24 お前もな
わりとローカルな電車で出掛けたときのこと。
思ったより帰りが遅くなってしまい、なんとか乗った電車は終電間際だった。
四両だか六両編成の車内は、一両につき三~四人ぐらいしか人がおらず、閑散としている。
これは気楽で良いと喜んだ筆者は、広々とした座席に陣取って、江戸川乱歩を開いた。
乱歩文学には恐るべき吸引力がある。
理性と狂気が交錯する、怪奇にして幻想的な世界は、時として生理的な嫌悪感を催させながらも、あっという間に読む者の意思を蜘蛛の糸のように絡めとってしまう。
どれほどの時間が経ったか、大乱歩の世界に耽溺していると、ふと煙の匂いが鼻をついた。
顔を上げて見渡せば、一目で酔っ払いと判るおっさんがタバコを吸っていた。もちろん車内は禁煙である。
眉をひそめた筆者だが、正直なところ注意するのも面倒なので再び文庫本に目を落とそうとしたところ──
「おい。何やっとんねん」
おっさんの真向かいに座っていた、これも一目で酔っ払いと判る、ガラの悪い兄ちゃんが声をかけた。
「ここは禁煙やろが。臭いんじゃ。おい!」
おっさんは聞こえないフリ、とゆーか無視した。
当然のように兄ちゃんがキレた。
「なに無視しとんじゃコラァ! こんなとこでタバコ吸うな言うとんねん、常識考えろやボケェッ!」
ふらつきながらおっさんに詰め寄る。
おっさん逃げる。かなり情けない。
兄ちゃんはなおも追いかけるが、おっさんが隣の車両に逃げ込んだところで、追跡を止めた。
「ど阿呆がっ。常識ないんか」
ちらりと筆者を気にしながら、兄ちゃんは元の席へどっかと座り、最前からずっと手にしていた缶チューハイをグビリとあおった。
筆者は乱歩ワールドから追い出された。




