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夜闇にて出逢う

 既に時刻は六時を回り、太陽も山の陰に隠れようとしていた。

 長尾市の中央にある大きな公園の舗装された道を、三つの影がゆっくりと動いている。

 先頭を歩いている少年は不機嫌そうな表情で周囲を警戒しつつ進んでいる。後方に居るのは武だった。先頭の少年に対して軽口を聞いているのか、どこかへらへらとした雰囲気でゆったりと構えている。

間に挟まれているのは登歌だ。前後の少年達のやり取りに挟まれて、何とも言えない苦笑いを浮かべながら歩いていた。

「武と応樹、か。あの面子ならまぁ大丈夫か」

 彼らの様子を、離れた物陰から確認して礼士は安堵する。

 仏頂面の少年、織畠応樹(おばたおうき)と礼士は互いに良く知った間柄なのだ。

 登歌の生家である柴門は、武術を指導する道場だった。相当に歴史のあるその流派で、応樹は中学二年でありながら年齢が一回りも違う相手と互角に戦える程の実力を誇っている。武も応樹には及ばないが、同じく柴門の門下生であり身体能力は高い。

 つまるところ彼らは、跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する通り魔の手から登歌を守る護衛。と言う事である。

(しっかし、世間の事情は分かってるだろうに、なんだってこんな時間に帰らせるかね……)

 護衛を付ける位なら、そもそもそんなものが必要無いであろう時間帯に帰宅させれば良いし、それが出来ないのであれば車で迎えに来れば良いものであろう。

(って、登歌ん家で運転出来るのはオッサンだけか)

 柴門家の事情を思い返して、結局余り手段が無い事に思い至る。唯一の運転免許所有者である登歌の父親は、仕事の関係上定時に帰宅する事が難しいのだ。

 そして現状。武と登歌だけなら合流していた所だが、応樹が居るとなると話は別だった。彼と礼士は壮絶な闘争を経て、現在冷戦中の関係にある。髪型も服装も規則通りの、根が生真面目な応樹とは正に水と油の様なもので、何かある度に衝突を繰り返していた。礼士としては、余り鉢合わせしたくない相手なのである。

 数分、後を追いつつ悩んで結局礼士は彼らとは合流せずに帰宅する事にした。応樹は相性こそ悪いが武術の腕前は確かだし、武も一緒に居る。相当な数で襲われない限り最悪の状況にはならないだろう。登歌も運動はからっきしだが逃げる事位は出来る筈だ。

 辿った道を引き返しながらあれこれと考える。日も沈み辺りは街灯で照らされて静かだ。

 不意に変わった出で立ちの男とすれ違う。西方の大陸の拳法家が着る様な、裾の長い胴衣と下穿き。面立ちも少し雰囲気が違う。

(……変な奴)

 柴門道場の見学者だろうか。と思い至る。

 思えば今日は稽古日だっただろうか。だとしたら引き返して正解だったかもしれない。柴門師範に見つかればそれこそタダでは済まなかっただろう。面倒な事は起こさないに限る。

 等と思案していると。

「キャアアアアアアァァァァ!」

 後方から、少女の叫びが響いてきた。

 即座に(きびす)を返し走り出す。直前の思案は全て吹き飛んだ。

 聞き違える訳は無い。悲鳴の発信者と理由が直感通りならば。

 一秒でも早く彼女の元へ辿り着かねばならない。


 公園の中央に近い時計塔が建てられた広場。明るい時刻ならば小さな子供が集まる遊び場になっているそこが、太陽が沈み夜闇に包まれた今、凄惨な光景を作り上げていた。頼りない電灯だけがその場に立つ者を浮かび上がらせている。立っている影は一つ。その影に威圧される様に座りこむ影が一つ。少し離れた場所でうずくまる影が二つ。

「ぐ……うッ!」

「織畠……何だ、これ……っ!」

 始め、男は不意に話かけてきた。春先の夜に胴衣姿の大陸風の不審者に、応樹は即座に警戒した。軽く返答し近寄った武が一瞬で倒れ、警戒が正解だと直感する。間髪居れずに間合いを詰めて中段蹴りを先制したにも関わらず、倒れていたのは応樹だった。

