02話「また戦争」
イフェストポリ伯国の騎士リーレス=ザルンゲレンは、通路にある鏡で自らの顔、装具を確認する。目の前に映っているのは死人ではない、生きているのだ。悲鳴を上げるような相手に殺されかけた。死ぬより悪い。
左顎の付け根に銃剣が刺さり、発砲されて左上顎の奥歯、左頬、左耳の付け根を吹き飛ばされた。その衝撃で失神、捕虜となる。幸いにも腕の良い医者がつき、皮一枚でぶら下がっていた耳も元の位置へ戻った。歯と骨の一部は戻らず、顔は少々変形したが問題はない。左耳は以前に鼓膜を破られて以来悪かったが、それ以上悪化することはなかった。そしてイフェストポリ国籍だったので身代金で戻ってこられた。
最後の突撃、何百人も死んだ。なのに自分はこの程度の軽傷で済んでいる。どこかで埋め合わせをせねば。
気を取りなおし、自慢の髭を確認。刈り揃えた髭の色艶良しの赤が混じる金色。よし。
教訓、兜は面甲付きの物にすること。元の顔面解放型の兜より視界は悪くなるが、それだったから口をやられて最後まで戦えなかったのだ。面甲を下ろし、また上げる。稼動部位に問題なし。この非常に高価なアルム合金製の兜の改造費用は高くついた。しかし戦闘不能による不名誉より高くつくものはない。安いものだ。
同じくアルム合金製の甲冑に鎖帷子、磨き立てで油も塗った。職人が工夫を凝らしているので軽くて動き易い。足底はゴム製で踏ん張りが効き、手の平部分は革製で手先がある程度自由。
日光対策、そして何より甲冑は没個性な支給品なので、着飾るための家紋の刺繍入り外套。甲冑は光って目立ち過ぎるのでそれを防ぐ役割もある。また死体がグチャグチャになってもこれで見分けがつく。
左腕、ルファーラン製の最新式義手をつけているので本物の腕より調子が良いくらいだ。ワザと腕を切り落とす者がいるくらいの代物は高くついたが、安物を買わなくて良かったと納得できる性能だ。左手を握ったり開いたりして稼動状態を確認、良好。
小銃、部品は新品に代えて試射もやった。銃弾も不具合がないか全て検査させた。肩に掛けた小銃の吊り紐の張り具合を確認、ズレる心配はない。
刀、甲冑と同じアルム合金製。職人の手製による鉄の刀も素晴らしい物であるが、それでは連戦に耐えられない。鞘から抜いて刀身を確認、美しい銀色。
ザルグラド大公国の時と同じく、我々はまた義勇軍として救援に向かう。微力ではある、しかし姿勢を示さねば立場がなくなる。我々は弱小だ。
元からこの世界に存在したものが何なのかが判別不能になるまでに混乱したこの世界、その中で先進的で強大な文明や集団がとる方針は二つ。拡大するか既得権益を死守するか。後進的で脆弱な文明や集団がとる方針とも呼べないものが、滅ぼされるか、辺境で孤立するか、それとも大国に縋りつくか。我が国は見っともなくても生き残る。代わりに見栄を張って死ぬのは我々の仕事だ。
扉を開けて表に出る。陽光を浴びる石畳の閲兵広場には、イフェストポリ伯国が義勇軍として派遣できる最大限の数の兵士が集まり、整列している。内部の対立、法律や条約から来る制限などから中途半端な編成になってしまっているのが悔やまれる。
彼等の武具に光が反射して眩い。不安からか小言で話し合う者が多く、それが重なって中々の騒音になっている。あまり厳しいことは言う性分ではないのだが、一言飛ばすか?
