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13話「ハルザーフィル強襲」

 蒸留酒で満たした銀の杯に口をつけ、一気に飲み干す。口、舌、食道、胃の順番に熱くなる。喉から鼻へ香りが抜ける。

「しかしいける口ですな、ザルンゲレン卿」

 対面の席に座る、ハルザーフィルの太守が皿に乗った果物を指で転がしながら言う。

 ハルハフハンド城攻略の失敗後、イフェストポリ義勇軍、亡命ザルグラド軍は南のシログ川源流に程近いハルザーフィル市の守備の任務に就くことになった。戦火から遠い場所で、戦時中であるのが嘘のような長閑な場所だ。

 こぢんまりとした応接間、調度品は控えめで慎ましい。あまり大きくないテーブルの上には酒瓶と果物、木の実が乗った皿。豪華ではないが、こちらの方落ち着く。甲冑をつけたままのなので少々息苦しいが、慣れればなんてことはない。

「小さい時からこういう物を飲むのが民族の慣わしですので」

 しかし、そんな所だからって朝から酒喰らってやる仕事がどこにある?

「イフェストポリがですか?」

「いえ、私はナトゥガルク族でして、子供の頃はラビツル湖沿岸に住んでいたんですよ」

 今でもはっきり覚えている。虫を餌に湖に釣竿を垂らせば魚が引っかかり、その周りの草は背丈ほどに伸びて、石を投げ込めば兎か鳥が驚いて逃げ出す。木の剣と盾を持って戦争ごっこを毎日やって、女の子に悪戯して泣かせて。

「勇猛果敢で名を馳せるナトゥガルク兵ですか。そしてラビツル湖、今そこはマンゼア帝国領ですな」

「そうです。奴等に追い出され、イフェストポリに引っ越してきたんです」

 その時のことはあまり覚えていない。物凄く大きな音がして、年寄りを残して皆は川を下って逃げた。大人の男は皆どこかに消えて、周りの大人は女と子供だけになったことぐらいだ。

「それで生きるために兵士……失敬、騎士にですか」

「我々には身体しかありませんでした。特に私は士族階級でしたから、戦以外に出来ることがありませんでした」

「そしてパルドノヴァの英雄リーレス=ザルンゲレンが誕生するというわけですね」

 その間に十数年の歳月と苦労があった。面白い話でもないから太守がそこに興味がないのも分かる。

「まあ、そうですね」

「よろしければ、パルドノヴァでのお話、よろしいですか?」

 そうして太守に聞かれるまま、パルドノヴァの話をする。竜と戦った話。蛸の化物と戦った話。頭のイカれた魔法使いと戦った話。生ける屍と化した戦友と戦った話。魔女アウリュディアあってこその勝利だということは忘れずに喋る。この点は何度話しても軽視されがちだから忘れてはいけない。その武勇伝を聞いて太守はご満悦の様子。まだまだ話し尽くせない話がある。こうして今ここで酒を飲んでいるのが不思議なくらい死にかけた。

「その魔女と言うのは岩窟住居の方で神へお話をされにいっている方ですか?」

「その通りです」

「女神様は命を賭して戦って下さったのに、男神様は沈黙を守ったままです。支配者が替わるから諦めろとのことなんですかね」

 太守は銀の杯の上で果物を握って絞り、果汁が混じった蒸留酒を呷る。

「そんな話から繋げる心算は無かったんですが」

 そして言い辛そうに喋り始める。

「ザルンゲレン卿、私に仕官してみる心算はありませんか? 悪いようにはしません」

 この手の誘いは今でも多い。メラシジン皇太子程になればリーレス如き毛の生えた兵隊程度の価値しかないが、弱小の地方領主となれば話は別だ。家名を上げて内輪の醜い権力闘争で優位に立てる。手頃な自分の娘を妻にさせ、子供でも出来ればもっと効果的だ。

「私は現在イフェストポリ伯国に仕えております。ですからお断りします」

 あの伯爵は好かないが、国は愛している。我々を受け入れてくれたのだ。裏切れるはずがない。

 空になった銀の杯へ、瓶に入った蒸留酒を注ぐ。杯を手に持つ。

「流石ですな。国滅びても軍滅びず! その忠義心あればこそお誘い申し上げております」

 蒸留酒を飲もうとした手が止まる。

「何と申されましたか?」

「おやまさか、知らなかったのですかな?」

 ハルハフハンド城へは無謀な攻撃を強いられ、その後前線から外されて逃げ場の無い場所へ移されたのはそのためか? いや、そんな細かな配慮をしてくれるほど我々は影響力を持っていないな。それはそれで惨めだ。

 手を動かして一気に飲み干す。席を立って窓枠に手をかけ、外を見る。腕が重たい。朝日に照らされたハルザーフィル市の街並みが、見えているのによく分からない。

「ここは豊かです。戦が終ってからもゆっくりしていかれるといい」

 館から見下ろせるハルザーフィル市の西門。それが灰色の煙を噴いて崩れ去る。爆発したような音も聞こえた。

 応接間の扉をハルザーフィルの兵士が騒がしく開け、口早にハンダラット語で捲くし立てる。すると太守は項垂れ、頭が酒瓶に触れて落ち、割れる。耳障りな音に意識が刺激される。顔から血が引く、身体に血が流れ込む。

 リーレスは軽くなった腕を上げ、そのハルザーフィルの兵士の胸倉を殴るように掴む。

「何故攻撃されるまで分からなかった! 見張りは!?」

 こちらの言葉が分からない兵士は当惑した顔をするだけ。代わりに太守が答える。

「皆街の中だ」

「嘘だろこの馬鹿」

 兵士を突き飛ばす。テーブルの上に乗せた兜を被る。壁に立てかけた、刀が入った鞘がついたベルトを腰に巻き、盾を左腕に固定し、小銃を手に持つ。汚れないように脱いでいた我がザルンゲレンの家紋が入った外套を羽織り、最後に兜の面甲を降ろす。十字槍は……馬も無い。嵩張るので置いていく。

 応接間を出て、木造の階段を降りる。既に軍装を整えて戦闘に移る用意が整った騎士達が胸に拳を叩きつけて敬礼。騎士の一人が館の扉を開け、リーレスを先頭に表へ出る。

 ハルザーフィル市西岸を守る塔が、灰色の煙を噴き、石片を宙へ撒き散らしながら崩落。空を航空機が爆音を鳴らして飛んでいる。

 遠くから大きな声、拡声器に通された女の声が建物の間を反響し合う。ハンダラット語だ。降伏勧告か?

 形の整えられた石畳の上を走る。銃声と砲声が絶え間なく聞こえてくる。外にいる市民達は走って家へと駆け込む。

 広場には戦闘態勢で待ち構えるイフェストポリの騎士。その隙間を縫って逃げ帰ってくるハルザーフィルの兵士。建物の屋上や窓には民兵が散開して待機している。重装備で目立つ格好の騎士が敵の攻撃を受け止め、軽装備で目立たない野戦服姿の民兵が自由に動き回って攻撃を加える。上手くいけばいいが。

 地面が微かに揺れ始め、硬い物をガリガリと削る音が鳴る。一体何が来る?

 広場の騎士達と肩を並べる。盾と小銃を構え、攻撃を受ける準備が整う。

 街路の陰から、石畳を削り取りながら、無限軌道の戦車が姿を現す。旧パルドノヴァ王国で戦ってきたどんな化物よりも強そうだ。

 砲声、音に身体が殴られる、勝手に膝が曲がる。戦車砲の直撃を受けた騎士が甲冑ごと粉微塵に砕け散り、爆風に十数名が吹き飛ばされ、破片が更に騎士達に突き刺さる。

 屋上にいた民兵の撃った対戦車ロケット弾が戦車に命中、爆発、火花が盛大に散る。装甲板が焼けて歪むも、戦車はその民兵へ仕返しに戦車砲を撃ち込む。屋根が粉砕され、投げ飛ばされた人形のように民兵が吹き飛ぶ。

 屋上、建物の窓で待ち構えていた民兵達へ、戦車の砲塔から上半身を出す、ゴツい防弾着とヘルメットで装備を固めた機関銃手が機銃掃射を加える。

 反撃どころではない。どうする、撤退させるべきなのか?

 砲声、屋上の民兵に戦車砲が撃ち込まれる。心折られた騎士の一部が逃げ出す。あの戦車、もうこっちなんて意識の外になってしまったのか? 相手にすらされていない。

 戦車の後ろには歩兵が随伴している。そのまた後ろには六輪装甲車。機関砲で素早く建物へ機関砲弾を撃ち込み、その後ろへ続く歩兵は建物に進入、中の民兵を殺し、窓から顔を出して民兵と射撃戦を始める。

 戦車が更に前進してくる。あんなのには敵わない。

「大将」

 肩を引かれる。見れば髭面の老人――ティムールだ。

「全員逃げろ、死ぬな!」

 勝手にティムールが指示を飛ばす。残り少なくなった騎士も民兵も散るように逃げ出す。

「あんたもだ」

 腕を引かれ、小銃を取り落とす。逃げるしかないのか?

