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10話「ハルハフハンド要塞化」

 工兵隊は休みなくハルハフハンド城の防備の強化にいそしんでいる。ハルハフハンド城への強襲作戦に参加した空挺部隊も作業員として働いている。塹壕掘り、有刺鉄線展開、土嚢つくって積み上げ、電線を延ばして防護板を被せてからその上に土を盛る、他にも色々だ。

 折角支援して上陸してきたマンゼア帝国の海兵隊、そして空挺部隊も撃破されてしまった。ベルガント社が、運ぶ物資を減らしてやっと運び終えた自動車化部隊も一緒くたにやられた。彼等の生き残りはここで一緒に作業をしている。仲間への誤射に関しては、連絡不徹底ということで正式に謝罪があった。遺族への年金や会社への補償や何かはマトモに出るらしい。侵略戦争やらかす割には案外その辺りは文明的で拍子抜けしてしまう。

 現地の飯は慣れない、慣れるほどに量がない。敵は降伏する前に食糧庫に糞尿撒いた上に焼きやがった。捕虜にも監視つきで作業をさせている。ユーゲルガント正規戦条約では捕虜の扱いについて規定があり、食事のついては可能な限りで必要量を提供とあるので、無いから提供できない。あるとしても奴らの飯は自分で撒いた糞つきだ。

 帽子を被って上半身裸の格好の八十田連一が行う作業は、宮殿区画で速射砲の取りつけ台の穴掘り。俺達はがんばっているが、備え付けるための艦載用の速射砲がまだ現場に届いていない。必要物資の輸送だけでもかなりの仕事量をこなしている航空輸送隊と整備員達に、更に過労死してもらう勢いで空輸してもらえれば速射砲とその砲弾が送られてくるだろう。制海権を握っている敵海軍に拿捕ないし撃沈される危険を冒して貴重な貨物船で運ぶという手もあるらしいが、その手はまだ使っていない。ベルガント社は警備艦隊まで保有してやがるが、国相手に事構えるほどの戦力は無いみたいだ。マンゼア船籍ではないが政治的に圧力を掛けられているのかもしれない。

 何にせよ、目前の仕事を始末する以外に無い。小難しい事を解決するのはお偉方だ。

 工兵が交代時間を報せてくれ、土にスコップを突き立てる。現地徴用したやや歪な梯子を、仲間に揺れないように押えてもらってから、上って穴から出る。空気の巡りが悪い穴から、風が通る外へ。暑いに変わりはないが風があるだけで大分涼しい。水筒に入れた煮沸した水を口に含み、うがいしてから飲む。タオルで汗を拭きながら市街地へ降りる。

 ハルハフハンド城は要塞に変わりつつある。行政区画は建物が解体され、補強材に変えられている。その更地には、まだ予定配備数には満たないが野戦砲やレーダー、高射機関砲が既に備え付けられている。慎ましやかな程度だった地下室もかなり増設され、居住区や弾薬庫も既に完成している。それらは二脚工作車が凄まじい働きをしているおかげだ。荷物運びに穴掘りに組み立て解体、大規模に小器用に素早くやってしまう。城に生えていた木もあっという間に伐採してしまった。

 戦争屋やめて土建屋やっても食っていけそうだ。そっちの方がもしかしたら儲かる。本格的に交通整備事業に取りかかった方が世のため人のためになりそうだ。この世界は地理的にも文化的にも不連続で、都市間の交通事情が文明、技術の発達具合にそぐわないほどお粗末。道と呼べるものがあったら幸運ぐらいに思っておいたほうがいい。傭兵辞めたらそっちがいいかなぁ。体力には勿論自信あるし。

 兵舎区画では解体した家屋を建材に使い、ハルハフハンド城を守る新しい防壁を建築中。活躍するのはダルクハイド族、断崖絶壁連なる高地出身の種族だ。片手で小さい手がかりがある天井にぶら下がれるぐらい握力が凄まじい。その特技を活かし、足場も組まずにテキパキと建材を組み上げるので、魔法のような早さで建造している。それに加えて奴等は特別な事情で毎日腹一杯飯が食えているから元気一杯だ。

 同じく交代時間になり、上から降ってきたサイが四つん這いで地面に着地。流石に上半身裸ではないが、シャツ一枚で袖を捲っている。刺青の入った腕の、筋肉の隆起が既に別の生き物。