彼等の前に出て、正対。古参騎士が大声を張り上げる「気をつけッ!」
踵を揃える音が一斉に鳴った後、閲兵広場は静まり返る。
「諸君、我々はあくまでも義勇軍であり、未登録の傭兵、非正規兵と同じ扱いになることは肝に命じておいてくれ。ユーゲルガント正規戦条約に保護されることはなく、国が我々の身分を保護することもない。装具点検を行う、一歩前へ」
五名が整列した兵士の中から一歩前へ歩み出る。向かって右端から行う。
装具点検は千年以上続く伝統儀式。その昔は一領主が動員できる人数も限られていて、問題なく全員の点検を行えたのだが、今では人数が増えたのでその各集団代表や特別待遇者のみの点検になっている。
騎士修道会代表プルフラム卿。アルム合金の甲冑、その上には略式の法衣。毛先を揃えた髭は白。リーレスが子供の頃には既に老人であった。先代のイフェストポリ伯の名付け親もこのプルフラム卿らしい。
甲冑や法衣がきちんとつけられているか、紐が結ばれているかを点検する。装具点検は今ではただの形ばかりの儀式なのだが、昔はこれに合格しなかった者はその場で死刑だった。
「意気込みは分かりますが」
「隠居前の大仕事。足は引っ張りません」
そう言われては何も言えない。互いに左胸に拳を当てる敬礼。正対したまま左へ九歩。
ナトゥガルク族代表ファルジーク。アルム合金の甲冑、家紋が刺繍された外套。随一の巨漢。子供の頃からこいつ相手に喧嘩する時はいつも武器を使った。
甲冑や外套を点検する傍ら、ワザとモジャモジャの髭を引っ張ってやる。
「故地ラビツル湖から我々を追い出したマンゼアへの恨み、また晴らす機会が巡ってきたな」
「兄弟、父祖の恨みを晴らすぞ。奴等を殺せる機会は逃がさん」
相手の胸をガチャリと叩く。向こうもそれを返す、かなり強く。むせるのを堪えながら、正対したまま左へ十二歩。
商船団代表ハリスラム。原型を留めないほど着崩し、飾りつけがされた海軍将校の軍服。胸まで伸びる黒髭は伸ばしたきり。港のみならず、海上からも商品を仕入れてくるやり手。彼等あってこそのイフェストポリ伯国の繁栄だ。
装具点検中、引っ張った紐が解ける。こういことがあっても今では見て見ないフリをする。
「景気はどうだ?」
「ザルグラドを滅ぼされて商売上がったりです。海賊稼業に戻る」
互いに左胸に拳を当てる敬礼。正対したまま左へ八歩。
民兵代表ティムール。砂漠迷彩柄の野戦服、ツバ無し帽子。白く短く揃えられた濃い髭。彼との出会いは衝撃的、糞塗れだった。言葉を覚えればあっという間、民兵組織に入れたばかりと思っていたら代表になっていた。
装具点検中、小声で「男を触るのが好きなのか?」などと喋ってくる。最後に金玉を叩くように掴んで終る。
「大将、良い男になってるかきちんと見てくれ」
「良い感じだ。女に生まれ変わりたいぐらいだ」
ティムールは踵を鳴らして合わせ、額に指先を当てる敬礼を行う。左胸を拳で叩く敬礼で返す。正対したまま左へ五歩。
特別待遇者、魔女アウリュディア。乱れ気味の白髪に、怪しげな刺繍がされた衣を着た格好。如何にも魔女風だ。旧パルドノヴァ王国の異変の時に出会った。生き残ったパルドノヴァ国民を救助し、名声を得られたのは彼女あってのことだ。
半笑いの声で「好きに触れ」と言われて普通に装具点検をして終了。そういう冗談は趣味ではないのだ。
「窮状は聞いた。友として助けないわけにはいかん」
「君がいてくれて心強い。大抵の不可能は可能にしてくれる」
互いに握手。元の位置へ戻り、義勇軍の前へ正対。そして回れ右。古参騎士が、段数にして六段高いところの城の正面扉を開き、扉の傍で気をつけの姿勢を取る。
