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09話「シログ川の戦い」

 夜明けの清々しい空気などとは無縁に、メラシジン皇太子は憤激にかられていた。臣下に醜態を見せるわけにはいかず、強く拳を握る程度の鬱憤晴らししかできない。高級奴隷に担がせた輿の乗り心地は良いものであるが、不満の捌け口になりそうな物が一つも手元にない。筆と花押印と紙と板、筆記に使うので壊すわけにいかない。望遠鏡、触れば圧し折ってしまいそうだ。短刀、握れば自分の足に刺してしまいそうだ。肘掛、よしこれを抓くろう。

 八つ当たりで臣下を怒鳴りつけて鞭打って縊り殺し、大酒飲んで麻薬を吸って妾を殴りながら抱けたらどれだけ楽か分からない。下劣な親戚の無能共が平気でそんな醜態を悪びれもせずに曝け出せていることへ、羨ましいという感情すら沸いてきそうだ。そんな痴態は有り得ないが。

 帝国北部の高原のカルマイ族に反乱の兆候が見られるせいで、自分の発言力が明らかに低下している。種族問わずに能力ある者を重用しているだけなのだが、その点に理解が無い愚か者がそこかしこにいる。何者でも征服し、何者でも受け入れるのが我等アルーマンではないのか? 多様性こそが最大の美点であったはずだ。無用な種族主義は不要だというのに。

 それのせいか能が足りないのか、海軍が命令を拒否した。先のザルハル海海戦で海軍はマンゼア帝国のザルハル海艦隊を撃破。海軍は船舶の修復と船員の休養を名目に意気揚々と引き上げた。損害を受けたのは分かっているから、哨戒艦くらいは派遣して警戒活動は続けろ、と言っても無視。下らない言い訳としては、ザルハル海艦隊は撃滅され、メルハティナ海峡を通り抜けてくるかもしれない西大洋艦隊に備えていた、だそうだ。わざわざ苦労して親戚連中を黙らせて派遣した艦隊を田舎の港で腐らせるのが仕事なのか? あの無駄飯喰らい共は。処罰は現在保留中。

 マンゼア帝国は大西海側から陸路で船を運び入れるという力技でザルハル海艦隊を再編成した。それにはザルハル海艦隊には無かった揚陸艇が含まれている。こんな大掛かりな行動を報告しなかった密偵連中の処罰も保留中。既に捕縛されているかもしれないが、同じ事だ。

 ハンダラット国沿岸部において大規模な部隊が着上陸できる地点は三つ。

 一つ目はシログ川東部支流河口。こちらの勢力圏内真っ只中で、上陸したとしても東西から挟み撃ちに出来る。

 二つ目はシログ川西部支流河口。シログ川本流河口のハルギーブ市に程近く、簡単だが沿岸要塞が築かれている。

 三つ目はハルハフハンド城以西の砂漠地帯の砂浜。遊牧民が少しいる程度で道が無いに等しい。

 マンゼア帝国は二つ目のシログ川西部支流河口を選択した。沿岸要塞はまず空爆を受けて抵抗力を大きく損ない、そこへ空挺部隊が内陸部へ降下した。そして後方より攻撃を受けて守備隊が混乱している隙を狙って海兵隊が上陸、瞬く間に陥落。その後はシログ川の西側支流沿いに急いで防衛線を展開中。十分な物資があるかどうかは疑わしい。

 マンゼア帝国の西大洋艦隊を通す通さないでルファーラン共和国が紛糾している内にこの尖兵達を撃破する。敵が本格的に制海権を確保し、安定してハンダラット国へ兵力を送り込める状況になる前に戦況を決定する。

 しかしこの状況、悔やんでも仕方が無いが悔しいものは悔しい。敵より味方が憎たらしい。人的資源こそ豊富だが、やはり我が帝国には忠誠心ある軍人と、そして何より機械化された兵器が足りていない。なけなしの航空部隊は撃退された。技術者と工場が圧倒的に足りていないからだ。国土面積こそ広いが、兵器を維持管理できる能力が足りていない。異世界から流れ着いた兵器こそ大量に保有しているが、それを維持管理できる者が少ないのだ。維持管理が出来なければ運用が出来ない。大勢力と呼べる諸外国の殆どは既に自力で兵器を生産して需要量を満たすことが出来ている。故障しても代えの部品が生産できている。まともに出来ていないのは我が帝国ぐらいだ。

 この世界の初期段階でこそアルーマン帝国は圧勝してきたが、どうにかして現状を改善せねば未来はない。その状況を変えようとしているが、如何せん身内に豪族の足の引っ張り合いがそれを阻む。悩み事は最低でも一つにしておきたいが。

 この怒りと不満を表に出さないよう、丁寧に命令文書を書く。そして皇太子が書いたという証明に花押印を押す。輿の傍に随行する、駿馬に乗った各伝令に手渡す。

 一つ目は、一番反応が早い皇帝の奴隷騎兵隊へ。

“シログ川西部支流河口より敵が進出する場合はそれを阻止。敗走する守備部隊を督戦。ハルギーブ軍を差し向けるので先導しろ”

 二つ目は、指揮系統の問題から余剰になった属領軍や傭兵などを加えた、弱体で消耗品扱いにしかできないハルギーブ軍へ。

”シログ川西部支流河口より敵が進出する場合はそれを阻止。皇帝陛下の奴隷騎兵隊が先発隊として現地に向かっているので彼等の指示に従え”

 三つ目は、ハンダラット国南に位置する属領のギラン、イディマ、ジッティン各公国から供出させた親衛隊へ。

”シログ川本流と西部支流の分岐点にある鉄橋を死守”

 四つ目は、何時でも使えるように義勇軍と傭兵の中から腕の立つ騎兵を選出して編成させておいた騎兵隊へ。

”シログ川本流と西部支流の分岐点より南に位置する橋を渡り、北上してシログ川西部支流中流域に位置する敵部隊の後背を攻めろ”

 五つ目は、シログ川以東に分散待機している西部地方軍本隊へ。

”シログ川西岸を優先し、川の両岸に部隊を展開。シログ川西部支流河口の皇帝陛下の奴隷騎兵隊、当方近衛隊、シログ川本流と西部支流の分岐点の属領軍へ向け、一軍団ずつ一人の将軍に引き入らせて応援として派遣。前線より浸透してくる敵部隊があれば全力で撃破”