「あのババアが何とかしてくれるまで生き延びるんだ!」

 そうか、アウリュディアでもいないとこれは無理だ。彼女が行動を起こすまで時間稼ぎか。

 来た道を走って戻る。背後から銃声と砲声、聞くたびに足が軽くなる。開けっぱなしの館の扉を潜り、その脇に張り付く。刀を抜いて手に持つ。階段を上がりかけたティムールが怒鳴る。

「何やってる!? 壁ごとブチ抜かれるぞ!」

 玄関で待ち伏せするつもりだったが、その通りだ。

 階段に足を掛ける。館の窓を砲弾が突き破り、壁に大穴を開ける。その破片が身体に降りかかる。階段を二段飛ばしで駆け上がる。背中を爆風に押されて前のめりに転ぶ。階段に顔をぶつける。一番下の階段が戦車砲に吹き飛ばされ、穴が開いている。

 次々と砲弾が館に穴を開け、破片を散らしていく。空中で炸裂して室内をズタズタにする破片を散らす砲弾もある。とてもじゃないがここにはいられない、応接間に逃げ込む。

 応接間のシログ川が見える窓がある壁が砕ける。巨大な嘴が何度も壁を突いて破壊する。ハンダラットの男神が、巨大な鍵爪が館の壁を掴み、頭を応接間に突っ込んでいる。

「ノレ」

 人間以外の舌から発せられた妙な声に促され、太守が男神の頭を踏んで背中まで走って転ぶ。

 刀を鞘に収め、腕に固定した邪魔な盾を捨てる。男神の頭を踏み、背中まで行ってしゃがみ、羽毛にしがみつく。

 変な音が鳴ったと思ったら身体に血肉を浴びる。先に乗り込んだ太守の上半身が無い。黒い羽毛に血肉と内臓が飛び散り、男神は壁を蹴って飛ぶ。振り落とされそうになり、男神に身体をくっつける。面甲の隙間から太守の内臓が入り込む。

「まだ残ってる!」

「ネライウチニサレル」

 顔を上げて内蔵を取り払う。もう遠くに見え始めた館の壁に開いた穴からティムールは川へ飛び込む。

 男神が羽ばたく度に、筋肉の隆起と姿勢の変化で落ちそうになる。まだ熱気が残る血がべったりついた羽毛に顔を埋め、咽りながら耐える。

 拡声器に通されて大きくなった、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「イフェストポリ将兵諸君、覚えているだろうか? 私はユナキ=マリエプロツヴァルカッシーである。知らぬ者には教えよう。イフェストポリ伯爵位の正統後継者であったが、自由のために放棄した。無責任と謗るならば謗れ。ただ君達に対する親愛の情を忘れた心算はない。立場が変われどこれだけは変わらない。我々は諸君等を迎え入れる用意がある、投降せよ! 繰り返す。我々は諸君等を迎え入れる用意がある、投降せよ! 武器を捨てて無抵抗の証を示せ。そうすれば後はこちらが良いようにしよう。ここで無駄に命を捨てる必要はない。職も住居も提供する用意がある。何なら私財でしばらくの間養うことも可能だ。我々は諸君等を迎え入れる用意がある、投降せよ! 繰り返す。我々は諸君等を迎え入れる用意がある、投降せよ! もとよりアルーマンの外圧に屈して出立したのであろう。その程度の義理に命を賭すことはない。我々は諸君を向かい入れる。投降せよ!」

 聞いたことの有る声と思えば、ユナキだ。別世界起源の全く異なる言語、文章であろうとも理解できる特異な能力と、それを生かせる才能を持っていることで有名だった。異世界からの来訪者に言葉を教え、優秀な人材の確保に貢献。幼少の頃から、外交交渉や表敬訪問時には通訳として代表に付き添い、時には外国からの通訳の仕事も依頼され、その都度に弱小イフェストポリ伯国の知名度は向上していった。言葉も通じぬ蛮族と謗られ、浄化の憂き目に遭っていた我々ナトゥガルク族が文明人として扱われるようになったのは彼女のおかげだ。リーレスがわけもわからずに鼻水を垂らしていた頃、同じ背丈の彼女は大人達の先頭に立って難しい話をしていたことを覚えている。外国へ留学してからは一方的に縁を切ると抜かし、息子を失って気弱になっていた先代イフェストポリ伯にトドメを刺したのも彼女だ。

 イフェストポリ伯国の繁栄と滅亡を象徴すべき人物だ。それが今更。

「今更出てきても遅いんだよこの糞女がッ!」

 一体何処からほざいているのかと顔を上げるが、空の上から破壊されていくハルーザフィル市を見ても分からない。

 岩壁に挟まれたハルザーフィル市。中央にはシログ川が流れ、両岸に市街地がある。西側は敵軍に侵攻され、煙を上げる建物には穴が空き、街路を戦車や装甲車、歩兵が列をなして進んでいる。東側はまだ無事だ。しかし市民は避難を完了しておらず、兵士達も右往左往している。

 目前に東側の岩壁が迫る。そこにはハンダラットの神の彫刻、そして窓。その内部は古くからの住居になっており、神殿も備えられている。

 神殿の天窓に男神が取りつく。男神はそこへ頭を降ろし、リーレスは伝って身体を降りる。降りたら直ぐに神が飛び離れる。

 部屋の中央にはあぐらをかいて座るアウリュディア。彼女は目を瞑ったまま喋る。

「昔みたいに私を守れ。そうすれば勝つ」

 あの地獄のパルドノヴァで生き延び、尚且つ並み居る化物共を倒してきた方法はこれだ。アウリュディアが化物を召喚し、その隙をリーレスが守る。昔と同じことをすれば絶対に勝てる。

「慌てて丸腰で来てはいないよな?」

 小銃は広場で落とした。十字槍と盾は男神に乗り込むのに邪魔だから置いてきた。腰には刀が一本。

「探してくる」


 八十田連一は回想する。昨日の三食の飯は素晴らしかった。何と言っても久しぶりの甘いお菓子、生クリーム、あとなんかビスケットっぽい生地で色々木の実やら果物やら、泣くほど美味かった。そして夜明け前、戦闘開始前のは馴染みの粉っぽくて脂臭いアレ。食糧ばかりを運んではいられないからだが。

 海路からの補給路が確保されたので、私物の輸送を要求しても文句は言われない。日本刀を送ってもらい、今はベルトに挟んでいる。防弾着も支給された。近距離からのライフル弾は防げないらしいが、それでも大分死傷率は下がる。

 戦車が対岸に一発砲弾をぶち込む。砲声に驚いて首と脚が竦む。

「アホコラ一声掛けやがれ!」

 戦車の尻に蹴り、びくともしない。

 ベルガント社のハルザーフィル強襲部隊の本隊はハルザーフィル市西岸地区を攻撃中。我々ヴェルンハント連隊を中核とする部隊は西岸からダムの四分の一程行った所で待機中。東岸からの敵増援に備えての行動だ。今回はかなりの重装備で挑んでいるが、部隊を二つに分けて攻勢に出られるような人数は連れてきていない。ハルハフハンド城の守備を捨ててはおけないからだ。あとはそう、無用な戦力の分散は愚行。

 部隊の先頭には戦車がいる。その後ろに連一を含む歩兵が待機し、歩兵砲を牽引してきた四輪装甲車は少し幅に余裕を持たせて二列になって後ろにつく。そのまた後ろにトラック、歩兵だ。

 右側の四輪装甲車にソルと連一は寄りかかっている。その四輪装甲車の屋根から上半身を出して機関銃手についているのはサイ。ヘルメット嫌いの彼女も、流石にその位置につけばゴツくて大きいヘルメットを被っている。防弾着も我々がつけている物より一段分厚くて重いやつだ。そして何時もなら先頭で張り切っているはずのノルグだが、西岸地区の攻撃に参加していて不在。少し不安だ。

 今のところは仕事がない。だから股に手を突っ込みながら携帯無線機のアンテナで鼻をほじる。戦闘機の爆撃で東岸地区の塔が崩落。

 ユナキの降伏勧告を告げる音声がハルハフハンド城から無線通信で送られ、後方に控えた車両に備え付けられた外部スピーカーを通じて発せられる。この土地の言語らしく、詳細は分からない。

「これあれだろ、俺への愛を叫んでるんだな。いいぜ来いよユナキ、そのデケェ乳しぼってやる」

 両手を前に出して握り締める。

「僕らの大好きなルドガーおいたんにだろ。なあサイ?」

 最近知ったのだが、このサイとヴェルンハント連隊の長ルドガーは伯父姪の関係だ。おまけに先祖代々からの軍人貴族。可愛い身内を最前線に引っ張り出すのが愛情だと言わんばかりなところが一般庶民との意識の違いか。

「異種族なんか相手にするわけないでしょ」

 ソルが肩を寄せてくる。

「聞いたかレンくん? あのサイが嫉妬してるぜ。あたいのおいたんに手を出すなぁ」

「天気明朗なれど、お空のお天気乙女心となんとやら、狐の嫁入りコンコンキャーン」

 サイは座席を強か、足がぶっ壊れそうな音を立てて蹴る。

 ユナキの降伏勧告。この土地の言語らしく、詳細は全く全然分からない。

「狐の嫁入りって何だ?」

「晴れ雨」

 答えながら懐からお守りを取り出し、車の屋根に置く。元の世界から持ってきた方だ。

「サイ、ご機嫌を取らせろ。受け取れ、それと帰ったら後で返せ」

「何このゴミ。気持ち悪い呪文縫ってあるけど」

 言い方はともかく、手に取ってくれる。

「そいつは弾避けのお守り。俺はもう一つあるからそれ貸すよ。そのくっさい股に挟んどけ、あとで嗅いでオナニーに使うから」

「あっそ」素っ気無く言い、それでもズボンのポケットに入れてくれる。

「おいレンイチ、俺にも何かないのか?」

 ソルが顔も寄せてくる。

「お前には愛する聖女と神がいるんだろ? そっちに頼めよ。お祈りでも唱えとけ」

 腰を横に振ってソルを突き放す。そしてソルは気をつけ、捧げ銃、立て銃の姿勢を順に取り、ブツブツと小声でお祈りらしき言葉を唱え始める。

 特に言葉も見つからず、空を眺める。デカい鳥がクルクル回って羽毛と血肉を振り撒く。時折戦闘機が一瞬視界を横切る。ジェットエンジンの音がうるさい。

 翼に機関砲の一連射を受けたデカい鳥が高度を下げる。落ちるかな?