背中が痒くなってきた。甲冑を着ているし、式典中だから脱いでいても掻けない。我慢している内に平気になっていくのは分かるが、その時間が長い。次は股ぐらも痒くなってきた。何だ? 今朝は身を清める意味でも行水してきたのにか? この苦しみが奴のせいに思えてくるから不思議だ――いや、こんな感情持ってはいけない。平常心、平常心。
正面扉から形ばかりの軍装姿のイフェストポリ伯がゆっくりと、鼻頭を掻きながら歩いて現れる――言葉に出来ない――右後ろにはアルーマン帝国からやってきた使者が控える。
左胸を拳で叩く敬礼で、義勇軍代表として迎える。イフェストポリ伯も同様の動作で返すが、緊張していて動きが固い。少し沈黙が続き、咳払いを一つしてから喋り始める。
「あー、諸君等を義勇軍として派遣するのは、当面の仮想敵であるマンゼア帝国の南下政策を妨害する、うん、ためである。知っての通りーに、ザルグラド大公国は我々の支援も虚しく滅びた。大公が度重なる挑発行為に対して過激な反応をおこし、えー遂には国境での銃撃、砲撃戦に発展し、そして宣戦が布告されて正面切って開戦するに至ったためである。現在我等イフェストポリにも同様の行為がなされている。屈辱ではあるが、しかし私は黙殺、あるいは馬鹿気たほどに友好的にマンゼア帝国へ外交使節を派遣して戦争を回避してきた。諸外国の目に触れるようワザとに大々的にだ、行っているおかげでマンゼア帝国も正面切って行動が起こせないでいる。あーそう、あー……」
イフェストポリ伯が言葉に詰まると、後ろで彫像のように動いていなかったはずのアルーマン帝国の使者が伯爵の真後ろへ回る。
先代が亡くなり、正統な後継者だった友人はそれ以前に戦死し、次に伯爵位を継ぐはずだった者も国外から帰ってこない。この男は親戚筋から引っ張ってこられ、数多い候補者の中からアルーマン帝国の推薦と援助を多く受けたが故に選ばれたようなものなのだ。操り人形同然。そして我々は、操り人形に振り回されるその部品だ。使っている内に取れて落ちる。
「我等イフェストポリ伯国は、マンゼア帝国に宣戦を布告されたハンダラット国を守ることによってその目的を達する。以上だ」
イフェストポリ伯は背を見せ、足早に城の正面扉をくぐって姿を消す。
古参騎士が腹に響く号令をかける。
「全隊回れェ右ッ!」
義勇軍が一斉に回れ右をし、各代表が最前列へ移動する。リーレスは扉の前へ行く。イフェストポリ伯国の旗を持った古参騎士、アウリュディアもリーレスの傍へ来る。
「開門ッ!」
ラッパが吹奏され、閲兵広場の両開きの扉が重々しく開く。
「前ェ進めッ!」
リーレスが先頭になり、修道騎士団からそれに続いて行進を開始する。
狭い街路には出兵を見送る人々が列をなしている。並べない者は家の窓と屋上。街並みは古く、以前は高台にあったことも重なり、馬を連れたり軍楽隊を加えたりする道幅が無い。港町までいけば道が広くなる。あと音楽があれば少し明るいのだが、無いのでまるで葬列だ。道に投げられる花、分かれを惜しむ兵士の家族。派手さに欠けるとこれらは縁起が良くないように見える。
母が視界に入った途端、目に力が入る。早足になって行進を乱さないことを意識する。母は小走りに近寄り、行進の邪魔にはならないように一緒に進み始める。年老いたとはいえ、他人にも自分にも厳しい彼女の足取りはまだ力強い。
「リーレス様」
声を掛けられる。足が浮つき、体が強張るのが分かる。幼い頃から擦り込まれた感覚は抜けない。出兵の時に一番会いたくないのが伯爵に並んで母。無駄に緊張して失敗しそうになるから顔を出すなと言いたいが、その後になれば必ず泣くという話を聞けばそうもいかない。
「はい母上」
子供の頃から何度も聞かされた言葉を告げられる。
「名誉無く帰って来てはなりません、お家の名誉のために戦ってきなさい。恥ずべき姿を晒してはなりません、その時彼方も私も一族も死んだことになります。戦場以外で死んではなりません、武門の出ならば当然です。敵を恐れてはなりません、我々が恐怖を感じるなど有り得ないことなのです」