「おう」

 返事代わりに顔に何か塗りつけてくる。

「何だよ」

「接着剤」

「あ!? 取れんのかよこれ」

 タオルで接着剤を拭う。粘つく、気持ち悪い。

「乾くまでニ、三時間掛かるって」

「なんだ、あなたとくっつきたいっていう遠まわしな愛の告白か?」

 サイは脇を掻いてから指についた脇毛を吹いて飛ばす。

「それでいいんじゃない」

 三箇所も銃創があったサイだが、流石はダルクハイド族、弾抜いて消毒してからの数日で傷がほぼ完全に塞がったそうだ。今ではこんなに元気。化物め。

 城下町でも要塞化への作業が続く。家は潰して建材にされる。最初見た時は中々綺麗な町並みだったが、今ではゴミゴミして汚い。

 何回も往復した道だが、相変わらず占領下とはいえ人通りが少ない。もう既に無毒化したが、市街地区画や兵舎区画には毒ガスが使用された。少数で大多数の敵をひきつけるのだから、それくらいは必要だったのだろう。元の世界では化学兵器の使用はご法度だからこの点には慣れない。涙、鼻水、涎、汗を垂らし、失禁して泡を吹いた跡が残る死体を片付ける作業には大分参った。

 悲鳴や絶叫がやかましい処刑場になった大広場を通りかかる。反乱を起こした連中の処刑を行う場所だ。銃弾は使わず、剣や斧などで斬首刑を行っている最中。ノルグはここで剣を振るっている。傭兵になる前はルファーラン共和国で剣闘士をやっていて、公開処刑もしょっちゅうやっていたから慣れていると言っていた。

 そしてもう慣れたが、歩く即身仏みたいな僧侶が鈴を鳴らし、お経を唱えながらその周辺を歩いている。どこから流れてきたのか気味が悪い。鎮魂のためだそうで、お偉方からの許可はなんと取っているらしい。

 虐殺してまでこの仕事続けていいものか? という疑問にはソルが答えた、「兵隊が考えることじゃない」

 ヴェルンハント連隊に割り当てられた、まだ取り潰していない宿へ入る。一階は、以前は酒も飲める食堂だった。テーブルあり、バーカウンターもある。それぞれが好き好きに座っている。

 何処に座るか? と、どうせならばサイの隣に座ることにする。女の隣で飯喰った方が旨いはずだ。椅子に足引っ掛け、引いてから座る。サイからデカい肉の塊を受け取る。

「はい」

 いやに豪勢だ。重量を感じるぐらいの肉はしばらく食ってない気がする。

「おう」

 手に持って確認、人の前腕。間違いない、五本指。何度見直しても人間の腕。猿の脳みそは食った事があるが、これはまた違うな。

 テーブルを囲むダルクハイド族の連中は美味そうに死んだ人間を、彼等愛用の山刀と短刀で切り分けながら生で食っている。血抜きは済んで、臭う内臓も取り払ったあとなのは良心的。異文化には抵抗がない心算だったが、彼等を前にするとそれが吹っ飛ぶ。そうだ、こいつら人食いだった。忘れていた、疲れてるな。

「あら駄目?」

 人肉を食いながらダルクハイド族達がニヤニヤ笑う。糞、ナメてんのかワンコロが。

「意気地なし」

 食う。噛めば噛むほど不味くない普通の肉だ、普通の。ただやはり気持ち悪い。サイが笑いながら肩をバシバシ叩いてくる。折れるかと思うぐらい痛い。

「これも食べるでしょ?」

 サイ、死体から睾丸を切り取ってこちらに差し出す。隣の席の奴が吸っていた骨髄を吹き出して笑う。

「いやそ……れ、ぅ」

「あらそ」

 サイは睾丸を口に入れてグチュグチュ音を立てて食う。普段の自分ならここで卑猥な冗談でも言うところだが、これは流石に無理だ。

 席を立ってソルの横に落ち着いて座る。

「よお平気か?」

「駄目かも」

 テーブルに顎を乗せて鼻から溜息。

「その内慣れる。それもそれだけどな」

 ソルは鉄条網の展張作業で手が絆創膏だらけ。血だらけでエロ雑誌を、角度を変えながら読んでおり、そして写真の陰部あたりに擦りつける。

「おい見ろレンイチ、こいつ処女だぞ!」

「チンコの先が貧弱なだけだろ」

「言いやがったなこいつ」

 エロ本を顔に押し付けてくる。写真を食い破る。

「まだ裏面見てねぇぞ!」

 写真の欠片を床に吐き出す。

「俺が喰った奴見たいのか?」

「いつか仕返ししてやるからな」

「んで、死体の傍で勃つのか?」

「芸術として見てるんだよ」

 ソルに肩を寄せ、覗き見る。

「丸見え過ぎで気持ち悪ぃな。おいこいつ黒いぞ」

「これで邪念を払うんだ。こう見えて俺は信心深いんだぞ」

「説得力ねぇな。エロの神か?」

「俺はいいが」ソルは連一の額を二本指でつつきながら「神と聖女を侮辱したら本気で怒るからな」

「はいはい。俺のには敵わねぇだろうがな」

「恋人と親戚のお守りの話か?」

「当然、ああ恋人じゃないが、まあいいや。お前のあれは異世界の彼方、俺のはここ」

「聖女はこっちにいる」

「一緒に来たのか?」

「俺が生まれる前の話だ。俺はここ生まれのここ育ち」

「そうかい」

 テーブルに雑然と置かれた皿を手に取り、鍋から湯気の立った芋と豆を乳で煮たスープを盛る。昨日の晩飯は半煮えの芋と野菜の屑。朝飯は麦粥と酢を混ぜた水。缶詰くらい空輸してくれと思うが、航空部隊の実情を思えば我慢するしかない。それからコップに水差しから注ぐと、水じゃなくて温いビールみたいな液体が出てくる。