 目の前に振ってきたデカい羽毛を掴む。手応えが感じられる程度に重量がある。ソルの襟首に羽毛を突っ込む

「やめろ汚ぇ」

「汚い方が好きなんだろ?」

「来る」と言い、サイは機関銃を上に向けて連射し始める。目の前にいた戦車、お隣の四輪装甲車の機関銃手も連射を始める。

 デカい鳥は高度を下げながらこちらに向かってくる。小銃を構えて狙いをつけ、ソルが小銃を押さえつけてくる。

「何だ!?」

 機関銃の発砲音がうるさいので大声を出す。

「伏せろ!」

 デカい鳥は更に高度を下げる。戦車の砲塔が回転し、砲身を上流側に向け、仰角を上げる。

 高度を下げながら上流側からデカい鳥が迫る。体当たりでもくらったら即死。車の陰に隠れても、引っ繰り返ったら潰される。とりあえずその場で伏せる。

 戦車砲の砲声、戦車を蹴っ飛ばす音が身体に響く。痛くないのに死んだ気分になれそうだ。

 装甲板が凹んだ何十トンもある戦車が横転し、ダムから水底へ落ちる。残るのは壊れた機関銃と潰れた機関銃手の上半身。

 身体を起こす。ソルが大声を出す「土嚢、機関銃、歩兵砲、砲弾用意、急げ!」

 四輪装甲車の後部へ回り、接続具を外して歩兵砲を動かす。車輪がついているので一人でも動かせないことはない。途中でソルが加わり、東岸へ向けて設置する。近くに肩に吊っていた小銃を置く。

 後ろにいた隊員が土嚢を最前列に並べ、機関銃手が軽機関銃を設置。弾薬箱を持った給弾手が横につく。

 ソルが歩兵砲の照準を調整している間、後ろのトラックから砲弾を運ぶ。重たい。

「古臭いよなこれ」

「そうか? 標準装備だぞ」

 対岸に敵兵が顔を出し始める。その度に機関銃を撃ち込まれて去る。

「毒ガス砲弾をドカンと撃っちまえば楽なのによ」

「ダムの技師だとか降伏勧告なんとかって色々言ってたろ。そうなんだよ」

 砲弾を取りに行き、持って、戻って置く。ソルは歩兵砲の仰角を調整するためにハンドルを回す。

「どこいってもお偉いさんには振り回されるわけだ」

 対岸から掛け声合わせのような大声が聞こえ始める。

「向こうの騒ぎようだと、突っ込んでくるよな」

 砲弾を取りに行き、持って、戻って置く。隊員の一人が砲弾運びを手伝い始める。

「おいソル、お前の国のお祈りの言葉教えろ」

「何だよ、テメェんとこのあんだろ、たぶん」

 対岸からラッパの吹奏が聞こえ始める。

「分かんねぇ、いいからよ」

「聖女メサリアよ、貴女の守護を与えたまえ。儚きこの命、今少し永らえるために貴女のお力が必要です。聖女よ我等に、っておい!」

 最後まで聞かずに砲弾を取りに行き、持って、戻って置く。ソルは歩兵砲の照準を覗き、「よし」と一言。

「誰が好きな女に弱音吐けっつった」

「俗な言い方すんな馬鹿野郎。もっと高潔なよ」

 サイは連一のヘルメットに唾を飛ばして当て「うるさい」

 歩兵砲の後ろにつく。それには防盾がついており、発射炎や爆風、銃弾や砲弾の破片から射手を守ってくれる。照準と発射はソルが行う。連一は砲弾込める装填手。

「おら嫉妬してるだろ。相手変えろよ」

「愛しのサイちゃんへ。一度でいいからあなたのケツの穴に」

 サイ、機関銃を一発撃つ。

「間違った。おいサイ、俺のケツを掘れ!」

 無視。

 後ろの方では四輪装甲車のドアを開け、その陰に隠れて小銃を構える隊員。

「ビビってんのか? 来いや!」

「来るぞォ!」

 対岸、敵兵の隊列、踏みつけるダムを震るわせて突撃してくる。先頭には旗手がニ人、それぞれ違う旗を持つ。

 四輪装甲車、土嚢についた機関銃手が一斉に連射を始める。もう大声でおふざけをしても隣にはまともに聞こえない。

 歩兵砲に砲弾を装填する。「装填!」

 真っ先に旗が折れ、旗手は四肢が千切れて死ぬ。その後ろの甲冑装備の重装歩兵は盾を構えて前進。機関銃弾でも貫通できていない。

 ソルは歩兵砲の引き金紐を引く。発射、間近から顔面殴りつける砲声、排莢、盾ごと重装歩兵が砕け散り、その破片が周囲に突き刺さり、血肉を噴きつける。砲撃の反動で下がった砲身が戻る。

 盾の隙間から敵兵の銃撃。歩兵砲の防盾、土嚢に当たって無力化されるだけ。隣の歩兵砲が砲撃、盾ごと重装歩兵を砕き、破片が周囲に突き刺さり、血肉を撒き散らす。この程度で敵の隊列は前進を止めない。

 歩兵砲に砲弾を装填する。「装填!」

 歩兵砲の砲撃で重装歩兵の隊列が乱れ、盾には弾き返された機関銃弾が、甲冑には効力を発揮し始める。目に見えるような効果はないが、次々に倒れ、転び始める。仲間を乗り越えて次から次へと敵の隊列は前進を続ける。

 ソルは歩兵砲の引き金紐を引く。発射、間近から顔面殴りつける砲声、排莢、重装歩兵が砕け散り、破片が突き刺さるとともに、隊列が崩れたせいで、爆風で転ぶ者が出てくる。砲撃の反動で下がった砲身が戻る。

 足元に障害物が増えたせいで動きは鈍っているが、まだまだ敵は前進を続ける。

 隣の歩兵砲が砲撃、重装歩兵の後ろに控える軍服姿の普通の歩兵を粉砕。比較にならないほど大きく手足、血肉が撒き散る。盾を失った敵の隊列だが、重装歩兵がいなくなったおかげか前進速度が上がる。

 歩兵砲に砲弾を装填する。「装填!」

 目に見えて機関銃の威力が発揮され、敵兵の手足が千切れ飛び、頭が胸が砕け、腹が抉れて内臓を溢す。滅茶苦茶に叫びながら敵の隊列は全力で前進を続ける。何が降伏勧告だふざけやがって。

 ソルは歩兵砲の引き金紐を引く。発射、間近から顔面殴りつける砲声、排莢、砲弾が一人目の腹を抉り抜き、その後ろの二人目を粉微塵に砕く。爆風で腹が抉れた一人目の上半身が歩兵砲の手前まで飛んでくる。砲撃の反動で下がった砲身が戻る。

 敵の隊列、かなり近くまで来る。後ろに控える隊員が小銃を撃ち始める。

 隣の歩兵砲が砲撃、敵兵を粉砕。砲弾の破片、敵の骨片が爆殺した所から広がって更に周囲を殺傷。敵兵の一人一人の顔が見える距離になった。

 歩兵砲に砲弾を装填する。「装填!」

 機関銃の威力が発揮される様が更によく見える。敵兵の身体の一部を千切り取るのみならず、突きぬけてのその後ろに続く敵兵の身体も千切り取る。敵兵の顔が判別できるようになってきた。

「白兵戦用意!」ソルは歩兵砲の引き金紐を引く。発射、間近から顔面殴りつける砲声、排莢、敵兵を一人二人と砲弾は貫き、三人目で爆発。血肉と破片が歩兵砲の防盾にぶつかってガンと音を立てる。砲撃の反動で下がった砲身が戻る。

 地面に置いた小銃を手に取り、銃剣をギラつかせて迫る敵兵に向けて撃ちまくる。

 隣の歩兵砲が砲撃、敵兵の隙間を砲弾が抜けて対岸に着弾。小銃の弾倉を交換する。勢いがついているせいか、敵兵は急所に当てないと一発で倒れない。

 弾倉を交換し終え、次の敵兵に狙いを定めようとする。しかし立つ者は眼前になく、終った。もう少し多ければ肉弾戦になっていた。

 ダムの上には肉と服と銃、甲冑に盾がズタズタに破壊され、敷き詰められている。重機か何かで掻き出して貰わないといけない。

 上空ではデカい鳥が更にボロボロにされて血と肉片が降り、雪のように羽毛が舞い降りている。鼻につく血生臭さには火薬と獣臭が混じる。

 西岸地区での銃声と砲声は大分大人しくなってきた。ジェットエンジンの爆音は自然な環境音のように耳に馴染んでいる。

 戦闘機がまた機関砲を一連射し、遂にはデカい鳥の翼が圧し折れ、頭を下に回転しながらダムの上流側に落ちて水柱を上げる。

 隊員の一人が、潰れた戦車の機関銃手の身体を寄せ集めて抱え、後ろへ下がる。

 そしてまた水柱が上がり、川から腹も背も黒い大蛇が頭を突き上げる。空に向かって大口を開け、反射的に腰が曲がる、膝が折れる、手が耳を塞ぐ、目も開けてられない。戦車砲とは比較にならない大蛇の咆哮。腰を抜かして倒れている隊員もいる。あの音じゃ仕方がない。

 大蛇は口を開けたまま、こちら側へ目を向ける。そして頭を仰け反らせ、弓なりになってから頭を振り、迎え撃つように黒い影が大蛇の口に飛び込み、鈍い爆発音、後頭部から血と脳漿が噴き出す。

 無線から聞き覚えのある可愛い声が聞こえる。

――みんな見た!? 凄いでしょ!

