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47 味覚的転機――否、もはや回心

 筆者の嗜好の一つに、「嫌いな食べ物を敢えて食う」というものがある。

 念のために断っておくが、別に嫌なことをされて喜ぶ変態性癖を持っているわけではない。ちゃんとした理由がある。



 筆者には小~中学生時代にかけて、頻繁に家に遊びに行っていた友人がいた。そこのご両親もずいぶん布瑠部を可愛がってくれて、夕飯をいただくのもしょっちゅうだった。


 ちなみに少し話はそれるが……あれは中学生の頃だったか。

 あるときオヤジさんに突然「布瑠部くん、酒は好きか?」と訊かれ、思わず「好きです」と正直に答えてしまって焦っていると、「これ、貰いもんやねんけど、ウチはみんな下戸やから、やるわ。でも一人で全部飲んだらあかんで」と、ブランデーのXOをいただいてしまったこともある。

 ツッコミドコロ満載なあたりも、素晴らしい。



 話を戻そう。

 さっき、しょっちゅう夕飯をいただいていた、と書いた。おばさんは大手ファミレスの厨房に勤めている人で、それはもう毎回美味しくいただいていた。


 しかし問題が一つだけあった。

 筆者は嫌いな食べ物が異様に多かったのである。当時は世の中の食材の半分以上は嫌いだったと思う。


 当然、食事ごとにいくつかは嫌いなモノが混じっていて、さりとて嫌いだとも言えず、ましてや残すなどとんでもない。

 ゆえにそーゆーモノは一気に掻き込んで、みそ汁やお茶で飲み下すのが常だった、のだが……。


 あるとき、オムライスが出てきた。ケチャップで筆者の名前が書かれていて、ハートマークまでついていた。

 筆者は内心でとても喜んだ。


 いや別に人妻好きだったわけではない。

 いつもは小鉢だサラダだと盛りだくさんで、品数が多ければ嫌いなモノに当たる確率も上がるわけだが、そのときはオムライスとスープだけだったからである。


 しかしここに大きな落とし穴があった。

 安心してスプーンを差し込むと、玉子の下のケチャップライス、いやチキンライスか。そこからイヤな色が見えたのだ。


 鮮やかな、緑。

 ピーマンだ。なんとこのオムライスには、ピーマンが入っている!

 ピーマン。今の子どもたちにもぶっちぎりで嫌われている、キング・オブ・嫌われ野菜である。大人味。


 筆者の目の前が真っ暗になった。

 このピーマンはみじん切りにされ、チキンライス全域にまんべんなく配備されている。これではいつものように、嫌いなモノだけを一気に掻き込むことなど不可能ではないか。


 しかし残すわけにはいかぬ。イヤな顔をするわけにはいかぬ。

 筆者は覚悟を決めて、地雷原を逝く、もとい往くがごとく死の突撃を敢行した。


 そして訪れる奇跡の転機。事件と言ってもいいだろう。

 ウマイ。旨いのだ。

 これはグルメエッセイではないので細かい描写は避けるが、そこには組み合わせの妙があった。


 他の味で分からなくなっているのではない。たとえ細かく刻まれようとも、ピーマンはしっかりと自己主張をしている。だがそれがいい。もはやヤツの存在なくしてこの料理は成立しない、そんな美味しさだった。


 この事件をきっかけに、筆者はピーマン嫌いを克服した。

 そして「嫌いな食べ物でも一口は食べてみる」という行動パターンを持つに至るのである。

 自らの好き嫌いの多さにはとても不便を感じていたし、なにより、価値観が引っくり返される、その感動を欲したのだ。


 こうして筆者は、少しずつ嫌いな食べ物を克服していった。

 やはり初めて見る組み合わせや調理法で作られたものほど回心を与えてくれるケースが多く、もう少し歳をとって外の店で大っぴらに酒を飲むようになると、その機会はさらに増えた。


 特に酒の威力は絶大で、昔嫌いだったモノが大好物になったりもした。いやー、日本酒でつつく湯豆腐の旨いのなんの。

 あと「辛くしてしまえば、たいていのものは食える」ことにも気付いて、大の辛いもの好きにもなってしまった。


 さてそんなわけで、成人して数年経った頃には、ほとんどの嫌いな食べ物を克服していたのだが、その一方で「どうしても食えない」モノの存在も浮き彫りになっていった。


 筆者がどうしても食べられなかったもの、それはシソ(大葉)と納豆である。

 何度挑んでもどれだけ努力しても、ことごとくあっさりと返り討ちにあう、筆者にとってそれは悪夢の食材であった。


(ふんわりと続く)

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