「軽い、鈍い、軟い。所詮は習い事の武術か」

 首だけをだらりと傾けて男が罵る。

「き、貴様ッ」

 男の言葉に再度立ち上がろうとする応樹だったが、足腰に力が入らない。今まで経験した事の無い、形容し難い強烈な脱力感が圧し掛かる。何とか抵抗しようと気合を振り絞る応樹の背中を、胴衣の男は無慈悲に踏みにじった。

「織畠君! も、もうやめて!」

 登歌の叫びは届かない。背中に乗った足はまるで潰した虫にトドメを刺す様ににじられる。

「加えて、お前ら若過ぎる。全く、妖異力も脆弱な奴が出しゃばってくるな。面倒だ。――さて、本来なら無抵抗の小娘なんざ無視する所なんだが」

 一頻りの蹂躙を終えて満足したのか、男はゆらりと登歌に振り向いてにじり寄った。

「あ、あぁ……」

「生憎、野暮用が終わっていなくてなぁ。少し協力してもらうぜ。何、痛みは無いさ」

「ぁぐッ」

 男は登歌の首を右手で掴むと、左手に持っていた八角形状の機械端末を登歌の胸に押し付けた。端末が淡く緑に光ると同時に、登歌の全身が悪寒に包まれる。

「噂で知ってるだろう? ただ死なない程度に妖異力を貰うだけさ」

 長尾で蔓延(はびこ)っている通り魔の被害者。その全てが、生命力と呼ぶに相違無い妖異力を吸い尽くされて重症を負っている。

「はぅあ、ぁぁぁ――」

「と……、か、さんっ!」

 先に脱力した原因はこれだった。気力がいくら十分でも原動力が奪われていれば何ができるものか。これではどれだけ屈強な大男だろうと話にならないだろう。

「さて、こんなものか。……ぬ」

 男の表情が少し固まる。異変は特に見て取れず、端末は依然として登歌の力を奪い続けていた。しかしその状態が男にとっては異常だったのである。

「どういう事だっ。娘、お前は一体――」

 苦悶の表情を浮かべる登歌を睨む。男の注意が目の前の異常に集中したその時。

「とおおおりゃあああああ!!」

 静まり返っていた広場に咆哮が響き渡る。男の顔面があった場所を長尾中学指定の鞄がこめかみを狙い勢い良く駆け抜けた。回避動作の為に登歌から離れる。気道が確保され、同時に端末からも開放された登歌がうずくまりながら咳き込む。

「げほっ……うぇ……っ」

「登歌ッ! 大丈夫か!? しっかりしろ!」

「れい……し? なんで――」

 弱々しく視線を上げた先には、男から守る様に立ち塞がる幼馴染みの姿があった。

 その姿を見ただけで、通り魔に襲われた恐怖と初めて経験する死の恐怖すら耐えた涙が、零れ落ちる。

 そんな登歌の顔を被う様に、礼士は学生服の上着を抛って隠した。

「ったく、遅い、よ」

「悪かったな、お前達だけで問題無いと思ってよ。しっかし、門下生でも色帯持ちが雁首揃えてこの様とは、柴門の稽古も温くなってんのか」

「ほ、穂摘ぃ! いきなり現れたと思えば勝手な台詞を……ぐッ」

 援軍に現れた礼士に対して、応樹は胴衣の男以上に敵対心を(あらわ)にした。だがしかし、活力が戻るにはまだ時間が足りないのか、立ち上がれず舗装路に崩れる。

「ほれ見ろ。足手纏いは黙って下がってな」

 応樹の姿に一笑して、改めて胴衣の男を睨み付ける。強襲は殆ど失敗した様なもので、男にはダメージを与えられていない。命中する期待は無かったが、まさか一瞥(いちべつ)すらせずに回避されるとは思っていなかった。

(下がってな、とは言ったものの――)

 礼士達が話している間、男は端末を調べていた様だ。夜闇で男の手元は見えないが、既に端末は仕舞われている様である。

「総合量が三日分のノルマと同等ねぇ。方針変更だ、銀髪の娘は頂いていく」

 それまで脱力して立っていただけの男が、構えた。一瞬で場の空気が張り詰める。

「はいどうぞ、とでも言うと思ったか?」

 その場に居て気が付いていないのは登歌だけだった。それまでへらへらと余裕のある表情を切らさなかった武も、礼士に対して憤っていた応樹も、未だ軽口を言えるだけの余力のある礼士も、改めて目の前の通り魔が異常である事を認識した。

(勝てる気は、……しねぇな)


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