子供の頃から何度も聞かされた。未だにそれが真実かどうかは分からない。
「では征って武勲を挙げて来なさい」
「はい母上」
分からないがやることは一つだけだ。
これより行われる調印式の開始予定時刻となり、舞台つきの会議場に並べられた椅子に座り、腕を組んで待つこと五分。音沙汰なし。待たせられる要因を考え付くたびに人差し指で腕を掻く。別に痒くはない。
適度な明るさの照明がついたこの会議場には背広姿、野戦服姿の者達が所狭しと椅子に座り、一部は壁際に立って並んでいる。隣には三つ揃えの背広を着たルドガー。この男は傭兵だが、野戦服より背広が似合っている。ユナキも同じような格好だが、その上に民族衣装の白くて薄い外套、それに頭巾と口の覆いも着用。故郷ではこれが正装の一種だった。
「もう吸収合併でいいんでしょ?」
ユナキは正面を向いたままルドガーに喋る。耳元に顔寄せて喋ると恋人みたいに見えるのでやらない。誰がどう見ようと、自分が気に入らない。
「業務提携だよ」
「実質は?」
「業務提携だよ」
澄ました顔で言ってみせるが、吸収合併に間違いない。我々のような立場にいる会社の代表が何人もこの会議場にいる。
この調印式は、我々ヴェルハント連隊の実質の親会社となった民間軍事企業ベルガント社の社長と、マンゼア帝国軍の代表が契約書にサインをするというものである。大して面白い内容ではないし、事前協議で今後のことは決定済み。既にユナキはニ件、重要な外交文書の翻訳の仕事を受けた後だ。国と相手を選んだ上での正確な意訳と文句の訂正はユナキ一番の特技だ。
「今回は儀礼的なものだから、ただの面通しだな」
「ただの茶番劇。わざわざね」
「団結を図りたいんだよ」
ここにはベルガント社傘下に入って間もない団体が多い。我々、傭兵部隊のヴェルンハント連隊もその内の一つ。ともすれば烏合の衆になりかねない寄せ集め達の、まとめ辛い意思の統一のために芝居をうってくれるらしい。開始予定時刻になっても主演が到着しないのも演出の一つか?
舞台袖、向かって右からベルガント社長、ツェルギリアが姿を現す。眼鏡をかけ、背広姿。杖を突き、片足を引きずって舞台中央へ。そしてこちら側に正対して一礼。
「お待たせしました。見ての通りの鈍足でして、ごめんなさい」
舞台中央に置かれた机の、向かって左側にツェルギリアが着席。まるで聖女のような顔と声色を使うが、噂では大国の元情報将校で、その立場を利用して一財産築いたらしい。あの脚も退役のためにワザと自分の銃で撃ち抜いたらしい。あくまでも噂だが。
ユナキは頭巾を被って口の覆いもつけているが、表情は常に出さないようにしている。隠しているのをいいことに癖になってしまっては自分の価値が下がる。頬が膨らまないよう、舌を軽く噛んでそれを抑える。
続いて同じく舞台袖からマンゼア帝国の将校が姿を現す。暗褐色の軍服には、何をしたらそこまで受勲できるのかというくらい勲章をつけている。翻訳する外交文書をあの将校から受け取った。中身を見ていいのか? と聞いたら個人的には反対だが構わないと正直に言ってくれた。そしてこちら側に向かって同じく一礼。直ぐには座らず、語り始める。
「我々マンゼア帝国は、ラビツル湖よりマリエプロ川を通じての海洋貿易は可能でしたが、能力が限られておりました。マリエプロ川河口に位置するイフェストポリ伯国への高くない通行税が掛かった貿易を終らせたいのです」
大分格安にしていたはずで、あげつらって言うことでもない。薄情な帝国主義者め。
