35 さよならリンドバーグ(前編)
竹ひご製ゴム動力プロペラ機。
それは幼き日の筆者が、ついに飛ばすことが叶わなかった因縁の機体である。
その軽量さゆえに、かなり大雑把に作ってもそれなりに飛んでしまう切り抜き張り合わせ式紙飛行機とは違い、きちんと作らなければ全く飛んでくれないのだ、こいつは。
かくて男は、一度は失った夢を取り戻すべく、贖罪にも似た心持ちで製作を開始する。
熱湯に浸した竹ひごを丁寧に曲げて主翼の外枠を作り、骨組みを取り付け、張り付ける紙はピンと張って弛みなく、接着剤は軽量さと剛性を両立させるべく必要十分にして最小限に留める。
二~三日乾かしてから、プロペラとその動力となるゴム、針金の着陸装置を取り付けて、全工程を終了。
「出来た……っ!」
完成したそれは、海より生まれし女神のような優美さをその身にまとった繊細な佇まいを見せながらも、それでいて中天に鎮座する大君のごとき風格をも備えた、正に神の造形と呼ぶに相応し……って、この辺の描写はいらない?
とにかくそんなコトを言い出したくなるくらいの静かな胸の高鳴りと共に休日を待って、いよいよ件の友人との試験飛行である。
まずは滑空実験。
やや動きが重いものの、少なくとも墜落はしない。空中での姿勢制御も悪くない。
順調だ。これなら、ついにこいつが飛ぶところを拝めるのかも知れない、と期待を込めてゴムを巻いてゆく。
風を読んで……腕の力だけで押し出す様に投擲!
「おおっ、飛んだ! よっしゃああっ!」
感動。感動である。
翼よ! あれが巴里の灯だッ!
――が、しかし。
いくら強力なゴムとはいえ、所詮はゴムを捻って巻いただけの動力。
あっという間に必要な推力を下回り、力なく着陸してしまう。
飛行時間は、圧倒的に張り合わせ紙飛行機の方が上。
しかも着陸後もプロペラが余力でぷるぷる回っているあたりが、何とも情けない。
なんとかもっと滞空時間を延ばせないものか。
さらなる軽量化、アスペクト比(大雑把にいうと主翼の長さ)の増大などの改造案を思案していると、ふと思いついた。
「じゃあ、電気モーターを付けたらいーんじゃないか?」
自分で言うのもなんだが、ゴム動力プロペラ機のアイデンティティーを真っ向否定である。
しかし要は出力重量比を一定以上に維持すれば、ずっと飛び続けることが出来るわけで、これが一番手っ取り早いように思えた。
この時点で若干暴走気味の筆者だが、まあいつものことであった。