 性能の良い無線機さえあればこんな面倒なことをしなくてもいいのだ。こんなところでも我が帝国の稚拙さが表に出てくる。性能の低い無線機で幾度か伝言を繰り返させて命令を伝えることは可能だが、権威ある者の声を直接聞かさなければほとんど動こうとすらしない者ばかりだ。また中継点が増えるほどに機密を知る者が増え、漏洩の危険性が上がる。謀略を働かせて偽命令を下す機会も同様に増える。

 全てが上手くいかない。肘掛を抓る。

 伝令と携帯無線機相手に格闘し汗を流す、騎乗した近衛隊先任士官が輿の横にやってくる。気付かれないように深呼吸し、手が見っともなく動かないように組み合わせる。

「近衛隊並びに亡命ザルグラド軍、戦闘準備未だ完了しておりません。シログ川西部支流中流域に待機していた敵部隊ですが、橋と舟艇の両方を使って急速に渡河を開始しています」

「焦った行動はするな。即応可能な狙撃隊、騎馬砲兵隊を前面に出して攻撃準備射撃。他は確実に戦闘準備を完了させろ」

「御意」

 近衛隊先任士官は馬の腹を蹴って走り去る。

 望遠鏡を手に持ち、近衛隊の様子を眺める。性急に出撃させた判断が間違っているかどうかはまだ分からない。戦闘に使う物だけを持てるだけ急ぎで持たせ、そのままシログ川本流を渡ってきた。制服にすらまだ着替えていない歩兵がいる。自分の所属部隊が見つからずに右往左往する騎兵がいる。組み立てが必要な火砲の部品を取り合う砲兵がいる。何を積んできたか分からないのか、往来の真ん中で荷物を広げる輜重兵がいる。パっと見ただけでこの有様だ。その混沌としている中を、整然とした狙撃隊と騎馬砲兵隊が隊列を組んで前進していく。常に即応体勢を取らせてある狙撃隊と騎馬砲兵隊がいて良かった。

 髭を撫でながら次の報告が入るのを待つ。盤上の駒のように、簡単に瞬時に部隊が動かせたらどれだけ楽かと考える。どれだけ技術力、組織力が発展しようとも無理な話ではあるが。


 リーレス=ザルンゲレンは甲冑に身を固めた馬に乗り、黄金の穂が実る麦畑の農道を進む。それぞれの家紋が刺繍された外套を着たイフェストポリの騎士達も、同じく甲冑に身を固めた馬に乗って続く。そのまた後ろには多少の飾りがついた程度の馬に乗った傭兵や他国の義勇軍達。

 イフェストポリ義勇軍の、馬を持ってない兵士達はハルギーブ軍の指揮下に一時置かれている。ティムールがついているが、目の届かない所にいて心配だ。死ぬような戦い方はしない、と言ってくれてはいるが。

 黄金の穂と言えば黄金の髭のメラシジン皇太子。彼に義勇軍と傭兵で編成された騎兵隊の指揮を任された。期待に応えねばとも思い、これは上手いこと利用されているとも思う。

 農民の朝は早い。早朝から牛車で家畜を運ぶ農民に出会う。挨拶をされ、兜の面甲を開け、手を上げ、胸に手を当てて頭をやや下げながら笑顔で返事。お互い言葉は通じないが、これはあまり関係ない。

 農道をそのまま進んでいくと、日干し煉瓦の小屋の集落に到着。土で薄汚れているが、生気がある。

 集落の住民からは激励の声が聞こえてくる。マンゼア帝国軍は侵略者、我々は防衛者なのだ。井戸で水を汲んでいる女達が手を振る。子供と犬が走り寄ってくる。小銃を持った若者が、空へ向けて発砲しながら威勢の良い声を上げる。アルーマン帝国、ハンダラット国のためにというより、彼等のために戦うと考えた方がやる気が出てくる。

 そしてその中、軍服を着た軽装の騎兵が一騎、道を遮る。彼は胸に手を当てながらこちらに向かって頭を一度下げる。同じ仕草で返す。

「リーレス=ザルンゲレン殿とお見受けするが、相違ないか?」

「相違ない。彼方はどちらからの使いか?」

「ギラン公国の伝令である。現在、シログ川本流と支流の分岐点において戦闘を行う我等であるが、戦況は極めて悪く、戦線を持ち応えることは遠からず不可能になる。我が軍司令官が貴公に支援を求めておられる。私の後に続き、戦闘に加わって頂きたい」

「それは出来ない」

 そんなことしたらメラシジン皇太子に殺される、と言いそうになるのを堪える。そのまま伝令の横を通り過ぎようとし、喉元に刀を突きつけられるが、無視して進む。

 馬を下りた伝令が進路を塞ぎ、膝を突いて地面に額を擦りつける。

「無理だ」

 顔を上げた伝令は短刀で首を掻っ捌く。地図を懐から取り出し、こちらに突き出す。首から血を噴出させながら声にならない声で喋る。

「進むぞ」

 後続の者に手を前後に振り、続けと合図。出血多量で伝令は仰け反って倒れる。

 今の出来事で活気のある声が薄れていく中、集落を出て進む。振り返らない、罪悪感は無い。しかし朝日が妙に目に刺さる。

 道を先導する軽装の斥候が戻ってくる。

「ザルンゲレン卿、この先を道なりに真っ直ぐ進んでください。そして赤い花が咲いている遺跡でお待ちください」

 方位磁石と地図を頼りに先導してくれる彼あっての進軍だ。

「ご苦労。分かった」

 斥候は一礼して馬の腹を蹴り、駆け去る。

 進んで行くと道が細くなり始め、馬の膝くらいの高さがある赤い花畑に進入する。

 白茶けた石造りの列柱跡が道の脇に並ぶ。同じような造りの石畳を踏んで進む。ハンダラットの神とは違う姿の像が朽ちて横たわっている。石畳の隙間からも赤い花が咲く。

 ハンダラット文明以外の遺跡、どこからか飛ばされてきたのか。この赤い花、ハルギーブ市でもここまでの道中でも見かけていない。

 遺跡で待機していた斥候は進行方向を指差し「前方の針葉樹林を抜けた所で、西から移動してくる敵部隊の車列を視認しました。車列は、四輪装甲車、トラック、高機動車、自動二輪車で編成されています。全員乗り物に乗っており、徒歩の者はいません。進行方向はシログ川西部支流中流域か、支流と本流の分岐点のどちらかです」

