表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

12話「ハルハフハンド要塞」

 初めに、ハルハフハンド城を奪還するため海上からの補給線を断つことになった。しかし補給部隊の車列は経路を毎回変えて行われているので手が出せない。小型の無人偵察機が飛び回り、待ち伏せできる位置についても発見されて迂回される。大軍を出して隙なく行うにも近辺に補給拠点が無く、餓えてしまう。多少時間はかかるが、ハルハフハンド城周辺を塹壕で囲ってしまえばいいと思うが、ハンダラット国軍はそう判断しない。

 次に夜間、奇襲効果を高めるために砲撃もせずに歩兵部隊が前進したが、暗視装置でも備えているのか精確な砲撃を受けた。地雷原もあり、夜間であることも重なってか歩兵部隊は恐慌状態に陥って撤退。

 移動しない要塞は火砲にとって格好の的である。そこで集められるだけの火砲でハルハフハンド城を砲撃することになったが、相手の火砲は射程距離がこちらより上で、航空部隊の空爆もあり、ほとんど撃ち返せずに撃破された。

 そして今、ハルハフハンド城への突撃に気勢を上げるハンダラットの士官が、これから化物の口に入り込んで食われるというような状況なのに大張りきりで先頭に立って刀を振りかざし、砲撃の爆音に負けない怒声を張り上げる。それが一人ならまだしも何十人もいる。

 視界の端で、爆音とともに土と雑草と肉片、赤い帽子が噴き上がる。

 ハルギーブ軍とイフェストポリ義勇軍と亡命ザルグラド軍、そして傭兵達は砲撃を受けながら整列待機中。リーレスのような要職の者も含めて馬は没収されて持つことを許されていない。死ぬ気で突撃しろという意味だろう。

 攻撃準備射撃のために決死の砲撃を続けている火砲だが、やはり撃ち返されて撃破される。もう残り少ない。

 砲撃で吹き飛ばされた火砲の砲身が転がって歩兵の足を潰していく。

 この場にはメラシジン皇太子はおろか、アルーマン帝国軍の姿が見えない。見捨てられたか?後継者争いでもおこったか? 情報が無いのだ、全く。

 ハンダラットの士官が抜刀して十歩前に出る。その右、ニ歩後ろに旗手。勿論ハンダラット国の旗だ。こうでもして度胸を見せないと後ろがついてこないと思っているらしい。大体その通りだが。

「大将、今度ばかりは良い所で逃げないと死ぬぞ」

 後ろの方からティムールが声を掛ける。戦場で隣り合うのは初めてだ。

「死の訪れは戦場に望む。どこかで野垂れ死ぬ可能性を考えれば、ここで死ぬのも一興じゃないか」

 ティムールは何も言い返さない。言いたくても言わない、か。

 前進ラッパが鳴る。小太鼓の連弾がそれを急かす。最後の最後はゴリ押しの正攻法だ。

 少し離れた左隣の位置の歩兵達が爆風と土と雑草と肉片に煽られて前のめりに転ぶ。

 行進曲演奏開始、荒野の獅子マサリク=アレクカルド。ザルハル海沿岸諸国では定番とも言える行進曲、激しい曲調の人気のある選曲である。それに敵の砲撃と砲弾の風切る音、着弾して爆発、怒声も悲鳴も入り混じって耳が馬鹿になりそうだ。

 号令が掛かる「全隊進めッ!」

 曲に合わせて前進、全速力で突撃する時に使う曲なので全力疾走。ハンダラットの女神が一歩踏み出すごとに地面が揺れる。ハンダラット国の旗が勢いに乗ってたなびく。相手が何だって粉砕できそうだ。

 後ろから痘痕面の首が吹っ飛んでくる。頭上に土と血が降る。

 夜襲の時に爆殺された死体が転がる中を進む。脱走兵、罪人、奴隷、捕虜などで構成された先行部隊が地雷を踏んで足を吹っ飛ばされ始める。恐れをなして逃げ帰ってくる者もいる。ハンダラットの士官がそいつを斬り殺す。

