32 コーヒーをブラックで
筆者はコーヒーが好きだ。
長々と熱く語れるほどではないが、豆を買ってきて自らミルで挽く程度には好きである。
ちなみにブラック党で、一番のお気に入りはエスプレッソ。
エスプレッソは良い。
チビリチビリと口にして、その豊かな香りと苦味を楽しんでもよいし、一息で飲んでも良い。
……が、実は自分の飲み方が間違っていた、ということを最近知った。
本家イタリア式エスプレッソ作法は、以下の通り。
1 砂糖をどばーっと入れる
2 軽くかき混ぜ、一気に飲む
3 底に残った砂糖をスプーンですくって食べる
なんてこったい。初手から間違っていたぜ!
好みには反するが、やはり一度くらいは本場の飲み方を試してみなければなるまい。
……と言いつつ、いざ目の前に置かれると、やっぱりブラックで飲んでしまう筆者であった。
さて。それで思い出したことがある。
以前ここで、若い頃に宣伝/実演販売をやっていたと書いたが、ある時、定年間近の大先輩であるサトウさん(仮)と喫茶店に行ったときのこと。
コーヒーをブラックで飲む筆者を見て、サトウさんが言った。
「布瑠部君、ほんまのコーヒー好きは砂糖をちょっと入れるねんで。そうする事によってコクが増すわけやな。でもコーヒーフレッシュとかミルクはあかん。フレッシュなんかお前、油の塊やで。ミルクにしてもせっかくの風味を殺してまうからな、なんもええことあらへん」
筆者は深く感心し、「なるほど、勉強になります」と答えた。
またある日、こちらも大先輩であるウシゴメさん(仮)と喫茶店に行ったときのこと。
コーヒーをブラックで飲む筆者を見て、ウシゴメさんが言った。
「布瑠部君、この仕事してると一日に何杯もコーヒーを飲むやろ。せやからフレッシュとかミルクは入れた方がええで。それで胃が荒れるのを防ぐんや。でも砂糖はあかん。あんなもん血糖値は上がるわ味の邪魔はするわで、なんもええことあらへん」
筆者は深く感心し、「なるほど、勉強になります」と答えた。
──そして後日、筆者は一人で喫茶店に行って、
「あの二人って、お互いのことを〈エセコーヒー通のなんちゃって野郎〉とか思ってるんやろうなあ、きっと」
などと考えつつ、モーニングサービスで出てきたレギュラーコーヒーを、やっぱりブラックで飲んでしまうのであった。