 歩みは止めない。斥候が横に来て並んで歩く。

「どちらかに限定できないか?」

「敵車列が向かっている先でどちらに行くか道が分かれているんです。そこまで行ってもらわないとどうにも判断しかねます」

 支流と本流の分岐点に向かっているのなら無視するべきだ。いや増援を見逃せば皇太子の計画が狂うから……駄目だ、やり過ごすのが得策だ。しかし敵部隊の車列の通過をのんびり待てるほど時間があるのか? その敵の向かう先がこちらと同じならば無視はできない。

 アウリュディアに目配せ。馬ほどの大きさの犬に乗る彼女が横に並ぶ。

「敵の車両部隊を、こちらに被害をほとんど出さずに、しかも迅速に撃破したいんだが、その不可能を可能にしてくれるか?」

「こちらの襲撃にも気付かないくらいの混乱をくれてやることが出来る」

 歩みを止め、各部隊の長を呼び集める。そして騎乗したまま円を作って話を始める。

 まずは針葉樹林内で待ち伏せをする。そしてアウリュディアの魔法で敵を混乱に落としいれる。その魔法の具体的な内容はこうだ。

「蝗の大群で混乱を誘う。その蝗は肉食で、一匹あたり小匙半分程度の肉しか食えないし、食う以上に噛まない。手で叩けばつぶれて死ぬ。派手だけど思った以上に相手を殺せはしない。ただ想像してみろ。爪でつまむ程度の肉を食い千切っていく何万もの羽虫の大群が殺到してくる様を」

 その魔法の後、角笛の合図でもって側面攻撃を仕掛ける。もう一度鳴らしたら射撃を加える事。その混乱がどの程度に及ぶか分からないためだ。完全に敵が無力化された場合は無駄弾を撃つことになる。敵が逃亡した場合は追撃しない。これは本来の任務ではないのだ。全ては可能な限り短時間で行う。

 アウリュディアがその説明の最中、手から一匹の大きい蝗を呼び出して放つ。訝しげな目でこちらを見る、ある傭兵部隊長の一人の顔の前でしばらく飛行をさせていると、その目つきが変わった。

 全員の合意が得られた。

 そうしてから針葉樹林内まで移動。地面は枯葉が落ちており、比較的平坦。馬に優しい。敵の車列が見える位置まで移動し、静かに隊列を組ませる。敵車列の先頭はまだ視界内程度。

 アウリュディアはあぐらをかいて座り、精神集中。大きい犬は何時の間にか姿を消している。

 虫の羽音が聞こえ始める。空気から神経まで震わしてくる。肌がざわつく、甲冑のせいで掻けないが、ムズムズしてくる。その羽音が耳を潰すほどの爆音になりはじめた時、アウリュディアから茶色い蝗の群れが飛び出す。地滑りと錯覚するような規模で扇状に広がって敵の車列を飲み込む。

 混乱して操作を誤って暴走する車両。追突、横転、道から外れて行動不能。賢明そうで賢明じゃない車両はその場で停止。幌付きトラックから飛び降りてのたうち回る歩兵。一部は後続車両にひき殺される。自動二輪車は当然のように転倒。その時の衝撃で死ぬか気絶するかした者は幸運。

 こちらにとって一番恐ろしいのは車の機関銃射手達だが、外へ身を晒す彼等は蝗にとってはただの餌。空へ向かって無意味な連射をするぐらいしかない。

 攻撃の合図、首に紐で吊るした角笛を手に取り、吹く。目標、敵車列。

 小旗付きの十字槍を掲げ、常歩で進み、次に速歩へ増速。並んだ騎兵達も続く。駆歩に増速。射撃の合図の必要は無いな。

 こちらの接近を見計らい、アウリュディアが蝗の群れを引き上げさせる。銃撃の抵抗もないまま車列に近づく。

 道から外れて動きを止める四輪装甲車の運転席から脱出し、肌が虫食い状態になって血塗れで苦しんでいる運転手を馬で踏み潰しながら停止。

 その四輪装甲車の屋根から半身を出し、顔が判別不能になって気絶しているか死んでいるか分からない機関銃射手を槍で刺す。

 開いた運転席側に回り、助手席で俯いている敵兵を槍で刺す。刺されてからこちらに気付く。もう一度刺す。項垂れる。

 後部座席のドアを、槍の穂先の左右に突き出た刃でちょっと苦労してから開けると、車内から銃声。馬から下りて手で開けていたら当たっていた。

 銃声が止むのを待ち、それから後部座席側に回り、外に出ようとした敵兵を刺す。そのまま前のめりに倒れた所でもう一度刺す。奥の席にいた敵兵も刺す。二回刺す。

 各所でも、散発的に敵の銃声は聞こえるが、ほとんど抵抗らしい抵抗もなく殺せている。敵の車列は乱れ、逃げるか停止して殺されるかのどちらか。

 追撃はせずに先を急ぐ必要がある。声をかけて回り、隊列を整えさせる。

 そして先程までと同様、斥候に先導させて目的地を目指す。


 シログ川西部支流より本流寄りの、灌木と雑草がいくらか生え、身を隠すのにうってつけの岩が転がっている丘がある。そこを集合地点としたヴェルンハント連隊の偵察隊は五班に分かれて行動。それぞれ、発電所の破壊、北、南、東部の偵察、集合地点での留守番だ。

 連一とサイは、マンゼア軍が大型の輸送機で落下傘部隊や物資器材、車両に空挺戦車を投下しては去る作業を繰り返す様を眺めながら夜明け前には丘の上に戻り、仮眠を取った。そして朝になって起きて、汗と寝相で崩れたお化粧直しをして、携帯食を食う。食い物というよりは燃料を棒状に固めたような感じだ。粉っぽくて脂臭く、生理食塩水が無かったら吐いていたかもしれない。サイは何処で手に入れたのか、ポケットから生肉を取り出して食っていた。

