29 あのひとは、いま──(後編)
今回は徐々子にまつわるエピソード紹介です。
ちょっと長め!
※ その一『星に還る』
徐々子と知り合って間もない頃、皆で雑談をしていたときのこと。
幼少期を九州の島で過ごしたという奴が、「一度くらい戻りたいなあ」とこぼしたのを受けて、徐々子が妙に深刻そうに「あたしも。そろそろ帰ろうかな」と言った。
徐々子がよく宇宙語がどーのと言っているらしいと聞いていた筆者が、「ふーん、星に還るんや?」と冗談をとばしてみたら、徐々子は。
「どうして分かったの?」
真顔だった。
周りの奴らが凍りつき──否、空間ごと凝固した。
どうやらみんな、徐々子のこのテの話を持て余していたらしい。
なんて勿体ない。
食いつかんでどーする。
筆者も真顔で応じた。
「いや、なんとなく。で、どこの星?」
「どこだと思う?」
徐々子の瞳が挑戦的な光を帯びる。
筆者はもちろん即答した。
「シリウスとか?」
「すごい、当たり! あたしの魂はシリウスで生まれたの。どうしてわかった?」
だって“お約束”やん、それ──などと不粋なことは言わない。
ちなみに始めに硬直した連中のことは、既に完全に置き去りである。
感心した徐々子は少し興奮気味にこう言った。
「キミ、只者じゃないと思ってたけど、たぶん凄い力を持ってるよ。今度うちの先生に会ってみない?」
能力者認定のうえ、スカウトされました。
これが筆者と徐々子の「真の出逢い」であった。
※ その二『となりの秘密結社』
以下はすっかり馴染んだ頃の徐々子と筆者の「日常会話」である。
あるとき、徐々子がいかにも疲れたという態で溜め息をついていた。
「はあーあああ」
「どうした、えらいお疲れやね」
「うん、今日は奴ら、五人も生霊とばしてきたから退治に疲れた」
徐々子は生霊と言っているが、話を聞くに、まるっきり荒木飛呂彦御大のアレである。オラオラ言うやつ。
そーいえば承太郎も初めは悪霊と呼んでいたっけか。
「ふーん。で、そのいつも言ってる〈奴ら〉って何か、聞いていい?」
「メーソン」
「め、メーソン! メーソンてフリーメーソン?」
出た! “お約束”フリーメーソン!
さてフリーメーソンをご存知ない方のために、少しだけ説明しよう。
世には「陰謀論本」とゆーモノが多数出版されており、それによるとフリーメーソンとは、世界の政治や金融を裏から支配し、ありとあらゆる悪行の限りを尽くしている秘密結社、ということにされている団体である。
消費税率アップもリア充が爆発しないのも昨日あなたが十円を落としたのも、ぜーんぶフリーメーソンの陰謀なのだッ!
なお似たようなキーワードに「ユダヤ」「ロックフェラー」などがあるが……まーどーでもよろしい。
「そーかフリーメーソンか。やっぱり何か悪いことしよんの?」
「悪いよ! 政府なんか三分の二くらいメーソンだよ」
憲法改正できる数ですよ、それ。
「だからあたしたちが退治しなくちゃいけないの」
何がだからなのか、よく分からない。
「奴らはロクなことしないよ。例えば──言いにくいんだけど、君の友達にもいて、そいつに呪われてるよ」
衝撃!
おれのとなりにメーソンが?
キサマ、メーソンだなッ!
「わははは、そーなの? うわあ、捜し出したいっ! 話聞きてえ」
──大体いつもこんな会話をしてました。
とまあ、こんな愉快なヤツだったのだが、この時、西暦一九九九年。
そう、世界が滅ぶ予定だった年である。
人類滅亡の危機に際し、徐々子はどうしたか?
彼女は、アンゴルモアの大王を待たずして、日本が和歌山県の一部を残して沈没すると言い──
和歌山の山奥に疎開してしまいました。
所属団体のみんなで自給自足生活をするらしい。
そして「マジで行くの?」と別れを惜しむ筆者に、彼女は「ホントにうちの先生に会ってみない?」と何度目かの勧誘のあと、ふと寂しげに微笑み、こう言った。
「いいの。どうせあたし、ちょっとおかしいから」
それ自分で言っちゃいけないやつだろ!
などと今さら突っ込めるはずもなく、これが筆者と徐々子の今生の別れとなったのである。
あれから十五年。
徐々子、今ごろどうしてるのかなあ……。
やっぱイモでも掘ってんのかな。