「私に任せろ!」

 言ってアウリュディアが前に走り出る。ハンダラットの士官が何やら叫んで切りかかろうとし、刃が届く前にアウリュディアが召喚した土の蛇がその刀を叩き折る。

 そして土の蛇は地面を浅く抉り、転がる死体を身体に取り込み、地雷を爆破しながら急成長。のたうつように前進して地雷原を無力化していく。足場はデコボコしているが、地雷の無い道を進む。土の蛇が耕した道の範囲外の歩兵は地雷を踏みながら前進。

 ハンダラットの士官は地面に折れた刀を投げつけ、旗手の腰から刀を抜いて代わりにする。走りながらも器用な奴。

 前方で爆発、破片が旗手の胴体を真っ二つにする。すぐさま歩兵の一人が旗を拾って掲げて走る。

 前方にある上り坂の鉄条網は、既に前方を行く土の蛇が破壊している。土の蛇の範囲外の者は有刺鉄線を切断しながら前進。

 土の蛇が荒らした跡の上り坂は快適だ。一々有刺鉄線を切らなくていい。

 砲撃で砕けたハンダラットの士官と旗手が、その後ろを進む歩兵に散弾になって刺さる。自分の鎧にも何かが当たる。

 行く手を遮る用水路は、よく成長し中身が攪拌された土の蛇がその中で崩れて水路を埋め、急造の浅瀬を造る。進んで浅瀬を踏むと足首まで泥に埋まる程度。泥に足を取られて転ぶ者は後続に踏みつけられる。

 先頭になって進む歩兵達が泥とともに爆発して飛び散る。折れて飛んできた銃剣がプルフラム卿の顔に刺さり、倒れる。イフェストポリ義勇軍の首領がこの前進を乱すわけにはいかないので駆け寄ることもできない。

 川を渡ると、次々に歩兵へと機関銃弾が浴びせられる。体が血と肉を散らせながら頭腕脚を千切られ、腹と胸に大穴を開け、それか千切れてしまう。コンクリート製のトーチカが前方、間隔をおいて横二列になって配置されており、そこから機関銃が火を噴いている。

 川を飛び越えて走るハンダラットの神は、両前足を振り上げてコンクリートの塊のようなトーチカを一つ潰す。

 砲撃が女神へ集中しだし、血と肉片を飛び散らせながら徐々に変形する。葉の無い白い大木のような姿になり、枝のような数百本の触腕が二つ目のトーチカを殴り潰す。女神の触腕が傘のように広がって我々を砲撃から守る盾になる。

 頭上で砲弾が炸裂する度に血肉を浴びながら、無残に破壊された市街地跡を進む。その先には敵が造ったであろう防壁がそびえ立つ。あまり高さはないが、分厚そうだ。ハルハフハンド城はまだその後ろだ。

 突破口を開くためには、穴を掘って城壁の下に爆薬を埋めるしかないだろうがそれには時間がいる。女神が砲撃を防いでくれている内はいいが、そう長くも持つまい。

 ここまで来て敵兵の姿は一人も見ていない。敵の砲撃さえ何とかなれば希望が出てくる。

 女神の血の雨が降る中、アウリュディアが側に来て「砲を黙らせる」と言い、頷いて答える。不可能を可能にしてもらわなければ先が無い。

 また以前のようにアウリュディアはあぐらをかいて座る。虫の羽音が聞こえ始める。空気から神経まで震わしてくる。その羽音が耳を潰すほどの爆音になりはじめた時、茶色い蝗の群れが飛び出し、地滑りでも起きたような規模で扇状に広がる。これで火砲を操る敵砲兵を黙らせてくれるだろう。

 ティムールを手招きで呼び寄せ、城壁の下に爆薬を埋めて吹き飛ばせと指示を出そうとする。こういったことは彼の部隊が専門だ。

 そして数発、敵の砲弾が蝗の群れへ撃ち込まれる。小さく爆発するだけで影響が無いように見えたと思ったら、そこを中心に蝗がバタバタと落ち始める。なんだ? どうした?