「ザルハル海に拠点を得られれば、そこからアモラタト海への航路が開け、外洋への航路が開かれます。まず、ザルハル海に突き出る半島に位置し、巨大な港を備えたザルグラド大公国を陥落させました。これだけでは不十分、ザルハル海とアモラタト海を繋ぐアレクカルド海峡を確保しなければ自由且つ安全な航海が約束されません。そのため、アレクカルド海峡東岸に位置するハンダラット国を陥落させます。宣戦布告を伴わないアルーマン帝国を始めとする周辺諸国の義勇軍や軍事顧問の派遣が予想され、激戦になるでしょう」
近年になってからは正面切って大国同士が戦争をすることが少なくなった。領土や勢力圏を広げている内に、大きな損耗を強いられるそういった戦争を避けるようになってきた。片方の敵を相手にしている内に、寝ていたもう片方の敵に背中を刺されるような情勢だからだ。大国であればあるほどその敵が多くなる。義勇軍、軍人顧問、近年の戦には常について回る言葉だ。
「なお、西岸には旧パルドノヴァ王国の要塞がありますが、未だに異形の生物が跋扈しているとの報告もあり、その件については後回しということになります」
パルドノヴァ王国は不幸な国だった。十年前、突如異形の生物や様々な怪奇に襲われて滅んだ。何が起こるか分からないこの世界だが、何の前触れも無く国が滅亡したという事実は世界に衝撃を与えた。世界各国から武装した調査団が送り込まれたが、生還率の程は百人中〇・三人と言われている。未だに実態がよく分かっていないそんな所、無視するのが最善だ。
「円滑なザルハル海の制海権の確保のためには我々の西大洋艦隊を移動させなければいけませんが、外洋とアモラタト海を繋ぐメルハティナ海峡を保有するルファーラン共和国は通行を許可してくれてはいません。致命的状況に陥るまでは彼等との交渉は継続しますが、強硬手段も有り得ます。ルファーラン共和国を拠点とする貴社等には多大なる悪影響を及ぼす可能性がありますので、その点はご留意ください。これから契約書に署名をします。重ねて言いますが激戦が予想されます。お互い相応の損害を被るでしょう。我々はそれ相応の報酬を約束します」
また一礼をし、マンゼア将校は向かって右の席に座る。そして机の上に置かれた契約書へ、双方署名。その契約書をツェルギリアが掲げてこちら側に見せる。会場からはゆっくりと拍手。
イフェストポリ伯国から出奔して十年、捨てた故郷なぞ早々に滅んでくれと願い続けた。マンゼア帝国の南下政策によってそれに現実味が加わり始めた。今回の件にも必ず何らかの介入をしてきて、あの無能は墓穴を掘るだろうからやる気も出てくる。
「そうだ、ユナキはあの沿岸地域に明るいな」
ルドガーが耳打ちするように小声で話しかけてくる。ユナキは顔を正面に向けたまま、流石に目は横に向ける。首は自然に傾く。顔を向けたら負けだ。
「勿論」
何を良い事思いついたかのように喋るかこの男。
「話が早い。マンゼアの穀物買うから金貸してくれ」
いつもは無表情なのに、こういう時になると子供みたいに笑ってくる。病人め。
「この前短期国債買ったばかりなのに? 駄目」
「弱気だな。俺の好きなユナキはもっとくる」
普段はそんな素振りすら見せず、食事にすら誘わない癖にこういう時だけ好きとか何だとか言ってくる。
「安口説き相応」
「どうして欲しい?」
「諦めたら?」
「お堅いと運が寄ってこないぞ」
「それは褒め言葉。堅実は美徳です」
「ハンダラットを潰せばこの海域一帯の穀物市場に波がくる。一緒に乗ろうとは思わないのか?」
「言ったじゃない、私はお堅くて堅実なのよ」
目線を戻す。そろそろ静かにして欲しい。
「楽しみを知らん奴だ」
「博打で脳みそ煮えた奴に説得力は無いの」
「賭博屋とは心外だ。こうやって自分を追い詰めた上で仕事を成功させたらどんなに気分がいいか分からないだろう?」
「脳内物質で煮えてんのね。耳から変な臭いしてるわよ」
段々と顔が近づいてくるので、ルドガーの耳を手で押して距離を取る。
「女は浪漫を分かってくれないな」
「世の中上手いこと出来てると思うでしょ」