 ここの見晴らしは良好、遠くには霞んで見える川の本流。残るは最後、北部を偵察している班が戻ったらハルハフハンド城へ帰るのだ。

 馬鹿だから高い所が大好きで、連一とソルは岩の上に登り、伏せた状態で、眼鏡で周囲を見渡す。

 西側に土埃が巻き上がる、高速で通過する機械化部隊。戦車、歩兵戦闘車、八輪、六輪、四輪の装甲車、自走機関砲、自走砲、輸送トラックに高機動車に自動二輪、それにヘリコプター。兵器達の豪華な車列。そこらのちゃちな国とは装備が違う。間違いなくマンゼア帝国軍だ。

「わぁう、おう、凄ぇな」

 その後ろを、川沿いに歩兵を中心にした大部隊が南下中。一万人とはいかないだろうが、それに近いぐらいの数が見える。

「マンゼアの陸軍じゃなくて海兵隊だな」

「海兵か」

「奴等の陸軍はどこでも間抜けに……まあ威圧とか宣伝目的もあるんだが、目立つけど見栄えは良い暗褐色の軍服だ。連中は迷彩服。車列組んで走ってる車両部隊見ろ、半分は水陸両用型だ」

「制海権とったのか? メルハティナ海峡で立ち往生してるんだろ」

「かもしれないし、違うかもな。分からん」

 東側からは行進曲と重なった足音が地鳴りのように響く。見る方角を変えればハンダラット国軍の大行進。趣きがあるじゃないか。

「こっち、おー!」ソルの肩を叩いてこっち見ろと合図、「凄ぇー! 目ん玉ついてて良かった!」

 地面が滑り出したように見える程の大量の歩兵。民族衣装めいた軍装はなかなかおしゃれ。銃剣付きの小銃を持ち、威風堂々と進む姿は消耗品以外の何者でもない。

 火砲を引っ張る馬と砲兵。車両を使わずに馬に火砲を牽かせているのが貧乏臭くて良い雰囲気。数だけは多いのがまた何とも言えない。

 散開して行動する騎兵。小銃に合成弓、対装甲ロケット弾発射筒や携帯型ミサイル発射機も持っている。弓も使うのか?

 全体としては旧世代的な軍隊だが、見渡すかぎりの人、馬、人、火砲に馬車に人。肉の壁で銃弾を防ぎきれそうだ。何万人いるのだろうか? 大作戦争映画でもそうそうお目に掛かれない規模だ。

「ハンダラット軍が主体で、あとは所属がバラバラな部隊だらけだな」

「そうか?」

「単純、服が違う。ハンダラット兵は迷彩柄の服を着ないし、頭に赤い帽子を被る。ハンダラット以外の旗担いでる奴もいるだろ」

「カッコいいねぇ」

 騎兵の一騎がこちらに気付いて手を振る。

「おいソル、手、振ってるの見えるか?」

「あ? ああ。手振ってんのいるな。お、待て待てよ、手旗信号やり始めたぞ」

 騎兵は無手で、大きくゆっくり両腕を広げてから、規則正しい動作で手旗信号を送り始める。カナ字体を表現した日本の手旗信号なら少し早くても分かるし、シェテル語の手旗信号だとゆっくりなら分かる。しかしこれは全く分からない。

「未登録国、傭兵、へ、独断、馬、兵士、より、武運を祈る。だな」

「分かるけど変な内容だな」

「国際手旗信号は簡単なのしか送れないのが欠点でな、気の効いた内容を送ろうとするとそうなる」

「へぇ。位置バレてるじゃねえか」

「だけどやる気なさそうだから、こっちどうこうする気あるのかね?」

 のんびりと観戦に洒落込みたい気分だが、ここは戦場のど真ん中。生暖かい交流なんかしてないで、早いところマンゼア帝国軍側に避難するべきだ。

 早く戻ってこないかと北側を見れば、帰って来きた北部の偵察班が地面に伏せている。何やってるんだ?

「最後、戻ってきたぞ!」

 そして今、立ち上がってマンゼア帝国軍側に手を振った仲間が撃たれたように倒れる。そして爆発、散り散りに吹き飛ぶ。何の冗談だ?

「マンゼア軍に撃たれてる!」

 横に来たノルグが、連一から双眼鏡を引っ手繰って覗き、叫ぶ「マンゼアでもハルハフハンドでもいいからどこか無線を繋げ!」

 無線兵が背負った無線機を下ろして弄り、幾つも周波数を試しては応答を呼びかけ始める。

 彼等は敵と見做されて撃ち殺された。川の向こうにいる者は全て敵だという認識らしい。

 西側には川沿いに展開を始めるマンゼア帝国軍。東側からは地面を揺らして進んでくるハンダラット国の大軍。そしてその間に挟まれた位置には我々偵察部隊。非常にマズい状況だ。前に出ればハンダラットに撃たれる。後ろに出ればマンゼアによく狙った誤射を受ける。

「マンゼア軍との無線、封鎖中のためか繋がりません! 本部とは繋がるが、感度が悪すぎます。通話不能!」

 無線兵は本部へ何度もこちらの位置を喋るが、聞こえているかは確証がもてない。そもそも本部にマンゼア語が分かる奴いるのか? まさかそんなわけはないよな。

 車両兵器の豪華な車列が南の彼方に消え、比較して少ない部隊から更に分けられた部隊が南下を始めた頃、ここに残ったマンゼア帝国軍の火砲が砲撃準備を追え、行進中のハンダラット国軍に砲弾を浴びせ始める。

 ハンダラット歩兵が砲撃で吹き飛び、そして何事もなかったように前進を続ける。遮る物がほとんど無い中を進んでいるのだ、簡単に死ぬ。

 砲声が鳴って、爆発音が鳴って土煙が人をバラバラにしながら噴き上がる。それが何度も繰り返される。

 ハンダラット国軍側も榴弾砲で砲列を組んで砲撃を開始する。砲撃はあまり正確ではなく、何発も川に落ちて水柱を上げる。しかしマンゼア帝国軍の中に飛び込む砲弾もある。マンゼア帝国軍側も土煙と一緒に人が噴き上がり始める。