――無線で私語するな!

――ごめ……

 無線は途中で途切れる。あのシェテル族の少女が大蛇の口に爆弾でも直撃させたらしい。

 そして折角半壊したその頭は勢いが止まらず、ダムを削りながら、落差のある下流側へ落ち始める。長くて太い胴体がダムを削り続け、地震でも起きたかのようにダムは揺れ、遂には分断。

「こりゃ参ったな」

 後ろの様子を見ながらソルがつぶやく。そして肩に装着した携帯無線機のボタンを押す。

「こちらヴェルンハント連隊。あー、ダムの上の先頭にいる。ダムが分断された。指示をくれ」

――こちら前線司令部。状況は把握している。工兵隊が架橋するまで待機しろ。以上だ

「はい了解」携帯無線機から手を離し「よし皆聞け、工兵隊が橋を掛けるまで待機だ! 小便でもしてろ」

「了解」

 ソルの肩を叩いてからズボンのチャックを下ろし、”竿”を出しながらダムの縁に向かう。

「よく出せるな!」

 そして川に向かって小便を開始。勢いが弱まる頃、川へ降りるための梯子を誰かが登ってくる。

 どこかで飽きるくらい良く見た爺さんだ。爺さんは梯子を登り切る直前で手と足を止める。小便が終ったので竿を収める。しゃがんでから、やや久しぶりに日本語で喋る。

「爺じゃねぇか!」

 爺は濡れた野戦服を押したり絞ったりして水を抜きながら答える。

「夢の世界だと思ってたが、お前さんがいるってことは死後の世界だな」

「夢だから知った奴が出てくるんだろ? こんなの想像の外だろ」

 ダムに出来た、羽毛で飾り付けられた死体の道を指差す。爺は頭を少しだけだして確認。

「派手にやったな」

「お前、敵か? だったら降伏しろ。そんで今から一緒に戦え」

「このワシが裏切ると思ってるのか?」

 手を貸して爺を引き上げる。ポケットに突っ込んでおいたベルガント社の帽子を被せる。

「これでいいだろ」

「似合うか?」

「おい何だそいつ?」

 ソルが爺に小銃を向けて近寄る。日本語からシェテル語に切り替える。

「元の世界で一緒だった戦友だ。一緒に死んでくれるってよ」

「あ?」

 四輪装甲車の後部ドアを開け、中の予備の小銃と弾倉を手に取って爺に手渡す。爺はソルへ向かって額に手を当てる敬礼を大仰にしたあと、川へ向かって小銃の試射を行う。

「どうでもいいか。名前は? 言葉は通じるか?」

「聞いてみる」日本語に切り替える「爺、名前教えろ。あと今俺達が話してた言葉は分かるか?」

「名はティムール。こっちの言葉はザルハル語しか分からん」

 シェテル語に切り替える「名前はどうでもいいって。ここのザルハル語しか分からないってよ」

「ここはお前が面倒みろよ」

「介護くらいやってみるさ」

 爺の肩を叩き、土嚢を指差して東岸側を警戒しろと指示をする。素直に言う事を聞く。

 後方では、我々がハルハフハンド城に突入した時に使った架橋器材でもって工兵隊が橋を掛ける作業に入っている。西岸側の銃声や砲声はほとんど止んだ。あとは鈴の音だけだ。

 東岸側はまるっきり大人しい。まだ残党はいるだろうが、このハルザーフィルの規模と目の前の死体の量を考えるとさほどでもなさそうだ。

「おい連一。あれはお前さん等の仲間か?」

 爺さんの言葉を聞いて東岸側を見ると、ハルハフハンド城で見かけた歩く即身仏みたいな僧侶が死体の道をゆっくり、鈴を鳴らしながら歩いてくる。目の部分は火が点ったように光っている。そして中程で止まる。

「戦場で殺傷するだけに飽き足らず、水害にて虐殺を目論むとは度し難し! 神意に反さねば如何様に振舞おうが捨て置くが、之は許すまじ! 誅を下すは我が役目に無いが、致し方無し!」

 干乾びた細い体に似合わない怒声で、端緒端緒で聞き取れるシェテル語でまくし立てる。

「虚無へと還れ痴れ者共がッ!」

 死体の道の、死体が起き上がり始める。脚の無い死体は這いずり始める。西岸地区での銃声と砲声が再開する。

「仲間に見えるか?」

「お仲間入りだな」

 四輪装甲車、土嚢についた機関銃手が一斉に連射を始める。胴体に穴が開く程度では転んでもまた起き上がる。小銃を持った隊員、爺も撃ち始めるが、これは効果があるのかないのか。

 歩兵砲に砲弾を装填する。「装填!」

「お祈りなんざ通用しねぇなこりゃ。お前んとこの神さんは異世界の壁を越えられねぇんだとよ」

 動く死体は脚が千切れると歩けなくなるが、今度は這いずってくる。動きは生前よりは多少鈍い程度か。

「神罰くらえアホ。唱えろって言った奴誰だ」

 ソルは歩兵砲の引き金紐を引く。発射、間近から顔面殴りつける砲声、排莢、既に血塗れで身体の一部が無い死体を木っ端微塵に砕く。爆発で死体が転ぶ。砲撃の反動で下がった砲身が戻る。転んだ死体はまた起き上がる。

 隣の歩兵砲が砲撃、死体の腰を粉砕、びっくりさせる玩具みたいに身体を四方に弾き飛ばす。死体と砲弾の破片が周囲に突き刺さるが、今度はその程度の威力では通じない。

 後方から砲声、ありがたい戦車砲だ。歩兵砲なんかとは比べ物にならない爆発で一挙に死体が十数体まとめて吹き飛ぶ。大小の死体の一部が飛び散る、川にも落ちる。

 歩兵砲に砲弾を装填する。「装填!」

 動く死体は足が千切れ、手がちぎれるとようやく動けなくなる。頭だけグネグネ動いているが、一応それで制圧完了。

 ソルは歩兵砲の引き金紐を引く。発射、間近から顔面殴りつける砲声、排莢、軽装備の死体の隙間を縫って砲弾が飛び、重装備の死体に直撃。甲冑ごと粉砕する。砲撃の反動で下がった砲身が戻る。

 隣の歩兵砲が砲撃、近くまで接近していた死体を破壊。血肉と砲弾の破片が歩兵砲の防盾にぶつかって音を立てる。

 後方から砲声、また大きな爆発で死体をまとめて吹き飛ばす。重装備の死体は身体を四散させる。

 その死体達の隙間を縫ってデカい犬が駆けて来る。あっという間に土嚢の目前まで来る。

 そして飛び越え、肩口に両手剣を突き刺されて勢いを失って落ちる。連一の直ぐ隣、顔を上げた犬と目が合う。顔に皺を寄せ、一生仲良くなれそうにない唸り声を上げる。

 崩れたダムの西岸側からノルグが跳んで来て、不発弾が着弾したような音を立てる。一歩、二歩と殺しきれない勢いのままに前進し、デカい犬の鼻を殴る。

「お前等の俺を呼ぶ声が聞こえた」

 その犬の首に太くて長い腕を巻きつける。唸り声が止み、犬はジタバタと暴れ始める。

 ノルグの声に惚れそうになりながら、日本刀を抜いて犬の脇腹を刺す。一発で骨まで削ってきそうなデカい犬の爪に当たらないように刺す。骨に当たらないように刃先の角度を調整して刺す。大体心臓がありそうな位置を狙って刺す。今更ながら大型の獣の皮と肉にも易々と突き刺さるレーザー加工の刃に感心しながら刺す。何を変なことを考えているのかと思いながら刺す。そういえばずっと刺身食ってないなと考えて刺す。犬が動きを止めるまで刺し続ける。

 ノルグがデカい犬の首から腕を離し、肩から両手剣を抜いて叫ぶ「撃ち方止めィ!」

 銃声と砲声にも負けないデカい声に身体が一瞬麻痺する。ソルがすかさず携帯無線機のボタンを押し、橋の上への砲撃を止めるように言う。

 ノルグは両手剣を振り上げ、迫る死体の群れを斬る。軽装備の死体なら一振りで三、四体は真っ二つになる。重装備の死体なら蹴りの一発で川へ落とす。

 今まで何を後ろで遊んでいやがった、と文句が言いたくなるくらいの活躍ぶりだ。ひたすらノルグの暴れぶりを後ろから見る。

 左右に往復しながら斬って蹴って斬って蹴る。迫ってきていたはずの死体の群れが押し返されていく。

 その最中、携帯無線機から嬉しい声が聞こえてくる。

――こちら前線司令部。架橋作業が完了した。戦車を先頭に向かわせる、車両を右側に寄せておけ

 歓声が一度上がる。連一も思わず声を出す。

 死体の群れも片がついた。ノルグの動きは止まり、立っている死体は一つも無い。ホントに今まで後ろで何をしていたんだ、と知っているが言いたくなる。

 血塗れのノルグは両手剣を肩に担いで戻ってくる。ソルが声を上げてノルグの胸を殴る。

「今まで何やってやがった!」

「向こうの手伝いだ」

 ノルグはソルの頭を掴んだ手で西岸地区を指差す。

 まずは歩兵砲を片付けよう。そう思った時、対岸からの金色の反射光が目に刺さる。

 何時の間にかあの僧侶は消え去っているが、今度は金色に光る重装歩兵が一人でやってくる。単騎駆けとは恐れいるが、何で今頃になって?