 アウリュディアが叫ぶ「毒ガスだ、全員逃げろッ!」

「大将ここまでだ! 撤退、撤退だ! 退けェ!」

 ティムールとアウリュディアが率先し、仲間達に逃げろと叫びながら身体を押し、身振り手振りで撤退を促す。

 目前まで来て、女神が血を流して守ってくれているというのに逃げるのか?

 見上げれば、空を覆う女神の触腕。身を挺してくれているのに、それに応えることができないというのか。面甲の隙間から神の血が入り込む。

 女神の触腕が一本伸びてきて、身体に巻きついて持ち上げられる。そして撤退する仲間の方まで運ばれる。あまりに素早い動作で何も考える暇も無かった。

 思いついたままに叫ぶ「全軍撤退! 女神の犠牲を無駄にするなッ!」


 これより行われる作戦会議に出席するため、ユナキはハルハフハンド城内の狭くて電源ケーブルが床に剥き出しになって配線されている通路を進む。気付かない内に外套の裾が汚れてしまっている。戦地で綺麗な場所なんて期待していない、汚れるのは当然でとやかく言う気はない。場違いは自分の方だから。

 こちらへは来たくなかった。前線では命が掛かっているからなのか、単純に女が少ないのかは知らないが、言い寄ってくる男の数が普通ではないからだ。ルドガーの側にいればほとんど寄り付きもしないが、一旦離れると喧しいことこの上ない。が、仕事だから来るのは嫌と言えるはずもなかった。

 城内の空気はベタついて息苦しく、濁っている。はっきり言うと臭い。重油を焚き、そして毒ガスを使用したから換気を行っていないのだ。口の覆いへ臭わない程度に香水を振ってやろうと思ったが、前線で女が香水の匂いチラつかせているなんて嘗めた真似をしたらどんな反感を買うか分からないのでやっていない。

 ハンダラットの女神のことはよく覚えている。ハンダラット国への表敬訪問の時に、誰も話すことがなくなった語録も少なく拙い古い言語で挨拶をして、あの大きな舌先で顔を舐められた。その女神の処理は輸送機から重油タンク、戦闘機からはナパーム弾を投下して焼却することによって成功した。大木のような姿に変形した後、何発もの砲弾を撃ち込んでも破壊に至らなかった。超常的な生物を殺すのは骨が折れるものだ。

 敵の雑兵は何千人も死んだが、ハルハフハンド城の新たに築いた防壁より外側は無人で、遠隔操作の兵器が置かれているだけだったのでこちら側の死傷者は無し。既に毒ガスも風にさらわれて霧散した。残留することなく無毒化する種類らしいので二次被害もないだろう。

 作戦司令室に入れば、あのマンゼア帝国の将校もいる。彼に頼まれた外交文書の返書が来て、内容の翻訳も終えた。

 今の経済力、軍事力、外交状態で、マンゼア帝国はアルーマン帝国と正面切って戦えば崩壊しかねない。両国ともそれは同じだ。まずはアルーマン帝国内では最も反抗的で勢力範囲も大きいカルマイ族には賄賂を送り、協力してくれたら更に同額を払うと約束した上で、衝突は起こさなくていいから軍事行動を取るように依頼。後払いも欲しくなった彼等はアルーマン帝国に無断で軍の招集、閲兵を行った。内戦への危機感を煽ることに成功。他種族に理解があると評判のメラシジン皇太子一派には政治的な向かい風が吹く。そしてアルーマン帝国の東側と国境を接する固有名詞の無い、東大洋の超大国、通称”東の”帝国に圧力をかけることを依頼、承諾された。遠交近攻の関係がマンゼア帝国と”東の”帝国とでは成り立つ。両側からの圧力によってニ正面作戦の可能性をにおわせ、アルーマン帝国による本格的な参戦は阻止。そしてこちらには私書も添えられていた。

