お昼の事
教室棟とは別に建てられた専用の食堂棟は、ほぼ毎日と言っていい程生徒で一杯になる。座席も全校生徒分あると真しやかに噂されるが、誰も確認した事は無い。教室で済ませる者も確実に居るし、季節的にも菓子パンを買って外で、といった生徒は多い。
それでもやはり殆どの机に誰かしらが居る位に今日も食堂の中は賑わっていた。
その喧騒の中で、警戒されている様に空いた空間が見える。中心で食事と談笑をしている男子生徒二名は、ある種異様なその空間を全く気にも留めていない。
欠伸をかみ殺しつつ表れた礼士も気にせず、いつもの様に近寄りラーメン定食が乗る盆から梅握りを攫う。
「毎度思うんだけどラーメン定食ってやっぱ重すぎるんじゃないか?」
「付け合わせの握り飯攫っていきながら言う台詞じゃねえよな、買って来いよ。つーかお前今まで何処にいたんだっ」
盆の前に座っていた茶色短髪の大柄な男子――岡野虎太郎が声を張る。突然の無礼な行為に、怒鳴りはしないものの発言はしっかりと窘める。その迫力に離れた場所から小さな悲鳴が上がる。しかし。
「屋上で寝てて、ウッカリ寝過ごしたから出遅れちまったぜ。今から行っても碌な物が無ぇって。代金は払うから勘弁してくれ」
差し出されたのは十円玉だった。当の礼士はどこ吹く風である。
「足りねえよ!」
今度はさすがに声を上げた。
「今日は初見だから『おはよう』だねぇ、礼士」
虎太郎の正面に座る新藤武は漫才の様なやりとりに参加せず、なんともマイペースな口調で挨拶を交わす。男子としては長い髪を一本にまとめており、全体の印象は一言で表すなら、細い。身につけている眼鏡のフレームも細い。
「ったく、そんな調子だと卒業出来ねえぞ」
「町内最大級の不良グループリーダーに言われたくはねえなぁ」
込み合う食堂の中でも悠々と席に座れる、その理由がコレである。中学生とは思えない体格と雰囲気を持つ虎太郎は、長尾市でも指折りの不良派閥『テイルロード』の現リーダーなのだ。彼が現在の位置に収まった経由にも、当然礼士は関わっておりその流れから武を含む彼らの交友関係が出来上がった。
「全くだねぇ。だけど礼士、新学期最初の週からサボリまくっていたら、まず夏休みが無くなるよ」
「……ソイツはヤベぇな」
「まっ、どうせ補習も最低限しか出ねえんだろうけどよ」
揃って笑い声を上げる悪友達に、武は呆れてため息しか出なかった。
「相変わらず、素行不良な話題で盛り上がってるわね……」
少し離れた席で、登歌も不良同士の談笑を聞いていた。
「柴門さんって、穂摘君と友達なの?」
向かい合った席に座り、サンドイッチをつまみつつ白玉すずめは首を傾げる。
「友達と言うより、腐れ縁って感じかしら。まだ小学校に上がる前の頃に、うちの道場に入門したのが礼――穂摘君と新藤君。それから今までずっとの付き合いね」
要するに一般生徒から遠巻きに回避されている不良集団の内、過半数が良く知っている者という、なんとも居た堪れない状況なのである。すずめと食事中でなければ逃げ出していた所だろう。
二学年からの編入生であるすずめは、まだ学校に馴染めていない。隣り街から引っ越してきたのも先月末で、地理も覚束無いで放課後の街で保護したのが、三日前。転校生は珍しいから、と覚えていた登歌が声をかけたのが切っ掛けで仲良くなった。黒縁に分厚い眼鏡と緩く編みこんだ二本の三つ編。外見通り引っ込み思案で上がり症だった彼女も少しずつだがクラスでも会話が増え、今では誰かと一緒に行動する事が増えてきた。
「柴門さんと穂摘君って組み合わせは意外だなって思ったけど、小さな頃からの付き合いならなんとなく納得。かな」
「意外……? そう見えるかしら」
「うん。だって長中でも筆頭とも言える優等生と、隣り街でも名前が通る不良だもん」
一介の中学生とは思えない程の悪名高さである。想像以上の規格外に登歌は頭を抱えた。
「私への評価は置いておくとして、穂摘君の方は少し詳しい話を聞きたいわね……」
「ろくでもねぇ話だよ、時間の無駄だから止めろ」
いつの間にか傍には礼士が居た。虎太郎から更に奪った梅握りを咥えて、すずめの隣に座る。
「ほ、穂摘君っ」
「何よ、聞いてたの?」
「何度も自分の名前が聞こえてくりゃあ、な」
喧騒もそこそこに、礼士達が集まっていた席まではある程度距離がある。何と言う地獄耳だろう。
「わ、わわ悪口じゃないよぉお」
すずめは両手を振り、涙目で全面降伏の体だ。
「分かってるって。こういう誰が聞き耳立ててるか分かんねぇ場所で、あんまり俺の事を知ってる様な話をすんなって言いに来ただけだよ」
「で、でもぉ」
「貴方達、知り合いなの?」
礼士とすずめのやり取りは、出会って直ぐのものではない。すずめの性格を考えると、礼士とはかなり前から知り合って交流がある様子だ。
「ま、学校以外のコミュニティでちょっと。なっ」
「う、うんっ。課外活動の仲間、みたいなっ」
礼士の言う学校外のコミュニティと聞いても、当然登歌には嫌な予感しかしない。
「ふぅん……、意外な組み合わせね」