 金ぴか重装歩兵が軽快に走って迫る。一歩地に足つく度にダムがドンと揺れる。

 機関銃手が一連射、火花が散るだけで弾き返される。隣の歩兵砲が砲撃、大きな火花が散ってよろけるだけ。何の冗談だありゃ?

 死体を踏みつけながら金ぴか重装歩兵は迫り、隣の歩兵砲を剣の一振りで破壊。ノルグが両手剣で大上段に斬りつけても意に返さない。

 そして隣の四輪装甲車の前面、エンジンに剣を刺し、持ち上げ、川に放り投げる。人なんかより火砲や車両を破壊した方が価値がある。こいつは頭も回るっていうのか?

 金ぴか重装歩兵の甲冑には隙間と言うものがない。背は高く、ノルグより頭三つ分は大きい。そして砲弾を受けてもよろける程度の耐久力。対処の仕様がないんじゃないか?

 ノルグがまた斬り付ける。派手な音を立てるが、相手は微動だにしない。

 何時の間にか空から近寄ってきたレイヴがあの鎚矛でぶん殴る。砲弾が炸裂したような爆音、宙に浮いた金ぴか重装歩兵は川に落ちる。何の冗談だこりゃ?

 レイヴは翼を広げ、ゆっくり高度を調節しながら川へ降り、落ちた四輪装甲車の機関銃手を拾い上げ、勢い良く羽ばたいて戻ってくる。そして手拍子を二回、周りの注目を今以上に集めてから喋り出す。

「ここの責任者は?」

「俺」ソルが手を上げる。

「死体が動き出して混乱したけど、西岸地区の制圧は完了。東岸地区の制圧に移行するため、車列を整理するので隊員には移動準備をさせること」

「了解。野郎ども、移動準備にかかれ!」

 指示は分かり易く簡潔に限る。ソルがレイヴに状況説明を受けるのを横で聞きながら作業を始める。

「投降した敵兵士は予備部隊が拘束し、監視中。動かせなくなったわけじゃないから安心して」

 歩兵砲を移動させ、四輪装甲車に装着し直す。

「航空部隊はまもなく燃料の関係で帰還する。最後に機関砲で掃射して終わり」

 銃弾で開いた穴からボロボロ土が零れ出す土嚢をトラックに積みなおす。

「工兵隊がドーザーブレードを戦車に装着している。あんたらがこさえた死体の山はそれで掻き分ける。徒歩の隊員に死体の道を歩かせるわけにはいかないから」

 ノルグはデカい犬の首の後ろを両手で掴む。サイは一緒に犬の足を持って川へ放り投げる。

「車列を整理したら前進、東岸地区を制圧」

 邪魔な小銃と日本刀を助手席に置き、四輪装甲車に乗る。運転してダムの右端に寄せる。

「戦車、次いで六輪装甲車と付随の歩兵部隊を先頭に持ってきたら出発準備完了」

 仮設橋を戦車と六輪装甲車が渡り、幅に寄せた車両の横を通って車列の先頭に出る。

「休憩はないから、頑張って」

 レイヴは後ろへ飛び去る。入れ替わりに歩兵部隊がやってくる。「良く生きてたな」と簡単だが重みのあるお褒めの言葉を頂く。

 助手席にソル、後部座席に爺とノルグが乗り込む。機関銃座には変わらずサイ。道の中央に四輪装甲車を寄せる。

 後ろにトラックや他の四輪装甲車、そしてニ脚工作車が続き、車列の整理が完了。

 前線司令部から無線通信。

――全隊、東岸地区へ侵入せよ

 戦車が動き出し、六輪装甲車が続き、付随の歩兵部隊が歩き出す。こちらもアクセルを踏んでゆっくり進む。

 常に聞こえ続けているジェットエンジンの爆音が少し大きくなり、東岸地区一帯から連続して粉塵が上がる。

――航空部隊より地上部隊へ。今ので撃ち止めだ、一足先に帰還する。また会おう、幸運を祈る

 あの酒焼けしたカスれ声だ。今じゃユナキなんかよりあの年寄り相手の方が勢いよく勃起しそうだ。

――前線司令部より航空部隊へ。地上部隊を代表して感謝する。ありがとう

 そして航空部隊は上空で楔形に編隊を組んで旋回し、上流側からわざわざ車列の真上、地上すれすれに飛んで下流側に去る。

 聞こえているかどうかは別にしてクラクションを押しっぱなしにする。口笛を吹き鳴らし、脱いだ帽子やヘルメット、腕を振って航空部隊を見送る隊員達。

――まったねー!

 あの可愛い声だ。何が、まったねー、だ。股に顔突っ込んでふやけるまでベロベロ舐めるぞ。

――またな、お嬢さん。全部隊、東岸地区へ向かう。気を引き締めろ

 クラクションから手を離す。騒ぎがピタリと止む。

 戦車に取り付けられたドーザーブレードが死体の道を掻き分けて進む。道の端には血溜りに浸かった死体が小山になって連なる。その間を車列が進む。敵を殺すことには全く躊躇はないが、殺した敵の死体で出来た道を進むのには躊躇がある。タイヤがベタつく血を踏みつける音が不気味。

 爺がヘルメットをコツコツと叩く。日本語で答える。

「どうした爺?」

「言うのを忘れてた。この先の東岸地区には岩壁を刳り貫いた岩窟住居がある。そこには魔女、アウリュディアっていう婆様がいるんだが、そいつは色々な化物を呼ぶ魔法を使う。さっきの犬とか金色の騎士とかが良い例だ。その婆様を倒さないと次から次に化物がやってくる。上層部に報告して、早期に岩窟住居への突入が出来ないか掛け合ってくれないか」

「突拍子もないな。まあ、良い例、のおかげで信じられるけどよ。話してみるよ」

 日本語からシェテル語に切り替えてソルに話す。

「ソル、後ろの爺が言うには、この先の岩壁に穴掘った住居があって、そこに魔女の婆がいて、そいつがさっきのワンコとか金ぴかとか、鳥もかな? あれを魔法で呼び出してるんだってよ。早めにその婆をくびり殺さないと更にまた化物がやってくるから、早期にその穴倉に突撃できないか? だって」

「信用は?」

「あんな化物どこから沸いてくると思ってる?」

「そうだけどよ。その爺さん何者だ?」

「元の世界では俺の戦友。こっちでは敵方にいたけど、降伏勧告聞いて、俺の説得っぽい何かもあってこっちに寝返った奴。インチキ臭い爺だけどな」

 ソルは唸ってから「投降した敵からの情報って扱いだよな。あーどうしよ」

 ノルグは爺の方に腕を回して抱き寄せ、額を突き合わせる。

「レンイチ、この爺さんに嘘吐いていないかと俺が聞いていると言え」

 日本語に切り替え「爺、そこの髭のおっさんが、嘘吐いていないかって聞いている。答えてくれ」

「嘘は吐かん」

 ノルグは腕を離し、肩に装着した携帯無線機のボタンを押す。

「前線司令部、こちらヴェルンハント連隊のノルグ=バキロイ。投降した敵から有力な情報を得た。東岸側の岩壁には穴を掘って作られた住居があり、そこには巨大な鳥や蛇に代表されるような化物を魔法で召喚する女の魔法使いがいる。また新たな化物を呼び出してくる恐れがあるので早期に岩壁の住居へ突入はできないか?」

――こちら前線司令部。その話は信憑性に欠け、承服できない

 「だよな」、と呟きながら四輪装甲車を右折させる。東岸地区に入った。

――だからヴェルンハント連隊を偵察部隊として岩壁の住居へ派遣する。追って指示があるまでは現在の任務を続けろ

「了解」

 バックミラーで後ろを見る。ノルグは一息吐く。

「ちゃんと前見て運転しろ。チューするぞ」

 前を向く。道には民間人が逃げた跡、散乱した荷物や荒らされた露店がある。脱げた靴も落ちている。

 車列が停止、ブレーキを踏む。家屋を制圧するため、六輪装甲車が数発機関砲をぶち込んでから中へ歩兵部隊が突入。銃声と怒声。待ち伏せの心算か。

 ユナキの降伏勧告が響く。爺になんて言っているか聞くと、勝負はついたから投降しろ、もう血は流すな、という内容らしい。

 家屋に隠れていた敵が銃撃を始める。サイや他の機関銃手は機関銃で応射。車体に銃弾が当たる度にヒヤヒヤする。

 大きな獣のような咆哮。一体今度は何だ?

