よろい、纏う
少女の咆哮と同時に突風が爆発する。
風が収まると同時に現れた礼士は――紅い鎧を纏っていた。額に鋭く短い角が光る半首から、装甲板を並べた鎧袖に佩楯。他の部位に比べて胴は簡素だ。大きな装甲板は見受けられず細かい装甲を連ねた、柔軟性を優先した胴衣。正に、古代和国で活躍した武士の姿そのものである。
「紅蓮の古式甲冑……だと!」
余りにも場違いな武士の出現に、男はまたしても狼狽した。そして武士の背後に漂う者を見て更に圧倒される。
腰よりも長く伸びたみどりの黒髪。妙齢の面立ちに映える、切れ長の瞳の縁は赤く化粧されている。着崩れた胸元が街灯に照らされて白い。小袖と袴の末端は霞みの様に虚ろいでいる。そして眉間から伸びる蒼い水晶の様な角。全貌は正しく幽鬼の様だ。
だがその表情は、清々しい程の豪気な笑みを湛えていた。
「この姿、何年ぶりかのぅ。さぁて、ゆくぞ小僧!」
「ゆくぞってうおおわ!?」
礼士の背後に浮く女は、どうやら少女が変化した姿であるらしい。声色こそ少し変化したものの、語り口がそのままである。甲冑を纏った礼士に主導権は無いのか、礼士は正に女の傀儡状態だった。
操られるままに礼士は男と対峙する。
「ガキを操ったからといって、状況は変わらん! 全て吸い切って――」
先制したのは男だった。吸引機を右手に構え、妖異力の枯渇を狙う。
「甘いっ!」
吸引機目掛けて繰り出された正拳突きは、機器の目的を発揮させる事無く科学機を破壊した。
「なん――だとぉ……っ!?」
「この『装纏』は、我が妖異力と装着者の妖異力を複合させた高難度の技術。精々百数年如きの科学機にこの術式は解析しきれるものではない!」
男の目論見を看破していたのか、女は高らかに甲冑の理論を宣言する。
礼士に装着された甲冑が一つの妖異力のみを用いて形作られているのであれば、吸引機による攻撃で消失は免れないであろう。だが、甲冑は妖精の女と礼士の妖異力を組み合わせて構成されているとの事だ。長い時間を掛けて編まれた複雑な術式に、吸引機は対応しきれなかったのだ。
「おの……れぇ!」
吸引機を失っても男の戦意は削がれていない。蹴り技を中心に尾撃も織り交ぜた連携を放つ。並みの武芸者なら、勿論今の礼士だけの実力なら、この連撃の内一発でも当たってしまえば吹き飛ばされるであろう。それ程の威力であるにも関わらず、甲冑の防御力と女の技術が全ての攻撃力を往なしている。礼士は目の前で行われる激しい攻防を在り得ない位置から傍観させられていた。放つ攻撃全てを受け流されて、業を煮やした男が先に間合いをとる。壊滅的に息を乱され、見る影もなくなった通り魔の姿がそこにはあった。
「くくく、自慢の尾撃も種が割れてしまえば単なる手数。そろそろ引導を渡してくれようっ」
「チッ……!」
女は決着を着ける為に礼士を突撃させる。真正面から放たれる渾身の正拳突きを、男は両腕で防御した。反撃が出来る体勢ではない。他の者ならば。
「危ない!」
「――ぬ!」
外野から登歌が叫ぶ。女がその意図に気付いた時には、眼前に吸引機が迫っていた。破壊した物とは別の、予備の機体だ。攻撃は視覚したが、反応しきれない。このまま頭部に命中してしまえば、妖精の体は勿論甲冑も維持出来ない。
(決まった!)
「見えてん――だよ!」
男の会心の隙を、礼士は見逃さなかった。そもそも、礼士には男の隠し手が見えていた。後は女からの傀儡を振り解くだけだったのだ。そしてそれは吸引機の奇襲に硬直して、成った。
正拳突きから勢いを止めず、体を一回転させて回し蹴りの要領で男の足を掬う。体勢を崩された男は一瞬、空中に浮かされる。
「き――さまぁ!!」
「その姿勢じゃあ、避けられねぇだろ! 吹っ飛べ!」
足払いで回転した勢いを乗せたまま、無防備な男の顔面目掛けて連続の回し蹴りを放つ。防御も受け流しも出来ないまま、具足の遠心力も乗った一撃を直撃して男は派手に吹き飛んだ。
零れ落ちた吸引機を踏み抜いて破壊する。小さな放電音を放って、機械は機能を停止した。
「っはー! 起きねえよな!? 起きてくれるなよ!」
吹き飛んだ男が立ち上がって来ない事を確認して、礼士はその場に膝をついた。