 マンゼア帝国軍の後方にヘリコプターが飛来し、滞空。しばらくするとマンゼア帝国軍の砲撃が人ではなくハンダラット国の榴弾砲に命中しはじめる。砲撃の誘導か。技術力の差がありありと出ている。

 ハンダラット国の行進曲が段々と近くに聞こえ始める。歩兵の群れは砲撃に数を削られながらも前進を続ける。騎兵達は、温存でもされているのか前進するどころか後退している。

 無線兵はまだ作業を続けている。進展があるように見えない。無線はまだ繋がらないか? 急かせても意味はないので誰も急げと言わないが言いたくなる。でもダメ、焦らせて良い事はない。

 ハンダラット歩兵の損害を無視した川への前進はまだ続く。マンゼア帝国軍が放つ迫撃砲の砲撃も始まり、ハンダラットの歩兵の絨毯には随所に虫食い穴が出来始めているが、まだ進む。

 川縁に到着したあたりで機関銃射撃の連続した射撃音が鳴り始める。川縁に到着したハンダラット歩兵は倒れる。それを踏み越えて別の歩兵へ進んでまた倒れ、その上はまた踏み越えた別の歩兵が倒れる。

 何かの冗談のような光景だが、当然のように行われている。あっという間に地面が死体だらけになるが、それでも進む。

 シログ川西部支流は水深が浅い。農地への灌漑用水に吸い取られているせいで、中流域辺りになれば川幅は広いがヘソぐらいまでの水深しかなくなる。

 川へハンダラット歩兵が入り込んで進む。銃撃を受けて倒れ、川に流される。後続は死体を掻き分けてもまだ進む。マンゼア帝国軍の装甲車に装着された無反動砲が火を噴き、水柱と一緒に人をふっ飛ばしてもまだ進む。

「お前ら、攻撃準備、ハンダラット側!」

 ノルグが叫ぶ。丘の東側、斜面の下を見ればハンダラット国軍の一部がこの丘を目指して歩兵と砲兵を移動させてくる。

 ここからは周囲がよく見える。つまりよく撃てる。よく撃たれもするが、損害を無視して攻撃をしかけるハンダラット国なら強引にやりかねない。いや、既にやっているか。

 吊り紐で担いでいた騎兵小銃を手に持ち、折り畳み銃床を開いて固定。丘の上からその下までは結構距離があるので、伏せてから良く狙う。他の仲間達も同じように、伏せてから騎兵小銃を構えて、良く狙って撃ち始める。無駄弾は使えない。

 一人目、胸を狙って撃つ。肩に当たってそいつは倒れる。足場が悪いせいだ、一発で殺さないと。

 二人目、頭を狙って撃つ。外れる。もう一発、目に命中。そいつは倒れ、泣き叫びながらのたうって転げ落ちる。

 敵歩兵が撃ち返してきているが、大体はこちらに届く手前に着弾する。下からだと狙いはつけ辛いし、銃弾は重力に逆らわずに落ちるから、高所での利点が生きている。

 三人目、頭を狙って撃つ。首に当たり、出血しながら進んでくる。白い民族衣装みたいな軍服が赤に染まって、そして失血で倒れる。

 近くで爆音、土煙を被る。

 ある程度敵兵をひきつけたところで機関銃手が景気よく軽機関銃で連射し、敵兵の一列をなぎ倒す。

 肩から血を流す一人目が立ち上がる。胸を狙って撃つ。胸に当たってそいつは倒れる。

 四人目、頭を狙って撃つ。銃弾がカスって帽子が落ちる。胸を狙って撃つ、胸に当たってそいつは倒れる。

 また近くで爆音、土煙を被る。岩の欠片がパラパラと降りかかる。

 この丘が砲撃されている。マンゼア帝国軍かハンダラット国軍かは分からないが、どっちにしろ平等に殺してくれる。最悪だ。

 岩、自動車くらいの大きさの物をノルグが転がして丘の斜面に落とす。転がり落ち、赤黒く着色されながら敵兵を押し潰していき、敵が頑張って丘の上に押し上げてきた榴弾砲を破壊する。

「いいぞこれ!」

 ノルグが嬉しそうに大声を出す。そして後ろの方から派手に、ガキンと何度も音が鳴り、掛け声が聞こえたと思ったら先ほどのように割れた岩が丘の斜面を転げ落ちる。得意の両手剣で岩を斬り砕き、彼にとっての手頃な大きさにして転げ落とす。原始的だが強力。何度も繰り返される。

 砲撃も繰り返される。こちらを狙っているわけじゃなさそうで、至近距離に砲弾が落ちる事は無いが、その度に土埃を被る。咽る。砲弾が斜面を登る敵兵を捉える。今までこちらの後ろに落ちていた砲弾が、こちらの前に落ちた。つまり挟叉されたので、何時こちらに落ちてきてもおかしくないということだ。前言撤回。

 敵の銃弾が耳元をカスめ、空気を切る嫌な甲高い音がなる。仲間の一人が一発撃たれ、「痛ェ! 糞!」と悪態を吐く。

 丘の上からの優位で一方的な銃撃も終わり、死体で坂道を舗装してきた敵兵の射撃が精確になってくる。上ってくる敵の数に対して、射撃するこちらの銃弾の数が少ないのだ。

 無線兵の無線機からマンゼア語が音声で流れる。意味は分からないが、希望が出てくる。

「無線繋がったぞ、マンゼア語話せる奴いるか!?」

「俺喋れるぞ!」

 ソルが名乗りを上げ、無線機に向かってマンゼア語で状況説明を始める。

 砲撃、爆風を背後に感じる。かなり近い所に落ちたのか音がマトモに聞こえない。

 ヘルメットに破片が刺さり、顔を血塗れにしたソルが叫びながら、千切れた手首がぶら下がったままの半壊した無線機を敵兵に向かってぶん投げる。今の砲撃で破壊されたか。

 斜面を駆け上がる敵兵に何度も発砲。騎兵小銃に敵の銃弾が命中、嫌な音がし、トリガーを引いてもガチャガチャ鳴るだけで反応なし。故障。

 隣にいた仲間が顔から血を噴いて動かなくなる。そいつの騎兵小銃を手に取り、射撃。照準の調整が上手で自分の銃より良く当たる。

 また丘に砲撃、また土埃を被り、今度は頭に何かぶつかる。反射的にそれを見ると腕。

 ダルクハイド族の一人が上半身と片腕だけになって呻き声を上げ、内臓引きずりながら片腕だけで這って、隣の死んだ仲間の位置につき、騎兵小銃を構え直して斜面を上がる敵兵を撃ち始める。根性があるとかいう次元ではない。

