51 きゅーんてきてキャーンてなる(後編)
前回のあらすじ:液体絆創膏を購入した筆者。その威力やいかに?
さてそんなわけで帰宅し、風呂に入る。靴擦れした所とその周辺を清潔にして、いよいよお試しタイムだ。
チューブの蓋を開け、ちょっぴり出してみる。
……なるほど、色といい質感といい匂いといい、確かにアロンアルファやセメダインにそっくりだ。代用したくなる気持ちも分かる。
塗布する。
「おは、おはよう亀ちゃん」
夏休み明け、始業式の朝。すっかり染み着いた夜更し癖のせいで明け方まで眠れず、重い頭とだるさが支配する身体を引きずって登校する俺に、ふいに横合いからかけられた声があった。
「あ、おは……っ?」
反射的に挨拶を返しかけて、言葉もろとも思考が止まった。
……誰だ、この美人は。
ゆるくウェーブのかかった髪、大きな目、リップクリームでも塗っているのか、艶やかで血色のいい唇。恥ずかしげに頬を染めて身をよじる姿が、なんとも愛らしい。
すみません、どちら様でしょうか――喉元まで迫っていた言葉を呑み込む。こんな返し方は下策も下策だ。これほどの美人様とお知り合いになった覚えなどついぞないが、もしかすると暗い青春を一発逆転する天の配剤やも知れぬではないか。
「……あの、亀ちゃん……?」
どうやら俺を知っているらしいこのお方は誰だ、という思いと、このチャンスをどうモノにするか――という、早くも浮き足だって錯綜する思考がモロに顔に出ていたのか、目の前の美人が不安げにこちらを見ている。
しまった、いきなり下手を打ってしまった。
これだから実践経験の薄いヤツは……って、いや待て。
いま、俺のことを亀ちゃんと呼んだか?
友人が多いとは決して言えない俺だが、それでも俺のことを亀ちゃんと呼ぶヤツは一人しかいない。
そう言えば、この自信なさげにキョドって、申し訳なさそうに話す声には、イヤというほど覚えが――。
「お前……まさか和邇か!?」
「あ、や、やっぱり変かな? 変だよね、ごめん」
和邇夏海。その人生において華やかさとは無縁のこの俺をもってしても、容姿も性格も「地味」としか評価せざるを得ない、いや得なかった、ウチのお隣さんの一人娘。つまり幼馴染みである。
「ああ、いやいや、変じゃない変じゃない! あんまり変わりすぎてて分かんなかっただけだ。その、二学期デビューってやつか?」
しかし……これはまた……。
相手が和邇なら、遠慮することはない。俺は改めて、上から下まで、まじまじと和邇の姿を眺めた。
地味の体現者、地味とは和邇夏海の代名詞だと(俺に)言われる和邇が、まさかこれほどの化けっぷりを見せるとは。
頼りなくて何となくほっとけないので、子供の頃から何くれとなく世話を焼いてきたが、こいつがこんなポテンシャルを秘めていたとは初めて知ったぞ。
――ってくらい痛い!
なにこれ痛い! 痛い痛い痛い。それはもう痛い。予想外に痛い!
傷にしみる、どころではない。
痛すぎて思わず笑いが出る。つまり笑わなければ精神の均衡が保てないということだ。
え、なにこれ。たかがちっぽけな靴擦れに巻き起こせる痛みではないぞ。
ああ、この痛みは標準語では表現できない。
関西弁で言おう。
きゅーんってしみる。きゅーんってくる。
きゅーんきてキャーンゆうたわ!
いやー、びっくりした。メチャクチャしみることで有名な、今も子供たちへのトラウマを量産し続けているオキシドールより痛かった気がする。
甘く見てたぜ液体絆創膏。
――と、ここまで書けば、誰か一人くらいは好奇心に負けて、自分でも試す人が現れるのではないかと期待する。
さあ友よ、いざ進め!
分かち合おう、予想外の痛みを!
叫べ、キャーン!
追記:最初の痛みさえ我慢すれば、あとは完璧に傷を保護してくれるし、心なしか治りも早い気がする。便利。