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紅蓮の風

 状況を覆すには足りない要素が多過ぎだった。相手を倒せないであろう場合真っ先に思い浮かぶのは、登歌達が逃げる為の時間稼ぎ。しかし妖異力を吸われるという、体験した事も無い攻撃から回復するまで、どれ程時間が掛かるか分からない。偶然誰かが通りがかって全衛隊に通報――これも期待出来ないだろう。場所は公園の中心。通り魔の噂を加味せずともこんな時間にこんな場所を通る酔狂な輩が居るとは思えない。こうなると取れる手段は、自ら助けを呼ぶのが一番だろう。

(あんまり採りたくねぇ手だが、他に選択肢は無いな。間に合ってくれよ!)

 構えを整える振りをしつつ、ズボンのポケットに入った端末を生地の上から叩く。

「どうせアンタが最近街を物騒にしている原因だろ。そんな奴の思い通りにさせてたまるかってんだっ」

「ガキがよく吼える。では、俺を止められるかどうか、見せてもらおうかっ!」

 胴衣の男は一喝と同時に礼士に向かって跳躍した。不意にアクセルを全開にしたオートバイの様な速度で一気に距離を縮める。礼士の予想よりも五割増し程早かった速度だが、何とか反応して顔面目掛けて放たれた上段蹴りを仰け反りつつ回避する。鼻先数センチを鋭い蹴りが掠め――即座につま先を返しての踵落しが迫る。このままでは直撃する。

「んなっろぉ!」

 上体を後ろに倒した体勢から地面を蹴り、腕を振った勢いも足して男の足を左足で蹴り捌く。体の回転を絞りながら、振り返った右足で反撃を放つが、男には掠りもしなかった。伸びきった右足を捕まれてそのまま投げ飛ばされる。数メートル程も先に放られた礼士だったが、地面への激突は何とか受身をとって回避した。

「中々の動きだな。今日は驚きの連続だ」

「はっ、そいつぁ結構な事で」

(ヤバイな、遊ばれてやがる)

 最後の投げが放るだけのものでなく、地面へ叩き付ける形のものなら礼士は対応しきれていなかった。そもそも投げ飛ばさずにそのまま足を折る事も可能だったはずである。初手の蹴りの速度も明らかに間合いを詰めた速度とは遅い。

 終始、弄ばれているのだ。

「だが、ここまでだ。学生、お前良くやった方だよ」

「勝手に上から終いにしてんじゃねえよ!」

 再び全身を弛緩させた男に向かって、礼士は飛びつく様に駆け出して左ストレートを繰り出した。当然の様に胴衣の男は回避する――と思いきや、そのまま男は右手で拳を受け止めた。礼士と男が睨み合う形になる。ほぼ組み合っている状態から、不意に礼士が吹き飛ばされた。

「がはっ……ぐっ」

「礼士っ!」

 思わず登歌が叫んだ。男は街灯の光を背に受けてニヤニヤと陰湿な笑みを浮かべて礼士を見下ろしている。その背後から、武骨な鎧の様な鱗を纏ったムチがしなった。

「爬虫の身体反映型妖異……!? 卑怯じゃないかっ!」

 武は全貌を表した男を糾弾する。胴衣の裾の下に隠されていたのか、礼士に(ふる)われたであろうその尻尾は凶器と言っても差し支えなかった。全体的に余裕のある胴衣は、この尻尾を隠す意味でのものなのだろう。

「競技なら卑怯悪質だろうさ。私闘においてはそれ即ち妙手だぜ」

 障害を全て排除しきった男は、ゆっくりと登歌に向かって歩き出す。強力な一撃を不意打ちで受けてしまった礼士は、気力では立ち上がれない程のダメージを受けてしまっている。武と応樹も何とか膝をつく事が出来る程度で、立ち上がっても礼士の二の舞になるのが目に見えていた。伸ばされた手に登歌が目を閉じる――。

 瞬間、強い風が吹き抜けた。

「全く同意じゃな。しかし、そういった手合いは生き残れぬのが世の常じゃよ」

 そして現れたのは、黒髪の少女だった。

「こ、子供?」

「さっきの年寄りガキ……」

 少女は何の前触れ無く、気配も音も差し置いて唐突に現れた。胴衣の男を含めた、その場に居た全員が異様さと存在感に気を取られる。少女は視線も介さず堂々と舞台役者の様に弁ずる。

「ハッ、先までの威勢の良さは見る影も無いのぅ、小僧。じゃがその姿も所以(ゆえん)あってのもの。不良小僧にしては中々見上げた奴じゃ。褒めて遣わすっ」

「小娘、貴様何者だ……!」

 少女の異様な雰囲気を感じ取ったのか、男は今までに無い警戒心を顕にした。即座に戦闘体制に入った男を見て、少女は口角を吊り上げる。

「悪党に名乗る名は無い!」

 言い放つや否や、少女は猛スピードで男に突撃した。男は辛うじて跳躍に反応し、飛び膝蹴りを両腕で受け止める。即座に男の腕を蹴って更に追撃の回し蹴りを放つ。両腕のガードをこじ開けてがら空きになった顔面目掛けて駄目押しの右掌底打ち。首を仰け反らせて直撃を避けそのままの勢いで後方回転しつつ反撃の蹴り上げ――の足に、なんと少女は乗った。