 敵砲兵達も上げるべき榴弾砲をことごとく破壊されて激怒しているのか、喚声を上げてこちらを目指してくる。

 撃ち返す敵兵の銃弾がヘルメットをかする。まだ死んでないことに感謝。

 安全ピンを抜いた手榴弾を投げる。斜面を転がり、敵兵の足元で爆発。片足が吹っ飛んで転び、他の敵兵を巻き込んで転げ落ちる。

 砲撃で身体が半分吹っ飛んだダルクハイド族が投げ込まれる。内臓と血が尾を引いて飛び、敵兵に掴みかかりながら喉を噛み千切る。地面を転がるようにして次の敵兵の足を掴み、驚いて暴れる身体をよじ登って喉に噛み付く。お隣もそうだが、化物だ。

 隣の仲間の死体から手榴弾を外して取り、安全ピンを抜いて敵兵の顔目掛けて投げる。顔に当たり、たたらを踏む。そして斜面を転がり落ちる手榴弾が他の敵兵を爆発で吹っ飛ばす。

 もう一つ隣の仲間の死体から手榴弾を外して取り、安全ピンを抜いて少し時間を置き、敵兵の顔目掛けて投げる。顔に当たった直後に爆発、首が吹っ飛ぶ。周囲にいた敵兵も爆風と破片にやられて斜面を転げ落ちる。

「やるな」と、隣の上半身と片腕だけのダルクハイド族に褒められる。

「あんたほどじゃない」

 銃剣を騎兵小銃に装着。遂に斜面を登りきった敵兵が目前に迫り、立ち上がりながら銃剣でそいつの首を刺し、顔面を蹴っ飛ばして転げ落とす。

 敵兵に向かって小銃を構えて射撃、もうトリガーを引いても銃弾は出ない。登ってきた敵兵を銃剣で刺して蹴っ飛ばして転げ落とす。

 手元に転がっている石を敵兵に投げる。一投目、外れる。二投目、頭に当たって敵兵は倒れる。

 投石に対して、侮蔑の笑いと仕草で挑発する奴の頭に安全ピンを抜いた手榴弾をぶつける。足元に落ちた手榴弾爆発、そいつの脚が吹っ飛ぶ。

「死ね糞ッ垂れバーカ!」

 ノルグが岩を砕き、巨大な塊は彼が放り投げる。小さめの欠片は銃弾が切れた仲間が掴んで投げる。そして石礫を掻い潜ってやってきた敵兵には銃剣と蹴りをお見舞いするのだ。銃弾さえあればもっと格好がつくのに。

 銃剣を突き出して乗り込んできた敵兵の手を蹴って小銃を手放させ、胸倉を掴んで引きずり倒す。馬乗りになって、掴んだ石で顔面を殴る。一発目、頬が変色して凹む。鼻を狙って二発目、変色して曲がる。目を狙って三発目、周りも一緒に潰れる。叫ぶ口を狙って四発目、前歯が折れる。

 起き上がって次の敵兵に目をつけると、空気をぶっ叩くローター音が鳴り、斜面を登る敵兵達が砲弾の雨を横一線に浴び、あっという間にバラバラに砕かれて散る。マンゼア帝国軍のヘリコプターが目前を飛び去る。一瞬だが、こちらに向かって親指を立てる操縦士の姿が見えた。

 涙が出てきたかもしれない。

 ソルが叫ぶ「もういい! マンゼア側! 降りろ、全員逃げるぞッ!」

 旋回し、もう一度マンゼア帝国軍のヘリコプターが斜面を登る敵兵に機関砲で砲撃を浴びせる。敵兵は何かに取り憑かれたように丘の斜面を登る。機関砲弾を浴びて仲間がバラバラに砕け散ってもまだ進んでくる。

 何か投げる物は無いかとポケットまさぐり、次ぎにヘルメットに手を掛ける。襟首を掴まれ引っ張られる。喉が圧迫されて変な声が出る。

「ほら行く」

 振り返ればサイ。帽子には穴が空き、額からは血が流れている最中で、野戦服は右肩と左前腕部に穴が開いて血に染まっている。

「おう」

 惚けるの止め、東側の斜面を目指す。気付けしてくれたお礼にサイの尻を触ろうとすると、手首を掴まれて引っ張られる。外れるかと思うくらい痛い。

「ほら走る」

 走る。


 榴弾砲の砲声が響き、朝の涼しさが去り始めたころ、メラシジン皇太子の下に各伝令が到着し始める。

 皇帝の奴隷騎兵隊より。

”攻勢に出た敵軍と戦闘を開始。敗走した守備兵の姿見えず。ハルギーブ軍将兵の絶望的な弱兵振りに嘆息を禁じえず。散開隊形を取って遅滞戦を行う”

 ハルギーブ軍より。

”敵軍と果敢に戦闘を交えるも、皇帝陛下の奴隷騎兵隊は遠巻きに見るのみ。踏み止まって戦うことは不可能、後退戦を行うことを許されよ”

 何が許されよ、だ阿呆め。川の向こうで待ち構えるマンゼア帝国軍に突撃して撃退され、尚且つ押し返されたのだろう。突撃然らずんば逃亡のハンダラットの壷頭将校共め。双方の反対で失敗したが、強引にでも強権を持つ参謀を派遣しておけばよかった。削り屑みたいなハンダラット兵を指揮するなど侮辱だ、とか、我々には我々のやり方がある、など無視すればよかった。自らの失敗だ。

 ハルギーブ軍はともかく奴隷騎兵は何をやっているか? 所詮は信用ならない皇帝に動員させた連中か。着飾り、飯ばかり食うだけでやる気がない。やることと言えば略奪だ。やる気を出した時の強さは認めるのだが、忠誠の向かう先が問題か?