「飲めんのかこれ?」

「ルファーランでも売ってるだろ」

 飲むと温い、まろやか過ぎて気持ち悪い、ほのかに苦味。ビールの一種だなこれは。

「元の世界のビール飲みてぇな。こんな爺の小便じゃなくて」

「どんなもんだ?」

「色々種類あるが、俺が好きなのはギンギンに冷やすと最高で、これを水っぽくして炭酸キツくして苦くしたようなヤツだ。たぶんお前の聖女の小便もそんな感じだ」

「糞でも食ってろ」

 鍋の横にある大皿から取った串焼きにされた肉を更の中に突っ込む。おお、肉だ。

「それ美味い。馬肉だってよ」

「ああ」

 串焼きを食べる。

「しょっぺぇな、塩振り過ぎ。海のか、岩塩ないよな?」

「塩は塩だろ」

「甘さが違うんだよ」

「分からんね」

「だろうな」

 パンの入った籠から取って、齧ると固い。毛布みたいな味がする。

「何だこれ?」

「スープに浸せ」

「それか」

 スープにパンを浸してから齧る。まあまあ良くなった。

「米と味噌汁が食いてぇな」

「何だ、故郷の飯か?」

「おう」

「俺のとこはこんなんだったよ」

「可哀想に」

「そうか?」

 皿のスープを指し「これがゲロで」

 パンを齧る「これがサンダル」

「そうか?」

「カレー食いてぇな、激辛で目玉焼き乗っけて漬物びっしり。ラーメンもいいな、味噌味にごってりチャーシューとネギ盛って」

「何だそれ美味いのか? 帰ったら作れよ」

「材料がなぁ」

 しばらく飯を食べていると、宿のドアが開かれる。休憩に戻ってきた仲間ではなく、情報部の有翼人レイヴ。何時ものように次の作業員割り当て表を持ってきて、近くのテーブルに放り投げる。雑談が止む。

「次の仕事」

 ぶっきらぼうに言い放つので放屁で返す。皆、喋るのを止めているのでよく響く。

「今変な音が鳴っただろ? 敵の攻撃、緊急事態じゃないのか」

 皆がクツクツ笑う中、レイヴは羽ばたき、去り際にドアを蹴っ飛ばして閉める。雑談が再開。

 腹いせに室内に設置してある無線機の呼び出しボタンを押し、応答を確認してからマイクをケツに当てて屁をたれる。

 割り当て表を手に取り席に戻る。誰が作ったか知らないが、各員の得意分野、出来ることと出来ないことを完全に把握でもしたかのような配置割りがなされている。社員のデータとして色々と身体、精神状態、出自や経歴に思想も記録されてはいるのだろうが、常に背後から見られているようで気持ち悪い。

「なあこれ誰作ったんだ?」

 斜め読みして自分の名前を見つけてからソルに渡す。

「工兵隊と情報部。たぶんな」

 また宿のドアが開かれる。休憩に戻ってきた仲間ではなく、今度は半裸の現地人。ハンダラット語で何事か喋るが、全く分からない。そうしてからそいつは自分の言葉を諦め、片言で喋る。

「たべもの、たべもの!」

 乞食だ。こっちはある程度マシな食事にありつけているが、ここの現地人にはほとんど食糧が行き渡っていない。そのせいで反乱が起きて、そしてぶっ殺すことになる。そういったことが何度か起き、人数が減ったおかげでこちらの食事の量は増えた。彼等の方は知らない。

 ダンッとダルクハイド族のテーブルの方から大きな音が鳴る。吃驚してそちらへ顔を向ければ、テーブルを囲む内の一人、顎鬚の派手な奴が血のついた山刀をテーブルに食い込ませている。そして食っていた現地人の頭を、一番ドアに近いサイへ投げる。サイは髪の毛を掴んで受け取り、手からぶら下げた頭を半裸の現地人の目の前に突き出す。顎はだらんと下がり、頬肉と耳と舌は既に食われた後。

「食べる?」

 カチカチっとサイは歯を打ち合わせる。乞食は悲鳴を上げて逃げ出す

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