 まさにからかっている調子で蹴り上げられた勢いに乗って距離を取る。着地した少女は喜劇でも見た様な表情でからからと笑った。対する男の表情は忌々しさに満ち溢れている。

「ぐ……、どういう事だッ。何故当たらん!?」

「ハッ、貴様とはそもそも修練の年季が違うわっ」

 少女の外観年齢はどう高く見積もっても七か八程度である。生まれて即座に武道を習ったとしても明らかに足りない筈だ。相応に経験を積んだ礼士でも理解できる。あの領域に到達するには、自分の生涯を全部捧げきって半分にも満たない、と。

「貴様の相手もこの程度で良かろう。飽いだ。コイツで終いじゃ!」

 少女は宣言と同時に、今度は跳躍ではなく大地を駆けて距離を詰めた。跳躍よりも速く鋭い疾走からの正拳突きが放たれる。今まで見た誰よりも美しく流れる様な一連の動作に、礼士達はどれ程の威力があるのかと、自分達の負傷も忘れて注視した。

 しかし次の瞬間表情を強張らせたのは、少女の方だった。

 よろめいた男の両腕、その前には妖異力を吸収する端末が尻尾で支えられ構えられている。

「ッ! 科学機か、忌々しいっ」

「ク、ハハハハハ! やはりそうか! 見抜いたぞ、お前の正体。異力吸印機が発動して身体が消失する者……妖精だな!」

 突きを放った少女の腕は小袖の中に隠れて見えない。が、明らかに様子がおかしい。見えている左腕の長さで考えると、どうしても腕をたたまなければ袖には収まらない。

 だが、風で揺れる袖のはためきは明らかに支えがない。

「まさか、そんなの現代に居る訳がない!」

 武が歓喜と否定の入り混じった、何とも言えない叫びを上げた。

 世界広く長い歴史から見ても稀有な土地、ここ和国。その激戦の記録には確かに妖精の存在が記されている。しかし現代に至るまでの流れにいつしか妖精は姿を消し、今この国では先祖から受け継いだ僅かな妖怪の力を持つ『妖異』と、力を持たず知恵と言葉で妖怪と手を取り合った『漢亜(かんあ)』との二つ。数の多少はあれども長きに渡って――少なくとも百数十年前までは、歴史上にはこの二種族しか登場していない。

 十数年程度しか生きていない彼らでも、唐突に現れた幻想の存在は受け入れ難かった。

「でも、現に目の前で右腕が消えている少女が居る。妖異力を吸収されても俺達はあんな事にはならなかった――。となると、答えは」

「妖精だとしか、言えない。考えられないがそれしかない!」

 勉学に真面目な応樹と武は固定概念が邪魔をするのか、言葉では納得しようとしつつも明らかに戸惑いの様子が見て取れる。

「あれが、妖精――」

「何でまたこんなとこで、って話だな」

 呆ける登歌に対して礼士はあっけらかんと目の前の光景を眺めていた。状況を受け入れた訳ではなく、ただ単に。

 礼士は、妖精が生き残って居ない方がおかしいと常々思っていたからだ。

 素行不良で成績不順を地で行く礼士だが、歴史においては真面目な姿勢で臨んでいた。彼の考えでは、歴史はその当時の者が残した戦いの記録だから、である。政治であろうが直接的闘争だろうが、意思のぶつかり合いとせめぎ合いである事に変わりは無い。

 その勝者達が残した戦績に、妖精の名は確かにあったのだ。一つや二つではなく、幾つも、様々な場所で。戦いに勝ち残った仲間には、妖精が居たのだと彼らは記録を残してまで自慢していたではないか。見る者が羨む程、鮮明に。

 妖異や漢亜とは一線を画す存在、妖精。妖異力の結晶が精神を宿した意識体であり、老衰や身体の劣化が無いとあれば、少女の圧倒的な戦闘力にも納得がいく。だが負傷とは無縁である体を妖異力で構成するが故に、この男と対峙するには圧倒的な劣勢を強いられてしまう。

「妖精であるなら、いくら手強かろうがここまでだ。かき消えるまで吸い切ってくれる!」

「小癪な、その程度で――意気揚がるでないッ!」

 攻勢に転じようとした男に対して、少女は微塵も怯まない。むしろ戦意は揚がっている。吸引機を持って襲い来る男を回避しつつ、少女は礼士の後方へ陣取った。そのまま礼士の首に長い飾り紐のついた御守りを掛ける。

「な、何すんだっ!?」

「不良小僧! 貴様の体、少し借りるぞ!」

「何をするつもりだ!」

「刮目せよ、コレが真なる妙手と言うものじゃ。紅衣(こうい)――装纏(そうてん)!」


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