 ギラン公国より三公国を代表して。

”シログ川西部支流と本流の鉄橋を突破せんとす敵部隊は高度に機械化された機動打撃部隊であり、当方の戦力尽き果てるまで戦っても阻止することは不可能。地形を利用して後退中であり、早急に応援を要請する”

 義勇軍及び傭兵騎兵隊より。

”無事にシログ川本流を通過。予定通りに行動中”

 両翼包囲の可能性が出てきた。皇帝の奴隷騎兵隊とハルギーブ軍の劣勢は予測の範疇。三公国の親衛隊は精強で忠実であるのだが、その彼等が死力を尽くしても無理だと言い切るのは予測していなかった。

 書いた文書を伝令に手渡す。西部地方軍本隊宛て。

”属領軍に対して編成の完了した部隊を逐次投入せよ。被害は一切厭うな”

 洗練されていないやり方なのが気に入らないが仕方がない。人海戦術で消耗させる。機械化された部隊は弾薬も燃料も莫大に消費する。機械文明の恩恵をあまり受けていないハンダラットでは、その辺で物資を略奪して補給を済ませるようなやり方ができないのだ。そこを突く、突くというほどでもないか。

 騎乗した近衛隊先任士官が輿の横へやってくる。

「近衛隊並びに亡命ザルグラド軍、戦闘準備完了しました。攻撃準備射撃の被害は認められますが、敵部隊の先発隊は渡河を完了し、残りの主力も着実に渡河を開始しております。橋が一本架かっておりますので、迅速です」

 期待と不安の気分が手に出てくる。組み合わせた手、親指をその中に入れる。親指で中を掻きながら喋る。

「彼我の戦力差は?」

「少なくともこちらは相手の二倍」

 最精鋭のこちら、近衛隊正面に寡兵で攻勢に出る気だ。ちょっと敵を引き付けるだけの心算がやぶ蛇になることを教えてやろう。

「騎兵は即座に攻撃準備射撃へ。狙撃隊と騎馬砲兵は下げろ。入れ替わりに亡命ザルグラド軍とハンダラットの神を突撃させろ。入れ替わりの空白時間帯は砲兵隊に全力射撃をさせろ。歩兵の投入は後背へ迂回させた騎兵隊が到着するまで待て」

「御意」

 近衛隊先任士官は馬の腹を蹴って走り去る。

 貴重で忠誠心の高い近衛隊を悪戯に消耗するわけにはいかない。戦いはここだけで終るわけではないのだ。消耗していいのは亡命ザルグラド軍とハンダラットの神だ。両者はハッキリ言って邪魔だ。

 ザルグラド人は故郷の奪還を夢見て士気こそ高いが、放っておけばそれが後々の障害になる。故郷奪還のため、ザルグラド人の地位確立のためにどんな陰謀を張り巡らしてくるか分からない。正規軍に編入するにはこちら側にも向こう側にも抵抗があるし、かと言って放逐して盗賊化されても困る。ここで死に絶えるのが理想的だ。女子供が残っているが、あれは売り払えばいい。

 ハンダラットの神は三対の目を持つ白い胴太の四足獣。頭部が大きく、肩高は大男五人分ぐらい。形こそデカくて神秘的で、何千何万歳という長命らしいが、国民を人質に取ればなんてことはない。国民との相互信頼は厚く、昔話を聞いても本当に神らしい神だ。こんなものがいたらハンダラット国を属国として操るのに不都合だ。今こそ完全に謙って服従しているが、何時こちらに反抗するか分かったものではない。こいつも死ぬのが理想的だ。伝承では不死身らしいので何とも言えないが。

 望遠鏡を手に持ち、近衛隊の様子を眺める。以前の間抜けにすら見える混乱は収束し、整然と隊列を組んでいる

 騎馬砲兵が持つ榴弾砲の砲声も途絶え、代わりに耳に入ってくるのは行進曲、曲はザルグラドの栄光。まあ、このぐらいは許してやる。

 先頭に並ぶザルグラド大公国の旗を掲げた兵士達が駆け足で前進を開始する。その脇にいるハンダラットの神も地を踏み鳴らして前へ進む。

 散開して騎兵達が駆け出す。狙撃銃や長射程の合成弓で敵兵の数を着実に減らしてくれるだろう。

 大きな砲声が鳴り、驚いた馬が嘶く。砲兵隊の砲撃が始まった。組み立て式の大口径臼砲、これで撃破できない目標は地上にも海上にもない。地下型の要塞くらいだろう。

 次の理想的な展開はこうだ。攻撃準備射撃を受けて弱り、前方から亡命ザルグラド軍とハンダラットの神の突撃、後背から騎兵隊の攻撃を受けて敵中央が壊滅。消耗戦で行動力を失った敵右翼が立ち往生。近衛隊に側面か背後を突かれた敵左翼が敗走。

 最悪な展開。このまま敵中央に近衛隊は釘付けにされ、そして迫る敵左翼と敵右翼に挟み撃ちにされて壊滅。皇太子は敗走、捕虜、戦死。指揮者喪失によって遅かれ早かれ全軍が瓦解。


 負けの空気が無い、勝ちの空気だ。攻撃の合図、首に紐で吊るした角笛を手に取り、胸が痛くなるほど思い切り息を吸い込み、角笛をガッチリ噛んで吹く。目標、シログ川西部支流中流域の敵部隊後背。

 身を焼くような陽光の下、砲撃を受けて損耗した敵が見える。所々地面に穴が穿たれ、周囲には死体や火砲の残骸、折れた木、燃える車両の残骸。熱気に、血に火薬に油の臭いが運ばれてくる。

 リーレス=ザルンゲレンは馬に乗って小銃を持ち、常歩で進み、次に速歩へ増速。並んだ騎兵達も続く。

 こちら側に迫撃砲が撃ち込まれ始める。馬の足を吹っ飛ばされ、落馬する仲間が増えていく。

 遠目に、アルーマンの騎兵が走り回って敵に射撃を加える様子が見える。ザルグラド大公国の旗が何度も倒れては起き上がる様子が見える。

 亡命ザルグラド軍の果敢な突撃により、敵部隊は川の向こうへ射撃を集中せざるを得ない状況だ。有る程度の攻撃はあるが、後背はガラ空きに近い状態。勝利が得られたら彼等のものだ。