”小国との通商条約交渉の際、見事な手腕を発揮した小さな通訳のことを覚えている。さり気無く韻を踏む詩的な文章、そして何より自らを貶めることなく、こちらへの礼も弁えた絶妙なる文言と文字の選択。そのような翻訳が出来る夷人は稀だ。出国したという噂は聞いたが、幼い頃から積み上げてきた物は捨て切れないな。美しく成長した君に会えるかもしれないという楽しみが増えた。今後の活躍を目にする機会を待つ”

 勿論だがこれは検閲された。あのマンゼア帝国の将校がそう言った。分かってはいるが、腹が立つ。顔に香水かけてやりたい。

 空いた席も見つからないので壁際に立つ。目線で席を譲ろうか? と聞いてくる者もいたが、小さく首を振って拒否。性別とは煩わしいものだ。腕を組む。

 室内に設置した映写機が、スクリーンにザルハル海沿岸の地図を映している。加えて各地名、拠点、部隊が記号化されて追記されている。

 ベルガント社本社ビルにいる社長の声がここ、ハルハフハンド城作戦司令室に響く。通常の無線通信が可能な距離ではない。マンゼア帝国が衛星軌道上に打ち上げた人工衛星の力によって中継されているのだ。

――皆さん、ご苦労様です。ツェルギリア=ベルガントです。時間になりましたので始めさせて頂きます

 ツェルギリアの声が聞こえ、顔が動きそうになり、舌を軽く噛んで堪える。

――マンゼア帝国が一応は中立を保っていたイフェストポリ伯国を宣戦の布告もなしに陥落させました。アルーマン帝国には反応する隙も与えない程度の速度がある奇襲攻撃です。国際的な信用には多少の傷がつきましたが、これは重大な一手ですね。当国はどんな心算でいたか知りませんが、客観的に見て敵性中立だったのでその傷も早々に消えてしまうでしょう。そんなものです

 ユーゲルガント正規戦条約では宣戦布告を伴わない戦争は認めてはいない。ただイフェストポリ伯国の場合は義勇軍と称して派兵していたのでその点は解釈が分かれる。つまりはどちらに転ぶか分からないのだ。

 イフェストポリ伯国は交通の要衝で攻められやすい。海を挟んでやや隣、ルファーラン共和国の真似事をしようとしても出来るわけが無い。経済力、軍事力、自国に優位な外交情勢、魔法による怪しげな影響力、全てがイフェストポリ伯国に備わっていない。だからどこか有力で軍事力のある国に併合されろと提言してきたが、無視された。極めつけ、無用に義理に硬くて誠実なことが自慢だと思っている。美徳が実利に直接反映されるとでも思っているのか?

 それにしても知恵の働かない奴等ばかり国に残ったものだ。マンゼア帝国に上手いこと取り入れば独立を保つどころか、ザルハル王の地位を帝国議会から与えられることも夢ではない立ち位置にいたのに。旧ザルグラド大公国はマンゼア帝国よりイフェストポリ伯国の支配を受け入れやすいし、ハンダラット国も神さえ殺せば強い指導者のいない国だから御し易い。時間こそ相当に掛かるだろうが無人地帯の旧パルドノヴァ王国はそっくり頂ける。ここまでくれば内外に恥じることなく王国だと胸を張れる程度になり、帝国議会での発言権も新参者にしては大きくなろう。本当に残った連中は阿呆極まる。己を滅ぼして何になるのだ?

