07話「門の鍵」
親マンゼア派の意見はこうだ。
「これから我々の有益な貿易相手国となる」
「西大洋から長距離を航海してきた海軍がどんな手段に出るか分からない」
「ハンダラット自体は害が無い存在だが、それを属国にするアルーマンは目下の脅威だ。脅威を排除する意味でもマンゼアに組しよう」
親アルーマン派の意見はこうだ。
「アルーマンとは既に陸路と海路で繋がっており、我々の貿易相手国だ。ハンダラットも同様に貿易相手だ。そして貿易黒字の状態が続いている」
「彼等の属領と地続きの、同盟国であるバスタロス国はどうなる? 戦争が始まれば被害を受けるのはまず彼等、次に我々だ」
「マンゼアの南下政策の範囲に我々も入っていると考える。何れこの国もザルグラドのように攻撃される」
由良坂蓮華は考えた。どちらが正しいのか全く分からない。どちらも正しくない?
現在、マンゼア帝国海軍の西大洋艦隊のメルハティナ海峡通過を許可するかしないか、ルファーラン国内で論争が巻き起こっている。ここルファーラン学園でもそれは一番熱い話題である。
学園では各学年別の、学年に合わせた授業と、今回のようなそうではない授業に分かれている。普段はあまり顔も合わせない複数の学年の生徒が大会議場に集まって熱論を交わす。
意見のある者は壇上に上がり、自分が何故マンゼア帝国を支援するか、何故アルーマン帝国やハンダラット国を支援するか、を主張する。そして会場からの質問に答え、野次を受ける。参加するのは生徒だけではなく、教師もいれば学園付属の大学からやってきた者もいる。
ルファーラン学園学園長にして、建国以来この国の国家元首を勤めるシェルンも参加している。その姿は半透明。そして椅子には座らず、空中に座っている。それなりの緊張感はあるものの、会場は国で一番偉い人がいても気楽な感じだ。シェルンは静観するのみ。政治的発言になりかねないからだろうか? テレビを見る限りではそれを気にする性格でもないようだが。
入れ替わり立ち代り熱弁、そうでもない弁を各自がふるう。ここの会場は名の有る楽団が演奏会に使うだけあって声が良く響く。何故出てきたのか? と思わせる、棒読みで間に合わせの台詞を焦ってただ喋って失笑を買う者もいれば、一体何処で調べてきたのかと感心するほど細かな数字、根拠を並べ立てて雄弁をふるう者もいる。中にはワザとどうでもいいような事をさも重大要なことのように喋り、口八丁だけで教師を言い負かす猛者もいる。
そして何故か蓮華の出番となる。突然呼ばれたのだ。何も言えずに引き下がった者もいたからその仲間入りか? と思ったが、言葉に反応して席を立ってしまった。馬鹿か自分。
隣席の友人が「レンちゃん頑張れ」と尻を殴って応援してくれる。頼むから代わって欲しい。
予め壇上に上がると決まっていたわけではないので何も意見は用意していない。何のミス?誰かが勝手に登録したのか?
血圧が上がる、胸が苦しい、足が震える、滑り止め付きの階段でも滑りそう。壇上へ上がる。数千以上の視線が迫る。物理現象すら伴いそうな圧力。泣いたら許してくれるか。
特に目立つような学生生活は今まで営んではこなかった。ただの日本の女学生が何を喋るんだ?
舞台劇ではないので会場全体は天井の照明に照らされて明るい。演台に立つとその照明が倍は明るく見える。腹の前で左手首を右手で掴む。間抜けにマイクへ頭をぶつけないよう、軽くお辞儀。頭を起こす。思うまま喋るより他はない。前口上、保身が先に立つ。
「私はどちらを支援するか、というようなことは考えていませんでした。この世界に来たばかりで政治情勢にはいまいちピンと来ません。長くこの事案を喋るような考えは持ち合わせておりませんので、手短にさせていただきます。どちらが正しいかはわかりません。皆さんのご意見を拝聴し、どちらにも理があると感じました。甲乙つけ難し、と私の国では言います。優劣に差が無く、選ぶのが難しいか出来ないと思いました。今思いつきで喋っているので話に整合性があるか疑わしいですが、今思いつきました」
自分が思っている以上の早口で喋っている気がする。本当に思い付き、パっと閃いたのだ。そのまま口に出す。
「私はマンゼア帝国を支持します。理由は一つ。私の知っている人が、最近出会ったばかりですが、その人がマンゼア帝国と契約する民間軍事企業に勤めております。マンゼア帝国が不利になればなるほどあの人に危険が迫るのです。ですからその一点のみで私はマンゼア帝国支持に回ります」
喋り終えた。よしこれで退場する。
「一ついいかな」
シェルンが挙手する。何で?
「はいどうぞ」
断れるわけもなく肯定。少し会場がざわめく。自分より立派なことを喋る者にも静観を決め込んでいたのに。これで終る心算だったのに。気まぐれにしたって何と余計なことを! 左手首を握る強さが増える。
「もしこの件を国民投票で決めることになるとしてだ。君はマンゼア帝国へ、私情で一票を入れるわけだ」
「その通りです」
「もしその一票のせいでバスタロス国を初め、同盟各国へアルーマン帝国が進撃してきて、何十万人も殺されるのに? そしてその何十倍もの人々が奴隷にされるというのに私情の一票を入れるのか? 君の一票には億万の怨念が宿っているぞ」
何て喋り方をするんだ。嫌がらせか。
「意地悪ですね。はいと答えれば批難され、いいえと答えれば意志薄弱となじられる。答えは、はい、です。そもそも私は私情が悪とは思っておりません。この国が自由意思を尊重するのであれば否定される云われはありませんし」
シェルン、笑う。会場にはつられて笑う者も出てくる。
「私はどうすれば戦争に勝てるか等というのはよくわかりませんが、本当に何十万人も殺された挙句に大多数の人々が奴隷にされるような状態なのですか? この世界がどのような規模で戦争を行うかというのも私には実感が沸きませんが、国防の責務が果たせる状況なのですか? どうなのですか?」
「すまんすまんワザとああ言った。一対一で総力戦になれば何十万人も死ぬのは確実だがな。だがそれは向こうも同じ、こちらから征服戦争を仕掛けるような戦力はないが、仕掛けるのに躊躇せざるを得ない戦力はある」
「分かりました。それともう一つよろしいですか?」
トドメの一撃。
「いいぞ何だ? 楽しみだな」
「そろそろ限界ですので下がらせて頂きます」
二の句は言わせない。早口になってしまうが。
「皆さん、お聞き苦しい点あったとは思いますがこれにて失礼させて頂きます。ご清聴ありがとうございました」
一礼をして、早歩きで壇上を降りる。拍手と、もう一度という声。知るか。やっと終った。もう絶対嫌だこんなの。手首も握った手も痛い。
シェルンがこっちを見てニヤニヤ笑う。半透明のお化けのくせに!