 駆歩に増速。射撃の合図、もう一度角笛を吹く。

 小銃を構えながら前進。上下する馬の背と手元。

 慌てる敵、憎きマンゼア兵の群れに向かって騎兵隊は射撃を開始。前後からの挟撃を受け、さぞや恐ろしいだろう。

 ハンダラットの女神、彼女はその巨体でもって敵を跳ね飛ばし、踏みつけ、吹っ飛ばす。砲撃を受けて背から血肉を散らしてもものともしない。川の反対側にいてもよく見える。

 敵の機関銃、小銃により射撃。銃弾が横殴りの風になってやってくる。こちらは隊列を組んで甲冑と肉の壁になって迫る。

 機関銃射撃で手足を千切られ、胸に頭を潰されて人も馬も死んでいく。ささやかだが仕返しの銃撃で敵歩兵は倒れていく。何時もより銃弾が命中している気がする。手元が狙いをつけるのに迷わない。何人に当たったか分からないが、鞍の鞘に小銃を収める。

 爆発とともに一声啼き、血飛沫を上げながら女神が倒れる。

 鞍に固定していた十字槍を手に取り、甲冑に槍の石突を固定して槍先を前に向ける。加速して襲歩。沸騰したように身体が沸き立つ。眼前に迫る敵歩兵、顔がいいザマに怯えている。古傷が残る筋が痙攣する。

 槍先が敵歩兵の胸に刺さり、柄が一瞬たわんで弾き返って形状が元に戻り、更に掻っ捌く。

 体当たり、弾き飛ばして踏み潰す。続く騎兵隊も槍を刺しながら敵に体当たり、防波堤にぶつかった波のように敵歩兵の集団が弾き倒れる。

 甲冑から槍の石突を外し、逆手に持つ。こちらは襲歩の勢いは失ったが、敵は戦意を失った。

 腰砕けになって敵歩兵目掛けて槍を突き下ろす、肩に刺さる。馬を誘導して刺した奴を踏みつけて進む。

 白い大木のような姿に変わった女神は、何百本もあるその触腕を振るって亡命ザルグラド軍を砲撃と銃撃から守っている様子が見える。

 馬を敵砲兵へと駆けさせ、まだ砲撃作業を行おうとしている一人目へ体当たり、倒れたので踏みつけさせる。火砲に砲弾を装填した二人目の背中を槍で刺す。照準を調整する三人目がこちらに気付き、首を刺す。

 馬を亡命ザルグラド軍が突撃している橋の方へ向けて進める。背に矢が刺さったままこちらへ走って、どこへ逃げようとしているのか分からない敵歩兵に近づき、擦れ違い様に背中を刺す。

 馬が突然転ぶ。地面に叩き付けられる。息が詰まる、苦しい。

 鞍を蹴りながら馬の下になった足を引っ張りだす。そして起き上がるときにファルジークが手を貸してくれる。起き上がるとニヤつく。

「俺も馬を撃たれた」

 笑って胸を叩こうとすると、彼は顔から血を噴き出して崩れ落ちる。顔面開放型兜の欠点だ。

 槍を拾って両手で持つ。こちらへ向かって小銃を構えている敵歩兵がいる。奴か? 走り寄る。こちらへ銃口は向けているが、撃たない。弾切れ? 慌てて弾倉を交換しようとしているところを、槍先で銃身を振り払い、返す振りで首を斬る。倒れる。

 胸に衝撃。こちらに向かって銃撃を行う敵歩兵を発見、走り寄る。度胸があるのか、慌てずこちらに狙いを定めて一発一発撃つ。胸、面甲に当たるが、アルム合金の甲冑がそれらを弾く。その敵の小銃の銃身を槍先でカチ上げ、絡めて振って半回転して奪い、そのままもう半回転して十字の槍先、横の刃で右大腿部を刺す。崩れ落ちる前に喉を刺す。

 仲間の騎兵の一部が隊列を組み再度突撃を行い、混乱させた敵部隊の所を目指して進む。

 突撃した騎兵達を横から軽機関銃でもって一気に十人近くを撃ち殺している敵歩兵に近づき、槍を振り下ろす。十字の刃が頭に突き刺さる。

 その脇にいた敵歩兵がこちらに気付く。同じように槍を振り下ろすが、小銃で防がれる。持ち手を変えて横振り、相手の首を柄で押しながら脚を払って転ばせる。小銃を踏み、槍の石突で胸を刺す。

 アルム合金の甲冑を装備している騎兵以外は甚大な被害を受けたが、敵部隊の後背は粗方蹴散らした。

 橋の方へ向かうと、背後の状況がよく分かっていないような敵歩兵を四名見つける。小銃を橋の向こう側へ構える一人目はこちらに振り返る。助走をつけ、槍を突き出してその敵を刺すと後ろに倒れる。

 二人目の小銃を槍で打ち、返す振りで三人目の肩に十字の刃を刺し、返す振りで二人目の首に十字の刃を刺す。四人目が小銃を連射、刃が刺さったままの二人目の首を抉りつつ立ち位置を変える。

 三人目の顔を拳で殴り潰し、槍から手を離し、刀を抜きながら、首から血を噴出させる二人目を担いで盾にし、四人目に体当たり。倒れたところで腹に刀を突き刺して抉りながら抜く。

 砲撃と銃撃でボロボロになった橋を進み、途中で立ち止まる。死体に溢れて血で染まった道を、判別不能な程に血塗れになったザルグラド大公国の旗を掲げて全力疾走する旗手を待つ。その後ろには密集して突撃してくるザルグラド兵。我々が到着するまでに何度その突撃を繰り返したのだろうか?

「待たせたな、ザルグラドの兄弟達よ!」

 刀を鞘に収め、そして旗手と体当たりのような抱擁を交わす。全身に衝撃、一瞬息が止まる。息も絶え絶えに、言葉にならない言葉を出す兵士に答える。

「勝ったぞ、君達の勝利だ!」

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