――マンゼア帝国はザルグラド大公国に続き、ハンダラット国に対しても正式に宣戦を布告していたので油断していた様子です。マンゼア帝国とアルーマン帝国は、表面上は戦争を行っていないことになっていますが、これによって敵主力は旧イフェストポリ伯国側に引き付けられました。こんな辺境、構っていられなくなったんでしょう

 イフェストポリ伯国を併合することにより、マンゼア帝国国境とアルーマン帝国国境が接する。その軍勢がそのまま居座り、国境に圧力を与える。そうするとアルーマン帝国軍はハンダラットから脱出しないと危険になる。もしそのまま攻め込まれたらアルーマン帝国軍は地理的に袋小路なハンダラット国に閉じ込められ、増援も補給も望めずに完全に撃滅される恐れがある。その前に移動させていれば、例え侵攻され劣勢になってもグラデク川沿いに速やかに後退することができる。

――この奇襲攻撃が迅速に成功した理由の一つは、ルファーラン共和国がマンゼア帝国西大洋艦隊に対してのメルハティナ海峡通行の許可が出た点が大きいです。空爆と砲撃であっという間にイフェストポリの諸要塞、都市を無力化した西大洋艦隊の作戦能力恐るべしですね。空母ニ隻、大型ミサイルに大口径砲を積んだ戦艦が八隻もザルハル海に来ています。他にも多様な巡洋艦、駆逐艦、補助艦艇諸々ですか。敵に比べて数世代は差がある海軍なんです。遠距離航海をしてきたとはいえ、無傷で数でも勝る西大洋艦隊に勝てるわけがなかった。ハンダラット艦隊のほとんどが大破、轟沈させられています。比べればゴミみたいな船ですから、拿捕する価値もありませんしね

 メラシジン皇太子の反応速度だけは大したものだ。耄碌し始めた皇帝と足の引っ張り合いが得意な皇族達を跳ね除け、早期にハンダラット国への属領も含めた義勇軍の派遣を決定させ、アルーマン帝国艦隊の大半をハンダラット国艦隊に所属させるという荒業をこなした。それも台無しになった。

――ルファーラン共和国とその同盟国は、国境をアルーマン帝国の属国と直に接していてます。直接的な脅威なんですね。アルーマン帝国に対抗するため、貿易相手にもなり直接の脅威にもならないマンゼア帝国と友好関係になるのは必然です

 口には出さないが言いたくなる。余裕があるあの国のことだ、そこは案外いい加減だ。事実関係は確認できていないが、民間人が勝手に大跳ね橋を開けたから済し崩しにマンゼア帝国寄りになったとも聞く。

――これは我が社にとってもこの仕事を成功させて報奨金を得る以上の効果をもたらします。我が社が拠点を置くルファーラン共和国の安全がより一層強固になります。我々のような重武装の民間軍事企業を容認する国は貴重です。聖域の確保は、ともすれば単なる非正規兵、犯罪者集団扱いもされかねない我々にとっては最重要課題であります。寝首だけは狩られたくないものですからね。昔は、直接じゃないですがそういう仕事をしていたもんで尚更です

 世界的に見てもベルガント社は稀有だ。一企業が戦闘機を飛ばし、装甲車両を走らせ、化学兵器まで使用している。そんな組織を手放しにしてくれる国はルファーラン共和国ぐらいなものだ

――また大陸の覇権を手中にしようと拡張戦争を続けるマンゼア帝国と懇ろになっておくと後々美味しい思いが出来ます。仕事が貰える、ということです。また有用な物資、人材の確保にも繋がります。この集合世界、って言っていいんでしょうか? 有用な物資、人材が何処に転がっているか本当に分からない状況です。世界に繰り出す機会は、まずはマンゼア帝国から頂きましょう。資金、物資、人材、名声、足りないものはいくらでもあります。まだまだこれから、我々は成長途上にあります。楽しみですね!

