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03話「異世界の同郷人」

 東西南北、この世界の交易の中心地として栄える都市国家ルファーラン共和国。八十田連一は、仲間の助けもあってこの国の言葉はおおよそ覚えた。日本文化の欠片が一つも無いので覚えが速い。発音や文法に癖が無いのも理由の一つ。

 次の仕事に向けた訓練と言語習得の日々は忙しく、あっという間だった。最近の休日の過ごし方は、ダラダラしないように街を散歩すること。短く切った髪は毎回自分で手入れし、髭も綺麗に剃って、服装も恥ずかしくないよう整えてからだ。

 ルファーランはこの世界では大層な都会で、自動車は普及していてアスファルトの道路が道の真ん中を走っており、立体交差点も良く見かける。レンガ舗装の歩道は幅が大きく取られ、街路樹や花壇が良く整備されていてその見た目は美しい。しかし建物はガラス張り、打ちっ放しの鉄筋コンクリートのビルや、木造家屋もあれば煉瓦作りの家もあって統一性が無く、多少ゴミゴミしている感はある。電線は地下にあるので、見上げる空はスッキリしている。裏路地に入れば家の間にロープを張って洗濯物を干しているが。

 多民族という枠を越えた多種族の移民国家らしく、街路を行く人の顔は多様だ。人の顔をしているのが中心で、直立二足歩行の猫、犬、狐を見かけたこともある。魚に至ってはテレビゲームのモンスターにでも遭遇したと思ったほどだ。服装は元の世界にあったものと似ているようで微妙に違うが、やっぱりほとんど同じデザイン。体格は常識範囲内でバラバラ。しかし中には大人の顔をしているのに腰丈の者もいれば、上半身一つ背が高い者もいる。ルファーラン共和国の種族の中で主流を占めているのは現地の、耳が直角三角形のシェテル族の人々だ。ここの言葉もそのままシェテル語という。

 見る物全てが見たことがあるようで、しかし目新しい物ばかりだ。この土地にも慣れないといけない。日本とは気候風土が全然違う。

 そして雑踏の中、見るからに日本の女子高生を見つける。間違いない。ほりの浅い顔と黒い髪という特徴は元より、あの見た目以上に可愛く見え、キチっとしているのにも関わらずエロく見える膝丈スカートの学生服だ。良く見かけた日常風景の一部のようなものだったが、ここだと妙に目立つ。

 日本語で話し掛けてみることにする。通じなかったらそれまで、無視して去る。通じたら? 考えてない。人の流れに沿って歩く。顔を見る、目線が合う、と思ったら合わない。通り過ぎるか? いや折角の機会を逃すものか。足を止める。

「こんにちわ」

 彼女も足を止める。ゆっくりこちらへ顔を上げ、目が合い、頭を下げて「はいこんにちわ」、頭を上げ「なるほど、日本の方ですね」

「言葉通じたな」

「ええ、吃驚してしまいした」

 ハキハキと吃驚の一つもしていないような返事をもらう。

「あそこ、座らないか?」

 歩道の一部にまでテーブルと椅子を並べた喫茶店を指す。白いテーブルクロスが眩しい。

「お誘い頂きありがとうございます」

 ペコりと一礼。随分と礼儀正しい。

 二人用の小さい席は無いので四人用の席に向かい、店員にお茶二つと声を掛けながら、音を立てないように椅子を引いてから座る。彼女も同様に音を立てずに座る。椅子は木製、不快な冷たさがない。

 二人とも座ってから、彼女の方の椅子を引いてやれば良かったと気がつく。習慣が無いといざという時に出来ないものだ。

「ああ、勿論奢るからな」

「いえそんな、手持ちは多少ありますので」

「勝手に俺が頼んだんだ」

「分かりました。ご馳走になります」

 また一礼。良いとこのお嬢さんかな? 別の意味で人種が違う。

「申し遅れました。私、名前を由良坂蓮華と申します。どうぞよろしくお願いします」

「レンゲ? あれあのラーメンの?」

 愛想笑いで返される。

「止めとく」

「恐れ入ります」

 一礼で返される。

「俺の名前は八十田連一。元陸軍で、こっちでは傭兵やってる」

「やはり兵隊さんでしたか。凛々しいお姿なので、そうではないかと思っていました」

「照れるな」

 それとなく褒めるのが上手い。こっちも可愛いとかなんとか言ってみたいが、どうにも難しい。

「学生服着てるんだな」

「ええ、こちらに来てしまった時に着ていましたので。普段着としても礼装としても使えますので重宝しております」

 蓮華は背筋を伸ばして背もたれに背をつけず、手を膝に乗せたまま喋る。何か堅苦しい。

「今は何をしてるんだ?」

「こちらでも学生です。日本と方式は違いますが、充実していますよ」

「そりゃ良かった。どうやってこっち来たか覚えてるか? 俺は肥溜めに入ろうとしたら女風呂でぶん殴られてそのまま傭兵になったんだが」

「それはご苦労をなさっておいでですね。私は級友にさようならと言いながら頭を下げまして、上げたら目の前にこの国の軍警察の方がおりました。そしてそのまま保護されました」