 サイが車内に一旦避難してくる。屋根やボンネットに石片やら角材がぶつかり始める。そこら中に瓦礫が降っている。

 視界の端を、猿をデカくして筋骨隆々にしたような化物が機敏に跳ね回りながら瓦礫を投げまくっている。

 瓦礫を食らってフロントガラスがくもの巣。戦車砲の砲声、フロントガラスが少し崩れる。ソルがフロントガラスを小銃で殴って崩す。

 サイはまた機関銃につき、連射し始める。瓦礫の雨が止んだ。

 六輪装甲車が機関砲を連射、空へ向かって撃っている。

 前方から大きな衝突音。フロントガラスが無いせいで身体に響く。六輪装甲車が機関砲の連射を停止。

 珍しくサイが叫ぶ「前方、車体、上!」

 身体を低くして六輪装甲車の上を覗き見ると、やっぱり猿をデカくして筋骨隆々にしたような化物がいる。目玉が巨大。

 デカい猿は腕を振り上げ、サイが「伏せッ!」と叫びながら車内に避難、こちらに振り下ろす。肩と頭を下げる、勢いでクラクションを鳴らす。

 真上から巨大な、頭が吹っ飛びそうな衝撃。そんな感覚がある時点で幸運にも吹っ飛んではいないことが分かる。車の屋根が伏せた以上に頭を上げられないくらい低くなってしまった。

「出るぞ!」

 ソルが叫んでドアを開けようとするが、車体が歪んで開かない。ノルグがドアを蹴っ飛ばす。一発目、車が揺れるだけ。二発目、サイも一緒に蹴りを出し、半開き。

 戦車砲の砲声、同時に獣の絶叫。

 車体にまた衝撃、重々しいが激しくない。潰れたフロントの部分から血が流れ込む。人間とは比べ物にならないくらい生臭さい、臭いというか辛い、痛い、吐き気、吐く。こちらが吐くのをみたソルがつられて吐く。今朝食った物とまたご対面。

 ノルグとサイの蹴り、三発目でドアが開き、二人が外からドアをこじ開けてくれる。ソルから小銃と日本刀を受け取りながら臭い車内から脱出。

「命の恩人だぁ、チューしてくれ」

 ノルグが額に吸いつくようなキスをしてくれる。その後口を離し、吐く。理解不能なぐらい臭い、目に染みる。これまでの勝ち続きの空気が払拭されそうなぐらい臭い。それが狙いか? 

 車の上にはグチャグチャになった胴から内蔵を吐き出したデカい猿の死体。あのデカい犬もそうだったが、妙な化け物は死体になって動き出さない。良い事だ。

 前にいた六輪装甲車は砲塔が潰されている。無人砲塔なのが幸いか?

 一通り家屋を制圧してきた歩兵部隊が戻ってくる。ダムの死体の道を徒歩で進んでも吐く素振りすら見せなかった彼等が吐き始める。

――こちら前線司令部。岩壁の住居への入り口を発見した。ヴェルンハント連隊隊員は車列先頭の戦車の後ろへ続け。戦車の乗員には電子地図で行く先を伝えてある

 また催してきた吐き気を我慢せず、腹の中の物を吐き出しながら戦車の後ろにつく。前線司令部から他の隊員へ向けて、東岸地区を完全制圧されるための指示が矢継ぎ早に飛ばされ始める。現場からはとりあえず猿の死体の焼却処分が打診される。

 火炎放射器を背負った工兵がようやく猿の死体へ火を掛け始める頃、小分けにされていたヴェルンハント連隊の面々が集結。その間にサイは重たいヘルメットと防弾着を脱ぎ捨てる。

 岩壁の住居へ突入をする際の班分けがされる。先頭はノルグ、サイ、連一に爺。その後ろにはダルクハイド族。殿にはソルと他の隊員。

 戦車を先頭にし、ヴェルンハント連隊は目的地まで周囲を警戒しながら移動。

 石造りの家の窓の一つ一つに目を配る。上流側から差し込む陽光が部屋の中に陰を作っている。

 一つの窓にこちらを覗き込む顔を見つけ、狙いをつけて小銃で射撃、ガラス窓が割れて顔が消える。敵兵士か民間人かは分からない。違いなどもうないかもしれない。

 大通りから外れ、脇道へ入る。ボケているのか耳が不自由なのか、椅子に座った婆さんが外で編み物をしている。

「あれが魔女か?」

 日本語で爺に聞く。

「んなわけないだろ」

 その婆さん以外の人影は見ることなく脇道を抜け、岩壁の前に到着。

 扉の無い、住居への大きめの入り口が一つ。窓は横に数十、縦に四つ。窓は木枠に嵌められたガラス窓もあれば、岩が剥き出しになっているところもある。

 それ以外で目を引くのは鳥と蛇の彫刻。航空部隊が殺したやつだ。

 戦車の機関銃手が大声で耳を塞いで口を開けろと、同じ内容で戦車兵からも無線で警告。戦車が全階層に対して砲撃開始。精確に窓を射ぬき、爆風で内側から同じ部屋の窓を吹き飛ばす。そして吹き飛ばなかった次の窓へ砲撃が繰り返される。耳を塞いで口を開けて身構えているが、音だけで魂が引っこ抜かれそうだ。岩壁の住居にいて実際に引っこ抜かれているであろう敵連中に比べれば大した事はない。

 最後に唯一の入り口へ向けての砲撃が終った後、戦車兵の声が無線から流れる。

――攻撃準備射撃終了。ヴェルンハントさん、もういいぞ

 戦車の機関銃手が手を前後に振って、行け行け、と合図。

「行くぞッ!」

 一声上げるノルグを先頭に突入開始。室内での不意の白兵戦に備えて小銃に銃剣を着剣。

 敷居を跨いで岩壁の住居に踏み込む。鉢に植えられた観葉植物で飾られた――跡が見受けられる玄関。砲撃でその残骸が床に散らばっている。壁には岩が粉砕された跡があり、ここで待ち伏せしていた人の痕跡らしき衣服に肉片も散らばっている。

 玄関から次の部屋へ入る。砲撃で惨憺たる状況。肉と骨と内臓と布と岩と家具がバラバラになって散らばっている。全ての部屋が似たような状況だろう。

 岩壁の住居の壁側面は丁寧に削られて、比較的滑らか。引っかき傷ができそうな部位はない。天井のほうはやや荒削り。

 次の部屋へ入る。先の部屋と似たような状況、人のいた痕跡がないくらい。

 次の部屋へ入る。砲撃を受けてヘロヘロになりながら、健気に小銃を構える敵兵を撃ち殺し、やはり起き上がった死体をノルグが両手剣で真っ二つにする。

 ノルグは手で後続の隊員達に待機しろと合図し、横へ枝別れした道へ進む。ノルグについていく。

 その先にある部屋の中へ入れば、必死の形相で加熱もされていない穀物を食う敵兵。積み上げられた布袋には穀物がぎっしり詰まっている。ここは食糧倉庫だ。こいつは死ぬ前に食えるだけ食いたいと考えたのか?

 ノルグは両手剣を振り下ろし、敵兵の肩から股まで切り裂く。内臓と血が床に零れる。

 戻り、待機していた隊員達に手で行くぞ、と合図して一番奥まで行く。二階への階段があり、上ると三階への階段はない。

 二階の部屋も一階と同じような状況。砲撃で内部は荒れている。不自然なのは、砕けた死体の破片は転がっていても、原型を留めているような死体が無いこと。

 次々と先の部屋へ進む。内部の造りは非常に単調で、一本道になっているようだ。

 ヨロヨロと奥の部屋へ逃げようとする、肩を貸し合う敵兵二人に追いつく。爺が何事か怒鳴る。

 その二人は振り返り、また何事か喋る。爺は二人を壁まで押しやって、説得するように喋り始める。そうすると、肩に担いでいた小銃を床に置き、床に座り込む。疲れ切った顔をしてこちらを見上げる。

 爺に日本語で話し掛ける「どうなった?」

「降伏した。殺すなって伝えてくれ」

 爺の言う通りにヴェルンハント連隊に向かってシェテル語で「この兵士二人は降伏した。殺さないでやってくれ!」

 隊員の一人が近寄ってきて、その二人をプラスチックの紐の手錠で拘束。

 先へ進む。ノルグは手で後続の隊員達に待機しろと合図し、横へ枝分かれした道を行く。そこは病室だったようだが、窓を突きぬけた砲弾がこの部屋に入っている。白いシーツや仕切りは粉塵と血で汚れ、物が散乱。呻き声を上げる死にかけしか中に残っていない。

 戻り、待機していた隊員達に手で行くぞ、と合図して一番奥まで行き、三階への階段を上ると四階への階段はない。嫌な造りだ。

 壁に掛けられた見取り図を発見。他の階にもあったのだろうが、砲撃のせいか今まで確認できてない。

 見れば、予想通りにここの内部構造は単純で最上部までは一本道。上へ昇る階段は一番端まで行かないとない。途中、脇に他の部屋へ続く道が各階にあるが、全て一部屋で行き止まりになっている。砲撃を加えたのは四階までだが、ここは五階まであり、最上階は特別高い位置にあり、何やら宗教的な間取りになっていると思える。便利な造りにはなっていない。逆を言えば、敵の侵攻に対処できるようになってる、か?

