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56 善行無轍迹! プロレス師匠!(後編)

前回のあらすじ:

突然ケンカを売られて大ピンチな、中学生の筆者。

やじ馬をしていたプロレス師匠のアドバイスに従ったら、えらいメに会ったとさ。

 と、まあ、こうして騒ぎがおさまったわけだが。


 筆者はちょいワル小僧に三発殴られ、ちょいワル小僧はナメていた筆者に押さえ込まれて面目丸つぶれ。そしてドラちゃんに至ってはただのやじ馬だったのに、二回も技をキメられて悶絶、と一番の被害者かも知れない。

 まさに死屍累々の惨状である。



 さてその日の放課後、プロレス師匠がへらへら笑いながら言った。

「結局お前、殴られた仕返し何にもしてへんやん。アホやな」


「いや別に痛くなかったし」

 筆者は、まあそれはえーんやけど、と言った。

「卍固めとかコブラツイストとか、あんなもん、お前みたいにめっちゃ力なかったら無理やっちゅーねん」


 プロレス師匠はバスケ部でセンターのポジションを務める、デカくてマッチョな男だった。

 彼があまりにも容易く技をきめるので、つい自分にもできるような気がして無謀な挑戦に及んでしまったが、そもそも圧倒的な腕力あってこそのものではないか、と筆者は考えたのだ。


 しかし「力はそんなに使ってへんけどな」とプロレス師匠。

 確かにあの時のこいつは、力尽くで無理矢理という感じではなく、ひょいひょいと簡単に技をきめていた。

 いくら力自慢のプロレス師匠といえど、大人と子供ほどの腕力差でもなければ、ほぼ無抵抗に見えるくらい簡単には決められないだろう。


 ではやはり何かコツでもあるのだろうか、と考えた筆者の好奇心が、むくむくと頭をもたげた。

 となれば筆者の言うべき言葉は一つだ。


「ちょっとおれにもコブラツイストをかけてみてくれんか?」


 快諾したプロレス師匠が筆者の腕を取る。

 筆者は身構えた。さてここからどのようにもっていくのか――などと観察する余裕もなく、あっという間にキメられてしまう。

 とても痛い。


 さっぱり訳が分からなかったので、二度三度とやり直してもらう。

 それで分かったのは、彼は、相手が抵抗しようにも、力を入れ難い体勢に導きながら技を完成させているということだった。


 例えば、誰かがあなたの手首を背中側から取って、腕を伸ばさせたまま上に持ち上げたとしよう。するとあなたの上体は自然に前に倒れる。そしてこれに腕力だけで対抗するのは難しい。


 プロレス師匠がやっていたのは、こういう理屈の積み重ねだと思われた。つまり関節の可動域などの、人体の仕組みを利用しているのだ。もちろん技をかける際には腕力があった方がより有利なのは間違いないが、ともあれ彼の「それほど力は入れていない」という言葉は本当だったのだ。

 

 しかし、言うは易し行うは難し。

 理屈が解ったからといって、そう簡単に再現できるものではない。端から見ているとあまりにも簡単そうにひょいひょいキメていたが、実はとんでもない研鑽の上に成立している技術なのだ。


 聞けばプロレス師匠は、子供の頃から小競合いやケンカの度にプロレス技を使い、あまつさえ実の姉にアイアンクローまでカマしたことがあるらしい。

 そうして彼は、我々にできないことを平然とやってのける男になったのだ。


 これぞまさしく、善行無轍迹。

 筆者は、カッコイイ男とはこーゆーヤツのことをいうのだと思う。

 そこにシビれてあこがれるぜ、プロレス師匠!



 ――それから時は流れ、高校で柔道を始めたプロレス師匠は、その初試合を勝利で飾ったという。


「始めて三ヶ月かそこらで初勝利か、さすがやな。決まり手は?」

「正面から抱きついて、ムリヤリぶっこ抜いて右後ろに投げたら、一本って言われた」

「……お前、それはフロントスープレックスやないか」


 もしかしてこいつ、ただの天然野郎とちゃうやろか。

 そう思った。

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