 この世界はまだまだ未開の地が多い。各国の国境線は、一応は定められているものの、その内側全てを把握している国は小国を除けば少ない。国内においてまた一つ未知の町を発見、遺跡を発見、部族を発見、などというニュースは各国でよくやっている。

――と、まあ前座はこれくらいにしておいて、ルドガー=ザヴィーデン=ヴェルンハントさんどうぞ

 ルドガーがスクリーンの前に立つ。これから彼の提案が始まる。ユナキは鼻から大きめに息を吐く。

「彼女が説明した通り、アルーマン軍は主力をハンダラットから移動させた。士気が低くい、ハンダラット軍と属領から集めた軍はシログ川流域に留め、一度中座したが今持ってここ」

 床を指す。

「ハルハフハンドを攻撃中。そこで一計、ハルザーフィルを奪ってそこのダムを計画的に破壊し、シログ川流域を壊滅させる。洪水がおこれば流域の農作物は壊滅状態に陥り、兵糧を失った士気の低い属領各国軍が瓦解するのは間違いない。各所連絡線も一時的に寸断される。二次的だが人的、物資的被害も少なからず与えられる。疫病が発生してくれれば大成功だ。またハンダラットにおける敵主要拠点、ハルギーブはシログ川河口の三角地帯に位置する。海へ向けた要塞砲も多数設置され、マンゼアの艦隊でも容易に近寄れないため今だ無傷。それに打撃を与える手段は現状一つ。水害対策を講じていないわけがないが、一定の破壊効果は望めるはずだ。ハルギーブの機能を麻痺させることが出来れば一層有利になる。そうして士気が低い上に文化的にも繋がりの少ない、もしくは全く無い集団が混乱した状況下に置かれれば面白いように瓦解して野盗の群れになる。友軍とはいえ縦も横も繋がりが希薄な外国人同士なのだから、助け合いという言葉は最後の最後に出てくる。生死がかかれば尚更だ。周囲を偵察中の部隊からは脱走兵の目撃が相次いでいる。既に軍の崩壊は始まっている。次にハルハフハンドの太守から絞り出した情報だ。ハルザーフィルとは何ぞや? しっかりと吐いて貰っている」

 相手の思考が読み取れる魔法使いの力と、そして自分の正確な翻訳でもってその情報を得た。拷問から得られる情報には信頼性が足りないため、我々はそうやっている。

「そのダムについて概略を説明する。しかるべき解放手順を踏まなければ破壊的な洪水は不可能。壊滅的な決壊を防ぐために貯水区画はいくつにも分かれている。増水や渇水対策が練られており、増水時には貯水池、貯水洞に流して水害を防ぎ、渇水時にはそこから水を解放する。それらは水分の蒸発を防ぐために岩盤をくり貫いた人工窟、そして自然窟を利用したものが大半だ。どうしても水が足りない場合は、山にある雪や氷河を溜池へ運ぶ。主に爆薬を使った雪崩の誘発が用いられる。ハルザーフィルは毎年定期的に管理された氾濫を、その貯水を利用して行っている。今の時期は収穫が始まる直前にあたり、人工的な氾濫はまだ行っていない。また去年は天候にも恵まれて意図的な増水は行っておらず、貯水池、貯水洞にはたっぷりと水が蓄えられている。従って大規模な洪水を発生させる用意は整っていると思われる。過去の記録から推察しても、悪戯にダムを爆破するだけでは十分な破壊力をもった洪水を発生させられないことはハルハフハンドの太守に確認済みだ。彼はそのハルザーフィルの太守をニ十年勤めた実績があるからほぼ間違いない。またハルザーフィルへ攻撃する際には出来るだけ現地人を殺害しないように心がける必要がある。我々には頭の中を覗ける者と、その情報をハンダラット以外の言語に訳して工兵に伝えることができる者が幸いにしている。ただそれも相手が生きていればの話だ。高度な知識を持った専門技師は計画的なダムの破壊には有用であり、可能な限り生け捕りにすべきである。そうして準備を整え、破壊的な洪水を起こす作業に移っていく。さて、この作戦を承認して頂けるのなら具体的な内容について協議したいと思う。如何か?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