 三階の部屋を次々に進む。他の部屋と同様に荒れている以外に特に無く、また不自然に敵の抵抗が無い。やはり原型を留めた死体も無い。民間人の姿も見ない。

 ノルグは手で後続の隊員達に待機しろと合図し、横へ枝分かれした道を行く。中は武器庫になっており、大半の武器が持ち出されている。武器といっても骨董品のような刀に槍に前装式銃ぐらいなものだが。

 戻り、待機していた隊員達に手で行くぞ、と合図して一番奥まで行くと四階への階段を上る。

 また同じような部屋を進んでいると、横へ枝分かれした道の先にある大きくて頑丈そうな扉が開け放たれ、刀や槍を持った死体が駆け出して来る。

 ダルクハイド族の一人、顎鬚の派手な奴が山刀を抜きながらノルグの肩を殴って、「先に行けデカブツ」と一言。ノルグは背中を叩き返す。ダルクハイド族達は山刀を抜いて死体に切りかかっていく。

 しかし動く死体の量は尋常ではなく、ダルクハイド族達は押し返される。死体が通路に溢れ出す。ソル率いる後続の殿部隊と分断された形になった。

 直ぐ先にある五階へ続く道が左右二手に分かれている。見取り図には一本道に描かれていた。

 そして左側の道から黒い四本腕の虫みたいな化物が現れる。爺の情報、分かってはいたが正しいことが確認された。

 ノルグは怒鳴り「左任せろッ! お前等右!」

 悩む間も無く右の道を進む。道は階段と上り坂の組み合わせで、緩やかに左巻きになっている。見取り図では省略されているらしい。

 上りきり、角を曲がった所の通路に出ようとしたところで銃声、通路の壁の一点から火花が散る。前進を止める。通路の角の陰に隠れ、牽制程度に小銃を撃ちながら先を覗き込む。甲冑装備の重装歩兵が隠れもせずに撃ち返してくる。

 しゃがんでから通路の先を覗いた爺が喋る。

「ここはワシに任せろ。奴は友達だ」

 頭と小銃を通路の陰に引っ込める。飛び出そうと山刀を抜くサイの肩を手で押える。

「やってみろ」

 爺は通路の陰から身体を出し、爺は言い聞かせるように長い台詞を吐く。重装歩兵の方は少し劇芝居掛かった短い返事。そしてニ、三回言葉を交わした後、爺が怒鳴り、重装歩兵が冷めたように答える。

 そして爺、間抜けにも脚を撃たれて倒れる。陰に引きずり込む。

「あの馬鹿垂れの鉄筋脳みそめ。固いのはチンポだけで十分だって言っただろが」

「駄目か、面倒臭ぇな」

 しゃがんで処置を施す。ナイフで爺のズボン、銃創付近の生地を切って広げる。

「連一、頼みがある。娘さんにも言ってくれ」

「何だよ」

 銃創に、皮膚組織に近い薬剤が塗布された湿布を貼り付ける。

「奴は友達だ」

「さっきも聞いた」

 湿布が外れないように包帯を巻き、結んで固定。

「殺さないで捕らえたい」

「俺はやぶさかじゃあないが」

 爺の頭をポンと叩き、シェテル語に切り替える。

「サイ、奴を殺さないでくれって言ってるけどどうする?」

「やだ」

 やっぱりかと思いながら、日本語に切り替える。

「やだ、だってよ」

「そうか」

 もう一度通路の陰から先を覗くと、もう重装歩兵は通路にいない。小銃が通路に放置されており、弾切れになったらしい。弾があるフリをしない正直な所には、馬鹿、と評しておく。

 爺は置いて、サイを先頭に進む。そしてまた途中で道が枝分かれする。

 左側は奥まで続いていそうで、右を見れば迷う必要もない。部屋の中央で槍を構えている重装歩兵だ。左の方、おそらく黒い四本腕の化物が進んできた方の道だ。

 サイは低い姿勢で重装歩兵へ突っ込む。重装歩兵がサイの腹を槍で刺し、石突を床に突き立てて支点にし、勢いを借りて持ち上げ、腰を落としながら槍先を後ろに振って頭から床に叩きつける。衝撃で槍の柄が折れる。

 見事な技だ。ぶっ殺してやる。

 小銃を構えてゆっくり進む。どこを狙えばいいか? 面帽の隙間、鎖帷子しかない。

 慎重に狙って、射撃しながら進む。思うように当たらず、甲冑に銃弾が弾かれる。

 重装歩兵は刀を抜きながら部屋の陰に隠れる。時間稼ぎをされてもこちらは負ける。あの化物を召喚する魔女とやらが、次ぎに何を呼び出すのか分かったものじゃない。

 ノルグがやってくればこんなヘッポコ簡単にぶっ殺してくれるのに。

 手榴弾の安全ピンを抜き、少し待ち、部屋の入り口近くで止まるように力を調節して投げる。上手く入り口から少し進んだ所で止まり、爆発。走って部屋に入る。入り口の陰で待ち伏せされるのを防いだ、はず。

 顔を庇うように腕を上げる重装歩兵を、入り口の陰になっているところに見つけ、鎖帷子部分を狙って射撃。何発か外れるが、左腕間接、左膝の側面に命中。銃弾が砕け、残り屑がめり込んでいるのが確認できる。

 重装歩兵は刀を振り上げる。間合いから離れないと危険、後ろに下がる。撃ちまくって残弾の数が分からなくなった。

 重装歩兵の顔目掛けて残弾を発射、一発目は兜、ニ発目は壁、三発目は顔を庇う腕に当たる。そこで弾切れ。

 銃剣で相手の面甲の隙間を狙うしかない。瞬発力を活かせるように脱力する。

 重装歩兵が挑発めいた言葉を発する。思わず狙いをつけてしまい、刀で銃剣を払われる。小銃が明後日の方へ向き、銃剣が折れる。

 次いで刀で突いてくる、小銃で防ぐ。押されたまま後ろへ退く。

 急いで弾倉を交換、そのままの姿勢で足首だけで重装歩兵が近寄り、弾倉の交換を終え、銃口を向ける頃には間合いに入られ、小銃を刀で巻き上げられ、抗えずに手から離れる。油断した。

 重装歩兵の腰を蹴り飛ばして、同時に退いて日本刀を抜く。抜いたはいいが、相手に隙が無い。詰め寄る敵、気圧されて引き下がる自分。こりゃ負けたな。

 重装歩兵は刀を突き出し、床を擦るようにジリジリ迫ってくる。刃先に目がいく。刃先が下がり、刃が翻る、反射的に日本刀を横に振る。間に合ったのか間に合わなかったか、顔に違和感。痛くないが、間違いなく切られた。

 日本刀を正眼に構えて後ろへ退く。両目は大丈夫、たぶん。

 逃げるか? 床に横たわるサイは動く死体にならない。だとしたらトドメを刺させるわけにいかない、逃げるわけにはいかない。

 重装歩兵の息遣いは静か。あんな甲冑をつけているのに疲れをみせない。むしろ疲れているのは戦闘続きのこちら。

 剣術の腕なんか素人同然だが、この重装歩兵を前にすれば力量に俄然の差があると直ぐに分かる。後ろに下がり過ぎて壁に背がつく。

 爺が匍匐前進で部屋まできて、何事か分からない言語で語りかけ続ける。肝心のお相手は黙したままだが、爺に注意が向く。

 重装歩兵が、刃先を真っ直ぐ向ける構えから、下段にだらりと腕を下げるような構えに変わる。

 サイ、跳ね起きる勢いのまま重装歩兵に飛びかかり、甲冑を掴んで引きずり倒す。あまりに早く突然。

 そして兜の革紐引きちぎって、留め金毟りとって兜を外す。あらわになった髭面を一発殴る。人を殴ったとは思えないほど重くて大きな音がなる。

「止めろ!」

 爺が怒鳴るが、言葉も通じずサイは続けて殴る。潰れた鼻がほぼ平らになり、前歯折れ、頬骨へこみ、顎が砕け、目の周りがへこんで、耳から血が飛び出る。

 爺がサイに銃口を向けるので小銃を蹴っ飛ばす。

「仲間だぞ!」

「奴もだ!」

 顎引き千切り、額を割り、割れた額を引き毟り、露出した脳みそを殴る。返り血で斑模様になったサイの顔に、頭部からの流血で血の筋が走る。

 爺は床に額を擦りつけて唸る。

 サイに手を伸ばす。潰れそうなくらい力強く握り返すサイの腕を引く。しっかり踏ん張っていなかったのでよろけ、踏ん張り直して持ち応える。

「怪我は?」

「腹は刺される前に先掴んだから内臓まできてない。手も骨に触ってない。頭は痛い。うん、軽傷」

「軽傷?」

 首を回しながら「何ともない」

「じゃあいけるな」

 サイから、おそらく軽めの肘打ちを受ける。身体がよろけるくらい重たい威力。

 魔女の化物を呼び出す魔法が今も続いているはずだ。先へ進まなければ。

「連一!」

 重装歩兵の死体の傍らに移動する爺、死体の胸を二回叩く。

「俺らみたいな人殺しは修羅道に落ちるもんだな」

 満洲戦時、その他作戦、振り返れば何人殺したか分からない。俗に言う、罪の無い人々も殺した。それの応酬か?