「経過はどうあれどっちも直ぐに保護されたわけだな」

「そのようですね。頼る当てもなく行き倒れてしまう方は非常に多いそうです」

 店員がお茶を二つ運んでくる。礼を言って受け取り、すする。香辛料のような変な風味がするが、間違いなくお茶だ。蓮華は、頂きますと一礼してから口をつける。音は立てない。

「日本の飯が恋しいよな」

「そうですね。市場で探しましたが、似た物はありますがどれも風味が異なりますからね」

「この前味噌汁作ってみたんだよ」

「私もです。あの赤味噌に似た発酵食品使いましたか?」

「うん?」テーブルの縁を指で擦る。「おお、あの野菜売り場にあったヤツだろ?」

「ええ。匂いはそっくりなのに、味が甘いのがまた何とも言えず」

「米がもっちりしたヤツ無いよな。よく売ってる赤い麦みたいなあれで飯炊いたけどよ、違うよな」

「穀物関連も十数種類試して見ましたが、日本のお米の再現は駄目でしたね。食感に甘味、両方の特徴を持った物がありません」

 ここでは日本の普段の食事と言えるものを再現するのが難しい。この国の環境は、食糧もその種類もかなり豊富に出回っていて素晴らしいのだが、その点においては残念でならない。

「そういえば自炊してるのか?」

「自炊と言いますか、下宿先で調理のお手伝いをさせて頂いております」

「下宿か」

「はい。不自由なく生活させて頂いておりますので、感謝してもしきれません」

 この世界に来てから連一の友人になった男の言葉を思い出す。「独り身なら、休暇中は家政婦でも雇ってとことんグータラしてないと体も心ももたないぞ。信用できる奴を探せ。家政婦を派遣してる会社もあるからそれでもいいかもな。俺のところは近所のおばちゃんだ」

 見た感じは清潔、口調は丁寧、雰囲気は真面目で外向的、そして日本人。選択の余地はないと思う。

「小遣いって貰ってるのか?」

「はい。いずれは働いて倍以上にして返したいと思っています」

「そうか偉いな。唐突で悪いが、家政婦をする気はないか?」

「家政婦、ですか?」

「給料は結構良いだけ貰ってるんだ。部屋も広くないし、掃除と洗濯と、あと飯は作れるよな」

「お待ちを。申し訳ありませんが、急に言われましてもお返事致しかねます」

「だよな。当たり前だな」

 切り出すタイミングが悪過ぎる。いや、その前にこんなこと言うのがおかしい。どう考えても変だ。

「でも折角のお誘いでもありますし、これも縁なのでしょうか? 困りましたね。そういった経験もありませんし」

 ルファーラン市内でよく見かける軍警察の、軍服と階級章の派手さから一目で士官と分かる、眼光鋭い女が近寄ってくる。顔と首には大きな古傷、歴戦の証だ。そして迷い無く隣の椅子の背もたれを鷲づかみにして、店員が抗議しにきそうなほど引き摺って座り、足を組む。この喫茶店、相席するほど繁盛していない。

「お疲れ様です」

 蓮華は日本語からシェテル語に切り替え、その女士官に対して一礼。いきなりなんだ? 未成年口説くのはこっちでも犯罪か?

「ああ。ん? どうした続けろ」

 その女士官はテーブルに目を向けたまま、両の手袋を外す。左の薬指が足りない。ハッタリの心算か? 蓮華がこちらへ手を向けながら喋る。

「フローレさん、こちらの方は私と同じ国からやってきたヤトダ=レンイチさんという方です」

「そうか」

 フローレは胸ポケットから出した葉巻を咥えながら答える。蓮華はフローレへ手を向けながら喋る。

「ヤトダさん、こちらの方はフローレ=アルラさんです。私が今現在下宿させて頂いている家の方で、同室させて頂いております」

「どうも」

 会釈すると無視される。まさか保護者同伴で口説けってか? 想定外だ。想定外? 教官の声が聞こえてきそうだ。「想定外だとか甘ったれるな! 空挺なら全てに対応してみせろ。そらやれ、どうした!?」

「どうした?」

 フローレは指先から、この世界ではあまり珍しくない魔法の力で青白い光と火花を散らして葉巻に火を点けて一息吸い、「私は続けろと言ったんだぞ」煙も吐き出す。

 糞っ垂れめ。

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