疑うほどの巨大イノシシが、プゴーップゴーッと鼻息荒く立っていたのである。


 デカイ。なんちゅーかもう、デカイ。

 脳内のイノシシ像とのスケール感が違いすぎて、遠近感が狂っているように感じる。


 このとき筆者がとっさに思い浮かべたのは、「もののけ姫」に出てくる猪の神、乙事主(おっことぬし)だった。もちろんあそこまでの異常なデカさではないが、直感的に連想させるに十分な巨体。バケモノじみた筋肉のカタマリ。


 筆者は思った。

 あんなモノに突撃されたら、死ぬ。


 生命の危機に直面し、筆者の思考が高速モードに移行する。


 なんじゃコイツは!?

 デカすぎやろ怖え!!

 周りに何かよじ登れそうなものは……ない!

 ならばこの看板を盾にして……いやダメだ、もろとも粉砕される!

 てゆーかこいつらってホントにブヒブヒ言うんや!?

 (あら)っ! 鼻息荒っ!


 ……ええ、本当にこんなことを考えましたとも。

 どれだけ頭を高速回転させたところで、考える内容がこれでは無為である。


 しかもそのあげく、ヤツの鼻息に非常な好奇心を刺激されて、耳をすませてそのブヒブヒっぷりを観察するという錯乱気味な行動に出たのだ。この瞬間、世界で最も無駄なエネルギーを消費していたのは、間違いなく筆者の脳であろう。


 しかしこの時には、既にある種の覚悟ができていた。

 すなわち、どこにも避難できないなら(かわ)すしかないと考えたのだ。


 ただし、ただちに遁走するのはダメだ。大きく回避するのもダメ。確実にハネられるか轢かれるかするだろう。となればマタドールのようにギリギリまで引き付けて避けるしかあるまい。


 それから、巨大イノシシと見つめあった。

 ものすごく長く感じたが、たぶん実際にはほんの数秒だったろう。


 そいつはふいに踵を返し、のしのしと藪の中へ去っていった。

 筆者は、この世で見る最後の光景がイノシシの鼻面でなくて良かった、と胸を撫で下ろしたのであった。



 さてここからは後日譚。

 それからというもの、筆者は当然のごとく、会う人ごとにこの体験を語った。

 ヤツの異常な巨体を。その恐怖を。本当にブヒブヒ言うってことを!


 命の危険も過ぎ去ってしまえば笑い話であるわけで、いい話のタネとなっていたのだ。


 そうして笑わせた友人の中の一人が、後日とんでもないオチをつけたので、最後に紹介する。


 なんとこの友人、筆者から話を聞いた一週間後に、同じ山同じ場所で、イノシシに特攻されたらしい。

 ただしサイズはそこいらの雑種犬くらいだったという。うりぼうだったかも知れん、と彼は言った。


 そして地元住民に聞いたところによると、その付近には地元では有名なイノシシ親子が棲んでいるのだとのこと。つまりオス、メス、うりぼうで、サイズは大中小らしい。


 どうやら筆者が行き逢ったのはオスで、この友人が特攻されたのはうりぼう(がやっと成体になったくらい)だったようだ。


「うりぼうっていうても、特攻されたんやろ。怖かった?」

 質問する筆者に、彼はこう答えた。

「怖いっていうよりびっくりした。急に藪がガサガサ鳴って出てきて、目が合った途端につっこんできよったから」



ちなみに:

峠などで、タイヤのスリップ痕がないのにひしゃげているガードレールは、たいていイノシシのせいらしい

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