「やっぱお前日本人だろ」

 爺は返事をせず、死体の手を両手で握る。

 サイに肩を叩かれ、先へ進む。もったいぶるように長い、側面に彫刻がある通路を走り抜ける。

 そして奥の部屋、非常に広く、儀式的に装飾がされている。部屋の中央には天窓から陽光を浴びる、あぐらを組んで瞑想をしている白髪の姉ちゃん。白髪だけど、これ魔女の婆様じゃなかったのか? 殺すから関係ないか。

 速戦即決、走り寄って刀で頭を唐竹割りのつもりで切りつける。刃が頭蓋骨にめり込むが、精神集中しているのか呻き声一つ上げず、微動だにしない。人形じゃないよな?

 魔女、目を開いて笑う、顔に血が伝う。そしてその背後、床から何かが盛り上がってくる。

 宝石のように輝く黒の長髪、幾筋もの青筋が這う白い肌、巨大な人面の何かが、産道から出たてのように目を閉じたままゆっくりと細長い首を天窓に向かって伸ばす。

 その人面の、開いた巨大などす黒い目と目が合う。背筋と思考が固まる、血が頭に集まる、身体が冷える、目が離せない。

 迷いもせずサイは、その人面に向かって小銃を連射する。効いているのかいないのか分からない。それから小銃を捨て、その人面の目玉へ、山刀を体当たり同然に刺す、しかしガチっと鳴って刃が通らない。それでも何度も目に切りつける。

 床から飛び出た指を避けながら、サイは何度も人面の目を狙う。それとは関係なしに人面の頭から血が流れ始める。こんな状況もおかしいが、人面が急に出血し出すのもおかしい。思考が戻ってくる。

 指だけでなく、手首から先が床から突き出始めた頃、サイが振るう山刀を目に受け、人面がその目を瞑るという動作をする。

 頭をカチ割られた魔女が、目から血を流し始める。これだ。臆病者は身体が動かなくなるから死ぬんだ。

 魔女の、右鎖骨内側に刃を刺し込み、左に向かって刀を倒す。肉と骨の感触にも何種類かある、と手応えが教えてくる。

 魔女が連一の腕を掴んで恨み言のようにブツブツ喋ってから、力失せて項垂れる。人面が黒い霧のようになって霧散する。

 腕はガッチリ掴まれたままで、蹴っ飛ばして引き剥がそうとするが外れない。少し荒い息を吐くサイがその指を一本一本圧し折ってくれる。身体から日本刀を抜く。

 まだこの戦いは終らない。後ろに死体の群れと戦う仲間もいるし、ノルグは化物を相手にしていた。援護にいかないと。

「サイ、戻るぞ」

「まだ」

 サイは捨てた小銃を拾ってこちらに渡す。手前の部屋に自分の小銃を忘れてきていた。

 来た道から銃声が聞こえ、次ぎに顔面が無くなった重装歩兵が、通路の壁にぶつかりながら不器用に走ってくるのが見えてくる。

 死体になった重装歩兵に向かって射撃。甲冑に弾かれたり、無くなった顔面に命中したりもするが効果なし。弾切れになったので小銃を捨て、日本刀を抜く。

 サイは両手で山刀を持ち、重装歩兵の死体を横に斬りつける。刃は通らないが、激しい音が鳴って転ばせる。しかしそんなものでは効果がなく、重装歩兵の死体は起き上がる。

 来た道からの銃声がまた激しく聞こえてくる。そして、ボロボロに崩れかけたあの僧侶が来た道から走り込んでくる。

 レイヴが天窓から降って来て、鎚矛で重装歩兵の死体を殴り、爆音とともにグチャグチャになった金属と肉の塊が部屋の壁にめり込む。

 サイは、山刀で崩れかけの僧侶の首を撥ねて胴体を蹴っ飛ばす。

 まだ銃声は激しく鳴っている。来た道から、ソルを含むヴェルンハント連隊の隊員、仲間が銃撃をしながら逃げ込んでくる。

「マズいぞ、奴が死んだ!」

 銃撃を受けながら、ビクともせずに現れたのはノルグだ。味方に攻撃を受けているということは、黒い化物と戦って相討ちにでもなったか。あの男前の面が何をされたのか、焼けて赤黒くボロボロになっている。

 レイヴが鎚矛に弾薬を取りつけ、振りかぶりながらノルグに襲い掛かり、両手剣でぶっ飛ばされて天井にぶつかり、跳ね返り床にぶつかり、跳ね返り壁へ。

 その隙にサイがノルグの膝に山刀を刺し込む。蹴っ飛ばされて壁にぶつかる。

 巨体を不安定に揺らすノルグの、両手剣を持つ腕へ連一は日本刀を刺し、腕に振り払われて吹っ飛び、壁にぶつかる、倒れる。息ができない。このまま寝たい。

 ソルが銃剣でノルグの胸を刺す、他の隊員も銃剣で刺すが、無事な腕でその銃剣をまとめて叩き折られる。こんな化物だったか。

 ノルグが両手剣を振り上げようとするが、連一が刺した刀のおかげで上手く動かず、ソルと他の隊員を切れない。

 切れない代わりに体当たり。隊員の一人は吹っ飛んで壁へ激突。体当たりを逃れた隊員の一人へ頭突き、ヘルメットごと頭が潰れる。

 殴ろうとノルグは腕を振り上げ、ソルはあろうことか胸を押さえて心臓発作を起こしたかのような死んだ振り。そしてそれに騙されたのか腕をゆっくり下げる。その手があるのか!?

 レイヴ、何事もなかったように剣を抜きながら壁を蹴って飛び、ノルグの両手剣を持つ腕に刺す。そのまま身体にはりついて短機関銃を腰のホルスターから抜き、頭に銃口をつけて連射。頭を激しく振るわせながら血と脳みそを噴き出し、頭半分を吹っ飛ばされたノルグは膝をつく。またレイヴを腕の一振りで吹っ飛ばす。

 頭部は下顎を残すだけになったノルグ、まだ不気味に動いて立ち上がる。こちらも息も少しできるようになり、立ち上がる。

 無事な手で両手剣を握り、こちらに近づくノルグ。何でこっちにくるんだよ。

 臆病者は身体が動かなくなるから死ぬ、止まるな動け、何かしろ。

 気付く。僧侶の頭、火が点ったように目が光っている。僧侶の頭を思い切り踏んづける。硬い手応え、頭蓋骨は頑丈なものなのだ。

 頭を持ち、顎を手で開けようとする。このクソ頭、危険を感じたか顎をカッチリ閉じ合わせている。

 ノルグは両手剣を振り上げる。やっぱり間に合わない? サイがノルグの腕を掴み、足を蹴り払って転ばせる。

 頭を床に置き、顎を足で踏んづけて口をこじ開ける。手榴弾を手に取り、安全ピンを口で抜いて僧侶の口の中にねじ込む。しっかり奥に入るよう、一発口を踏みつける。

 ノルグは寝たままの姿勢からサイの顎を殴り、跳ね起きる。サイは顔から床に倒れる。

 ノルグは再度両手剣を振り上げながら迫る。気付く、首の切断面から突っ込めばもっと時間があった。

 僧侶の頭、後頭部を掴んで持ち上げ、投げる? 両手剣は振り下ろす寸前、間に合わない、殴る!

 爆発、右腕に衝撃、僧侶の頭が砕け、両手剣を振り上げた姿勢のままノルグは後ろに倒れる。

 自分の腕、手から折れた骨が幾つも突き出てそこから血が飛び、人差し指、小指が無い。手首からも骨が突き出て、傷口から脈打つように出血。肘は外れたか折れたかで奇妙に曲がり、右肩はだらんと下がって動かせない。奇跡的なのは、まだ両足で立っていることだ。

 そして代わるようにノルグに頭を潰された隊員が起き上がり、こちらに銃口を向ける。頭を潰されたはずの隊員は激しい口調で怒鳴り続けるが、発音もはっきりしないので聞き取れない。魔法のことは少しも分からないが、これはあの僧侶の最後ッ屁か。

 死んだフリしたソルが、頭が潰れた隊員のベルトを掴んで引き倒す、発砲しながら倒れる。

 疲れた、座る。ソルが駆け寄ってくる。顔が怖い。

「なんだその面?」

「喋るな!」

 床に寝させられ、ソルに右上腕を包帯できつく縛られる。それから防弾着の前を開けてナイフで服を切り始める。何で服を切るんだ?

 レイヴが近寄り、兜を外して顔を初めて見せてくれる。そして褒めてくれる。

「それを忘れてたね、よくやった」

 小手を外した手で頭を撫でられる。妙に優しい。

 女か男か分からない声にこの綺麗な面。性別がどっちか分からない。女だったらケツを触ってやる。男だったら、ケツ触ってやる。

 ケツには手が届きそうにないので、あるかないか分からない胸に手を出そうとすると手を握られる。レイヴが薄っすら笑う。

 なんか、天使みたいだ。

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